5 - 5 操り人形
多分むこうの星も私たちと同じような文明を辿ってきたんだと思います。
ココらへんの話はガッツリ覚えなくても、何となくサッと流す程度に読んでくれればOKです。敵側のバックグラウンドって読者によって必要・不必要と意見がわかれがちなところですので。。。
「地球、ですか」
終末回避対策室、とローゼンブルク語で書かれた看板が飾ってあるドアの中では、薄暗い中10人以上のローゼンブルク人が会議をしていた。
全員が真っ黒なぶかぶかの帽子を被り、あるメンバーは必死に手のような器官を動かし、あるメンバーは必死に足のような器官を動かしている。その会議の中で異様な雰囲気を醸し出しているひときわ大きいメンバーが手のような器官を少し上げると、せわしなく動いていたメンバー達は一斉に動きを止めた。これから話される内容を1マイクロ秒も聞き逃さないように、物音一つ立てず発言を待つ。少しの間をおいて、そのひときわ大きいメンバーが話しだした。
「地球。銀河連盟に加盟しておらず、技術力も相当に低い。いまだ第一種物理法則に囚われ、その先に進めていない有様だ」
「しかし、なしてわざわざ地球なんかを? あそこは星の大きさに対して陸地が狭く、新規移転先としてこれほど向いてない物件は無いと言われているものですが」
地球はその表面積のたった3割だけが居住可能な陸地であり、しかもその内実際に居住可能な陸地となると更に少なくなる。他にも星自体が大きく居住面積が十分確保できる星や、ローゼンブルクのように2つの星が連なって存在しており、総合的な居住面積がかなり大きい星など選択肢はそれなりに多かった。そのような中で地球を選ぶ理由などあるはずがなかった。
そろり、と手のような器官を上げ、先ほど地球を選んだ理由を聞いたメンバーが再度口を開いた。
「他にも移転先としては十分に良い星があります。しかしここで地球を選ぶということはそれなりの理由がお有りなのでしょう。私には推測できず、ボスに説明していただけるとありがたいのですが……」
「少しはその頭を動かせ」
ヒィッと小さな悲鳴を上げたメンバーだが、ボスと呼ばれたそのひときわ大きいメンバーは仕方ないとばかりに説明を始めた。
「その地球の先には何がある?」
「その先……ということは銀河第7地区、ということでしょうか」
「いや、もう少し先の第8地区ではないか? そこには……」
他のメンバーも討議に参加し始め、ボスの考えている内容をどうにかして読み取ろうと議論を重ねる。
「まさか、第9地区!?」
「ジョバンへの足がかりにするということですか!?」
「しかしそこまでの間にも2つほど生命圏が存在します。地球からの距離もそれなりに……」
第9地区。ジョバンと呼ばれたその星は、過去にローゼンブルクと大戦争を起こした星である。最終的にローゼンブルクが勝利したが、ジョバンは最後の最後に星ごと移転するという大博打をし、結果見事に移転に成功し遠く離れた第9地区へとその生命圏を移したのだった。
「ジョバン……我が娘を無残にも奪っていったあの星を、逃したままにできると思うか?」
「……」
「これは小さな一歩だ。しかし地球を足がかりにし、テノマーヤ、オーカナを我が手中にできれば、ジョバンはすぐそこだ」
ジョバンとの戦争は双方に甚大な被害をもたらした。ここにいるメンバーの多くも友人や大切な家族を失いジョバンへの復讐心を強く抱いていた。
「分かりました。それでは地球にローゼンブルク地球基地を設立し、我々の星から軍事物資を運び込む計画を立てましょう」
「ああ。ただしイニーゴには気をつけろ。あいつは最近、植民星とは友好関係を結びたいだとかほざいているからな」
「了解しました、ボス」
そして、次の瞬間その場には誰も居なくなっていた。
◇◇◇
この基地はとても住みやすい。外はそれなりに気温が低いが、中は過ごしやすい温度に調整されており、宇宙船と遜色ない快適レベルを保てている。先ほど地球人と接触したが、始めてにしては穏やかに話を運ぶことができた。
事前調査通り、武力行使は最後の手段というのがここの流儀らしい。我々も過去はそのような流儀が主流だったらしいのだが、私が生まれるだいたい250宇宙時間前にはそのような流儀を持った指導者が次々と退陣し、過激派が上層に入り込み始めていたらしい。そして武力行使論を持った過激派が上層を乗っ取り、穏健論が国を滅ぼしかけたという嘘の歴史を流布し始めたのだ。
最初は穏健派の反発により嘘の歴史は否定されていたが、過激派の検閲強化によって世代が変わるごとに次第に歴史は歪んで伝えられ、学校では既に正しい歴史を教えることは無くなっていた。
私は本を読むのが好きだった。祖父の書斎にこもっては様々な本を読み漁った。技術書、思想書、哲学書、エッセイ、果ては辞典まで。そして今では見つかった時点で取り上げられ、焚書されること間違いなしの古い歴史書。
「イニーゴよ。その歴史書には真実が書かれている。しかし、真実は常に正義であるとは限らない。そこで知った知識は決して口にせず、大人になるまで自分の中にしまっておけ」
祖父に言われた言葉の意味を当時は理解することができなかった。正しいは正義では無いのだろうか。間違ったことは間違っていると主張しなければ、正しい主張が消えてしまわないか。
でも、と返した私に祖父はめったに見せない鬼のような形相で重ねて言うのだった。
「絶対に外で話してはならない。その理由が理解できるまでは、だ」
いつも優しい祖父を怖いと思ったのは、ナイフの扱いを知らず怪我してしまった時と食べ物を粗末にした時とこの時だけだった。
私は大人になって祖父の言っていた意味をようやく理解した。あの時、もし"正しい歴史"を口走っていたら間違いなく異端者扱い、運が悪ければ監禁されていただろう。大人の前ではいかに正しい事実でも子供の力にはなれない。自己防衛がままならない子供は長いものに巻かれるしかなかったのだ。ようやく理解して、祖父に真意を尋ねた所、祖父は笑ってこういうのだった。
「立派に成長したな。さて、お前はどうする?」
どうする? と言われても、何を選べと言われているのか正直わからない。顔をかしげていると、祖父はこう続けた。そして私はその問いの真意を理解した。
「今のままでも良いだろう。やりたいことがあるのなら、邪魔なものは極力排除するべきだ」
――それが真実の歴史であっても?
「人生は一度きりだからな」
――自分の人生と、これから生まれてくる子どもたちの未来。どっちが大切なのか、まだ分からない。
「分からなくて結構。そんなもの分かってしまったら人生面白くないしな!」
そしてひとしきり笑った後にすっと真面目な顔になる。
「もし、自分の人生を未来のために使う覚悟ができたのなら。その時は俺に相談すると良い」
その場ではそれ以上話すことはなかった。
――ふふ、懐かしい思い出だ。流石にあの頃は、今こうやって遠く離れた別の星にいることなど予想できなかったがまあそれが人生、ってものなのだろうな。
「なっ……」
祖父に覚悟を伝えた次の日、まさか将軍が訪ねてくるとは思いもよらなかった。空軍大将、空軍のトップだ。普通は堅牢な基地の奥深く、安全なところで軍隊の指揮を取っているはずのお方。そんなどえらい方がわざわざ足を運んできたのだ。
そこまでさせる祖父の過去が気になったが、幼少の時期から祖父の過去の話は一切聞かせてもらえなかったな。大将は祖父を見ると深くお辞儀をし、祖父は「もう俺はそんな役職じゃないがね」とか言いながら後頭をかくだけだった。そのまま家の中に招き、自家製の混合茶を飲みつつ最初は雑談をしていた。
内容を聞いても難しい話ばかりでてんで理解できない。もう十分大人になったと自負していたが、大人になっても分からないものは沢山あるのだと思い知った。そしてそのまま大将が足を運んだ理由、しかもただの一介の老人を訪ねた理由の話になって、いきなり私の方を向いたのだ。
「イニーゴ君と言ったね?」
「は、はい!」
大将との会話なんてこれが最初で最後だろう。どうも緊張しまくってるようで上手く話せない。緊張なんてしない性格だと思っていたのだがな。
「ぜひ君を我が空軍に招待したいと思っていてね。君のおじいさんには御恩があるんだ。悪いようにはしない」
「しかし、私にはやりたいことが――」
「正しい歴史、だろう?」
な、何を言っているんだ? 一国の軍隊の、その中の空軍ではあるが最高幹部だぞ? そんなお方が"正しい歴史"だなんて言ってたらリアルで首が飛ぶ。銃殺刑もやむなしだ。今だって盗聴されてるかもしれない。私はまわりを見渡して、戦闘機が飛んでこないかと耳をすました。
「はは、気にする必要は無い。ここはこの国の中でも1、2を争う安全区域だぞ?」
「な、何を言って……」
「はぁ……"大統領"、そろそろ言ってしまったらどうです?」
「あのなぁ……」
ちょっと待て。いま祖父のことを何と呼んだ? だ、大統領? いや、だって、学校で習った歴史にはそんな大統領はいなかったが……
「まあ、その話はおいおいな」
「そんなに軽く流せる話では無いでしょうが」
ついツッコんでしまったが、今はそれよりもするべき話があることくらいは分かってる。
「空軍、ですか。しかし何故私を? とてもありがたいのですが、ぜひ理由をお聞きできればと」
「その思想、だよ」
「と、言いますと先程申しておられた"正しい歴史"ですか?」
「そうだ。今空軍の上層部では正しい歴史認識を取り戻すべく動いている最中だ。この国は最近おかしい。昔のような、高貴で崇高なわが祖国を取り戻したいのだ」
高貴で崇高なわが祖国、ねぇ。ちょっと怪しい香りがしてきたけど、さてどうしようか。さっきの話からすれば祖父の力を借りて断ることもできるだろう。しかし、悪いようにはしないとまで言ってくれているのだ。ある意味国を変えるにはちょうどいいのかもしれないな。
「そのお話、ありがたく受けさせていただきます」
「君ならそう言ってくれると思ったよ」
そして、私の波乱の物語が始まるのだった。
◇◇◇
真っ黒なぶかぶかの帽子をかぶった一人のローゼンブルク人が、先程「ボス」と呼ばれていた男と話をしていた。
「最近、また空軍連中が怪しい動きを見せています」
「前に空軍に送り込んだ奴はどうなった?」
「まだ潜伏しているようです。現在も空軍思想に染まったふりをしております」
「チッ。あいつは動きが遅い。ローコック、お前も空軍で情報収集を始めろ」
「はっ」
ローコックはニヤリと笑うのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。誤字脱字、おかしい点などがありましたら指摘していただけると恐縮です。




