7 - 1 三人の覚悟
舞台はゲームから戦場へ。
ラジル大陸はコーヒーやアマゾン川で有名なあの国がある大陸です。
亜美が大吾からメールを受け取った翌日。BSS内で会うものだとばかり思っていた亜美のもとに送られてきたメッセージには、亜美の家の最寄り駅である荒川沖駅にほど近い喫茶店が指定されていた。祐希が霞ヶ浦学園に進学したことを知っていた大吾が、同級生である亜美が行きやすい喫茶店だろうと指定してきたのだ。ちなみにメールの末尾にしっかりと「もし他の場所がよろしかったら何なりと言ってください」と書いてあった。
女子大生が一人でいきなりゲーム上で知り合った男性と会うというのはいささか危ない話だが、祐希がまだ誘拐される前、大吾を紹介した時にオフ会で会ったことがあると話していたため、亜美は祐希を信じて会うことにした。
指定された時間の30分前、亜美は喫茶店に到着した。大吾が当日の服装を細かく教えてくれていたので、すぐに見つけることが出来た。何分前からいるのかとても気になった亜美だったが、本題の話があったのでその疑問を心の中にしまい、軽い挨拶から入る。
「こんにちは。亜美です」
「やぁ、新治大吾です。今日はどうもありがとう」
「いえいえこちらこそ。でもBSS内で良かったと思うんですが、何故ここに?」
「重要な話というのは対面で目を見ながら話すというのが私の信条なんだよ。今日はとても大事な話だから真剣に聞いてほしい」
大吾はとても真剣な顔をしていた。今日はわざわざ来ていただいたからねと言いながら亜美のコーヒーを追加で注文する。亜美は向かいの席に座って大吾の目を見た。
「それで、話というのは」
「今日の私の目標は二つあってね。一つは実戦の恐ろしさを知ってもらうこと。そしてもう一つは……」
「志願を、諦めさせること」
「分かってるじゃないか」
大吾は亜美が来たときには既にテーブルにあったコーヒーを一口飲む。もうぬるくなっちゃってるなと小さくこぼし、そして亜美の目をじっと見た。
「今、亜美君が志願したらほぼ必ず通るだろうね。それくらい人員は足りていない。徴兵なんて絶対できないこの国で次から次へと負傷者が出ては人不足にもなるってものだ」
武蔵国は戦争にものすごく敏感だった。国民は戦争をとても嫌い、喧嘩をふっかけられても外交でどうにかしろという世論がマジョリティな国なのである。そして政府はその特徴を広報に使い、戦争を嫌う心優しい国民、と宣伝したのだ。
前大戦で武蔵国が巻き込まれなかった理由の大きな割合をコレが占めている。戦争が嫌いで加担したくないと大声で発信する国と一緒に戦っても邪魔なだけだと判断されたのだ。結果的に武蔵国が世界で一番大きな国になり、世界で一番大きな武力を持ってしまったというのは皮肉である。
「その、結局確かめられていなかったのですが……大吾さんは国防軍の人、で合ってますよね?」
「ああ、正確には国防空軍だ」
「やっぱり……その、BSSは訓練の一環、ということですか?」
「いや、あれは完全な趣味だよ。あいつらが来るまでは比較的時間も取れてたんだけどな」
エイリアンが南極から侵攻してきた頃からBSSにログインする時間が極端に減ったらしい。今回の大会不参加も同じ理由だった。
「でも……やっぱり私、祐希を助けに行きたいんです。このままじゃ近い内に武蔵まで上陸してくるかもって言ってますよね? 結局危険な目に遭うって分かってるなら、祐希のために私――」
「亜美君。危険な目に遭う、と危険なところに向かっていく、では大違いだよ。祐希を助けるのは私たちに任せてほしい。それまで無事に生きていることが大事なんだ」
「無事に生きてる? 祐希が今も無事かどうか分からないのに私一人で待ってるだなんて無理です!」
亜美は涙目になりながらその心境を吐露する。親友が誘拐されて、自分だけ安全なところでただ待っている。そんな状況が耐えられなかった。そして亜美は"力"を持っている。戦闘機の操縦能力という力。
「私、どうしても諦められないです。祐希を助けたい」
「私もそんな簡単に納得してくれるとは思ってなかったさ。最初に言ったと思うけど、今日は実戦の恐ろしさを知ってもらいに来たんだ」
「実戦の恐ろしさ……」
大吾はそれから今までの戦況を淡々と語った。口調で恐ろしさを醸し出すわけでもなく、数字を盛って騙すわけでもなく。ただ淡々とエイリアンとの戦争について語ったのだった。
「そんなに……それじゃあ、もう地球は全部征服されちゃうんですか?」
「そうならないように頑張るのが私たちなんだよ」
「そうは言っても、今の状態じゃこれ以上被害が広がるのを黙って見てるしか無いじゃないですか」
「……」
亜美の主張に大吾は黙るしか無かった。それは自分達が力不足だと言われてるのと同義であり、そしてそれは紛れもない事実であったからだ。
「私の目的は祐希と再開すること。待ってるだけじゃ武蔵が、地球が無くなっちゃう。それじゃあ生きて待ってたって意味がない。そう思うんです」
なおも黙っている大吾だったが、突然大吾の端末に通知が入った。「ごめんね」と言いながら席を一旦立つ大吾を見送り、亜美は自分の主張をもう一度頭の中で整理する。
「(エイリアンは既に南ストリアを占領してるんだよね)」
「(今はラジル大陸に侵攻しようとしてるみたい。でも必死に上陸を阻止してるってさっき話してた)」
「(今のスピードだと1年もしないうちに武蔵まで来るらしい……)」
あと1年。メディアが最近口々に言い出している期限だ。あと1年で武蔵まで来る。それまでにどうにかしないといけない。ただ不安を煽るだけの報道に亜美は嫌気が差していたが、その1年という言葉は嫌でも耳に残っていた。
「すまないね」
戻ってきた大吾の顔は少し険しくなっていた。
「ついさっき、味方の基地が襲撃を受けたと報告を受けた。空軍だ。戦闘機は半数以上がやられたし、パイロットに至っては無傷な隊員のほうが数えやすいくらいらしい」
大吾は公開可能なレベルで今受けた報告を亜美に話す。そしてこう続けるのだった。
「もう覚悟を決めるしか無いのかもしれないな」
◇◇◇
「そうだったの……」
亜美が大吾と別れ家に帰ってすぐにBSSに潜ると、霞がロビーで待っていた。大吾が話した内容を要約して話し、そして別れ際、電話から戻ってきた大吾が話した内容を伝える。
「最近の研究で分かったことがある」
大吾が話してくれた内容は『フルダイブ適性』についてだった。フルダイブVRは、年齢で言えば若ければ若いほど良いらしい。脳内のニューロンが活発な若い人のほうがフルダイブの処理に十分に応えられるし、所謂『フルダイブ酔い』、『フルダイブ疲れ』と言われる脳の疲れが少ないのだとか。
「まあそれは何となく分かる。若い人のほうが疲れなさそうだし」
「それでね、その次に聞いたことがね――」
次に大吾が話した内容は、性別についてだった。今までの研究で、女性の脳の感情を司る部分が男性のそれに比べてとても発達していることが分かっているらしい。そしてフルダイブではその感情を司る部分がとても重要らしく、つまり女性の方がフルダイブ適性が高いという事を示していた。
「つまりね、今の私たちが一番フルダイブに適しているんだって。若すぎると逆にフルダイブ疲れに耐性が無くなるから、人によっては高校生から大学生、適性が高いと中学生から20台後半くらいが一番適してるらしい、って」
「そう……」
「それでね、最初の方はずっと、大吾さんは私を諦めさせるように説得していたの」
「当たり前でしょ、それよりさっきの話と何か関係あるの?」
「うーん、それがよくわからないんだよね」
「フルダイブと戦争、何か関係あるのかな……? まあ今はいっか、それで?」
「それでね、途中で席を離れた電話で聞いた内容が、大勢のパイロットが負傷しちゃって今計画していた大規模作戦が中止されちゃったらしいって」
「えっ」
霞は亜美の話を淡々と聞いていた。あまり口を出さずに、適度に相槌と一言を挟むだけ。真剣な亜美を邪魔しないよう、聞き役に徹していた。
「それで最後に……私自身の主張は変わらない、今のまま安全な場所で待っててほしい。でも国防軍の一員として言うのなら――」
亜美の口から発せられた言葉は、霞の予想を覆すものだった。
「――覚悟があるのなら、うちに来てほしい、って」
うちに来てほしい、それは亜美に戦闘機に乗って戦争をしてほしい、そういう事だ。霞はしばらく絶句していた。
「もしそれだけの覚悟があるのなら、私が全力で守るからって」
そしてこう続けるのだった。
「私はもう覚悟を決めたよ」
真剣な顔。嘘も冗談も一切ない、本心の言葉。
「……少し考えさせて」
霞はしばらく考え込んでいた。
◇◇◇
私は困惑していた。亜美ちゃんから聞かされた内容は概ね予想通りだった。大吾さんには亜美ちゃんに内緒で説得してほしいってメールを送っていたし、その返事でも大吾さんは任せてくださいって言ってた。それなのに……
私は知っている。ここまできた亜美ちゃんは、私にだって止められない。憲法だとか、法律だとか、条例だとか、物理的にだとか、そういう抑止力が無くなっちゃえば亜美ちゃんはただ突き進むんだろう。そして、最後の牙城だった入隊拒否も今の話だったら無くなったに等しい。
今志願すれば絶対に通る。私たちはもう未成年じゃない。自分の意思に、決定に、責任を持たないといけない年齢。
私には亜美ちゃんを止められない。
亜美ちゃんは、命がけで祐希を助けるつもりだ。敵にやられれば怪我もするだろうし、最悪……死ぬ。そんなところに行こうとしてる。そんな亜美ちゃんを、私は止められない。それが悔しい。
……悔しい? もう諦めるの? まだ、やれることはないの?
今まで、亜美ちゃんの無茶振りには色々と振り回されてきたっけ。いつも止める側だったし、今回みたいに止められないこともあった。
そういえば、小さい頃後悔したことがあったような……そう。あれは小学生の時だ。友達の家の猫が居なくなっちゃって、ずっと一緒に探してた時。亜美ちゃんは隣町まで探しに行こうって言い出したんだよね。危ないから子どもたちだけで隣町まで行くのはダメって言われてて、私は行かなかった。
案の定亜美ちゃんは隣町で迷子になった。結局通りがかった優しいおばあちゃんに声をかけてもらって交番まで連れて行ってもらったんだっけ。帰ってきた亜美ちゃんの手には友達の猫が抱えられていた。
その時、私は泣いていたはず。亜美ちゃんが帰ってこないってずっと泣いてた。帰ってきた亜美ちゃんがごめんねって謝りながら頭をなでてくれたっけ。でも、その亜美ちゃんの顔はとても誇らしげで、とても眩しかった。
……そうだ。その時、決めたんだった。私は、亜美ちゃんについていくって。一人よりも二人のほうが安心出来る、だから一緒にいる。難しい問題も二人で力を合わせて協力すれば解けるかもしれない。
なんだ、簡単なことだったね。
覚悟を、決めよう。
◇◇◇
「亜美ちゃん、私、覚悟を決めるよ」
「覚悟?」
「ここまできた亜美ちゃんに私がなんと言おうが止まらないことぐらい知ってる」
「へへへ、そりゃどうも」
「褒めてないからね? ……それでね、私」
霞は大きく息を吸った。亜美の目をじっと見つめる。霞の言葉をじっと待つ亜美。
「私、亜美ちゃんについていくよ」
ニッコリと笑った亜美の目には涙が浮かんでいた。
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