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第8話「俺と一緒にアブノーマル体験、しよ?」

 一方、鈴原は今にも里山くんに真実を告げようとしていた。

「あ、あの……。じ、実は……」

 きっと鈴原も申し訳なく思っているのだろう。なるべく里山くんを傷つけないように言葉を選んでいるのが、こちらにも伝わってくる。

「ど、どうしたっスか? キャッチボールより、実はバッティング練習の方が良いっスか? そうなんスか? そうなんスね! でも、ごめんっス。バットがないんスよ」

 何度も噛みながら、懸命に伝えようと口を開く。

「ち、違うくて……。その……。ら、ら……」

「ら? ああ。なるほどっス。ポジションはライトが良いんスね! ていうことは、ノックをして欲しいってことっスね? そうなんスね! でもっスね、ノックするにもバットが必要なんスよ」

 ははは、と笑う坊主頭の里山くん。

 その時だった。

「ちょっとぉ~。里山く~ん」

 どこからか、里山くんの名を呼ぶ声が響いた。

 驚いた里山くんは、勢いよく声が聞こえた方に向き直る。

「え? 誰っスか、キミは!」

 一驚した後、その名を問うた。

 里山くんの目には、体をクネクネさせ、手を振りながら走ってくる男が見えているはずだ。その正体は――俺だ。

 俺は今、極限まで体をクネクネさせ、大きく手を振りながら里山くんの方へと走っているのだ。

 後ろには、死んだ目で立ち尽くしている夏咲。

 前には、驚きに目を丸くしている里山くんと、訳がわからず固まっている鈴原。

 ここまで来たらやるしかない。

 里山くんの正面で立ち止まり、上目遣いで口を開く。

「里山くぅん! なんで女子と一緒にいるの?」

「なななんスか?」

 顔を完全に引きつらせ、半歩下がりながら里山くんは質問してきた。

 俺はすかさず空いた半歩分のスペースに詰め寄る。また半歩下がる里山くん。

「だってぇ~。せっかくラブレター出したのに、全然、返事来ないから~。それに、知らない女の子と一緒にいるしぃー。だから、今日ずっと尾行してたんだ」

「ちょっと、ちょっと待ってっス!」

 腕を組み、状況を考える里山くん。

「…………も、もしかして、このラブレターを出したのは、キミっスか?」

 震える手でポケットから一通の手紙を取り出した。封筒に大きなハートマークが描かれていることから察するに、これが鈴原が間違って出したラブレターだろう。

「そうそう! それだよぉー!」

 答えると、里山くんの顔はより一層青ざめた。そして、助けを求めるように、か細い声で鈴原に聞く。

「……ホントっスか?」

 俺は鈴原に話を合わせるようにと、しきりに大げさなウィンクをした。

 それに気づいてくれたのか、鈴原は小さく頷く。

「は、はい……。そ、そうなんです…………」

「それじゃあ、このラブレターは鈴原さんが出したものじゃないってことっスか……?」

 確認するかのように繰り返す里山くん。

 それに申し訳なさそうに無言で頷く鈴原。

「な、な、なんてことっスか……」

 里山くんは目を丸く見開き、両手で頭を抱え、俺のことを凝視しながら続ける。

「お、俺は……男に告られたっスか……」

「違うよ、里山くぅん! 体は男でも、心は乙女だよ!」

 さらに里山くんに詰め寄る。

「ままま、待ってくれっス! な、なら。どうしてあの日、鈴原さんは屋上にいたっスか?」

「そ、それは……」

 いきなりの質問に鈴原は黙りこくってしまった。

 いけない。ここは、なにか言わなければ……。

 俺は瞬時に思いを巡らせる。

「す、鈴原は、ツインテールの調子が悪いと、屋上で夕日を見る習慣があるんだよ!」

 咄嗟にほらを吹いた。

「……へ?」

 里山くんが怪訝そうに俺を見る。

 ヤバイ。さすがに、ほらだってバレた?

「そ、そうだよね。鈴原」

 またも大げさにウィンクをし、鈴原に同意を求める。

「……あ、……はい。そう……ですね……」

 首肯しながら、鈴原はボソっと呟いた。

「そ、そうなんっスか……?」

「……え、ええ」

 里山くんは先日の記憶を呼び起こすように呟く。

「た、確かに、あの日の鈴原さんのツインテールは調子が悪かったような……」

 えぇ! そうなの? これにはさすがの俺もビックリだよ!

「これでわかった? そのラブレターは俺が出したんだよぉ~!」

 体をさらにクネクネさせ、里山くんにもう一歩詰め寄る。

「ま、待ってくれっス。だったら、なんでキミは屋上に来なかったっスか?」

「そ、それは……。その……恥ずかしくて……」

「な、なんで顔を赤らめるっスか!」

 実際には赤らめていないと思うけど、里山くんにはそう見えたらしい。あれ、おかしいな。

「そ、そんな……。俺は男に告白されていたなんて……」

 一歩、また一歩と後ずさりをし、里山くんは偽りの現実を受け止めていく。

「あの日、屋上に行ったってことは、俺の告白にイエスだったってこと?」

 俺の質問に里山くんの顔がさらに青くなる。

「ま、待って欲しいっス。俺はアブノーマルな世界には行きたくないっス!」

 声を上擦らせながら、里山くんは必死で叫んだ。

 当然、俺だってアブノーマルな世界には行きたくないよ! でも、これはあくまでも里山くんのためなんだ。

「だったら、あの告白の答えは……? 俺と一緒にアブノーマル体験、しよ?」

「ノ、ノーでお願いしますっス! すみません。俺にはキミを扱いきれないっス! アブノーマル体験したくないっス!」

 里山くんはブルブルと震えながら頭を下げ、綺麗に俺のことを振った。よし、これでいい。

「そっかぁー。ちょっとショックだな~」

 自分でも気持ちが悪いと思うほどの猫なで声でそう言った。

「す、すみませんっス…………」

 心底ほっとした顔で里山くんはそう言うと、今度は鈴原の方に体を向けた。

 坊主頭は後頭部を掻きながら、照れくさそうに笑う。

「な、なんだか、勝手な思い込みで振り回しちゃってゴメンっス」

「……い、いえ。……私の方こそ、すみませんでした。もっと早い段階で言えていれば……」

 言うと、鈴原は深々と頭を下げた。

 里山くんはそれを見ると、「いいっスよ」とだけ残し、笑顔で公園から去って行った。坊主頭で笑顔の少年が夕日の向こうへ消えていく。鈴原は彼が去るまで顔を上げず、頭を下げたままだった。

 少ししてから、顔を上げた鈴原が問うてくる。

「ど、どうしてですか……?」

 俺は体をクネクネするのを止め、猫なで声も止めて答える。

「いやぁ、最初のやり方だったら、里山くんがなんだか可愛そうだなって思ったんだよね」

「里山くんが?」

「うん。だって、鈴原と一緒にいるときの里山くんって、ずっと笑顔で楽しそうだったじゃん。たぶん、本当は別の相手にラブレターを出してたんだってことがバレたら、相当なショックだと思うんだ」

「そ、それは……確かに……」

 静かに俯く鈴原。その時だった。

「でも、男に告白されるというのも、ショックなんじゃないですか?」

 後ろから、ポニーテールの無表情な少女――夏咲空乃がやって来た。

「ま、まぁ……それもあると思うけど、別の相手に告白しようとして間違われたショックと、告白の相手が男だったショックを比べたら、後者の方が軽くない? それに里山くんは告白を断ったわけだし」

 ていうか、俺の人生初めての告白の相手が男って……。俺の初めてを……。

 夏咲は少し逡巡し、

「結果として、波風立てずに解決はできましたし、楓くんがホモと思われてもいいなら、特に問題はないですね」

「ホモって言わないでっ!」

「そうですか。すみません」

 誠意がまるで感じられない声音でそう言うと、夏咲は鈴原の方に向き直った。

「これで、相談事は無事に解決しました」

「は、はい……」

 小さく縮こまり、鈴原は「ありがとうございます」と頭を下げる。

「ですが、本来であれば、私は、あなたがしっかりと里山くんに謝るのが筋だと思っています。ですが今回は、そこのひきこもりが『波風立てず』を遵守したのでこうなりました。今後、ラブレターを出すときは、しっかりと下足箱の名前を確認してから出してください」

 いつになく冷たい口調だった。

 これは……鈴原を叱っているのだ。たぶん、そうに違いない。

「……はい。……すみませんでした。……ありがとうございました」

 またも頭を下げると、鈴原は足早に公園から立ち去って行った。

 鈴原が完全に公園から出たことを確認すると、夏咲は小さくため息を吐いた。

「まったく。いくら里山くんのことを思っても、なんですかあれは。もしかして、本当にホモですか?」

「いやいや、違うよ! ホモじゃないよ! だって、夏咲のこと見て可愛いって思うし!」

 言うと、彼女はすっと俺から一歩退いた。

「両方イケるタイプですか?」

「いや、だから違うって!」

 蔑んだ目で俺を見てくる。ちょっと待ってよ!

「ていうか、どうして楓くん自ら飛び出して行ったんですか?」

「だって、里山くんって特に悪いことしてないじゃん? なのに、振られたみたいになるのは可哀想だなって」

「それで、自分が告白したって言って飛び出して行ったんですか」

「そうだね。ひきこもりは、相手の心の痛みがわかるんだよ!」

 種類は違えど、俺だって心に傷を負いながら生きてきたんだ。他人の痛みだって少しくらいはわかる。だったら、それを少しでも緩和してあげようって思うのが普通でしょ?

「……そうですか。見かけによらず、いいところもあるんですね」

 意外にも夏咲が褒めてくれた。思わず固まってしまう。

「…………」

「なんですか? そこまで、驚かれるのは心外ですよ」

「い、いや。ちょっとビックリしちゃって」

 あれ? もしかしたら、これはフラグか? 今ならイケるんじゃないの?

「ねぇ。夏咲ってやっぱり、俺のこと好きだったりするでしょ?」

「前言撤回です。やっぱり、ひきこもりはただのひきこもりでしたね。楓くん……いや、楓ちゃんですか?」

「ちゃん付けしないでっ!」

 人気がなくなった公園に俺の声が響いた。

 夏咲が迷惑そうな顔で俺のことを見る。

「冗談ですよ。さぁ、もう帰りましょう。楓くん」

 最後にちょっとだけ微笑み、彼女は歩き始めた。

 なんだろうか。まだ出会って数日だというのに、何気ない会話がたまらなく心地いい。

 こんな気分は久しぶりな気がする。

「そうだね。帰ろうか」

 ポニーテールを風になびかせながら歩いている少女の隣に駆け寄る。

 なんだか、この三日間はひどく疲れた。せっかくひとりパジャマパーティーをしようと思ってたのに、全然できなかったし。

 でも、明日からはいつものひきこもりライフに戻れる。月曜日だろうが、なんだろうが関係ない。もはや平日だろうが、休日だろうが、総じて俺の中ではバケーションなのだ!

 なにやろうかな。今からワクワクするよ。

「なに、さっきからニヤけてるんですか?」

「夏咲が可愛いなって」

「殴りますよ?」

「ごめん」


     ***


 翌日。昨晩、一睡もせずに徹夜でギャルゲーをして今に至る。

「ふへへへへ……。ようやく、攻略できたよ……。えへへへ……」

 画面の中には既に俺にデレデレな二次元の彼女がいる。ヘッドホンからは甘い声が流れ、無意識に鼻の下が伸びてしまう。

「あ~。可愛いなぁ……」

 眠気と戦いながら、次のキャラクターの攻略をしようとマウスを動かした時だった。

 唐突にヘッドホンが外された。若干のデジャブを覚えながら後ろを振り返る。

「また、ギャルゲーですか。楓くん」

 うん。やっぱり、夏咲だったね。

「朝からなんの用? 今日は休みだよ」

「いや、月曜日ですって」

「なに言ってんのさ。月曜日だって休みじゃい! なんなら一週間全部休みじゃない!」

 ひきこもっているのだから、当然、一週間全日休日なのだ!

「はいはい。朝から楓くんの馬鹿には付き合っていられません」

 そう言うと、夏咲は俺から取り上げたヘッドホンを置き、パソコンを強制終了した。

 瞬間、さっきまで微笑んでいた二次元の美少女の姿が消え、画面は真っ暗になった。それから、閉め切っていたカーテンを開ける。迷惑なくらいの光量の日光が、俺の部屋を明るく照らし出す。

「ちょっと! なんで消すの! それも強制終了! 酷いよ!」

 まだセーブしてないんですけど!

 俺はパソコン画面を見ながら半泣きになった。いや、泣いた。強制終了は酷いんじゃないかな!

「いいから、着替えてください。……しかたありませんね。今日も朝ごはんは私が作りますから」

 小さく息を吐くと、夏咲はキッチンの方に行ってしまった。

 嘘でしょ……。

 俺の生活がどんどん夏咲に侵されていく……。

「……勘弁してよ」

 俺の願いは小さくこぼれ落ち、それは夏咲に届くことはなかった。


 開かれたカーテンから入り込む陽光が、学校に行け、と告げている気がした。

 こんにちは、水崎綾人です。

 お楽しみいただけたでしょうか? 楽しんでいただけたなら嬉しいです。

 では、今回はこの辺で。また次回。

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