平成忍者は今宵も忍ぶ
「やり返してみろよ、弱虫!!」
誰にだって人に言えないことはあるもので。僕の場合ちょっとそのスケールが大きいだけ。
もし僕が本当の強さをみせれば一瞬で彼らを黙らせることはできるだろう。腰の刀だって飾りじゃない、鞘から抜いて彼らの首に沿って引くだけで彼らを黙らせることだってできる。でもそんなことはしない。僕は感情に生きる殺し屋じゃなくて、私情を殺す忍だから。この平和な時代に忍者がいるだなんて世間に知れてしまうわけにはいかない。
「何発殴っても平気そうな顔しやがってよ、中二病もここまで来ると気持ち悪いんだよ!!」
先ほど僕を罵ってきた同級生とは違う同級生が僕を罵りながら殴りかかってくる。その拳は無抵抗な僕の腹部に命中するが、全く痛みを感じない。遊んで生きてきた人間の拳が日々命を懸けている僕に響くわけもない。僕はただ無言で彼らをやり過ごす。
“忍たるもの死を滅して平和のために尽くせ”
厳しく口数の少ない父が行動ではなく言葉で示した数少ない教えだ。毎日血反吐を吐くような稽古をつけてくれ、行動で僕を導いてくれる強い人だ。
“私はあなたのことを愛しています。ですが、あの人の厳しい稽古を止めることはできません”
優しい母も僕が忍として強くなるためなら愛情を捨ててくれる。そんな2人のためにも、一人前の立派な忍者になる前にこんな些細なことで正体を明かすわけにはいかない。
「……ほんっとに何もしゃべらないんだな」
兄貴分の同級生が苛立ちを覚えたようで、ゆっくりと僕に近づいてくる。
どうせ僕は何をされても反撃するつもりはない。次の一撃で終わりだろうと目を閉じてしまった。
「これ、ずっと持ってんのもキャラ付けか?」
予想外の一言に動揺する。目を開くと僕の刀を持つ彼がにやにやと笑っていた。
「か、返せよ!!それは母がくれた大事な刀なんだ!!」
母は父の厳しい稽古でボロボロになった僕を見ても感情を漏らすことはなかった。父が任務で家を出てる時だけが、母が優しい母である時間だった。
そんな母が一度だけ僕に褒美をくれた。それがこの刀だ。それから僕の一番の武器は日本刀になった。
「刀……っぷははははは!!」
同級生三人が一斉に腹を抱えて笑い出す。
「何がおかしいんだよ!!僕が反論したのがそんなに面白いかよ!!」
「いや、これが刀って……ふーん、そっか中二病だとそう見えるんだ。」
ひとしきり笑い終わったのか、同級生の一人がを挑発するような話し方をしてくる。そんな挑発に乗る必要は無い。確かに刀を見たこともない人間からすれば、同級生が刀を持っているなんて笑いごとだろう。忍は耐え忍ぶもの。この程度の嘲笑で本物である証明をするわけにはいかない。
「知ってる?お前んち毎晩怒声と悲鳴と大きな騒音がするって噂になってるよ。お前虐待されてんだろ?」
父も僕も外に知られないように訓練をしているつもりだ。それでも熾烈を極める修行は近所に不審に思われることもあるのだろう、今後は気を付けなければ。
「これさ、どう見てもモップの柄じゃない?しかも母さんから?おおかた自分のゲロでも掃除させられてたんでしょ。それを刀ってさ……中二病もそこまで自分の都合のいいように話を変えれるなら才能だわ」
僕の刀は片端を地面に突き立てられ、もう片端を左手で固定され、その真ん中を同級生の右足で思いっきり踏みつけられた。
見た目に騙されて安易な行動をする同級生に呆れながら醒めた目でその行為を見つめる。中に入っているのは刀なのだから中学生程度の力で折れるわけがない。彼らが諦めた後に鞘から刃を少しだけ覗かせて彼らに現実を理解させてやろう。大切なものを粗末に扱われて、尊敬する両親まで侮辱された。それくらいしないと僕の気がすまない。
ぼきっ、と木が割れる音がした。呆気にとられ音のする方をみると、僕の日本刀は真っ二つに折られていた。
その後のことはよく覚えていない。気付いたら、横たわる同級生と血だまり。
心神喪失状態の少年が同級生3人に重傷を負わせたと世間には広まってしまったが、何の問題もない。
今日も僕が忍者であるという秘密は守り通すことができた。