第14話「それでも、ひきこもっているよりはマシです」
翌日から、思いつめた表情の夏咲が俺のことを迎えに来た。さすがに、「人間はひきこもる生き物だよ!」などとは言えず、俺も渋々学校へ行く。
もう一度会って話そうと深月のいる教室に行くが、どうやら来ていないらしい。聞いたところによると、学校を休んでいるそうだ。
「風邪ですかね」
「かもね。それに昨日の今日だから学校に来づらいとか?」
生徒会長不在ということもあり、校内では昨日まで規制されていたイチャコラ行為が横行している。見せつけるようにイチャコライチャコラ。
時折、俺たちの顔を見て睨んでくる生徒もいたけど、全力で黙殺した。
それから三日間、深月は学校には来なかった。
夏咲が心配してメールを送っても返信はなし。電話をかけても留守番電話になってしまう。
さらに一週間が経った。
深月はまだ学校には来ていない。
いよいよ心配になり、放課後に高島先生に事情を聴くことにした。
「ん? ああ、深月か。先週からずっと学校に来ていないな。なんでも、行きたくないの一点張りだそうだ。キミたち、なにか心あたりでもあるのか?」
「え、えっと……」
返答に窮してしまう。
知っている。確かに知ってはいる。でも、それを先生に言ったところで、解決されるかどうかわからない。
余計に他言するのは、深月のためにならないだろう。
「いえ、わかりません」
「そうか? でも他人のことを心配するのはいいことだぞ、小野宮」
ポン、と肩を叩かれた。
「それじゃあ、まるで俺が他人に無関心みたいじゃないですか!」
「楓くん、ちょっと」
先生との会話の途中で、夏咲に腕を引っ張られた。
踊り場まで引っ張られ、ようやく解放される。
「な、なにさ。夏咲」
「もしかして、今の深月さんって、ひきこもりをしてるんじゃなでしょうか?」
夏咲は深刻そうに言った。
俺は迷わず答える。
「そうだと思うよ」
顎元に手を当て、しばし考える仕草を作る夏咲。
「楓くん。深月さんの自宅へ行きましょう」
「え、どうして?」
俺の問いに、夏咲は感情の読めない表情で答える。
「ご自宅に行って、深月さんを直接説得するんですよ」
「だからどうして?」
俺にはそれがわからない。
「深月さんがひきこもっている原因は、生徒会の人たちとの心の溝です。なので、もう一度、しっかりと話をして、わかり合うことができれば、深月さんはまた学校に来ることができるはずです」
「どうして、学校に来る必要があるの?」
その問いに夏咲は顔をしかめる。
「楓くんのようにひきこもっていては、なにも解決しないからですよ」
「でも、もし学校に来ても解決しなかったら? もっと心の傷が大きくなったら? 一体どうすればいいのさ」
無意識の内に口が動いていた。
俺の様子に異変を感じたのか、夏咲がしっかりと俺のことを見る。
「それでも、ひきこもっているよりはマシです」
その言葉を受けて、俺はさらに疑問をぶつける。
「なにがいけないんだよ? ……ひきこもりのなにがいけないんだ。もう一度、学校に来たからといって、心の傷が修復される保証なんてどこにもないんだよ! だったら、ひきこもっていた方がいいよ! ひきこもっていれば、これ以上、傷つくことはないんだ! ……なのに、どうして、ひきこもることがダメなのさ?」
気づけば、俺は声を荒らげていた。
夏咲は小さなため息を漏らし、
「鈴原さんの一件で、少しは良い人だなって思っていたのに……。鈴原さんの時のように、助けてあげようとは思ってないんですか?」
「思ってるさ。今だって鈴原の時と一緒さ。一番負う傷が少ない方法を実行する。それが、深月がひきこもることなんだよ。彼女自身が、一番傷つかないと思う方法を選択したなら、彼女の考えが変わるまでそれを否定しちゃいけないんだ」
「わかりません……」
ボソッと呟き、夏咲は俺を睨む。
「私には、楓くんの言っていることが正しいのか、わかりません。ですが、深月さんは楓くんとは違います。楓くんがひきこもりを全肯定しても、私はそれを否定します」
「夏咲……」
「楓くんのようにひきこもることが、正しいことだとは私には思えません。なので、私は私が正しいと思った行動をします。楓くんは付いてこなくていいです」
そう言うと、夏咲は俺の横を通り、どこかへ行ってしまった。
最後に「さよなら」という言葉を残して。
…………俺にだって、なにが正しいのかわからない。自分の心を守るための手段を一つしか知らないんだよ。ひきこもることでしか、自分の心を守れない……。
ひきこもって、自分の殻に閉じこもって、時間という薬で自らの傷を癒していく。この方法しか、知らないんだ……。
夏咲の背中がどんどん小さくなっていく。
その日以降、俺は学校へ行かなくなった。
当然、夏咲も俺の家には来なくなった。
深月の絶望によって、俺は再びひきこもり生活を手に入れた。
こんにちは、水崎綾人です。
いかがでしたでしょうか? 続きが気になっていただけたら、嬉しいです。
では、この辺で失礼します。また次回。