第16話「お買い物ですか?」
「もう、こんな時間か……」
時計に目をやり、時刻を確認すると一九時を過ぎていた。
そろそろ晩ご飯食べないと……。
立ち上がりキッチンへ向かう。
なにか食べるものはないのかと冷蔵庫を開けるが、ピーマン以外の食材がほとんど入っていない。冷凍庫も同様で、料理のできないひきこもりの救世主である冷凍食品が見当たらない。
「はぁ……。あの時に冷凍食品をいっぱい買っていれば……」
ついため息を吐いてしまった。
「……しかたない。お腹が空いたままゲームというのは嫌だしな……。コンビニでも行くか」
確か、寮を出てすぐのところにコンビニがあったはずだ。あそこに行こう。
そうと決まれば、俺は急いでパジャマを脱ぎ捨て、クローゼットから適当に服を見繕う。おっとっと、財布も忘れちゃいけないね。しっかりとポケットに入れ、俺は久々に自宅から出た。
幸い、お隣さんの夏咲とは遭遇せずに寮から出ることができた。
しばらくぶりに感じる外の風は気持ちよく、夜の空気は少し肌寒い。もうちょっと厚着してくればよかった。
五分ほど歩いた先にあるコンビニに入る。
やる気のない店員を横目に、俺は空腹を満たしてくれそうな食品を探した。
やっぱり、簡単に食べれて、すぐお腹いっぱいになるのってカップラーメンだよね! カゴいっぱいにカップラーメンを入れていく。これだけあれば、一週間以上は大丈夫だろう。
そんなこんなで会計を済ませ、帰り道を歩き始めた時だった。
「楓くん?」
聞き覚えのある声が俺の名前を呼んだ。
俺はその声の主を知っている。顔を見なくてもわかる。
後ろを振り返り確認する。
やっぱりだ。
俺の背後には無表情のポニーテール少女、夏咲空乃がいた。無表情ではあるが、どことなく疲れている彼女の顔を見て、忘れかけていた心の迷いが再び現れる。
彼女から目を逸らし、適当に言葉を発する。
「お、おう。夏咲じゃん。久しぶりだね」
「そうですね」
彼女は歩き始め、俺の隣までやってきた。
「お買い物ですか?」
「まあね。冷蔵庫の中が空っぽなんだよ」
「へー。そうなんですか」
素っ気ない返事だ。
いつもなら、『酷いよ! もっと反応してよ、夏咲!』で済む会話なのだが、今日はなんだか息苦しい。なんて話しかけていいのかわからなくなる。
「今、帰りですよね?」
「へ? うん、そうだよ」
答えると、夏咲は俺から目を離し、前を向いた。
「なら、早く帰りましょう」
「あ、お、うん」
言われて、俺はコンビニ袋をカサカサと鳴らしながら夏咲とともに歩く。
寮に着くまで、沈黙が俺たちを支配し、息が詰まった時間が続いた。
エレベーターから降り、自宅の前に来た時、思い切って聞いてみた。
「な、夏咲」
「なんでしょう?」
「そ、その……。深月はどう?」
俺の質問に彼女は少しだけ悩むような表情を作り、どこか虚空を見つめた。
「相変わらず家に閉じこもったきりですね。毎日、ご自宅に伺っているんですが、進展はないです」
高島先生の言ったとおり、夏咲は毎日深月の家に行っているようだ。
「辛くない?」
毎日、家に行っても、どんなに説得しても思いが届かないのは、きっと辛い。
「私のことを心配してるんですか? 楓くん」
「ま、まあね」
「私なら大丈夫です。今、辛いのは深月さんですから。楓くんとは違って、深月さんには学校に来て欲しいですし」
「ちょっと、傷つくよ!」
なんか久しぶりに心にダメージが……。俺が胸を押さえていると、
「冗談ですよ」
と、懐かしい返しをしてくれた。
「ははは……なんだ、ビックリしたよ。まぁ、でも、これで夏咲ルートは攻略不可になったわけか。だって、俺と夏咲の選んだ道は違うわけだしね」
ふざけたように言うと、夏咲は蔑んだような目で俺を捉える。
「人のことをギャルゲーのヒロインみたいに言わないでください。現実は選択肢を間違えても、そのあとでやり直しがききますから。ていうか、元々、楓くんに攻略される気はありませんし」
その返答に、俺はただただ苦笑いするしかなかった。夏咲にとっては何気ない発言が、俺のピュアな心をボコボコにしている……。
「そ、そうだよねー」
「はい」
大きく頷く夏咲。
「じゃあ、私はこの辺で」
そう言って、小さく会釈をした夏咲は、自宅に入ってしまった。
久しぶりに夏咲と話せて嬉しかったのか、ちょっとだけ心が軽くなった気がした。
それと同時に、時折見せる彼女のくたびれた表情が気になった。
こんにちは、水崎綾人です。
今回は、彼と彼女の再会、みたいな回でした。いかがでしたでしょうか。
では、また次回。