失われた日常
……おいおいウソだろ。
……さっきまで食卓囲んで妹の誕生日祝いしながらテレビ見て笑いあってたじゃねぇか。
彼はまだ現実が把握できてないかのように呟く。
おい、倒れてんじゃねぇよ。何か言えよ。父さん、母さん、それにみちる。。。
今まで、明るかった家庭が暗闇に落ち、月の光がガラスの戸からのぞいていた。
彼は先ほどまで明日の試験のために問題集をざっと解いた後、気分転換に風呂に入ろうとしていた。
部屋から出て、1階に下りると笑い声が聞こえる。
リビングではお笑い番組を見ているのだろうか。
妹と母さんの笑い声がドアから漏れてくる。父さんはいつも通り本でもよんでるのであろう。
そんな日常に慣れている彼は、中学生や主婦は楽だなと思いつつ彼はシャワーを浴びて湯船につかりゆっくり温まる。
もう充分かなと思ったら風呂を出て身体を拭き、ドライヤーで少し長めの髪を乾かす。
その間にドタバタでかい物音がしてたのだが、リビングで運動でも何かやってるのだろうと思いあまり気にしなかった。
そして髪がいい感じに乾いてきたのでドライヤーのスイッチを切った時、妹の「やめてっ!やめてっ!」という悲鳴が聞こえてきた。
「ん?なんだ?」
彼はその声に反応し、即座にリビングのドアを開ける。
そして、リビング一面に広がる惨劇を見て彼は声を失った。
更に彼の鼻をつく鉄が混じったような異様な匂い。
先ほどまで人間だったモノが月光にさらされ、心臓近くから赤黒いものを流しながら倒れている。
そしてその惨劇の真ん中にぽつんと立っている、身長180cmぐらいの男。顔は暗くてよく見えない。
ただ右手に持ってるのは、おそらく刀。ここ日本では持ってたら捕まる代物だ。
そして彼が来ると同時に
「あぁ……まだいたんだぁぁぁ。良かったぁ。キミをヤればボクのレベルが上がるんだよォォ」
そう言いながら刀であろう物に舌を添えながらニヤリと気持ち悪い光鬱な笑みを男は浮かべていた。
ヤバイヤバイヤバイ。こいつはヤバイ。
彼の本能にこいつはヤバイと訴えかけてくる。
手が震える、足が震える、それでも彼はかろうじて声を振り絞った。
「と、父さんと母さんと妹は」
彼はそこに倒れてるのが家族ではないと、思いたかった。
「あぁ~これぇ~?いやいや良かったよぉ!ボクのいい経験値として最高だった!」
男はまるでこれからショーでも見せるかのように両手を広げ、機嫌良く答えた。
そしてまるでこれが日常だと言わんばかりにその男は
「じゃあ少年も両親と妹さんかな?一緒の世界にご招待しようかぁ」
彼は今の状況に理解できなかった。
むしろ同じ状況に会った時すぐさま理解できる奴なんていないだろう。
しかし、理解してしまった。そこに倒れているのは自分の家族だと。
「おい、お前何なんだよ!こんなのやって許されると思うのか!?」
今、彼が出せる精一杯の声で何とか虚勢を張ってみたが、声に怯えが出ていたのだろうか。
その男はくっくっと笑い、
「これから死に行くお前に答えても意味ないわなァ!」
と言い、彼が瞬きをした瞬間にはすでに7歩ほど離れていた距離が俺とその男の間で半歩ぐらいまでには縮まっていて、
気づいたころにはもう既に肩から、太ももの付け根部分まで、ズキっという痛みが走り
「フヒヒハハハ!これでレベル10だ!ハハハハ!」
というレベルとかいう謎の言葉を聞きながら
「うがああああぁぁぁぁぁぁアアァァァァ!!」
彼は必死にもがく。生きようと。まだ生きたいと。
だがそれで生きれるほど、軽い傷ではなかった。
「じゃあな、少年」
すると胸に何かで抉られたかのような痛みが走る。
下を見ると胸を貫通してる刀が見える。
「ゲホッ、ゲホッごほっ」
いやだいやだ、
まだ死にたくない...
まだしにたk...い...
ごとりっと音を立てて彼の体は膝から落ちうつ伏せの状態で床に倒れ、男の笑い声を聞きながら彼の意識は闇に堕ちた。
男は今まで人間だったモノが動かなくなったのを確認した後、
「あれぇぇ?まだ足りないのかな?レベル上がらねぇぞ。くそっ、そう簡単にはあがんねぇか」
そう言いながら男は少年に突き刺した刀を引き抜き鞘に納めてリビングを見渡す。
ちぃとばかしやりすぎたかと反省し、次は何処にしようかと舌をなめずりまわす。
その瞬間空気がぴりつく気配がした。
男はその気配に気づきリビングを見渡す。
「おいおい!なんだぁ!」
男は気づいてないであろう。異常な気配にこめかみから冷や汗を流していた。
そして、リビングのテーブルの上に目を向けるとそこに座ってるナニカと目が合った。
男はすぐ鞘に閉まった刀を出してありえない現実に戸惑う。
そう。先ほどの少年と思われる人間が座っていたのだ。
「おい!お前はたった今殺したはず!」
と、今先ほど突き刺した彼の所を振り向くと身体はそこにはなく、ただただ血の海があった。
イミガワカラナイ。
男はもう一回見たが、同じ光景だ。そこに彼は居ない。
「やぁ、はじめまして」
その彼から出てきた声は女物のとても綺な誰もがうっとりしそうな声で、その男に話しかけてきた。
「お前にはまず礼を言わないね。私を引きずり出してくれたんだから」
その得体の知れない何かは、こちらに手を振りながら足を組んで極上の笑みを浮かべながらにこにこしている。
よく見ると先ほど突き刺した胸の傷は治っていて、服だけが斜めに破けていた。そして漆黒だった髪の毛が綺麗な金色になっている。
その上左手にはどこから出したのかキャンディーのようなものを持っており、ぺろぺろ舐めている。
そして余りにもソレが放つ異質な雰囲気に男は戸惑う。
「くそっ、てめぇはなんなんだ!」
理解が追いつかない。なんなんだこいつは。
人が生き返る?あり得ない。
そんなスキルは聞いたことがない。ましてやこいつは唯の人間だったはずだ。
「わたしぃ?わたしは超絶可愛くて超絶美しくて性格も超絶最高、そしてこの子の将来のお嫁さん」
きゃっ!いっちゃった!
っとそんな事を言いながら飴を含んで身を悶えていた。
男はその光景に唖然としていた。
急に出てきて、まるで自分を怖がらない。
そしてまるで自分を虫のように見ているあの目。
二重人格にしたとしても、それなら身体の機能が失われれば決してこのような事にはならない。
こいつはなんなんだ。
男は動揺しながらも
でも、問題ない。
俺は強い、今すぐこいつを斬ればいい。
そう思って男は今日初めて出す全力で斬りかかる。
それは一般人だったら、見えない速さで。恐らく斬られたほうも何があったのか分からないまま倒れてしまうような攻撃。
だけどその攻撃を
「まぁまぁ落ち着いてよ」
と言いながら、たった2本の指で顔の前まで来ていた刀をつまんでいた。
その顔には焦りなどない。
余裕、まるで子供と遊んでるような顔。
男は、つままれたその刀を引き抜こうとしたがびくともしない。
「お前には感謝してるんだよ。こうやって旦那様とまた会わせてくれたんだからっ」
そうやって男のほうはまるで眼中に無いようで、そいつはリビングの鏡で自分を見て「あーやっぱ旦那様最高だわぁ」とうっとりしている。
「あぁでも……旦那様を傷つけたのはいけないなぁぁ」
と機嫌悪そうに言い、つまんでた刀を2本の指で「バキッ」と折った。
男はたじろいで驚く。
「う、うそだろっ」
なにせこの刀は長年貯金して全財産はたいて作ってもらった有名な鍛冶師の特注品。
闇の属性もついている。
しかもそう簡単に折ることは不可能なのだ。
なのにこいつは容易く折った。その事実に男は怒りなのか恐怖なのか分からないが微かに残っていた理性が吹っ飛んだ。
「ふざけんなぁぁぁ!!!」
男は剣を持ってない方で、そいつの顔面に殴りかかる。
これも一般人なら、頭ごと吹っ飛ぶ攻撃なのだが、それすらも叶わなかった。
「だから落ち着きなって」
ブチィィ!
変な音が聞こえた後、男は自分の腕に違和感を覚え腕を見たところ、殴ろうとした手が腕ごとそいつにもぎ取られていた。
「う、うわああああああアアあぁぁぁぁぁぁああァァぁぁぁ」
いつ攻撃をもらったか分からない。
そして腕から血が止まらない。男は顔を苦痛でゆがめる。
目の前を見るとそいつが飴をなめながら笑みを浮かべている。
くそっ、腕の痛みだけで失神しそうだ。
だけど耐えなければ。ここで耐えなければ確実にやられる。
だがそんな男の必死の抵抗も虚しく、
「ねぇ、お前この程度で済むと思ってる?旦那様を1回殺した挙句また手をだそうとしたんだよ?」
この罪はとても重いと言いながらそいつは男の頭に手を置く。
あぁこいつには適わない。
とてつもない恐怖を感じた男は腕の痛みなど忘れて、
「すまない!俺が悪かった!もうしない!もう何もしない!だから命だけは許してくれ!」
必死の形相で懇願する。
そんな男を見てそいつは
「ほんとうに?」
かわいく首を傾げて男に問いかける。
「あぁ本当だ!もう何もしねぇ。ここには手を出さねぇ!もう勘弁だ、助けてくれ!」
そんな男の必死な懇願にそいつは手をかざすのをやめ、それはもうとても素敵な笑顔で
「だーーーーめっ」
にっこり笑って男の頭を蹴り飛ばした。
[システム起動]
[敵対能力者の死亡を確認 名前は「滝川 圭介」]
[相良真音のレベルが上がりました。ステータスボーナスが与えられます]
[相良真音のレベルが上がりました。ステータスボーナスが与えられます]
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[相良真音のレベルが上がりました。ステータスボーナスが与えられます]
[相良真音のレベルが10になりました。]
[称号「下克上」が与えられました]
[初回ボーナス称号「能力者殺し」が与えられました]
[スキル吸収により体術Lv:3を入手しました]
[スキル吸収により刀術Lv:3を入手しました]
[スキル吸収により暗視Lv:1を入手しました]
[Lv:5により特別個人スキル言語理解:Lv1を入手しました]
[Lv:10により特別個人スキル言語理解:Lv2を入手しました]
[Lv:10により特別個人スキル魅力:Lv1を入手しました]
[下克上により火事場Lv:1を入手しました]
[能力者殺しによりスキル無効化Lv:1を入手しました]
急に響いたシステム音にそいつは顔をしかめる。
「うひーうっさいうっさい!」
そいつは頭をぶんぶんしながら、今の音がまるで知ってるかのような言葉で言いつつ部屋を眺める。
しかし今リビングはとてもひどい状況だ。自分以外に生きているものは居ない。
匂いもひどい。それに見るに耐えない状況だ。旦那様がこれを見てどう思うだろうか。。。
「んー」
可愛らしく人差し指を唇にあてて考える。
「とりあえず綺麗にお掃除しよう!あ、でも旦那様の意識が失ってる間の記憶だけは今の一部始終を定着させておかないとね!」
これは名案だ!っていう軽いノリの声をあげ、リビングに特有の魔法をかける。
「きれいになーれ!ちちんぷいぷいー♪」
こうして、相良真音の人生至上最悪で、クソったれな夜に幕が降りた。
……
…
――彼、相良真音は夢を見ていた。
子供の時の夢だ。
家族4人で初めての旅行。いつも東京にいる真音には何もかもが新鮮に見えた。
今現在、神様が祭られているお寺の前に居る。
真音の目を見ながら母さんがいう。
「ここはね、狐さんが祭られてるのよ?狐さんは分かる、真音?」
母親が狐のまねをして両手を頭によせてぴょこぴょこさせてる。
「うん、知ってるよ!狐さん大好き!」
と真音は母親の真似をして、妹のみちるもそれを真似してぴょんぴょんしている。
「おい、みちる!それじゃウサギだろ!」
「えーお兄ちゃん、これきつねさんだよぉー」
真音が妹とじゃれていると寺の隅に生き物を見つけた。
真音はそれを見つけると近くまで駆け寄った。
どうやら、足を怪我してるらしい。それに辛そうにしている。
真音はすぐさま、お寺の入り口近くにある水を持ってきて、それを小さな手のひらの上に注ぎその生き物の口元まで寄せていった。
「お水どうぞっ」
そう言うとその生き物は、
真音の顔を見た後に口を寄せてその水をぺろぺろ舐めてすすった。
真音はそれを見て、また手のひらの上に水を注いで生き物の前に。
それをまた、その生き物は舐めてすする。
無くなったらまた入り口に戻って水をすくって持っていく。
何回やっただろうか、その生き物はもう大丈夫と言わんばかりに真音の足に頬を擦り付けていた。
「うわぁ~ふわふわだ~」
そのモフモフは真音にとっては心地がよく、自然と頭に手を伸ばし撫でていた。
「きゅ~」
という音がその生き物から聞こえ、気持ちいいのかなぁと思いつつにこにこしてたら
「おい、真音いくぞー」
どうやらもう帰るのであろう。
父さんから言われ、
「うん。分かったー!」
真音が返事をしながらうなずいた後、立ち上がるとその生き物が
「クゥ~」
と鳴いたので、もう一回かがんで頭を撫で回した後ポケットから飴を取り出し、
「これあげる!」
と言って、持っていた小さい飴玉をその生き物にあげた。
そして、傷がついた足の所に人差し指を持っていって
「ちちんぷいぷい~ いたいのいたいの飛んでけ~ じゃあね!今度来たらまた会おうね!」
と言って手を振りながら親のもとまで走っていって――
――ジリリリリリィィィィ!!!!
真音は部屋のアラームで目を覚ました。
「ここは俺の部屋か」
そして起き上がり、
昨日の出来事を思い返す。
そして自分の胸に手を置いてまだ生きていると自覚する。
それから彼の行動は早かった。
ベッドから跳ね起き段差を飛び降りリビングへ。
意を決して扉を開けるとそこにはもう何もなかった。
そう、ただ1人では広いだけでいつも通りのリビング。
それしか無かった。
毎日この時間帯に最近レギュラーになってやる気が出て、部活の準備でいるであろう妹がいた。
毎日寝癖たってるわよ、とか毎日うるさく言いながらも朝御飯作ってくれる母さんがいた。
毎日椅子に座ってしかめっ面をしながら新聞読んでる父さんがいた。
でも今は何もかもが真音の視界の前から消え失せていた。
「ははは、嘘だろ、どうせ部屋で寝てんだろ?」
そう言いつつ真音は現実から逃避するかのように、全員の部屋を開けていく。
父さんの部屋を開ける、いない。
母さんの部屋を開ける、やはりいない。
妹の部屋に行こうとすると、妹の部屋からテレビの音が聞こえてくる。
真音はまるで希望を見つけたような顔で
「みちるっ!」
わずかな希望を期待してドアを開ける。
が、そこにはただ朝のテレビニュースが流れてるだけで無人。
――分かっている。分かっているんだ。
――でも理解できない。理解したくない。
昨日の夜、何が起きたか。
昨日の夜、誰が殺されたのか。
昨日の夜、自分じゃない何かが敵を討ってくれたのか。
全て分かっている。
ただそんなのそう簡単に受け入れられないんだよ!
真音はその行き場のない怒りをドアにめがけて拳を打ち付ける。
バリバリッ!!
すごい音がしてドアが真音の拳を中心に粉砕された。
「はは、なんだよこれ」
真音は目の前で粉砕されたドアを見て自分の傷一つない手を見る。
こんなことあり得ない。真音はどちらかと言うと細身でケンカは強くないと自覚している。
ドアを叩いたってこんな風になるわけがない。ましてや粉々になるなんてある訳がない。
真音は倒れるかのように壁にもたれ掛けた。
「一体、何なんだよ。一体何がどうなってるんだよ」
真音のかろうじて喉から搾り出したつぶやきは、ただ静かに部屋の中に響き、
「そうだ、これは夢なんだ。きっとそうだ、夢に違いない」
しかし、時は残酷だ。
時間が立つに連れて真音の脳は冷静になっていく。家族での思い出が今も色鮮やかに思い出させられる。
思い出せば思い出すほど
真音の目から涙があふれてくる。
「う....うぁ...うぁあぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ」
止め処なく涙が溢れる。
そして泣きながら
そこにはもう、自分の両親は既にこの世にはいない事を自覚させられた。
いつも元気だった妹も既にこの世にいないことを嫌でも自覚させられた。
そして、恐らく自分も死んだはずだ。しかし生き残ってしまった事を自覚させられた。
心が壊れそうだ。
いや、もういっそ壊れてしまえ。
そう思いながら、真音は泣き疲れたのか眠りに落ちた。