第18話「このままでいいのか?」
ずっとひきこもっていると、日付の感覚がなくなってくる。
今日でひきこもってから何日目だろう。わかんないや。
ただいつも同じように、眠たくなったら寝て、起きたくなったら起きる。ゲームをしたくなったらゲームをし、お腹がすいたら食事を摂る。そんな生活をしている。
確かに楽しいし、極楽。学校に行っているときより、何倍も充実している気がする。
でも……なにか違う気がする。
この前、夏咲と再会してから俺の心に再び現れた迷いは、俺に再三聞いてくる。
このままでいいのか? と。
このままでいいもなにも、この道を選んだのは俺だし、この道が一番傷つかない道だということも知っている。
深月も本能的にそれを悟ったから、ひきこもっているのだろう。
それでも、誰かが俺に問うてくる感じがするのだ。
気晴らしにゲームやアニメを楽しむが、効果はない。気が付けば、その疑問に思い悩んでいる自分がいる。この迷いは一体、なんなんだ……。
そんなことを考えながら、俺は今、昨晩録画したアニメをちょっとエロい抱き枕を抱えながら見ている。気晴らしにはならないけど、やることがないのでアニメを見るしかない。
テレビ画面をいっぱいに使って動く二次元美少女。
可愛い! やっぱり可愛い!
でも、また迷いと疑問がやってくる。こんなのは今までなかった。
抱き枕をギュッと力強く抱きしめると、同時に腹がぐぅと鳴った。時計を確認すると、とっくの昔にお昼を過ぎていた。ていうか、もう午後二時じゃん!
「どうりでお腹が空くわけだね……」
お腹を抑えながらキッチンへ向かう。この前、買ってきたカップラーメンがあるはず。お湯を沸かせば三分だ。科学の進歩はひきこもりの大きな味方だね! おかげで飢えなくて済むよ。ホント、ありがたい。
戸棚からカップラーメンを取り出し、近くのテーブルの上に置く。
「あれ、なんだこれ?」
テーブルの上には、置いた覚えのない黄色い小さな箱が一つ。なんだろう?
「どこかで見たことがあるような……」
俺はその箱を手に取り、観察を始める。
見覚えがある。どこかで……。どっかで見たんだよな。
色々調べていると、その箱には紅茶のティーパックが入っていた。ほとんど使われた様子はなく、まだ沢山残っている。
「紅茶……? あ。思い出した。これって、いつだったか夏咲と深月が家に来た時に使ったやつだ。しまってなかったんだ、俺」
そんなに昔ではないはずなのに、ひどく昔のように思えてしまう。不思議だね。
確かあの時、深月が持ってきてくれたケーキを食べようとしたら、夏咲が『紅茶をお願いします』って言ったんだよね。聞いてないのに。それで未開封だったこのティーパックの箱を開けたんだった。
クスッと思い出し笑いをしてしまった。
そういえば、深月とは『リア充爆発しろ』っていう考えで共感し合ったな。夏咲はいつもどおり冷めた目で俺たちを見てたな。一緒に食べたケーキは美味しかった。短い間の記憶だが、不覚にも心が温まっていく。自然と笑みが溢れていく。
ぼーっとしていると、次から次へと記憶が蘇っていく。
夏咲と一緒にいた時間、深月と一緒にいた時間。そのどれもが俺にとっては楽しい時間だった。冷たい言葉で返されても、リア充を検挙する目がちょっと怖くても、それでも彼女らと過ごした時間は俺にとって大切な時間だった。ひきこもりたるもの、外の世界には関心を示さず、自らの殻の中に閉じこもっていることで救われると思っていた。それこそが唯一にして最高の身を守る術だと思っていた。
でも――。
『楓くんと深月さんは違います』
ふと、夏咲の言葉が俺の脳内に響いた。
そうだ。俺と深月は違う。他人。別人だ。だから、必ずしも俺が正しいと思った行動が深月にも正しいとは限らない。もしくは、俺が正しくないと感じた方法が、深月にとっては最善の方法なのかもしれない。
ひきこもりは他人の心の痛みがわかるから、最善の手段をとることができる。だから、傷を負っている人を、最善の方法で助ける。これが俺の……いや、ひきこもりの流儀だ。
でも今の俺は、ただ昔の自分と深月を重ね合わせて、深月がひきこもることで自身の選択した道を正しいと思い込もうとしていただけだ。深月本人の感情も考えずに、勝手にひきこもることが最善と結論を出した。なら、果たしてこれは、ひきこもりの流儀に当てはまっているのか? 否、当てはまっていない! 相手の心も考えず、なにが痛みがわかる、だ。なにが最善の方法で助ける、だ。全然、できてないじゃないか。俺は自分がひきこもるための味方が欲しかっただけじゃないか。
信頼していた生徒会のメンバーから、実は信頼されていなかったと知った彼女の気持ちを考えていなかったじゃないか。
……こんなんじゃ、深月に申し訳ないよ。
ギュッと下唇を噛み締める。
今の深月の気持ちも考えず、ひきこもり生活を満喫するなんて……。
「俺は……ひきこもりの風上にも置けないな……」
俺は俯き、自らの無力さ悲憤する。
「……いや、ちょっと待って。人生はゲームじゃないんだ。一度、選択肢を間違っても、やり直すことができる……」
夏咲が言っていた言葉だ。人生はやり直しがきくんだ。諦めなければ何度でも。
俺はもう一度、自らに質問する。
――このままでいいのか?
大きな声で叫ぶ。
「そんなわけない!」
空腹のことなどとっくの昔に忘れ、俺は携帯を取り出した。吹っ切れたせいか、操作する指が軽い。
電話をする相手は決まっている。高島先生だ。
時間的に考えて、五時限目の授業を行っている頃だろう。どうする、やっぱり放課後まで待つか? いや、今電話しよう。何事も早いほうが良いに決まっている!
俺は高島先生に電話をかける。
三コールほど待つと、少し驚いた様子の高島先生が出た。
『はい、もしもし。どうした、小野宮? 珍しいじゃないか、キミから電話なんて。初めてじゃないか?』
その声音は、ちょっとばかり嬉しそうだ。
「先生」
『ん? どうした。なにかあったのか?』
俺の声色を悟ったのか、先生の声も自然と変わった。
「聞きたいことがあります」
こんにちは、水崎綾人です。
前回とは違い、再び主人公視点です。いかがでしたでしょうか。
では、また次回。