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2話 鬼と獣は掌で踊る

 それは了が一瞬見せた隙であった。

 敵の戦闘力の確認のため、小型の端末に眼をやった瞬間の出来事。

 

 端末上のエマージェンシーアプリの生存率は25%と3%ダウン。

 指示は援軍を呼ぶか離脱しつつ時間を稼げとの命令。


 レミントンを信用していないわけではなかったが、敵の戦闘力が気になった了はビギナーらしいミスをやらかしたのだ。


 鬼となったヴェノムずっと特定の行動をとらなかったため、先手を打ってくることはないと勝手に判断した了の油断。

 

 端末から目を離し、再び正面を見据えた了の目の前には鬼が突進してくる姿があった。


 身長は3m以上4m以下。

 それは人間のソレではなかった。


 了はその姿に驚きつつも、己の拳で反撃を試みようとする。

 しかし敵の方が一足速く、了の顔面に対して正拳をお見舞いする。


「ぐあっ」


 顔面にモロに打撃を受けた了は圧倒的な質量を伴った攻撃によって後方に吹き飛ばされた。

 後方にあった住宅のブロック塀に突き刺さる形で激突する。


 その状況を鬼はさらに追撃し、了の顔面を大きな手でワシ掴みし、さらにブロック塀の中へ押し付けるように力をこめた。


 まるで泥の中に沈み込むようにコンクリートブロックに沈み込んだ了であったが、あまりの圧力にブロック塀が貫通したことである程度自由に動けるようになり、器用にも蹴りの一撃を鬼の腕に食らわすことで拘束を強制解除した。


 その反動で一旦姿勢を崩した状態で後ろに下がってしまうが、すぐさま受身を取って反転、鬼に対して空中にジャンプしながらの回し蹴りを食らわせる。


 変身によってさらに強化された身体能力による運動エネルギーは鬼となったヴェノムの首付近に命中し、怯ませた。



「怯んだ!?」


「これは、頭の中にコアがあるかもしれない……一瞬アクシオンとの接続が切れかかったんだ」


 了はレミントンから、変質し、成型されただけの一般的なヴェノムなら体の全身を維持できなくなるほどの強力な一撃を食らわない限り怯むことは無いと聞かされていた。


 今の一撃は明らかに首のあたりに命中しただけであり、鬼は多少姿勢を崩したものの、全身を構成するアクシオンの接合が不安定化するほどの威力とはなっていなかった。


 レミントンはすぐさまその状況から、コアが頭部にあることを見抜いたのだ。


「グオォ」


「チッ」


 レミントンの話を聞いたことで頭部への一転集中を決めた了は、一瞬動きが止まった隙を見て攻撃を加えようとするが、鬼は両腕を広げて全身を回転させ、了を弾き飛ばす。


 周囲の電柱などが鬼の攻撃によって破壊された。


「なんでコイツは物質に干渉できるんだ!?」


 吹き飛ばされて地面に打ち付けられて転がった後、すぐさま起き上がった了は、

 単なるエネルギー体が明らかに地球上の物質に影響を与えている様子を目の当たりにして驚いた。


 今までのヴェノムは物質を貫通していたので物質を消滅させうる状況にならない限りは単なるエネルギー体でX線のように貫通するだけのものだと思っていたのだ。

 それは鬼になる前の状態のヴェノムも例外ではなく、地面を浮遊していた頃は電柱をすり抜けていた。


「地球上にだって、暗黒物質など、地球の人間が観測できないエネルギーや物質で溢れている。構成するアクシオンの濃度が高まってそれらを内包するような状態になっているんだ。アクシオン自体はただのエネルギーだが、特異点に至るまでに様々なモノを飲み込む」


「じゃあ、お前らがいう成型というのは……」


「そういうものを纏って形を整えた状態だ。最終的に全てを消滅させる存在となってしまう」

 

 レミントンはヴェノムが鬼になったことで新たな状態へと移行したことを了に説明する。

 それは、このまま放置するとさらに危険な状況であることを示していた。


「了! 建築物損壊は気にしないで! 後で修復出来る。 どちらかというとアレが人的被害を生むことの方が危険だッ!」


 周囲を無作為に破壊するようにな行動をしはじめた鬼に対し、攻撃にたじろいでいた了をレミントンが助言する。

 

 その言葉に安心した了は体勢を低くしながら突撃した。

 鬼は自身の腕を振り回していたので、攻撃を加えるならば下からしかないという彼の判断によるものだった。


 了は鬼の足をめがけて飛び蹴りをする。

 その攻撃は浮遊しなくなったヴェノムがバランスを崩すことがあるのか確かめる目的もあった。

 蹴りを受けた鬼はその質量攻撃によって1歩後ろに下がる。


 すかさずもう片方の足を地面に手を当てつつドロップキックした。


「ドオジデ…ナンデ…」


 鬼はさらに1歩下がるが、すぐさま体を回転させて反撃を行う。


 その状態を見た了は冷静に攻撃を交わしつつ距離をとり、そして魔弾の一斉掃射をお見舞いした。

 鬼は魔弾に自らの運動エネルギーを加えた状態となってダメージを受ける。


 しかし――


「そんな! アクシオンが散らない!」


 先ほどまで有効だった魔弾は効果を失っていた。

 威力が下がっていることは無く、むしろ先ほどよりも威力は上がった状態となるはずである。


「アクシオンが凝縮されて様々な物質まで飲み込んで防御力が上がってる」


 その様子を見たレミントンは状況が不利となりつつあることに焦りを感じ始めていた。


 了の狙いは魔弾の攻撃によって相手の動きを止め、頭部攻撃を行う上で厄介となる腕の動きが無くなった状態から頭部への集中攻撃を行おうと試みたものであったが、その前段階で失敗したことになる。


 自身の攻撃が通用しなかった了は、すぐに気持ちを切り替えて新たな方法を模索する。


(……アレを倒すのには大質量攻撃でないと駄目か…待てよ。物質に干渉するようになったなら……)


 了は思考をめぐらせた結果、新たな攻撃方法を閃いた。


「よしっ」


 思いついたからにはすぐさま行動する了はすぐ近くの住宅の屋根に上がり、周辺の駐車場を見回した。

 出来るだけ重くて、出来るだけ頑丈そうな車がいい。

 

「あった。ランドクルーザー70! これだッ」


 周囲を見回した了は近くの駐車場に駐車されていたランドクルーザーを見つける。

 すぐさま了はその車へと近づくと、フロントのドアを強化された身体能力によって破壊し、サイドブレーキ、そしてハンドルロックの順に破壊した。


 ランドクルーザーはやや下り坂となっている屋外駐車場に駐車されていたため、ゆっくりと前進する。

 了はステアリングを操作しながら上手く駐車場から運びだした。

 そしてランドクルーザーを持ち前の身体能力を利用してゆっくりと運び出し、鬼が暴れている道路まで向かう。


「了! そんなの使ってどうする気!?」


「俺の心が読めるならわかるはず……ぶつけるんだよ」


「でも君の知識だと、その車のエンジンはかけられないよ!」


「この距離じゃ出力が足りない……だから、俺自身がエンジンになるッ!」


 了の発言にレミントンは困惑した。

 了と接続されたレミントンであったが、了の閃きまでは認知できていなかった。

 車を使って何かをしようとしていたが、了は車を強く意識したため、車が必要という情報しかレミントンに向かわなかったのである。


 鬼のいる道路まで車を運んだ了は周囲から鉄のパイプを引きちぎって持ち出し、ハンドルを固定した。


 そしてランドクルーザーの天井によじ登り、車のフロントとは反対方向を向く形で身構える。


 変身できるようになった了はレミントンと日夜戦闘に関係する研究に没頭していた。

 現状では武器が無い以上、様々な攻撃方法を今の状況で考えださねばらなないためだ。


 了はその結果、アストラルを《エーテル》へと変質、そこからさらに物質に変化させ、それを加速させて射出する加粒子砲の技を使えるようになっていたが、それの応用を試そうとしている。


「まずは腕にアストラルを集中させて……エーテルへ!」


 エーテルとは、アクシオンとは真逆の正の方向を持つエネルギーである。

 ありとあらゆるインフレーションを司り、そして素粒子を生み出す、即ちこの世の全てを形成しうるエネルギーであった。


 ビッグバンを引き起こした存在そのものであるが、物質世界においてはブラックホールなどを生み出すこともあるインフレーションという言葉そのものを体現するエネルギーであり、レミントン達はこのエネルギーを増やすことを目的に活動し、三次元世界であるこの宇宙においてもこのエネルギーによって物質が成立していたため、必要不可欠のエネルギーであった。


 エーテルもまた、アストラルを変化させて精製できるものであるが、そこからさらにエーテルを利用した素粒子を生み出すことまでなら了にも可能であった。


 実はここからさらに特定の自然法則に沿った事象を発生させられる者達もいるが、了はあくまで濃度の高いエーテルが発生させる何らかの物質の精製する段階までしか操作できない。


 しかしそれらを凝縮して放出すれば推力となることを了はすでに知っていた。


 了は保有するアストラルを出し尽くす勢いでアストラルを腕より展開し、それをエーテルへ変換する。


 エーテルは強い感情によって生み出すことが出来るが、油に火をつけるがごとく大量のアストラルに少しでも正の方向への感情エネルギーを込めればアストラル全体が大量のエーテルとなることを了は知っていた。


 大量のアストラルは大量のエーテルへと変質し、そして大量のエーテルは素粒子を生み出す。

 特に重要なのは、エーテルもアクシオンのごとくエーテルによって物質は影響を受け、特定の動きを示すことにあった。


 物質に干渉するエネルギーを操ることで物質を実質的に操れるのだ。


 了はエーテルから生み出された素粒子と、周囲の大気などをエーテルで包み込み、一気に凝縮させ、加速させる。


 大気の濃度や様々な物質の影響により、了の目の前に展開された丸いエネルギーの塊は太陽光を反射して様々な色を示しつつも、自身もまた光を帯びていた。


 了は生み出されたそのエネルギーをある一点から放出し、推力とした。


 すさまじい推力によってランドクルーザーの後方には突風が吹き荒れ、そしてランドクルーザーは生まれた推力によって一気に加速し、鬼に向かって一直線に突撃していった。


「ワタシハ……ミンナと……」


 重さ3トン以上、時速換算100km近く。

 そんな大質量と運動エネルギーをもった鉄の塊は見事に鬼に命中し、鬼はランドクルーザーのフロントに埋もれる形でそのまま真後ろにある鉄筋コンクリートの住宅の壁に激突、そのままランドクルーザーと鬼は挟まれる形となった。


 攻撃を加える度に、了には鬼の叫びと悲しい記憶が心に響びき渡る。

 それでも楽にさせてやろうと意気込んだ了が怯むことはなかった。

 

 了はレミントンが見出しただけの力を持っていたのだ。

 簡単にヘコたれて攻撃を緩めることで返ってさらに苦しませるような中途半端な事をしないだけの胆力をもっているのだ。


 鬼は動こうとするものの、ランドクルーザーは宙に浮いた状態となっており、その全重量が鬼にかかる形となっていた。


 だが、やはり防御力はすさまじく、先ほどの攻撃でも鬼はアクシオンが飛び散ることはなかった。

 鬼が車に激突する直前に車から飛び降りていた了は、身動きがとれなくなった鬼の状況を確認すると手や足にアストラルを集中させ、顔を中心に一気に攻撃する。


 だが、手ごたえはあっても鬼は沈黙する様子がなかった。

 首を思いっきり引っ張っても頭と首が引きちぎれるという事もなかった。


 これはいよいよお手上げかと思いはじめたその時である。

 了はレミントンの特性によって得た知覚によって、数百m先からこちらへ超高速で飛んでくる飛翔体を確認した。


 それは真っ直ぐ迷うことなくこちらへと向かってきていた。

 嫌な予感がした了はすかさずその場から一旦回避する。


 バゴォ


「ネエ……ダレカ……ワタシヲミテ……ワタシヲシッテ……」


 鈍い音と共にランドクルーザーを貫通してそれは命中した。

 周囲に衝撃波を撒き散らし、その速度の速さが了でも簡単に理解できるほどであった。


 了は砂煙を急いで払うと鬼の顔には両手剣のようなものが突き刺さっている。

 両手剣のようなものはアストラルを帯びていた。


「ヲオオオオオオオオオォォォ」


 鬼は叫び声のようなものを全身から響かせると、コアが破壊されたことでアクシオンの接合が緩み、最初に見たようなドロドロの状態へと変質していく。


 了がそこへ向けて攻撃しようとした時、空中からさらに高速で落下してくる多数の物体を知覚した。


「これは!上から来るッ!」


 レミントンがその状況に反応を示す。

 了が空中に目をやると、太陽光に反射してギラギラと光る大量の物体が高速で落下してきていた。


「なんかヤバい!」


 先ほどと同様の何かに感じた了はさらに距離をとる。


 物体は超高速で落下すると、ドロドロとなったアクシオンに命中し、アクシオンはその物体が帯びた大量のアストラルによってアストラルへ還元されていく。


 とても手際の良い攻撃であった。

 回避した先で了はその光景に見とれた。

 間違いなく別の契約者であるが、腕利きであるのだろうと予測した。

 

 もしくは、自身があまりにも弱い存在なのかどちらかである。


「住宅の損壊に車1台…………貴方方、それでもヒーローのつもりなのですか?」


 その声はまるで悪役そのもののような声色であった。

 了が声の方を振り向くと黒い猫のような存在を確認した。


「おや……男ですか……ほぉう……なるほど。ずいぶん野蛮な戦い方だと思えば……」


 黒い猫は見た目もツリ目でボス猫のようなドスの効いた見た目である。


 了はその存在が担い手か、契約者かどちらなのか理解できなかった。


「ダンテ!」


 レミントンがそちらに向かって呟く。


「おや、レミントンではないですか。まさか、その契約者は貴方の……しかし、貴方の契約者らしからぬ戦い方をしていますねえ。やはり啖呵をきってもブランクは覆い隠せないのでは?」


 ニマァとした悪そうな顔をしながらダンテはレミントンを皮肉った。


「あんた誰だ! 担い手なのか!」


 状況を飲み込めない了はダンテに対し、確認をとろうとする。


「自己紹介が遅れましたねえ……ワタシは担い手のダンテと申します。以後お見知りおきを。そこの白い獣は故郷を同じ地とする縁ではありますが、種族としては別でしてねえ……」


 ダンテはレミントンとの関係性を仄めかしながら、猫のような体格にも関わらず、起用にも丁寧に挨拶をした。


 声のせいで明らかに裏に何らかの意図があるとしか了には思えなかった。


「仕事は終わった……帰るよ」


「なっ!?」


 突然にしてその者は現れた。

 了には移動する姿を捉えることができなかった。

 全身が黒の服で包まれた女性がダンテの横に佇んでいた――

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