叶夢と美夏
目が覚めた。覚めたはずだがなんだか視界がぼやけていた。
父さんや母さん、健人先生が病室にいるのが確認できた。これだけ近い距離にいるのに声が遠い。
何を言ってるんだろう。
耳を澄ませてようやく聞こえてきた。
「叶夢!大丈夫なの、しっかりして!」
お母さんがそう叫んでいた。
健人先生は珍しく焦った顔をしていて見物だった。
体の内からの痛みが増していく。
僕はこれから肉塊になるのだろうか。
この日が来ることは覚悟していた。何も怖くはない。
覚悟を決めた時、ぼんやりとした視界の隅にある女の子を捉えた。
美夏だった。
どうしてこんなところにいるんだろう。こんな朝早くからなんで……。
そうして僕は気を失った。
✱ ✱ ✱
朝日が差し込み瞼の裏が赤く染まった。
目を開けると思った以上に朝日が強く目を細める。
見覚えのある部屋、どうやら僕はまだ生きているらしい。
上体を起こすと僕のベッドに頭を委ね、スースーと寝息を立てている人がいた。
「美夏、起きて、美夏」
すると「んー」とうめき、ハッと目を覚ました。
「叶夢くん!?良かった。生きてた。良かったよ。」
そう言うと美夏はダムで止めておいた水を一気に放出したように泣き出した。
なぜ美夏がここにいるのか僕はどうして生きているのか色々な状況が整理が付かず困ったいた。
するといつもの時刻にあの男がやってきた。
ガラガラーー
「おー蘇ったか、タフだな。」
「死んだかと思ったよ。」
「俺の力を舐めるんじゃあない。気休めにしかならないだろうがなんとか抑えるだけは抑えてみた。だがもう長くはないな。」
僕は遠慮しない健人先生のこういう所、嫌いじゃない。
「大丈夫、僕もそろそろかなって薄々気づいてた。先生の予想よりも5年長く生きてやりましたよ。」
「お前よく頑張ったよ、ほんと、凄いよ。」
本当だ。僕はすごい。名医の目を欺いて5年も長く生きてやったんだから。
僕の世界はこの病院だ。外のことはよくわからない。別れたくない人もいなければ思い残すこともまたしかり。
「じゃあ先生、僕は残り少ない余生を美夏と過ごすことにしましたから、若いもんの間に入ってくるもんじゃありませんよ」
皮肉混じりに先生に言ってやった。
先生も特に何も言うことなく部屋を出ていった。
「ごめんね、美夏。驚かせちゃって」
「叶夢くんの病気ってそんなに……深刻だったんだ……」
「そうなんだ、この前から異変には気付いたんだけど、思ったより早かったよ」
「怖く……ないの?」
「生まれた時から明日死ぬかもっていう心持ちで生きているとね、慣れてくるものなんだよ。怖くないよ。」
美夏は悲しそうな顔をして俯いた。
そして俯きながらも何かを考えているようだった。
僕は美夏が何を考えているのか不思議に思った。
どうしようもない僕を目の前に何を考えているのか。
「どうしたの?」
「叶夢くんって……誕生日いつ?」
「誕生日は……あ!明日だ。」
聞かれるまで全く気づかなかった。
記念日とかそういうものには疎かったから。
まさか自分の誕生日まで忘れていたなんて。少し笑えてきた。
「明日で僕も16歳になるのか、最後の誕生日になりそうだね」
美夏は僕の言葉を聞いて首を大きく左右に振った。
「叶夢くんは……優しいから、生きていても誰も咎めたりなんかしない。神様が叶夢君の体、こんなにしてしまったなら私、神様許せない。」
「僕は神なんてもの特に信じちゃいないよ。前世の僕は極悪非道な行いでもしてしまったんだろう。そのツケが今世でまわってきたのかもね。」
微笑して見せた。でも美夏は顔色ひとつ変えず、まだ何か考え事をしているようだった。
そして何か策でも思いついたように勢いよく顔を上げた。
「私明日叶夢くんにとびきりの誕生日プレゼントするから、今日中に死ぬことは絶対に許さないからね。」
大人しいと思っていた美夏が、思わぬ気迫を見せてきて、僕は「は、はい……」としか言えなかった。
「そうと決まったら色々準備があるから私帰るね。絶対に今日だけは、死んじゃだめだよ。」
そう言って美夏は僕に有無を言わせず足早に病室を去った。
まるで台風が過ぎたようにベッドの傍らにはまだ美夏の面影が残っていた。
でも何でだろう、誕生日プレゼントって聞けばウキウキするはずなのに、胸がざわめいた。
病室に流れて込んでくる春の風も、冷たかった。
文学フリマ短編小説賞用に書きました。
ブックマーク、評価の程よろしくお願いします。
次回は6月12日21時掲載予定です。




