3話 ブラック・クローク(後編)
「今一度確認しておくが、俺の戦闘力って、近接がB+で遠距離がBで、機動力がAで、防御力がEで、ライフゲージはCって感じだったよな?」
了は端末でみればそれが確認できたが、間違っているのではないかとレミントンが指摘したため、改めて確認を取った。
「前も言ったけど、君は今やエネルギー生命体。それも感情などのエネルギーによって活動する。だから現状の精神状態に戦闘力は左右される」
それは精神攻撃は非常に有効であるということを意味していた。
「で、なんで攻撃力が――」
「待って、さっきの報酬が振り込まれたよ」
「えっ?」
レミントンの突然の言葉に了は驚いた。
先ほどの戦闘は結局了は時間稼ぎしか出来ていなかったため、報酬は全額ブラック・クロークのものだと思っていたのだ。
そのため、了は足止めした影響で1割か2割ほど貰えるのかなと想像する。
「8000EPのようだ」
「待て、多くないか?」
ビギナーとして活動を始めた了は桁が1つ違う数字に驚いた。
契約者の雑務としては、アクシオンの回収という仕事が存在する。
超低級のヴェノムの退治も行ったが、了の現在の活動といえばもっぱらこの基本の仕事であった。
アクシオンはメンタル体を持つ人間が負の感情を帯びることでアストラルから変質して生まれる。
この状態で人間はアクシオンを纏った状態となるが、さらに感情が高ぶると大量のアクシオンが精製され、空中を漂うようになる。
この時にコアと呼ばれる残留思念を強く帯びたものにアクシオンが引き寄せられることでヴェノムとなるが、ヴェノムとならずともアクシオンは負の感情を帯びた場所へ集まりやすい傾向があり、その容量が増えるとディラックの海となるので、アストラルを用いて還元するか回収しなければならない。
この時、アクシオンを精製して放出する者に対して、契約者は《メンタルクリア》と呼ばれる道具によって、アストラルを用いて相手の感情を元に戻す措置も行うが、これはその者の人生観などが変わってしまうこともあるので、アクシオンを放出する人間にしか使用を許可されていなかった。
アクシオンを纏うだけの者なら97%以上の者が感情を安定させて落ち着きを取り戻すが、彼らに不用意にメンタルクリアを使うと、対人関係などで本来は本当に怒らねばならない状況で落ち着くため、返ってその人にとって良くないことがおこりうるのだ。
これは放出するタイプの人間も同様だが、放出するような状態だと殺意や暴力衝動などを帯びており、犯罪抑止の意味合いで使うことを許されているが、状況によってはアクシオンの回収だけするということもありうる。
どちらがいいかという判断は小型の端末によるエマージェンシーアプリが知らせてくれるが、最終判断は契約者によって任されていた。
了は契約してからこの活動で2500EPを稼いでいたが、1回に稼げるEPは精々300か400といったところで、2500EPを稼ぐのにも非常に苦労したのであるが、なんと今回は1回で20倍以上の報酬が出たことになる。
多いと思うのも当然であった。
「レミントン。どうしてなの?」
「待って。報酬の理由となりうる戦闘ログもきているから。これで了の攻撃力不足の謎も解ける。戦闘レポートは、担い手とは別にオペレーターが1つ1つの戦闘を確認して、マスターサーバーの判断も合わせて記録を毎回出してくれる。ログは君も見れるから後で見ておいて」
レミントンはそういうと端末を弄って戦闘ログデータを見始めた。
こうなると集中してしまい、話しかけても黙ったままなので、了はバイク関係の情報をネットで見ながら待つこととした。
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20分後、レミントンが口を開き始める。
「マスターサーバーは面白い判断をしていた。了とボクの判断のミスを指摘している」
「どういうこと?」
了は判断ミスという言葉に首を傾げる。
しかもレミントンまで含めた判断ミスであるというのだから驚きである。
「ランドクルーザーによる攻撃は、本来それが決め手となりうるものだったんだ。了はあの時、そのまま何もせずに直撃させたからね」
「なんてこった!」
了は額に手を当てた。
レミントンが言いたいことが理解できたのだ。
レミントンは了の理解から言葉にすることはなかったが、つまりはランドクルーザーの正面に大量のアストラルを纏わせた状態で体当たりすれば、その一撃で倒せたというのがマスターサーバーとオペレーターが出した判断であった。
「ビギナーにつき、今回はその件に情状の余地アリということで、報酬を二等分にして配布だってさ」
「つまり、アレを倒せば1万6000EPか」
本当は一気に保有EPが2万近くになったかもしれないことに了はやや落ち込んだが、結局は結果論なので諦めることとした。
それよりも貴重な白い下着か水着のようなものを眺められたので、そっちに8000EP払ったと解釈することとした。
「攻撃力不足の原因もわかった。原因は服だ」
「それ、お前が原因じゃんかよ……」
「仕方ないじゃないか……武器が発現しないなんて思わなかったんだよ」
レミントンは了のボヤきに反論する。
了は変身時に服が変化したり変身時特有の服を纏うということがない。
本来は契約時に契約金としてEPが支払われ、契約者は自由に服装をチョイス可能である。
だが、レミントンはCB400を了への契約対価とするため、了に支払われる予定であったEPを現金に換金してしまい、了はEP0の状態で活動開始となってしまった。
了は武器が発現しなかったため、武器もなければ防御手段となる服も無く、ヴェノムとの戦闘は厳しいと最初から二人は認識してはいたものの、低級程度なら倒せたので今回も何とかなると見積もっていたが、低級といっても今回のヴェノムは了達では簡単に倒せない程度の強さはもっていたのだった。
戦闘ログデータの結果から、了の攻撃力不足は2つの理由によるものだとマスターサーバーの遺伝的アルゴリズムプログラムとオペレーターは判断した。
1つは了の精神制御力が敵のヴェノムの影響で落ちていたこと。
これにより、アストラルの圧縮や集中が不完全であった。
そしてもう1つは、いくら変身したとしても肉体にアストラルを集中させるのは基本的に非常に鍛錬が必要なもので、現状での攻撃力不足はビギナーであることと、武器が無いことに起因する。
そして武器というのは服でも良く、例えばグローブやガントレットなどがあるだけでも攻撃力は大幅に改善するというのがマスターサーバーとオペレーターが導き出した回答であった。
「服は後でも手に入るって話だったよな? 現状のポイントで何か手に入れるしかないじゃないか」
「そうだね……でも、足りるかな……」
「1万程度じゃ駄目なのかよ……」
見ると挫折しそうでオンラインによるショップを眺めていなかった了は、EPの貨幣価値を知らなかった。
「とりあえず指示通りにEPを交換するショップを見てくれ。多分1つしか手に入らないと思うけど……それも靴かグローブどっちかがギリギリ……」
レミントンの言葉から、多分1万EPが地球上では1万円程度なのだと推察した。
レミントンの指示に従ってショップを見ると、了はゲンナリした。
アストラル体に新たに付与するタイプの武器を追加する場合は0が最低でも2つ足りない。
使い捨ての武器なら手に入るが、1万を消費してしまし意味がない。
「武器は変身時のアストラル消費の負担も増えるから慎重にね……」
レミントン曰く、これらの人工精製された武器は、発現した武器より性能が低い一方でアストラルの消耗が高いらしい。
これらは必要なときのみ出現させて戦うサブウェポンまたは、特殊武器であり、メインウェポンとして扱うものとは少々異なるということであった。
武器や服はメンタル体をアストラル体にする技術の応用で作られているらしく、売買が可能で、レンタルという名の使い捨ても存在していた。
一度購入するとアストラル体にデータをさらに導入することで変身時に自由に発現させるようになるらしい。
次に了は服を眺めてみるが、服についても価格は0が1つ足りなかった。
「駄目っすな」
了は状況を見てため息をつく。
「セール品というのもあるから、そっちを見てみよう」
「セール品?」
「こういったアイテムは処分も大変だから、売れ残りはよろしくない。そういうのは処分セールをやる。セールはいつもやってるよ」
レミントンはそう言うと、了にセール品が並ぶページを示した。
了もそれにつられてセール品を見る。
並んでいたセール品は、どれもこれもデザインが悪く、明らかに了好みではなかったが――
「見てみて! このダッサイイボ付きの軍手、4000EPだよ!買えるよ!」
その中から、レミントンはイボ付きの100円ショップに並んでいるような軍手を示して了に推奨した。
「あ、この地下足袋も安い。6000EPだ!これならいけそう!」
「冗談じゃねえ! 俺は植木屋か!」
装備した状態を想像した了は吐き気がした。
どう考えても、それは植木屋のソレである。
想像しただけで周囲からの笑いものにされるのは明らかであった。
その後もレミントンは茶色い便所サンダルなど、とにかく間に合わせの品を勧めたが、了は全て一蹴した。
「グローブだ! 今回はグローブだけでいく! でも軍手じゃだめだ! ライダーグローブだ!」
自身がライダーであると自負する了は、ライダーグローブを購入することにした。
何か無いかと必死で探す。
見てみると驚くことに、ライダーグローブは現実世界のブランド物が多くあった。
セールの理由は型落ちだが、どうやら、これらの品は現実世界のブランド物をコピーしてアストラルデータにしたものも多いのだということに気づく。
服のブランドに関しての知識が全く無い了であったが、ライダーウェアなどのブランドに関しての知識があったので、それらのメーカーのものであることはすぐに見抜くことができた。
「これは!!!」
そして了はついに見つけた。
とあるバイクパーツ店が独自に立ち上げたプライベートブランドと同じ、メッシュ型のバイクグローブと同型のものを。
2017年モデルのメッシュグローブではあったが、不人気でセール対象であった。
説明書きには「スマホも操作可能」と書いてある。
デザインは悪くないが、なぜか安かったそれのEPは9800EP。
了はすぐさま購入ボタンを押した。
「あっ! ボクに断りも無しに!」
その状況にレミントンがすぐさま反応した。
レミントンは鹿革の非常にダサい黄色いグローブ(EP3000)を見つけていたのだが、了に勧める前に購入されてしまったからである。
「どうせお前の見つけた奴なんて間に合わせだろ。俺はこれがいい。というか、これがセール対象なのはありえない。夏用にコイツを買おうと思ってた。丁度良い。同じサイズで同じ色を後で買ってこよう」
デザインに興味があった了は、夏用のグローブとしてそのグローブを購入予定であった。
定価4980円だが、こちらもセールで2980円で販売するという広告がバイクパーツ店のセール情報に出ていたのだ。
手首側にはカーボンの保護パネルがあり、手の甲にはカーボンの上にゴムがかぶせられた保護パネルがある。
薄手ながら、防水でちょっとやそっとでは濡れない。
機能性もデザインも十分であった。
了の今のグローブは間に合わせの合成皮の黒いグローブであったが、CB400には似合わなかったし熱いのでメッシュグローブが欲しかったのである。
「なにはともあれ……これで多分、攻撃は通るようになるはずだよ……多分……フンッ」
了の独断先行にプゥと頬を膨らませたレミントンはとりあえず現状打破にはなるであろうとは認めたのだった。
「次はフラットソールのライダーブーツだな」
了は今後の方針として、次はライディングブーツ、そしてその次はライディングパンツを手に入れることにした。
ライダーらしい見た目で戦いたいというのが彼の思いだが、現状での戦闘ではもっぱらパンチとキックで戦うため、ジャケットの必要性はそこまで無いと判断した。
当面の目標は10万EPほど稼ぐこと。
今日のヴェノムを7体程度と考えるとグローブの攻撃力に期待することにした――