4話 魔女の終焉(後編)
了とレミントンは話し合い、現状の状況についてお互いに必要となる情報をまとめた。
1つ、あの少女は誰と契約したか、ないしどの担い手と関わっているのか、本人に契約の自覚があるのか。
2つ、マスターサーバーを通さずにアストラル体化することは可能なのか。
3つ、低ランクの担い手における現状。
下2つはレミントンが中心に調べることにし、1つ目について了が調べることにしたのだった。
「で、どうやって俺はあの子と接触したらいい?」
昨今の日本をとりまく状況として、例え高校生であっても小学生程度と思われる少女に無意味に近づくのは危険行為である。
世間ではまるで同じようなはやし立てられる立場になれないことを嫉妬するかのごとく、様々な女性団体が盛んに児童ポルノについて提起し、児童保育の現場での男性職員は「もう面倒だから女児については放置しとくか」といってむしろその子をとりまく生活環境が悪化している矛盾すら生じているのだが、了もまた、ロリコンでもなければなんでもなく、常識人として生きていたため、
彼らと同様に表向きでは関係性の欠片もない年下の女児と接触することに抵抗感があった。
了には兄弟はおらず、妹も姉もいないため、そういった方向性からつつくということも出来ない。
しかしそこはレミントン、対策は考えていた。
「同級生だといって調べる近隣住民なんているかな?」
そういって白い獣は同年代の姿の女児に変身し、了を兄という扱いで接触を行おうことになった。
了はふと気になることがあった。
レミントンは契約時に数回自分の姿となって新聞配達を代行したことがあるのだが、人間に変身する時はいつも女性である。
レミントンの性別はどちらなのだろうかと。
だがレミントンはそれについて特段言及することはなかった。
触れてはいけない部分である気がした了も触れることはなかった。
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「少し調べたが、あの子には両親もいるし特段生活環境的な問題は無い。いや、無いからこそ彼女の能力は秀でていない」
道中、意味深なことを述べるレミントンこと草薙遥に違和感を持つ了であったが、大した意味もないなと聞き流した。
「どうも体力が回復しきらず寝込んでいるようだ。明日は登校日だがそれまでに回復できるかな? いい機会だから見ておくといい。無茶をしてアストラルを消耗しつくすとどうなるか……いかに回復力が超人的な君だってふとした状況でそうなる可能性は0ではないからね」
「それでどうやって家の中にはいるんだ?」
「簡単なことさ。世界に向けてボクらが彼女に面会に来たのだと認めさせればいいだけのこと。コソコソする必要性は無い。任せて」
レミントンの話は理解できなかったが、イザとなった時は変身すれば身を隠せるのでどうにかなるだろうと考えた了はとりあえず任せることにした。
玄関口前まで辿り着くと、レミントンは普段通りにしていればいいと言って黙っているように了に命じた。
了が黙ったまま遥の姿となったレミントンと共に進むと、遥は当たり前のようにインターホンを鳴らし、母親と思われる声でインターホンに付いたマイクから声がした。
「八幡マキさんのお母さんですか? わたし、草薙遥っていいます。マキちゃんの具合が悪いというので心配になってきてしまいました。様子をうかがってもいいですか?」
やや幼い姿となったレミントンこと遥は、同年齢の少女のような口調でそう伝えると、扉が開き、母親が出迎える。
「あら。お友達の……それとお兄さん?」
母親は特に警戒する様子もなく接してきている。
通常ならありえないが了は平常心を保ち、堂々とした姿でたっていた。
「最近、とても危ないのでお兄ちゃんと一緒に来ました。問題なければ一緒にあがってもいいですか?」
遥は了も中に入れるよう懇願すると、母親はどうぞどうぞと完全に赤の他人である二人を引き入れた。
その状態にレミントンは了の方を向いてウィンクしながら――
「おじゃましまーす」
と呟き、家の中に入る。
「なんか風邪にでもなったようで、二階の部屋で寝ています。後でお茶菓子でも――」
「おかまいなくー」
遥はトテトテとそのまま二階の方に駆けていき、そして了を手で誘った。
「失礼な態度、申し訳ない……」
了は呆れながら母親に無礼を謝罪した。
「いいんですよ。子供はああいうものでしょう? どうぞ、お二階へ」
了は促されるまま二階に行き、そして部屋の中に入った。
不法侵入の状態に気分は良くなかったが、命がかかっている使命感の方が勝っていたので何とか平常心を保ち続けた。
部屋に入ると遥はレミントンに戻り、なにやらボソボソと唱えると、部屋全体に光が包み込む。
「これで部屋の外へ音は漏れなくなった。妙な会話で感づかれても困る。おまじないは完全に効くもんじゃないからね」
相変わらず魔法のようなものにそれが科学なのかと言いたくなった了であるが、流石に慣れつつある自分に戸惑った。
「貴方達……誰?」
了達の物音に気づいた少女は起き上がり、不安そうな目でこちらを見ている。
「やはりアストラル体だね。ボクのおまじないは君には効果がないようだ」
「ウォーロック? もしかしてウォーロックなの?」
レミントンを見た少女は意味深な言葉を述べつつ、レミントンにまるで会いたかったとばかりに近づくが、体力を消耗しており寝ていたベッドからはずり落ちるように床に転がった。
「聞いたことがない名前だね……ボクはレミントン。残念ながらウォーロックじゃない。ウォーロックとは一体なにかな?」
「ウォーロックじゃないの?」
レミントンは自らの名を告げると少女は落ち込み、うなだれる。
了はその姿を見て眉を細める。
なんて精気がないんだろうか。
まるで末期の病気にかかり、余命幾ばくもない者のようである。
体は健康体に見えるが、明らかに憔悴している。
そのギャップが不気味すぎた。
精気を失ったという言葉がこれほど似合う状態も無い。
ハイメンタムの恐ろしさに身の毛がよだつ。
「君は誰かに契約を持ちかれられたりした? どうしてあんなのと戦ってる?」
黙りこむ了に対し、レミントンは少女から情報を引き出そうとした。
「ウォーロックがね、アレは悪いヤツだから倒さないといけないって。ドリンクを飲めば元気になれるんだよ!あんなのだって倒せるんだ。私、魔法使いなの」
「ドリンク……ねえ」
了はここにきて始めて口を開いた。
「そうなの! すっごい元気になれるんだけど、なんだか最近は味が薄くなってきて……あんまり元気でなくなっちゃった。昨日は何が起こったんだろう?」
少女の言葉遣いは完全に年齢相応であった。
まだ8か9ぐらいで、事情も状況も理解できている様子はない。
だがとても人懐っこい性格なのか、了達を見て叫んだりするということはなかった。
それは裏を返せば騙されやすいという意味も含んでのことである。
「私ね、昔、魔女に助けてもらったことがあるの。ウォーロックっていうのはどこからか私に声を通して話しかけてきて、君も魔法使いにならないかって。世界には悪いヤツがいっぱいいて、それを倒せばみんな幸せになるって。だから――」
「そのまま続けると、命が危ない。やめるんだ」
この状態となってすら、目を輝かせて夢を語る少女に対し、了は吐き捨てるように呟いた。
「なんでそんなこと……わっ」
「この姿が見える? 君がいう魔女と俺は同類だ」
了は変身した後、彼女と目線を合わせるために膝をついてしゃがんだ。
「君は正しい形で魔女になっていないんだ。そしてアレは確かに悪いヤツだが、ウォーロックというのもいいヤツじゃない。君を道具のように扱っている」
「そんなことないよ! みんなで戦ってるもん! ウォーロックはみんなにがんばれ、がんばれって応援してくれてるもん!」
少女は了の言葉を聞かず、ウォーロックを擁護する。
その姿に了は舌打ちしたくなったが堪えた。
しかしその言葉からやはり他にも被害者がいることを掴む。
(了、やっぱり……)
(ああ、使い捨てが他にもいることぐらい理解はできてた。だがウォーロックについては?」
(駄目。担い手の登録リストにはいない。偽名だ。間違いなく真の名はこの子に伝えていない)
了が少女と話していある間、レミントンはウォーロックについて調べていたが、特段情報は掴めなかった。
「マキちゃんだっけか。悪いヤツは俺が倒す。だから君は、せめて普段から元気な状態になるまで戦っちゃ駄目だ。お兄さんと約束してくれないかな? 本当にこのままだと死んじゃうよ」
「ダメなの……気づいたら敵の目の前にいるの……戦わないと死んじゃうよ……化け物がね、人を飲み込む所を見たの」
「!!!!」と、レミントンは大きなビックリマークがいくつも顔の前に並びそうな表情で驚いている。
「アストラル体とはいえ、肉体を持つ者の転送は物質世界に影響を与えかねないから禁止のハズ!なんてことを!」
「てんそう?」
レミントンに対して、マキは状況を理解できていなかった。
「了、ダメだ。この子を現状でボクらはどうにかできない……マキちゃん。君は戦っている間の記憶はあるかい?」
「覚えて……ない……叩かれて…痛かった……かな?」
「やはりね……ハイメンタムだけじゃない他にもいろいろ……そんなことが!」
レミントンは珍しく怒りを露にしている。
尻尾の毛が膨れ、全身の毛も膨れ、何かに対して怒りを向けていた。
「…………レミントン。行こう。俺らが出来ることはもう決まった。マキちゃん……できればでいいけど、怖くなったらいつでも逃げていいんだ。俺の名前は了というが、名前を呼んでくれれば、どこからでも駆けつける」
了はそう言うと再び立ち上がり、変身した状態のまま部屋を出ようとした。
「お兄さんからは不思議な感じがする……狼みたいなのに怖くない。悪いヤツじゃないんだ……」
マキは何かを感じ取ったように了に向けてそう答え、了はその言葉に振り向かないまま部屋を出た。
レミントンもその後に続く。
「挨拶しなくてもいいか?」
「問題ない。僕らが離れたらおまじないは解ける。母親は元の生活に戻るだけだ」
「そうか」
二人はそのままの状態で家を後にした。
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「了、現状でいち早く状況を掴む方法は、この間のような偶発的な遭遇だけだ。ボクの特性によって得ている君の知覚能力はトップクラスの範囲を誇る。君はかなりの距離を肉眼で確認できるが、それはほぼ確実に相手の射程外だ」
家から戻り、了の自宅へと戻る道中、レミントンは了に今後の方針を伝えた。
「CB400で駆け回るしかないな。まったくガス代がバカになんねえ」
1日2回給油している了は、1日で3000円近く消費するガス代がさらに増えることに一言口をこぼした。
このペースで行くとガス代は月に9万円である。
活動に対する補助金とほぼ同額であり、CB400に他に必要な用品などの代金は新聞配達のバイト代から捻出することとなり、カスタマイズなどが全く出来ないでいた。
「だが、ウォーロックとやらを許す気は無い。でも担い手って俺でも倒せるものなのか?」
「無理だね。状況を監査の者達に見てもらい、ウォーロックの正体を見破って拘束させるしかない」
「チッ」
ウォーロックに1発ブチ込む気でいた了は、担い手との戦闘力の差に舌打ちした。
「だが1発殴る。決めたッ。絶対に殴る」
ライダーグローブがグギギと鳴るほどに了は拳に力を込めた。
「いくぞレミントン!」
怒りをぶつける先がなかった了は、変身した状態で駆け出した。
とにかく1秒でも早く見つける以外、方法はなかった。
「転送を以外に催眠か何かも併用している以上、こちらに打つ手もないしねッ!」
レミントンは驚くほど速く駆ける了に平然と息も切らさずついていきながら了に応えた。
二人はすでに心の通じ合うコンビとなっていた――