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1話 毒素を食らう

 了が突撃していった先には、紫色や黒に近い色の不気味な光で包まれた塊が存在している。


「まだ形を成していないか、それとも……」


 レミントンはその姿に神妙な面持ちとなった。


「オラァッ! 正体を現せ!」


 了はそのまま迷うことなく真っ直ぐとヴェノムへと突撃し、正拳でもってその不気味な何かを貫いた。


 ヴェノムを処理する方法は1つしかない。

 アストラルを用いるのである。

 担い手は、地球上でより優秀な性質を持つメンタル体を選別し、スカウトする。


 この時、何らかの特典を与えることが通例となっている。


 契約者となる者はそれらから契約するかの意思表示を示し、契約することとなった場合は、担い手達によってメンタル体をアストラル体と呼ばれるエネルギー生命体の状態へと進化、フォーマットされる。


 アストラル体とはメンタル体に不足していた感情や思考回路といったものを行えるようになった魂とも言うべき存在で、それはもはやエネルギー生命体である。


 アストラルもまたアクシオンと同様、五次元世界を行き来できる上、五次元世界では現段階だと物質は存在不可能であるため、このアストラル体によってでしか生存出来ない。


 メンタル体も五次元世界で何らかの方法を用いれば状態を維持可能だが、メンタル体は前述の通り、思考や感情といったものを脳などの物質で構成された肉体に頼っているため、メンタル体のみでは五次元世界における生存は不可能である。


 了はすでに契約済みのため、アストラル体となっているが、この状態でないとヴェノムとは勝負にならないのだ。


 なぜなら、この状態になって初めてアストラルを自由自在に操って攻撃手段とすることが出来るからである。


 アストラルは感情の持ちようなどによってアクシオンなどに変質させることが出来るが、その逆にアクシオンをアストラルに再び還元することが出来る。


 また、アクシオンとアストラルは互いに干渉するため、アストラルで全身を包み込み、自由に放出したりすることが出来るように変化する現在の了の状態でないと、ヴェノムにはまともに触れることすら出来ない。


「駄目だ、なんか変だ!」


 連撃を繰り出す了であったが、手ごたえがなく、紫色の泥のような光の中に手がズボッと入り込むだけでアクシオンが分散したりするようなことはなかった。


「まだ完全に形を成していない一方でアクシオンの融合が極めて強力だ。こういう時に武器があれば……」


 レミントンは耳がシュンと垂れる。


 契約して初めて変身した時に判明した了の弱点。

 それは武器というものが存在しなかったことである。


 通常、契約者は担い手の特性と契約者のもつアストラル体の性質に合わせて何らかの武器が発現するようになる。

 

 だが、了はなぜかそういったものは発現しなかった。

 元来、レミントンは超長距離狙撃型という遠距離攻撃特化型になる担い手で、弓や銃といった存在が発現するのが当たり前であったが、了にはそういったものが無い。


 また、ステータスも遠距離攻撃能力が非常に高くなる傾向があり、一方で近接攻撃力は皆無になる傾向があったが、了の近接攻撃力はB++と通常の概念での最大値であるA++よりは3段階低い程度と、武器が無い一方で身体能力が高く徒手空拳の部分が評価された数値となっていた。


 もしここに近接武器があればAは確実であったであろうとレミントンが驚くほど、不思議なステータスとなっていた。


 一方で遠距離攻撃はBと、攻撃方法が皆無なのにも関わらずそこそこのステータスとなっている。

 これはレミントンの特性によって発現する戦闘補助能力が遠距離攻撃向きで、それを評価してという部分もあったが、それ以外に了のアストラル体の持つ独特な能力も起因していた。


「加粒子砲は効果ないんだっけか?」


 未だ反応を示さずブヨブヨと地面に浮かんでいるヴェノムに攻撃を仕掛けながら了はレミントンへ確認をとった。


 ヴェノムは何の変化も起こさないまま地面の上を漂い続けている。


「無駄だよ。コアが物質じゃない。素通りするだけさ」


「駄目か……」


 全く効果が無い状況に、了は一旦退いて距離をとった。


「いや……待てよ…そうか! 了、この間から特訓しているアレをやって!」


 しばし状況を静観していたレミントンは了に対して、あることを命じた。


 それはアストラルをそのままエネルギー弾として射出する「魔弾」と了が呼称しているものである。


 了の唯一の才能、それは精神回復力というアストラルの精製速度が一般成人男性を100とした場合に3580という驚異的な数値をもっている部分にあった。


 これにより、通常はエネルギーを大量消費する攻撃をいともたやすく可能となっている。

 魔弾を通常の魔法少女がやった場合は、アストラル不足となって変身が維持できない。

 一方で了は、そもそも変身状態を維持するだけならエネルギー消費よりも回復速度が上回っているため、半永久的に可能であるし、こういった通常であれば危険な行動も特に問題が無かった。


 ライフゲージとイコールであるアストラルの消耗を極力抑えるため、通常は近接攻撃タイプは武器にのみアストラルを纏わせて攻撃し、遠距離攻撃タイプは弾丸に纏わせて戦う。


 だが、了は全身にアストラルを放出しながら纏っても余裕で供給が上回り、そればかりかアストラル自体を攻撃手段としてビームやエネルギー弾として射出することすら可能としていた。


 全体的な基礎ステータスが低い了にとって、これこそがB++ランクのレミントンが契約しうるだけの魅力なのである。


「よっしゃ、行くぞ!」


 了はレミントンの指示に従い、魔弾を発射するため、右腕の手の平にアストラルを放出し、アストラルのエネルギー球を作った。


 眩い光が周辺に降り注ぐ。

 

 そしてそのままヴェノムに向かって投擲した。


 魔弾は真っ直ぐにヴェノムへと向かい、そしてヴェノムの外殻ともいうべき部分をえぐるような形で流れていく。


 ヴェノムの外殻はえぐれた部分のアクシオンが剥がれるようにして飛び散った。


「アクシオンの回収はボクがやるッ! コアが露出するまで続けて! 今の放出量なら0.3秒に1発以上のペースでないと了のアストラルは消耗しないから気にしないでガンガンやって!」


 レミントンは飛び散ったアストラルへと向かい、飛び散ったアクシオンを専用の回収袋を用いて回収しだした。


 了はレミントンにアストラルの弾丸が命中しないよう、細心の注意をはらいながら、今度は両手で魔弾を作ってブンブンと腕を振り回しながら大量に投げつける。


 ヴェノムは全体がブヨンブヨンと波打つように魔弾の干渉によって形状を変化させながら、アクシオンを放出していった。


 しばらくするとボフッと一気に爆発したような状態になる。


「よしっ、やった!」


 了はその姿に勝利を確信し、一旦攻撃を止めてしまった。

 その時であった。


「ん? どうして攻撃を止めて……あっ、ま、マズい! 了!距離をとって!」


「なんだ!?」


 レミントンが注意を促そうとしたその刹那、ヴェノムはまるで自らを凝縮するかのように収縮していく。


 その、あまりにも不気味な姿に体が凍り付いてしまった了を、レミントンは体当たりをしてヴェノムとの距離をとらせた。


「ててて……」


「ヴェノムが成型されて行く……」


 腰をついてしまった了は尻を地面に打ってしまい尻をさすった。

 一方レミントンは了を守るように了の前に立ってヴェノムを睨み付けている。


「なんだあれ……まるで人みたいに……」


 了の恐怖が拡大していくのと同時に、ヴェノムは凝縮しながら人型の形になっていった。

 先ほどまでは本当にただのヘドロのような塊であった存在が、人型の化け物に変貌してきている。


「メンタル体の情報を読み取ったんだ。思考や感情は持たずとも、メンタル体には人格データのようなものは内在している……アクシオンがそれを読み取ってしまった……」


「それじゃまるで……エネルギー生命体じゃないの?」


 レミントンの解説を聞きつつも、その姿に了は冷や汗を垂らす。

 明らかに、生きている人間のような形でうごめき始めていた。


「駄目だね。今の状態のアクシオンだけでは特定の感情しか持たない。恐らくは暴力衝動とか怒りとかの残留思念だけで行動するようになる。もし仮にいじめなどで自殺したならば大変だ……死ぬ直前にいじめた相手を恨むようにしてアクシオンを精製していれば……」


「人身事故の恨みで生まれたアクシオンも合わさって、いじめた対象を殺しに行くかもしれないか」


「物理的な攻撃は不可能だが、メンタル体を破壊する可能性はある」


 二人が話す間にも、ヴェノムの変貌は続き、そしてついに化け物の形態となって地面に足をついた。


 足をついたとは即ち、人型となって地上に降り立ったのである。

 先ほどまで浮遊していた塊は、完全な人型となり、こちらを睨み付けていた。


「鬼って感じの見た目だな。角なんてつけちゃって……」


 その見た目は、鬼そのものであった。

 顔や眼のようなものはあるが、明らかに怒りを体言したかのような表情を保っている。

 鬼となったヴェノムは明らかにこちらに怒りを向けていた。


「基本的なやり方はさっきと同じだよな。レミントン」


「うん……」


 了は立ち上がると、レミントンの前に出て構えをとった。


「グゲェェェェェェェオゥエエェエエエ」


 鬼は叫んだのか、体から音を出したのか、はっきりと不気味な音を発して了の心を揺さぶる。

 泣いているかのような叫んでいるかのようなそんな音であった。


 心臓の鼓動が早くなった了であったが、一呼吸おくとすぐさま落ち着きを取り戻し、そして再び突撃した。


「第二ラウンド開始だ! うおらっ!」


 鬼の顔にむけて了は正拳突きをお見舞いする。


 するとその時であった。


「ヤメテ……ヤメテ!!! イタイヨ!」


 まるで脳内に直接声が響くような形でその言葉が響いてきた。


「うわっ!?」


 思わず怯んでしまったが、すぐさま再び攻撃する。


「ドウシテコウイウコトスルノ! ワタシハナンモシテナイ!」


「くっッ。いったい何が!」


 その時、了には完全に何かのイメージが見えた。

 女の子がいじめに遭遇している。

 トイレにいると水をかけられ、愛用の筆記用具は破壊され、祖父の形見すら盗まれ、被害を訴えても両親も担任教師も対応しないという記憶のようなものが流れ込んできた。



「了!? これは!? マズい!死ぬ直前に精製した彼女のアクシオンにこんな詳細な情報が書き込まれるなんて! 今までこんな経験は……了! 距離をとって!」


 担い手であるレミントンは了と接続しており、任意で了の心の中を覗くことが出来る。

 戦闘時はサポート体制を強めるため、変身した際に常にその状態となるようレミントンは設定していたのだが、了が見たそれをレミントンも完全に確認して共有していた。


「チッ」


 何ともいえない気分となった了は舌打ちしながら距離をとった。

 自分がいじめたわけではない。

 自分が悪いわけではない。


 だが、鬼となったヴェノムを攻撃する罪悪感に耐えられそうになかった。

 ヴェノムを完全に破壊すればメンタル体は生存できず消滅する。

 今、彼女はまだ魂としては生存している状態である。


 そんな彼女を、これ以上傷つけねばならないという重圧が了を襲った。


「了。ボクの言葉をよく聞いて。今、開放してあげないと彼女は永久に負の感情を纏って漂うことになる。肉体を失った以上、もう僕らにどうすることも出来ない……」


「アストラル体にさせてやれないか?」


「残念だけどダメだ……その子は、アストラル体になれるだけのアストラル許容量をもったメンタル体じゃない。アストラル体になるために必要なアストラルを注がれても、メンタル体が崩壊してしまう……心がもたないんだ」


「みんながみんな契約できるわけじゃないって言ってたもんな……」


 了はレミントンの言葉にしばし俯いて沈黙した。

 レミントンから見ると泣いているように見えた。


 レミントンが話したことは事実であった。

 強い心や弱い心という定義は難しいが、基本的に自ら命を絶つ者というのはアストラルの保有量が少ない傾向にあった。


 アストラルはモチベーションの維持や回復に大きく影響するため、行動心理に極めて影響を与えるエネルギーである。


 了はこの回復量が非常に多いため、大変行動的で、落ち込んでもすぐ復活するような男であるのだが、許容量が少ないと、いじめなどですり減らされ続け、負の悪循環に陥り、精神回復力が多少あったとしても、生にしがみつくだけのモチベーションを保たせることが出来ず、結果的に命を散らしてしまう。


 無論、全ての自殺者がそういう者たちではなかったが、今目の前にいるヴェノムのコアはアストラル体にさせるだけの力をもった魂はなかった。


「よし、覚悟は決めた。 こういう場合は確か……大量のアストラルで全身を保護しつつ攻撃だったな?」


 了は持ち前の特性によって、了はすぐさま精気を取り戻した。

 全身がアストラルで包まれていく。


「ああ、でも気をつけて。コアがコアだけにどうなるかわからないからね」


 そして――鬼との戦いの火蓋が切られた――

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