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第13話「ちょっと待って。そのシチュってなんか違う気がするよ!」

 翌日、俺は鈴原とペアになって二階を巡回することになった。

 隣で揺れている金髪ツインテールにどうしても目がいってしまう。でも、それ以上に鈴原が気まずそうにしているのが気になる。

「あ、あの。鈴原」

 とりあえず、なにか話してみようと名前を呼んでみた。

「は、はい……。なんでしょう……」

 相変わらず小さな声で、ちょっと怯えたような反応だ。

「最近どう? なんか良いことあった?」

「いえ、特に……」

 会話終了のゴングが鳴った気がした。

 待って、待って。これじゃ、ダメだよ。もうちょっとなにか会話を……。話題は……話題は……。そうだ!

「あれから、ちゃんとラブレター渡せた?」

 聞いた瞬間、鈴原の動きが止まった。

 ……あれ、地雷かな?

 深刻そうに俯いた彼女は、ゆっくりと上目遣いで俺を見据える。

「あ、あの……っ」

「え? あ、はいっ」

 反射的に返事をしてしまった。

 次の瞬間、金髪ツインテールは目にも止まらぬ速さで頭を下げた。

「ぬおっ」

 慌てて一歩退く俺。

 なになに。俺、なにかした?

「あ、あ……ありがとうございました」

「…………え?」

 鈴原は頭を上げ、続ける。

「この前、私が相談した時に助けてくれたので」

「あ、あれね」

「せっかく助けてくれたのに、ちゃんとお礼を言ってなかったので……」

 殊勝にも鈴原は俺に礼を述べた。

「いいよ、そんなの。全然大丈夫だから」

「いえ、ホモと誤解されてまで助けてくれたのに……」

「ホモ言うな!」

 誰かに聞かれた誤解されちゃうでしょ! ただでさえ、里山くんには誤解されているかもしれないのに。いや、たぶんアイツは俺のことをホモだと思ってる。

 結局、俺と鈴原のペアは、まともにリア充を検挙できずに昼休みを終えた。やっぱり、リア充を一番取っ捕まえたのは深月だった。

 三日もすると、深月はリア充からハンターという異名で呼ばれ、恐れられるようになった。

 次第に深月は暴走し始め、数日も経つ頃には深月に不信感を覚える生徒も増えていった。


     ***


 一週間も経った頃には、下校時の校門の見張り以外にも、放課後の校内の巡回まで行うようになった。やっぱりさ、放課後の誰もいなくなった教室でイチャイチャしてるの見ると、悔しくなるもんね!

 今日も俺のペアは深月だ。ちなみに夏咲は副会長と、鈴原は会計とペアになった。メガネ男子の副会長と夏咲が一緒っていうのがちょっと気になるけど、我慢、我慢。

「いませんわね……」

 深月が各教室を見渡す。

「やっぱり、もう帰っちゃったんじゃない?」

「そんなハズありませんわ。だって、放課後の校舎ってロマンティックじゃないですか。リア充なんですから、きっとどこかに隠れて『静かに。声を出したら見つかっちゃうよ』『え、そんな……』みたいなことをやっているに違いありませんわ!」

 赤面しながら、深月は憤慨した。

「ちょっと待って。そのシチュってなんか違う気がするよ!」

 否定しながら俺は思った。

 それにしても、静かな校舎だ。いくら校内恋愛の規制を行っているからと言っても、わずか一週間程度でこんなに改善されるものなのかな?

 再び辺りを見渡す。

 静まり返った教室。人のいない廊下。

「やっぱり、いないね」

「そうですわね――」

 言いかけた瞬間だった。ちょうど今立ち寄っていた教室からなにか物音がした。

 深月は言葉を途中で終わらせ、音がした教室の中に入る。

 聴覚を集中させ、標的を探る。

 そんな彼女の姿は、格好いいと同時に少し怖い。きっと俺が捕まえられる方だったら、ちびってる自信ある。

 深月はゆっくりと掃除用具ロッカーへと歩み寄っていく。

 さすがに掃除用具ロッカーには入ってないでしょー。もし入ってたら、中でナニをしてたのか是非ともお教え願いたい!

 掃除用具ロッカーの前で立ち止まると、深月は目にも止まらぬ速さで扉を開けた。

 ガタン、という音と同時にわずかにホコリが宙を舞い、ロッカーの中から一組の男女が出てきた。

「見つけましたわ!」

 深月は声を張り上げた。

 出てきたリア充男女は、悔しそうに唇を噛み締め、鋭い目つきで深月のことを睨んでいる。

「さあ、観念なさい!」

「くっそぉ…………」

 リア充男子が力なく吐いた。

 リア充爆発しろの名のもとに、深月が罰金を徴収。それに掃除用具ロッカーの中で如何わしいことをやっていたとして、反省文が彼らに課せられた。

 リア充たちは立ち去る際、俺たちのことを恨みがましい目で睨んだ。

 おかしいな……。俺の足が震えているぞ……。怖いわけじゃないんだけど。ホントだよ?

「よし。また一つリア充を殲滅できましたわ」

 拳を握り締め、勝利と正義の余韻を味わう。

「次、行きますわよ」

 もう一度、巡回に戻った。

 ふと、思った。

 先ほどの生徒の目。今まで取り締まってきたリア充の態度。今日まで綺麗で上品なイメージだった生徒会長、深月陽菜花はこのままでは、生徒から目の敵にされてしまうんじゃないのかな?

「ねぇ。深月」

「なんですの、楓」

 極めて優しい口調だ。さっきまでリア充に睨まれていた相手とは思えないほどに。

「たぶんだけどさ。この活動を始めてから、深月は生徒から目の敵に……」

 俺の言葉を途中で遮り、深月が続きを言った。

「されてますわね、きっと」

 その顔に迷いの色はない。きっと、俺より前に気が付いていたんだろう。

「それって、キツくない? 今ならまだ、後戻りできるかも」

 彼女は俺の言葉を最後まで聞くと、小さく首を左右に振った。

「楓は私の身を心配してくれますのね。大丈夫ですわ。私には仲間がいますから」

「仲間?」

「生徒会のメンバーと、楓と空乃ですわ。あなた方がいれば、他の生徒にどう思われましても構いませんわよ」

 綺麗に染められた茶色い髪の毛を指先でクルクルと回し、力強い笑顔を俺に向けた。

 その笑顔に俺は安心する。

「そっか。深月が大丈夫なら、安心だよ」

「ええ。確固たる信念は、時として大衆の理解を得られるものではありませんの! 今は苦しい時ですが、リア充殲滅のためにともに尽力しますわよ!」

「その通りだよ、深月! さすがは生徒会長!」

 俺たちは再び力強い握手をした。

 そして、大きな声で笑った。

 廊下に反響するくらい大きな声で。


 掃除用具ロッカーにいたリア充たちを最後に、結局他のリア充は見つからず、巡回終了の時間になった。

 巡回終了後は生徒会室に集合となっている。これでやっと夏咲に会えるよ。まったく、メガネ副会長と夏咲が一緒にいると思うと、心配になってしまう。

 廊下を歩き、生徒会室を目指す。

 あと少しで生徒会室というところで、深月に後ろから肩を引っ張られた。

「なにさ?」

 口元に人差し指を当て、深月は俺に黙るように指示する。

「静かに。なにか声が聞こえますわ。リア充かもしれません!」

 言われて、俺も耳に意識を集中させる。確かに話し声のようなものが聞こえる。でも、その内容までは聞こえない。

 数歩近づき、もう一度、耳を澄ます。今度はさっきよりはっきりと聞こえる。

 だが、この声はリア充のものではない。……というより、夏咲の声だ。


『ですから、それはお引き受けできません』

 相談事でも受けているのか? 断わるなんて珍しいね。

『なんでさ、夏咲さんも見ただろ? さっきの男子生徒と女子生徒。生徒会のことを目の敵のようにしていた』

 この声は副会長だ。『夏咲さん』なんて呼んじゃって、仲良くなりやがって……。

『はい。見ていましたね。ですが、それは校内恋愛の規制を行っている以上、仕方がないことです』

『でも、さすがにこれ以上反感が強まれば、我々には悪影響しかありません。このままでは、生徒会の言葉に誰も耳を貸さなくなります』

 今度はピンク髪の会計の声だ。なんだ、なんだ。揉めてるのかな?

『では、その意見は深月さん本人に言ってはどうですか? 私を頼らずとも、本人に直接言えばいいじゃないですか。あなた方と生徒会長は、大きな信頼関係で結ばれているんでしょう?』

 その言葉に、副会長が呟く。

『信頼関係……?』

『ええ。そうです。深月さん言ってましたよ。生徒会のメンバーとは強い信頼関係で結ばれてるって』

『……違うんだよ』

 副生徒会長は低い声のまま続ける。

『信頼なんかじゃないんだ。深月会長は、世間知らずで、基本的に出してくる企画案は全て斜め上なんだ。だから、どうせ実現できっこないって思って、いつも賛成してるんだよ。今までだってそうだ。水道からコーラを出そうとしたし、学校の階段をエスカレーターにしようともした。でも、現実的に考えてどれも実現なんてできない。企画を否定して空気が悪くなるくらいなら、いっそ賛成して後から先生に却下されれば、ギクシャクしないで次の仕事ができる。だから、……俺たちは会長の持ってくる企画には、例外なく賛成しているんだよ。信頼じゃないよ。今回の校内恋愛の規制だって、本当は実現なんてできないと思ってた。でも、キミたちのおかげで、それが実現してしまった。キミたちのおかげで実現したなら、俺たちもキミたちに相談する。だから、頼めないかな? 深月会長の説得を』

 言い終えた瞬間、俺の後ろにいた深月が飛び出していった。

「あっ、深月――」

 呼び止めたが、時すでに遅し。

 深月は生徒会室の扉を勢いよく開け、副会長に詰め寄る。続けて俺も生徒会室に入る。

「ほ、本当にそんなことを思ってましたの……?」

 深月は視線を副会長から書記、会計へと移す。彼らは下を向き、返答に窮する。

「わ、私……みなさんには信頼されているとばかり…………」

 瞳から大きな涙が溢れ、頬を伝って床へシミを作る。次から次へと溢れる涙を両手で抑え、上擦った声で深月は続ける。

「…………そう思って……頑張ってこれたのですけど……わ、私の勘違いだったようですわね…………ごめんさない……」

 消えそうなくらい小さな声でそう言うと、顔を抑えながら走って生徒会室から出て行った。

 夏咲は今までに無いくらい鋭い目つきで副会長、書記、会計を見据え、

「あなた方は最低ですね。その相談はお引き受けできません。行きますよ、楓くん」

「う、うん」

 俺と夏咲は深月の後を追って生徒会室を飛び出した。

 追いかけていくと、玄関近くの廊下で深月を見つけた。廊下の柱に力なくもたれかかって、嗚咽を漏らしている。

「深月さんっ!」

 夏咲が駆け寄る。ポケットからティッシュを取り出し、そっと手渡した。

「あら、空乃……。それに、楓も……」

「大丈夫ですか、深月さん」

「え、ええ…………。あなた方も思ってらしたの?」

 ティッシュで涙を拭い、ゆっくりと壁から背中を離した深月は、怪訝そうな顔で問うてきた。今まで全幅の信頼をおいていた生徒会の面々に裏切られたんだ、俺たちのことも疑ってしまうのは無理もない。

 だから、俺は言う。

「いいや、そんなこと思ってないよ。だって、深月とは『リア充爆発しろ』って共感し合った仲じゃないか」

 俺に続いて夏咲も言葉を吐く。

「私もですよ。深月さんのことをそんな風には思ってません」

 いつになく感情的な声音だ。

 しかし、

「し…………信じられませんわ……。今の私には…………なにも……信じられませんわ……」

 再び落涙し、深月はゆらゆらと力なく歩き、学校から立ち去ってしまった。

 俺たちはそれを追いかけることができずに、泣きながら去っていく深月の後ろ姿を見送ることしかできなかった。


 信頼という形のないものに絶対なんてない。


 自分が信頼しているからと言って、相手も同じように信頼してくれているとは限らないのだ。


 嗚咽する声を漏らしながら、深月の背中が徐々に小さくなっていく。


 かくして『リア充爆発しろ』の名のもとに行われた校内恋愛の規制は、一人の生徒の犠牲によって幕を閉じた。

 こんにちは、水崎綾人です。

 前回の続きです。どうでしたでしょうか?

 面白かった、と思ってくれた人がいれば嬉しいです。

 では、また次回。

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