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第3話「ひこもりの言葉には、なんの説得力もありませんよ」

 久しぶりに学校に着くと、俺は転校生でも見るかのような目でクラスメイトたちから見られた。ガヤガヤと教室中がうるさくなり、「あいつ誰だ?」「知らない。転校生なんじゃない?」という会話がちらほらと聞こえてくる。転校生ではないんですよ、俺。

 クラスメイトが俺のことを初見であるように、俺もクラスメイトたちを見るのは初めてだ。既に仲良しグループができている中で、俺のようなひきこもりの居場所などどこにもない。人が多すぎて吐き気すら感じてしまう。

 すがるような顔で夏咲を見る。すると、ちょっと迷惑そうな顔をされてしまった。

「楓くんの席はあそこですよ」

 と、夏咲が窓側の一番後ろの席を指す。どうやら、ひきこもりは早く自分の席に行け、ということらしい。

「お、ありがと」

 さっそく俺の席だと言われた場所に足を向けた。幸い、机に落書きなどはされておらず、綺麗な状態だった。もし、落書きとかあったら、即行で家に帰ってひきこもっていたかもしれない。

 カバンを机の横にかけると、友達がいない俺はひとりでぼーっと黒板を眺めた。はぁ、帰りたい。普段ならこの時間にまだ寝ているせいか、起きていることが不思議に思えてくる。それに、人が多いせいか教室が暑い。ネットゲームをしたくてもパソコンは家だし……。

 こうなってみてしみじみ思う。ひきこもり生活ってやっぱり偉大なんだよ。昨日までの日々が夢のようだ。


 俺の思考を遮るようにガラガラと教室の扉が開いた。入ってきたのは、このクラスの担任の教師、高島美帆先生だ。昨日の電話の相手が目の前にいると思うと、ちょっと新鮮。

 高島先生は、腰の位置を越えるくらの黒髪を風になびかせ、レディースの黒いスーツを完璧に着こなしている。その外見から、スタイルの良さが簡単に見て取れる。

 先生は俺のことを目で確認すると、ニッと唇の端を上げた。

 それから何事もなかったかのように仕切っていく。

「それでは、朝のホームルームを始めよう。委員長、号令を頼む」

 その一言で、学級委員長が「起立、礼」と号令をかける。俺たちもそれに倣って、頭をさげた。この行動も随分と久しい。

 先生からの連絡事はすべて俺には関係がないことで、容易く右耳から左耳へと抜けていった。

 気づけば朝のホームルームは終わっていた。生徒たちは、席を移動し、友達どうしの会話に花を咲かせている。みんな元気だなぁ。俺、七時三〇分っていう早朝に起きたから、眠たくて、眠たくて……。

「おーい。小野宮。ちょっと来てくれ」

 と、誰かが俺の名を呼ぶ声が聞こえてきた。俺は、机に突っ伏せていた顔を上げ、声の主を探す。ぐるっと教室中を見渡すと、高島先生が俺の方を見て手招きをしていた。どうやら、声の主は高島先生らしい。

 俺は渋々椅子から腰を上げ、先生がいる教卓まで足を進める。

「な、なんですか?」

「よし、やっと学校に来たか。久しぶりだな。小野宮」

 先生は楽しそうに微笑みながら、腕を組んでいる。

「そうですね。まぁ、電話では昨日も話しましたけどね」

「直接会うのは一年と三ヶ月ぶりだろ」

「そ、そうですね。ご無沙汰です。それで、なにか用ですか?」

 俺は話を本題に戻し、先生に尋ねた。

「ああ、そうだった。放課後にちょっと時間をもらえるかな?」

「時間ですか?」

 えー、学校終わったら直帰しようと思ってたのに。たぶんこの先生のことだ。俺が放課後に時間があることをわかっている上で話しているのだろう。

「どうせ、学校が終わったら直帰するのだろう?」

 やはりバレていた。

「わ、わかりましたよ。時間空けときますね。本当は多忙なんですよ?」

 まぁ、言うまでもなく空けるもなにも最初から用事などない。

「よし。ありがとう。では、帰りのホームルームが終わったら、教卓に来てくれ。いいな?」

 不本意だけど従うしかないよね。断れないもん。俺は小さく首を縦に振る。

「は、はい……」

 俺の返答を聞くと、先生は満足げに教室から出て行った。

 放課後に一体、なにをやるのだろうか。そのことが、少しばかり俺の心を騒がせた。


     ***


 さすがに限界だ。もうこんなの耐えられない。

 二時限目の授業が終わり、休み時間になった。学校がこんなにも苦痛なところだったとは……。なんでこんなに人がいるのに、学校はエアコンを使わないのか。いくら窓を開けても、入ってくるのは太陽に嫌というくらいまで熱された熱風ばかり。それどころか、窓側の席にいるため、日光が直に当たって暑い。ていうか、むしろ痛い。

 俺はついに決心した。よし、脱走しよう!

 誰に気づかれることなく、カバンを手にし、椅子から立ち上がる。

「あ、ちょっとお腹の調子が……」

 と、怪しまれないように独り言を口にし、そっと移動を開始する。

 よし、みんな俺のことを見ていない!

 敷居の前まで来た時だった。

「楓くん。どこに行くんですか?」

 まだ暑い季節のはずなのに、体が一気に凍りついた。

 俺は恐る恐る後ろを振り返る。

 そこには、腰に手を当て、無感情な瞳でこちらを見る夏咲空乃がいた。なんとか誤魔化さなければ。瞬時に脳内でベストな言い訳を選択する。

「え、えっと。ちょっとお腹が痛くて……。保健室に行こうかと」

「そうですか。保健室ですか。それでは、どうして保健室に行くのにカバンを持っているんですか?」

「い、いや。これは、その――」

 言いかけたとき、夏咲が俺の腕を引っ張り、発しかけていた言葉が遮られた。

「お腹痛いって嘘ですよね。わかりますよ。いいから大人しく席にいてください」

「も、もしかしたら、本当にお腹が痛いかもしれないよ」

「いやいや、『もしかしたら』って嘘だってこと認めてるじゃないですか」

「あ……」

 気づいた頃には時すでに遅し。

「もし本当にお腹が痛いときは、カバンを置いて保健室に行ってくださいね」

 そう言って、呆れたようにため息を吐いた夏咲は、再び自らの席に戻っていった。作戦は失敗に終わってしまった。


 続いて三時限目の授業が終わった。今度こそ脱走してやる。廊下側の一番前の席に座る夏咲にそっと目をやる。彼女は本を読んでいるようだ。なら、今がチャンスだ。俺は素早くカバンを手に取り、椅子から立ち上がる。

 おっとそうだ。怪しまれないように独り言を呟かなければ。

「ちょっと体調が……」

 よし、誰も俺のことを怪しんでいるような素振りを見せてない。夏咲も未だ本を読んだままだ。これは……イケる。

 足音を立てないように扉まで移動する。だが、敷居を跨ごうとした瞬間。

「またですか。楓くん」

 あ…………。

「諦めが悪いですね。今度はなんですか?」

「あ、頭が痛くて」

「はいはい。なら、早く席に戻ってくださいねー」

 俺の言葉は完全に受けながされ、またも腕を引っ張られて席に戻ってきてしまった。恐るべし、夏咲空乃。


     ***


 退屈な数学の授業が終わり、昼休みが訪れた。

 昼休みになると生徒たちの活動はさらに盛んになり、学食へ行く者もいれば、仲の良い者どうしでグループになり、昼食を摂る者もいる。

 当然のことながら、長い間ひきこもっていた俺に昼食を共にする者などおらず、現在ひとりで椅子に座っている。ちなみに、右隣にはチャラそうな女子が数人集まり、なんだかよくわからないブランドの話をしている。

 しかたないから夏咲と一緒に昼食を摂ろうと思ったのだが、気が付けば彼女の姿はどこにもない。きっと学食にでも行ったのだろう。ていうか、よく見たら俺、昼飯持ってきてないじゃん……。朝、慌てて家を飛び出してきたから、コンビニにもよってきていない。あ……。マジか。やっぱり、学校なんか来るんじゃなかった。ひきこもっているべきだった。

 その思いを加速させるように、俺の腹がぐぅー、と音を上げる。

 隣の席に座るリア充女子らに哀れむような笑顔で見られてしまった。くそっ、恥ずかしい。家に帰れば、食料はたくさんあるというのに……。

 このまま教室にいると、腹の音でもっと笑われてしまいそうなので、とりあえず移動するとしよう。確か、この学校には屋上があったはず……。

 俺は教室から出て、屋上へ続く階段を上った。時折、廊下でイチャつくカップルが目に入ったが、軽く睨みをきかせ、黙って横を通った。

 屋上へと通じている灰色の扉を開け、外に出る。

 朝よりも強い日差しが俺の体を貫通し、照りつける日光に目がくらむ。もう、なんだよ、この太陽。

「あれ、楓くん。どうしたんですか?」

 どこからか夏咲の声が聞こえてきた。

 俺は少し驚いた後、慌てて声のした方に視線を向けた。すると、そこには、屋上のベンチにひとり腰掛け、コンビニのおにぎりを頬張る夏咲の姿があった。

「な、夏咲?」

 彼女はこくりと頷いた。

「どうしたんですか? こんなところで。さすがに屋上からは家に帰れませんよ?」

「いやいや、今は別に帰りに来たんじゃないんだけどね」

 言いながら、俺は夏咲の隣に腰掛ける。夏咲は俺が座る時にちょっと場所を空けてくれた。意外と優しい。

「ていうか、夏咲ってひとりで昼飯食べてるの?」

 夏咲は俺を見ることなく答える。

「ええ。そうですね。私は七月に転校してきたばかりなので、友達がいないんですよ」

「へー、転校生なんだ。ちょっと意外かも」

 先生に頼まれて俺の家に来るくらいだから、去年からいた生徒だと思ってた。

「意外ですか?」

「うん。まあね」

 俺は首を縦に振った。同時に腹も鳴った。まったく、さっきからぐぅ、ぐぅうるさいな。

「お昼ご飯ないんですか?」

「あ、うん。朝、慌てて家を出たからね。もう少ししたら、自動販売機で炭酸ジュースでも買って、空腹を満たすよ」

 財布に入っているお金が、自動販売機で買えるジュース一本分の値段だけしか入っていないだなんて、恥ずかしくて言えない。抱き枕カバーが高かったんだよね……。ちょっとエロいやつ。

「しかたないですね。今回だけです。朝のことは急かした私も悪かったと思いますし」

 夏咲は、なにやらコンビニ袋の中をガサゴソと探り始めた。そして、おにぎりを一つ取り出す。

「よかったらどうぞ。食べてください」

「え? いいの」

「はい」

 これはなんとありがたいことか。タダ飯が食えるなんて。ちょっとラッキー。

「いつまでも隣でお腹を鳴らされているのも不愉快ですし」

「ご、ごめん……」

 腹の音は俺の意思とは無関係なんだ! 鳴りやめって思ってるのに、言うことを聞いちゃくれない。

 ありがたくおにぎりを受け取り、それを美味しく頂いた。ちなみに味はツナマヨだった。

「ありがと、夏咲。美味しかったよ」

「それはなによりです」

 しばしの間、沈黙が続く。その沈黙はあまりにも静かなもので、鳥のさえずりさえも鮮明に聞こえる。

 少しすると、夏咲がおにぎりを食べ終わった。このタイミングで俺は、気になっていたことをひとつ質問することにした。

「あのさ。転校してきたばかりなのに、どうして高島先生は夏咲に俺を学校に来させるように頼んだの?」

 いくらなんでも転校したての生徒にそれを頼むのは、酷ってものだろう。

「それは、私がちょっとした便利屋みたいなことをやっているからですよ」

「え? 便利屋?」

 なんだか、そう聞くとちょっと爛れた感じに聞こえなくもないような……。ここだけの話、夏咲はちょっと、……いや、結構可愛い女子だ。そんな女子が言うことを聞いてくれるだなんて……。ダメだ、落ち着け小野宮楓。

 俺はそんな卑猥な考えを黙らせ、続ける。

「な、なんでそんなこと始めたの?」

「相談事を聞いていれば、と、友達ができると思ったんです」

「友達?」

「はい。この活動を機に友人を作ろうと思い、始めました」

「えっと、どういうこと?」

 正直、意味がよくわからない。

「相談事を聞いていれば、その流れで友達関係が作れると思ったんです。自分から話しかけに行くのは恥ずかしいので、相談事を聞くという大義名分が欲しかったんですよ」

「それで結果は?」

 夏咲がわずかに遠い目をした。なんだか、結果が見えてきたような。

「……惨敗です。それも見事なまでに」

「お、おお……」

 まぁ、遠い目をした瞬間に予想はついてましたね。

 露骨に落ち込んでいる夏咲を見れて、俺はなんだか新鮮な気分になれた。だが、同時に地雷だった、と後悔した。

「そもそも私がこの活動をしていることを、ほとんどの人が知りません。実際に相談に来たのは高島先生だけですし……」

「知名度低いね」

 言った瞬間、夏咲に鋭い目で睨まれた。すみません。

 でも生徒からの相談はないのか。それって活動をしている意味が無いような気がするけど。

「ま、まあ、まだ転校してきたばかりだから、そのうち友達くらいできるって」

 ギャルゲーから得た知識を使い、優しい言葉で悲しんでいる女の子を慰めた。

 しかし、

「ひきこもりの言葉には、なんの説得力もありませんよ」

 落ち込んでいるように見えるのは外見だけで、言葉の方はいつもどおりに手厳しい。もう、家に帰りたいよ……。

 そのとき、昼休み終了の鐘の音が鳴り響いた。

「もう昼休みは終わりのようですね」

 そう呟くと、夏咲はベンチから立ち上がった。俺も続けて立ち上がる。

「はぁ……。これからまた、あの教室に戻るのか……」

 なんだか億劫になる。帰りたい……。でも、まぁ、明日からまたひきこもり生活に戻れるし。今日だけの辛抱だ。

「午後の授業は抜け出そうとしないでくださいよ」

 呆れたような目で夏咲が俺のことを見る。

「約束はできないね」

「楓くんが脱走しないように、いちいち見張るのは大変なので」

「そんなに俺に学校に来て欲しいの?」

 からかうように聞いてみた。

「まぁ、そうですね。高島先生からの頼みなので。とりあえず、今の私の目的は楓くんを学校に来させることになってますし」

「あれ、なんだかその言い方だと、夏咲自身はそこまで俺に学校に来て欲しいとは思ってないように聞こえるんだけど」

「そうでもありませんよ。特に興味がないだけです」

 曇りのない瞳で酷いことを言われた。

「なんか酷いよっ!」

 俺の叫びは屋上中に響き渡った。少しの間反響し、やがて静かになる。

 夏咲は迷惑そうに眉根を寄せる。

「冗談ですよ。そんなに大きな声出さないでください。それに、もう授業が始まっちゃいますよ。さっさと行きましょう。楓くん」

 そう言うと、彼女は俺に背を向けて、一足先に屋上を後にした。俺もそれを追いかけるように、屋上から立ち去る。

 こんにちは、水崎綾人です。

 読んでくださっている皆さん、ありがとうございます。

 しかし、お話はまだ序盤。付き合って頂ければ、嬉しいです。

 では、また次回。

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