4話 魔女の終焉(前編)
中篇以降は翌日となります。
翌朝、了は普段通り新聞配達の仕事を済ませて朝食をとるとレミントンがTVに注目するよう促した。
TVには昨夜の人身事故の件が報道されており、遺書が見つかったということである。
いじめに悩んだ結果の末の自殺だが、学校側は虐めについては無かったという話をしている一方で、両親は「原因は学校側であり、原因究明を求める」と語気を強めている。
了はまるで全て学校が悪いんだとばかりに泣きながら訴える、あの鬼となってしまった子の両親に強い違和感を感じた。
「あの子は何度も相談していたはずだ。学校に行きたくないって」
了がそう言うと、TVの前の両親は――
「学校に何度も行きたくないと言っていたが、担任教師とも相談して大丈夫だということで行かせたのは失敗でした」
とシクシクと泣きながら母親が訴えている。
それを見た了は、誰が悪くて、誰が正しくて、誰がどうすればああならなかったのか……そう頭にめぐらせつつも答えは出せなかった。
「あの子の記憶が全て正しいとは言い切れない。ボク達はあの子が見た視点でしかモノを見ていないからね……」
朝から非常に豪華な食事を人間の姿をしながら採るレミントンに、了はやや呆れる。
レミントンは人間の女性の姿に変身できるが、最初に契約について話を持ちかけてきた時、この姿であった。
この姿であったといっても年齢をある程度弄れる様子で、幼女から大人の女性まで自由自在のようである。
現実世界で了をサポートする時は親戚という名目で大人の女性になってサポートしているが、状況が状況だとクラスメイトになったり従姉妹になったりする。
この時の偽名は草薙遥といい、初めて会った時はこの姿であったが、両親はこの姿も見ることが出来ない。
正確には現実に存在しているのだが、事象そのものを制御して世界が覆い隠しており、両親はレミントンや遥の状態となった近くを通り過ぎる際には、違和感があるほどにそれを避けて歩く。
当人達にそれを問いかけても「真っ直ぐ歩いていたはず」と認識していなかった。
変身時の了も同じ状態となるが、視認させるように調節することも可能だという。
了が、相変わらずこの白い狼だか犬だかの居候の唯一気に入らない部分は食事であった。
レミントンはなぜか非常に豪華な食事を好むが、どこからともなくポンと出現させて一人で美味しそうに食べるのである。
以前も述べたように、了がつまみ食いすると本気で怒るのだが、この見せびらかしだけはどうしても気に入らなかった。
ちなみにこの魔法のようなものは何でも出せるようで、小型端末やらメンタルクリアやら大型の鏡やら、とにかく何でもポンと煙と一緒に出現させる。
実に魔法らしいが、本人は「科学である」と言い切っていた。
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人身事故で生まれた悲劇のヴェノムの討伐から4日の間、了は低級ヴェノムを次々と単独で討伐することに成功していた。
手に入れたライダーグローブはそれまでとは比較にならない攻撃力を発揮し、あの時倒せなかったあのヴェノムと同じ戦闘力の者なら胴体を正拳で貫通できるほどであった。
レミントンはB+ならこれぐらいは余裕であると主張し、了は6万5000EPを稼ぎいだ。
その稼ぎで了はセール品からカーゴタイプのクロップドパンツと同色のフラットソールスニーカーのセットを購入した。
レミントンはライダーらしくない下半身だと主張したが、カジュアルなライダーを目指す了にとってはこっちで十分であると主張した。
ただし、このチョイスはどちらかといえばビッグスクーター向けである。
年齢相応の了らしいチョイスであったが、CB400のイメージと相違していたのは事実であった。
「あとはシャツとジャケットだな」
次なる目標を決めた了は、アクシオン回収ではなく低級ヴェノムを探しにCB400SBで町にくりだした。
端末のエマージェンシーアプリは取り合いや奪い合いを防ぐために探索範囲が限られており、周囲30km程度しか探索出来ない。
そのため、了は環状7号線や環状8号線などをグルグルと回ってヴェノムを探すのが日課となっていた。
しかし、その日は結局ヴェノムは出現せずに夜となってしまった。
ところで、了はCB400を手に入れるために午後もバイトを入れていた。
しかし現在はバイトをしていない。
これには理由があり、契約者として活動していると活動日数が一定以上なら成果に関わらず現金で生活保護費用とほぼ同額程度が支払われる仕組みであり、バイト代とイコールぐらいであったためである。
CB400はこれだけあれば維持可能だったため、了は長年続けた新聞配達のバイトだけ継続し、本来は夏休みにフルで入れようとしていたスーパーのレジ打ちのバイトは丁度新しいバイトが数名入ってシフトを減らして欲しい旨を店長より頼まれたため、目標金額に達したといってそのまま辞めてしまった。
了の1日は、現在は夏休みなので新聞配達のバイトから始まり、その後は1日中ずっと活動し、再び新聞配達というサイクルであった。
夜となったその日、本来なら翌朝に向けて家に戻る所であったが、次の日が休刊日であったため仕事はなく、なんとなく了はその日にヴェノムが出現する気がしたので、そのまま夜も家に戻らず街中をレミントンと共に徘徊していた。
すると了の予測どおり、ヴェノム出現の公開情報が出てきた。
ヴェノムに関しては低級~中級でも弱小ならば公開情報という形で載る。
中級以上だとこれまでの戦果を吟味し、一定以上の勝率と戦闘力を持つ者だけに限定公開される。
了はまだその状況には至ってはいなかったが、レミントンからは、急がなくてもいいから目標を高くせよとは言われていた。
了達は経験値を積むことも目的にヴェノムが出現した場所へと向かったのであった。
そこで現在における悲惨な実情を知らされることとなるのも知らずに。
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ヴェノムが出現した場所へ向かうと、すでに他の者との戦闘となっていた。
エマージェンシーアプリを見ると生存率は50%強
低級にしてはやや強めのヴェノムである。
了がやや遠くからその様子を見ていると、戦っている者の様子が明らかにおかしかった。
「ウヒッ ウヒヒヒヒッ」
戦っているのは少女であったが、明らかに正常ではない。
息は荒いが、疲れているというよりかは火照っているというような感じである。
了は何かが麻痺しているような感じを受けた。
「《ハイメンタム》を使ってる……」
その様子を見たレミントンは目をやや細め、怒りの感情を覆い隠しつつも覆い隠しきれないような様子で呟いた。
「ハイメンタム? アレか、これはビタミン剤じゃ……とかいうビタミン剤じゃないけど疲労がポンと取れるってアレか」
「うん……」
アストラル体を持つ契約者達は、精神的な感情によって戦闘力が上下する。
しかし、あまりにも強すぎる相手などによっては動揺し、大幅に戦闘力が落ちる。
ハイメンタムはそのような状況を回避するための劇薬であった。
「そんなん許されんの?」
敵は人型のヴェノムであったが、殴られても蹴られてもヘラヘラしている少女を見た了は、気持ち悪さを感じていた。
「担い手のランクが低い。そして、契約者は何とかアストラル体にはなったが、精神防御や精神制御などが致命的に低いんだと思う。ランクの低い担い手は今の時代、本来なら契約者とすべきではないぐらい脆弱な者でなければ契約が結べないという厳しい状況があるらしいからね……」
担い手のランクはFから最大A++まで存在する。
Fランク帯は担い手としての活動が許されていないが、それでもEランク以上の者なら活動が許されていた。
レミントンは、あの魔法少女の持つアストラルの貧弱さを感じ取り、その背後にいる担い手のランクも非常に低いものだと見積もった。
「このまま行くと……彼女は死んでしかうかもしれない」
突然のレミントンの発言に了はレミントンの顔の方を向いた。
「何? アストラルが枯渇するのか?」
「ああ、ボクらアストラル体を持つ者はアストラルが枯渇すると死ぬが、彼女はハイメンタムの使いすぎでアストラル供給に異常が発生している。アレは劇薬だ。一時的に感覚を麻痺させたって記憶まで消せるわけじゃない。後から来る恐怖よってアストラル体にはダメージが蓄積し、きっといつもあんな風に戦っているから……」
レミントンの台詞に了はこの間の鬼のことを思い出した。
鬼になったあの子もまた、負の連鎖によってアストラルの供給が不完全となり、モチベーションが低下してデストルドーともいうべきものが増加し、最終的に生を諦めたのだ。
あの子は救えなかったが、この子はまだ死んでいない。
まだどうにかなる。
そう思うと体が勝手に動いた――
「――あっ、待って!――」
しかし、レミントンの静止の声は届かなかった。
――フラフラになりながら戦闘を継続する場所へ駆けていった了は、すぐさま変身する。
人型のヴェノムはこの間の鬼とはかけ離れた容姿で、ドロドロの人の形をした溶けかかった人形のようであった。
当然防御力は低く、突撃して攻撃を繰り出した了の拳はあっさりと胴体を貫き、簡単にアクシオンの接合を解いてバチャバチャと泥をかきわけるようにして了はアクシオンを分散させ、コアを探った。
ヴェノムはコアがあって初めて成立するものであるため、コアを破壊しないと倒せない。
すでに魔法少女は戦闘継続不能でへたりこんでいる。
「こいつがコアか!」
すぐさま了はヴェノムの体内からコアらしきものを見つけた。
それは壊れたおもちゃであった。
非常に古い超合金のフィギュアであった。
おぞましいまでの負の残留思念がアクシオンと共に詰まっている。
了はフィギュアを手にしたことでそこに宿った情報をぼんやりと読み取ることが出来た。
それはこの間より明確ではなかったが――
――このおもちゃは元々はとある子供の持ち物で、その子供が大人になり、息子へ、そしてその息子も成長した後に孫へと伝わっていった。
そこまでは、むしろエーテルを内包するぐらいの存在であったが、レア物であったためにある日突然大人に盗まれてしまったのだった。
しかし一度盗まれた品はさらに盗まれたり奪い合いになり、大人によって強烈な負の思念が埋め込まれ、アクシオンがそれを包み込むことによってヴェノムになったのだった。
アクシオン同士の接合が弱かったのはコアがやや貧弱であったことに由来する。
大量のアストラルを用いて浄化するかのようにアクシオンをアストラルに還元した了は、超合金のおもちゃをグシャッと握りつぶし、完全に破壊した。
「誰しもが皆、その時に手に入れられなかったものがある……そしてそれを手に入れられるだけの財力を持ったときにはすでに廃盤だったら……俺のCB400だって例外じゃない……CBX400Fという存在がこいつの1つ前の世代にはある……」
断片的とはいえ、負の連鎖を見た了は、CB400の1つ前の存在であるCBX400Fという親とも兄とも呼べる存在において同様の状況となっていることを知っていた。
ヘタをするといつかCB400もそうなるかもしれないし、CBX400Fがコアとなったヴェノムと戦うかもしれない。
そう思うと、いつか自分が加害者か被害者になるかもしれない事に、了は工業製品特有なものに由来する時代の流れに対して空しさを感じた。
「はっ そうだ。 感傷に浸っている場合じゃない!」
ヴェノムのせいで妙に黄昏れてしまった了であったが、すぐさま持ち前の精神回復力を生かして素に戻り、へたりこんだ魔法少女の方へと向かう。
魔法少女の肩に触れると、魔法少女はすでに体力的に限界でそのまま倒れこみ、そして――
了の目の前で変身が解除されてしまった。
光に包まれ、ゆっくりと変身が解かれていく姿を了は目の当たりにする。
「これは……」
(フェイルセーフだよ。アストラルを消耗しつくすと、枯渇による死の回避のために変身は強制解除される……本来はここまでになるまで戦わせないが……)
この時はじめて気づいたが、了とレミントンはかなりの距離が離れており、テレパシー的な通信でしか会話できない位置にレミントンはいた。
自分も気づかないうちに数百メートルをダッシュで移動してきたことに了は気づく。
レミントンは何か思うところがあり、あえて身を隠すように了とは距離をとっていた。
そして、光に包まれている魔法少女が変身が解除されていくと了は驚きの声をあげた。
「この子は!!!」
それは了の知っている近所の子であった。
スーパーのバイトをしている時によく買い物に来る子だったが、最近は随分疲れた様子を見せていたことを記憶していた。
自分の住んでいるすぐ近くのどこかに、魔法少女がいたことにも驚きであるが、それがこんな使い捨てのように扱われていたことに了は怒りが込み上げる。
「どこにいる! 担い手! 出て来い!!!」
了は周囲を見回しながら叫んだ。
こんな真似をする担い手など了にとって許せるはずが無かった。
そもそも、そんなことをする担い手はいないはずだと思っていたからである。
しかし了の叫びは空しく響き渡るだけであった。
(その子を家にまで連れて行ったほうがいい)
(場所がわからない……近所ではあるようだが……)
(匂いを辿ればいい。ボクに任せて)
とりあえずそのままだとやや衰弱しているため危険であると判断した了は、休ませるためレミントンに手伝ってもらい、その子を家に送り届けることとした――
了にとって忘れ難い出会いと別れの物語が始まりを告げる。