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第6話「ちょろいですね」

 一旦、寮に戻り食材を置いて制服に着替えた俺は、まことに不本意ながら職員室に来ている。隣には無表情の夏咲空乃。目の前にはニヤっと口元を歪めた高島先生がいる。

「よく来たな。小野宮。キミと会うのは月曜日だと思っていたよ」

「そうですね。俺もです」

 まぁ、本当は月曜日も会うつもりはないんですけどね。などとは言えず、角が立たないように笑顔で答えた。

「先生、それで用事というのは?」

 黙っていた夏咲が尋ねた。

「そうだった、そうだった。夏咲。キミに相談事があるという生徒が来ているぞ。それで呼んだんだよ」

「相談……事……」

 嬉しいのか声が震えている。そういえば、まだ生徒からの相談事は来たことがないって言ってたな。あれ、でもそれって、用事があるのって夏咲だけじゃない?

「えっと、じゃあ。俺って関係なくないですか?」

「ひきこもり生活からの脱却のために、夏咲の手伝いをしたらどうかと思ったんだよ」

 高島先生が俺を見ながら悪戯っぽく笑った。

「えー。それはなんというか……」

 俺が言葉を濁していると、夏咲が俺の方を向いて、目を伏せた。

「楓くんが協力してくれるとありがたいです」

「え、あ、その。えっと……な、なんで?」

 いつもと違う夏咲の態度に、俺は少しだけたじろいだ。なになに、どうしちゃったの?

「正直、ひとりでは不安なので」

「あ、お……その……うーん……えっと……」

 長いこと人から物を頼まれることがなかったため、こういうときのベストな言葉が出てこない。目の前で可愛い女の子が頼んでいるのだ。だったら、ここは……。

「……わ、わかったよ」

 つい、引き受けてしまった。だが、同時に面倒なことを引き受けたと悟った。あれなんだよ。ひきこもりはとっても優しいんだよ。

 夏咲は伏せていた目を上げ、ふっと息を吐く。

「ちょろいですね」

「ええっ!」

「冗談です。ありがとうございます」

 夏咲が優しく微笑んだ。それにしても心臓に悪い。夏咲はたまに変なことを言い出すからな……。

「相談者は二年一組で待ってもらっているからな。よろしく頼んだぞ」

 言うと、先生は俺たちから机の方へと向き直り、キーボードをカタカタと叩き仕事を再開した。


 二年一組の教室では、ひとりの少女が退屈そうに待っていた。もう少しで床につくのではないのかと思われるほど長い金髪をツインテールにし、不安そうな顔で携帯のディスプレイを見ている。

「あの……。あなたが相談者さんですか?」

 先に教室に入った夏咲が確認のために質問をした。彼女の後に俺も教室に入る。

 夏咲の声に驚いたのか、金髪ツインテールがビクッと体を反応させた。ツインテールの先端がゆらゆらと揺れ、まるで振り子のようだ。

「は、はい。私です……」

 今にも消え入りそうな声で、相談者である彼女は答えた。

 それを聞くと、夏咲は俺に耳打ちをしてくる。

「やりましたよ。楓くん。初めての客――じゃなくて、相談者です」

「今、客って言ったよね!」

「ひきこもりの聞き間違いです」

 あくまでも言い間違いを認めないつもりらしい。頑固なのかなんなのか……。

「あ、あの……」

 金髪ツインテールが俺たちを見ながら、居心地が悪そうに言葉を発した。

 気を取り直して夏咲は続ける。

「す、すみません。それで、あなたのお名前は?」

「あ、はい。鈴原友美(すずはらゆみ)です。二年三組の……」

「鈴原さんですね。よろしくお願いします。私は夏咲といいます。それで、隣にいるのはひきこもりの楓くんです」

 夏咲からの紹介を受け、軽く会釈をする。

 鈴原も困ったように俺に会釈をした。そりゃそうだよね。ひきこもりが目の前にいたって、どう反応していいのかわからないよね。「ひきこもってるんですか?」「ああ、そうなんですよ」「素晴らしいですね」みたいな会話にはならないよね。きっと。

「それで、相談というのは?」

「えっとですね……」

 鈴原はなにやら体をモジモジとさせ、ゆっくりと口を動かす。

「あの……。実は……。間違って好きじゃない人にラブレターを出しちゃって……」

 顔を真っ赤にし、続ける。

「その……。どうやったら、波風立てないように間違って出しちゃった相手の誤解を解けるかを相談したくて……」

「なるほど。鈴原さんは、その間違ってラブレターを出してしまった相手の誤解を解きたいと?」

「はい……」

 申し訳なさそうに鈴原がうなだれた。

「相手の名前は?」

「野球部の里山慎吾(さとやましんご)くんです」

「なるほど……」

 ふむふむ、と頷く夏咲。

「下足箱を一段間違えてラブレターを出してしまって……」

「あー。なるほど。ありがちなミスだよね」

 俺が口を挟んで同調した。ラブレターなんて出したことないし、出す予定もないけど、なんとなくありがちなミスな気がする。でも、わからないことがある。

「でもラブレターを出しただけでなにもしなかったら、里山くんも『イタズラかな?』って思うだけだと思うんだけど。どうして鈴原はそんなに悩んでるの?」

 ラブレターを出しただけで、こちらがなにも行動しなければ、単なるイタズラだと相手も思うはずだ。

「それはですね……」

 言いにくそうに、鈴原は俺を見る。

「ラブレターに『答えは屋上で待ってる』って書いちゃったんです……。それに、相手が私の話しを聞かずにどんどん自分のことを喋る人だから、なかなか言い出せなくて……こんな感じに」

 鈴原は携帯の画面を俺たちに見せてくれた。画面に写っているのは、里山くんとのメールだ。鈴原の反応が一に対して、里山くんからの反応が一〇ある。ほとんど、ひとりで喋っているようなものだ。

「な、なるほど。それは確かに悩むね」

 俺が頷くと、今度は夏咲が喋りだした。

「なら、今ここで里山くんに電話して、間違いだったことを伝えてみてはどうですか?」

 極めて冷静な口調だ。彼女の考えに俺は意見する。

「でもさ。波風立てないようにって鈴原は言ってるよ」

「そうですけど……どうやったって、少しの波風くらい立ちますよ」

「ま、まぁ。そうだね……」

 正論すぎて言い返せない。確かにどう頑張ったって、必ず波風は立つだろう。でも、最小限の波風で済む方法は、これじゃない気がする。

 俺が口ごもっていると、鈴原が「あの……」と小さく手を上げた。

「今、里山くんくん部活だと思うので、電話には……出られないかと……」

「そうですか」

 その意見を受けて、夏咲は再び考える仕草を作る。

 俺もつられて考えてしまう。本当なら、家に帰ってギャルゲーやって、寝て、ギャルゲーやっての繰り返しなのだが……。早く帰りてー。内心そんなことを思い始めている自分がいる。

「あれ?」

 鈴原と里山くんのメールのやり取りを見ながら、夏咲が驚いたように声を上げた。

「鈴原さん。明日、里山くんとお出かけするんですか?」

 言いにくそうに鈴原は答える。

「は、はい……。そうなってます……。里山くんがものすごい勢いで誘ってくるので……断れなくて」

 俺も画面を覗き込んでみると、確かに里山くんが猛烈な勢いで鈴原を誘っていた。『日曜日、暇っスか?』『暇っスよね?』『ちなみに俺は、暇っス』こんな感じのメールが連続で来ている。おいおい、里山くん……。

「さすがにこれは……ちょっと……」

 今まで真顔だった夏咲が、少しだけ引き始めた。

「もしかしたら、楓くん並のヤバさがあるかもしれませんね」

「ちょっと! なんで俺が出てくるの! 俺は他人を慮っているよ! ヤバくなんてないから!」

「どうでしょうか? エッチな抱き枕カバーを使ってるひきこもりの言葉には、なんの説得力もありません」

「それを言われると弱い……」

 なんで俺がダメージ受けてるんだろう? そんな性癖があるわけでもないのに。これはもう、本格的にマゾに転生するしかないね。そんなことを考えていると、夏咲が鈴原に向けて話しだした。

「こんなのはどうでしょう。明日、鈴原さんは予定通り里山くんとお出かけに行きます。それに私たちもついていきます。そして――」

「ちょっと待てぇい!」

 俺は夏咲の声を遮り、叫んだ。聞き逃さなかったぞ! 鈴原と夏咲がそれぞれ俺のことを面倒くさそうに見ていたが、気にしない。ひきこもりにはスルースキルもある。

「私『たち』ってなに? 俺も行くの? 嫌だよ。明日こそひとりパジャマパーティーなんだから」

「はいはい。そうですか」

 特に反応もしてもらえず、夏咲は鈴原に対して説明を続ける。

「夕方頃になって帰る直前になったら、里山くんに誤ってラブレターを渡してしまったことを告げてください。夕方というロマンティックな環境下なら、きっと里山くんもわかってくれるはずです!」

 夏咲の表情はどこか自信に満ちているように見える。

「わかってくれるでしょうか……」

 不安気な声を漏らす鈴原。

 確かに、ドラマとかでも、夕方に失恋したりするシーンはよく見かける。でも、それが現実で有効かと言われれば、首を傾げるしかない。まぁ、どちらにしても、ひきこもりである俺にとっては、一生やってこないであろうシチュエーションだと思うけど。

「きっと大丈夫ですよ」

 力強く夏咲が頷き、続ける。

「明日は何時にどこで待ち合わせをしてるんですか?」

「あ、はい。一二時に駅前で待ち合わせをしています」

「そうですか。わかりました」

 チラっと俺を見る夏咲。瞬時に目を逸らす俺。

「では、私たちも明日は陰ながら、見守っていますね」

 あっれー。やっぱり、私『たち』になってるね! おかしいなー。

「あ、ありがとうございます。そ、相談して良かったです」

 ペコリと頭を下げ、足早に教室から出て行く鈴原。

金髪ツインテールがいなくなった教室には、俺と夏咲だけが残った。

「さ。私たちも帰りましょう。ようやく帰れますよ、楓くん」

「そうだね。これからひとりパジャマパーティーだ!」

「明日の一一時には迎えに行きますので、間に合うようにパジャマパーティーしてくださいね」

「…………」

 俺は苦笑いしかできなかった。

 行きたくないよう……。

 あれ……。なんだか、俺の日常が夏咲に侵食され始めている気がするぞ……。


 こんにちは、水崎綾人です。

 少しでも多くの方に楽しんでいただければ嬉しいです。

 では、また次回。

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