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虚無の涙  作者: 心憧むえ
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虚無の涙

手紙を開けると、綺麗な女の子らしい文字が書き連ねられていた。


『叶夢くん、手紙を書く上でまずひとつ謝りたいことがあります。お茶の中に睡眠薬を入れて飲ませたのは、仕方ないことだとはいえ、ごめんなさい。叶夢くんの病室に遊びに行って、お互い色んな話したの覚えてる?

私の友達の話とか叶夢君の病院での話とか、とある一族の話とか。

まさか私たち一族の情報がこんなところで漏れているなんて思いもしなかったよ。

完全修復(ルーテロニア)】の事は特に秘匿性が高いものだったからね。』


僕は美夏が何を言っているのかさっぱりわからなかった。

理解するスピードが追いつかなかった。

そんな僕を差し置いて、手紙はまだ続いた。


『私たちの力は強力すぎる力ゆえに代償が大きかった。それはね、命。人の命が必要になるの。と言っても力を使うことが出来るのは一族でも選ばれた者だけだった。

今生きている私たちの一族の中で力を使うことが出来たのは、私のおばあちゃんだけだったの。だから私、叶夢くんの誕生日の1日前、叶夢くんの病室を出た後おばあちゃんの所に言って頼んだの。

私の命を代償とし、叶夢くんの病気を直して、って。

もちろん最初はおばあちゃんは反対したけど私の覚悟をちゃんと受け取ってくれた。

叶夢くん言ってたよね、死の恐怖に慣れたって。

そんな事に慣れちゃいけないんだよ。そんなのもう生きながら死んでるのと同じだよ。私はもっと叶夢くんに外の色んなことを知って欲しいの。私がこの病院の外で見てきた世界よりももっと多くのものを見て欲しい。

そしてより生を実感して欲しい。私の勝手な我が儘でこんなことしてごめんね。Happy Birthday、叶夢くん。最高の誕生日プレゼントを捧ぐ。』


1枚目の手紙はここで終わっていた。

なんで僕のために命を投げ出したのか。なんで、なんで。


「健人先生はこの事事前に知ってたんだよね?なんで止めなかったの!」


声を大きく荒げ、健人先生に怒りをぶつけた。こうするしかもう自分を保てなかった。


「美夏の覚悟を見たから、止めることは出来ない。」


何でこんなあって数日しかたってないような俺に。

健人先生に半ば八つ当たりのような事をしている自分が情けなくて、悔しくて。


どうすることも出来なかった僕は2枚目の手紙を読むことしか出来なかった。


『そうそう、あと2つ伝えることがあったよ。まずひとつはね、なんで会って数日の叶夢くんの為に命を使ったかって言うとね、私も不治の病だったの。叶夢くんがこの前案内してくれ306号室、あれ実はおばあちゃんの病室じゃなくて私の病室なんだ。私方向音痴な上にここの病院バカみたいに広いから迷っちゃったよ。つまり言いたいことは、私の命ももう長くなかったの。いつ死んでもおかしくないって、言われたよ。

そして2つ目、私たちの一族は命を代償とする。命はその者だけのものではない。その者を大切に思う人の為のものでもある。だから命を代償にするなんて、大切に思う人を傷つけてしまうでしょう?だから私たちの一族は皆、記憶を改変する力を持っているの。

今後私の死が叶夢くんの足枷になるといけないから、この手紙を読み終えた時、私の事は叶夢くんの記憶の中から消える。最後まで勝手でごめんね。

私の分までたくさん生きて、たくさんの世界を見てきてね。さよなら。』


驚きのあまり僕は怒りとか悲しみとかいった感情をどこかに置いてきてしまったような、そんな何も無い人間になっていた。


手紙を読み終えると、なぜだか僕の目から涙が落ちた。


なんで泣いているのかわからなかった。

心に大きな穴があいたような、何か足りない、けどその何かが全く思い出せない。

それでも涙は落ち続けた。

虚無の涙が止まらなかった。


「た、健人先生、どうして僕はこんなに泣いてしまうの?」

「さあ、どうしてだろうな。」


僕は手に握っていた手紙を見た。

手紙は真っ白で何も書いていなかった。



✱ ✱ ✱



僕は晴れて病院を退院することになった。

15年間お世話になったこの世界とももうおさらばだ。

病院の中では暇だったので勉強もある程度していた。

だから僕は二学期から学校に転入することが決まった。


新しい世界に足を踏み入れるのは怖い。


「磯島先生、本当に長い間ありがとうございました。」

父さんと母さんが深々とお礼をした。なんだか照れくさかったけど一応僕も頭を下げた。


「そんな大層なことはしていませんよ。叶夢、二学期から学校だろ?大変だからちゃんと覚悟しとけよ!」


そう言うと先生は僕のお尻をおもいっきり引っぱたいた。

まっく親の前でもこの人はいつの通りだ。


「それじゃあ先生、ありがとうございました。」


僕は先生に別れの挨拶を告げて病院を去る。

まだ春の残り香が漂う風が鼻腔をついた。

殆どが緑の葉になった桜が音を立て揺れている。


風に紛れ僕の耳に声が聞こえてきた。


「行ってらっしゃい。」

僕は幻聴でも聞こえてしまったのかと思いつつも、驚くことはなかった。

新しい世界に怯えている僕を励ますような、そんな優しい声だったから。


15年生きてきた世界に振り返ることはなかった。

振り返ることなく僕は一言だけその世界に言葉を残した。


「行ってきます。」


文学フリマ短編小説賞用に書きました。

ブックマーク、評価の程よろしくお願いします。



今回が最終回となります。読んでくださった方ありがとうございました。

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