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第15話「やっぱり、画面の中の女の子はいいね」

「可愛いよ! すっごく、可愛いよ!」

 俺は頬をパソコン画面に当て、すりすりと擦る。自分でも気持ち悪いことやってるってわかってるけど、ついやっちゃうんだ。

 やっぱり、画面の中の女の子はいいね。可愛いし、俺のことを一番だと思ってくれてるし、そしてなにより純粋。選択肢さえ間違わなければ、ずっと俺と一緒にいてくれる!

 俺のひきこもり生活が再スタートしてから、早五日。今まで学校に行っていて出来なかったことを思う存分楽しんでいる。ギャルゲーしたり、ネットサーフィンしたり、アニメ見たり、好きなだけ寝たり、まさに極楽。これぞ、ひきこもりのあるべき姿。

 この前まで抑えられてたから、解放されるとより一層楽しく感じるよね!

 そんなことを考えながら、マウスを握り直す。

 ヘッドホンから聞こえてくる可愛らしい声に鼻の下を伸ばしながら、画面に出てきた選択肢と格闘する。

「あれ……どっちだ?」

 どっちだろう。二択だから確率としては半々だよね……。ここで間違えたら、ヒロインの好感度下がっちゃうな。

 俺が選択肢相手に頭を悩ませていると、突然、携帯の着信音が鳴り響いた。

「ん? 誰だ……って、高島先生っ!」

 電話の主の名前を見て、肝をつぶした。なんで高島先生から電話来たんだ?

 慌てて時計に目をやる。時刻は一二時三七分。学校は今、昼休みといったところだろう。

 俺はしばし悩んだ後、携帯を耳に当てた。

「……もしもし」

『私だ』

「ご無沙汰です」

『うむ』

 声の調子からは先生の今の機嫌が読み取れない。返答が短すぎる。

「今日は、どのようなご用事で?」

『ひきこもり生活は順調かと思ってな』

 皮肉とも言えそうな理由に、俺はあえて明るく答える。

「もちろんですよ! 今まで抑制されてた分、解放されてからの快感がたまりません!」

 高島先生のクスッと笑った声が聞こえた。

『楽しそうでなによりだよ。できれば、学校にも戻ってきて欲しいんだが、どうかな?』

 予想通りの問いが投げかけられた。俺は口元で小さく笑う。

「なに言ってるんですか、先生。俺は、今を思いっきり楽しんでいるんですよ」

『そうだったな。すまんすまん』

 あれ、いつになく諦めがいいな。いつもなら、『そんなふざけたこと言ってないで、明日こそは学校に来い!』的なこと言ってくるのに。あ。さては、ひきこもりマスターである俺に対して、もはや説得など無意味だと悟ったんだな!

 ニヤリと口元を歪めていると、高島先生が少し間を空けてから続ける。

『生存確認ができて良かったよ。それじゃあ、今日はここらで失礼するよ』

 電話を切ろうと、高島先生が別れの挨拶を口にした。

「先生、ちょっと」

『ん? どうかしたか?』

 咄嗟に呼び止めてしまった。

 俺にはちょっとだけ気になることがあるのだ。高島先生が知っているかはわからないけど、とりあえず聞いておきたい。

「あの……。夏咲ってどうしてますか?」

 あの日以降、夏咲とは会っていない。だから当然、今彼女がどんな状況になっているかなどわからない。あの日、自分が正しいと思うことをすると言った彼女が、今なにをしているのか、俺は知らないのだ。

 しばしの沈黙の後、高島先生から質問される。

『知りたいのか?』

 確認されると、ちょっと迷ってしまう。

 確かに今の夏咲のことを知りたいっていう気持ちはある。でも、なんで知りたいのかを自分に問うても答えは出てこない。そればかりか、知ったところで俺はなにもできない。俺と夏咲が選んだ道は違うのだから。

 俺が押し黙っていると、返答を待たずに先生が教えてくれた。

『夏咲は今、深月を学校に来させようと頑張っているよ。毎日、学校が終わると一人で深月の自宅に行き、学校に来るように説得しているらしい。まぁ、部屋には入れてもらえないから、深月の部屋の扉越しでの説得だそうだが。遅くまで頑張っているようだよ』

「毎日ですか」

『ああ』

 俺がアニメ見たりゲームしたりしている時間に夏咲はそんなことを……。つい、そんなことを思ってしまった。

 だが、俺は全力で首を左右に振り、そんな思いを打ち消す。これは、夏咲自身が選んだことだ。俺はひきこもりを肯定し、彼女は否定した。だったら、同情なんてする方がおかしい。

「大変そうですね」

『そうだな。……って、えらく深刻そうな口調じゃないか、小野宮。どうした? キミらしくないぞ』

 言われて、咄嗟に言い返す。

「な、なに言ってるんですか! いつもの俺ですよ! ひきこもりの極楽生活に比べたら、夏咲の行動が酷く大変そうに聞こえたので、ちょっと深刻になっちゃっただけですよ」

『なるほど、そういうことか。だがまぁ、キミには基本的に関係のない話だから、そこまで深刻になる必要はないよ』

 高島先生は優しい声音で、俺にそう言った。

「関係ない……。そう、……ですよね」

『ああ。夏咲は大変だと思うが、キミが思い悩むことじゃない。キミが今考えるべきは、小野宮自身が登校してくるか否かだ。キミもひきこもりなんだからな』

「そ、そうですねー」

 やっぱり、俺を学校に来させようという意思はあったのか! 

『それじゃあ、今度こそ電話を切るよ。もうじき昼休みも終わるからな』

「あ、はい。わかりました。では」

 電話が切れ、高島先生との会話が終了した。

 部屋はシンと静まり返った。聞こえてくるのは、パソコデスクの上に置いたヘッドホンから漏れているギャルゲーのBGMだけ。

 そう……か。俺は関係ないのか。

 高島先生に言われて、改めて思った。

 俺には関係ないんだ。だったら、今までみたいに有意義なひきこもり生活を送ろう。外の世界のことなんて気にしないで、極楽な自分だけの世界を生きていこう。

「そうだよ。俺はひきこもりマエストロだ。外の世界のことをあれこれ考えなくてもいいんだよ」

 ギャルゲーをセーブし、パソコンの電源を切る。代わりに今度は、ゲームのコントローラーを握る。格ゲーでもやろう。

 心の中にあるわずかな迷いを打ち消すように、コントローラーを操作する。

 ひきこもりのプロである俺が、今の自分に疑問を抱いているのはおかしい。どうして、深月や夏咲のことが気になってしまうんだろう。今の俺は、彼女たちとはなにも関係ないんだ。


 人間はみんな弱い生き物だ。だからこそ、危険から遠ざかろうとする。自らを傷つける可能性があるものから逃げる。その選択として、俺はひきこもることを選んだ。深月もそうだ。それなのに、どうして自分で決断した道に迷いが生まれるんだろう?

 とっても不思議だ。

 無心を意識したまま、俺はただひたすらにコントローラーを操作した。

 こんにちは、水崎綾人です。

 やはり、ひきこもりの生活というのは極楽のようですね。

 では、また次回。

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