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第12話「リア充爆発しろの名のもとに」

 あっという間に休日は過ぎ、気づけば月曜日。

「ほら、行きますよー」

 いつもの如く俺の抵抗は虚しく、今日も登校しなければいけないようだ。襟首を掴まれ、やや強引に我が家から出される。

「はぁ……。このままじゃ、ダメ人間になっちゃいそうだよ……」

「どうして毎日学校に行く人間がダメ人間になるんですか。どっちかと言ったら真人間でしょ」

 指摘を受けたが、俺にとっては違う。

「真人間こそがダメ人間だよ。俺に言わせてもらえばね、人間誰でも楽な方に行きたがるでしょ? なぜなら、それが本能だから! 本能に逆らって生きる奴が真人間か? 否、ダメ人間である!」

「はいはい。また寝言ですか。楓くんのそう言うのは世間でなんて言うか知ってます?」

 夏咲が冷めた目で俺を見ながら続ける。

「屁理屈って言うんですよ」

 今日も変わらず辛辣な物言いに、俺の心は結構大きなダメージを受けた。

「俺は挫けないぞ……」

 半ば自分に言い聞かせるように唱えた。

「頑張ってくださいねー」

 優しくない夏咲が、全然心のこもっていないエールをくれた。

 傷心した俺を癒してくれるのは、画面の中の彼女だけなのに、学校という檻の中ではそれが叶わない。やっぱり、家に帰りたいよ……。

「はぁ……。帰りたい」

 口から願望が溢れでた。

「あの。忘れてるかもしれませんけど、深月さんと月曜日に学校に行くって約束したじゃないですか」

「あ……そうだった。でも、あれだよ。正しくは学校に行く、じゃなくて、深月に協力する、だけどね」

 一応、訂正しておいた。

「まあ、どっちみち、学校に来なければ始まらないので」

「そ、そうだけどさ」

「それと、昨日深月さんからメール来ましたけど、昼休みに生徒会室に集合だそうですよ」

 それを聞いて俺は愕然とした。

「そんな! 夏咲と二人っきりの大事なお昼なのに」

 俺としては結構楽しみにしてたのにな……お昼。女の子と二人で屋上でご飯を食べるなんて、夢のようなイベントだからね! それに、昼休みの夏咲は、なんか優しいし。

「そ、そんな風に思ってたんですか?」

 迷わず肯定する。

「当たり前だよ」

「そうですか。私はそこまで楽しみでもなかったので」

「……だ、だよね」

 思いの一方通行だったらしい。行き止まりには気を付けよう。うん。


     ***


 そんなこんなで昼休みになってしまった。早めに昼食を済ませた俺たちは、深月に言われた通り生徒会室へと向かった。

 人生で一回も生徒会室というものに入ったことがない俺は、若干の緊張感を抱きながら、扉を開けた。

「あら。楓、空乃、いらっしゃい」

 上品な笑顔で出迎えてくれたのは深月だった。彼女は生徒会室の一番奥にある大きな机から立ち上がると、俺たちの方へと駆け寄ってくる。

 生徒会室というものが初めてな俺は、教室全体をぐるっと見渡した。

 広さはだいたい普通の教室の半分くらい。中央には長机が置かれ、それに対応してパイプ椅子が並べられている。それと、部屋の隅にはなんだかダンボールがかなりの数ある。

「お呼びしてごめんさいね。そちらの空いている椅子に座ってください」

 言われて、俺と夏咲は空いている椅子に腰掛けた。目の前にはメガネをかけた見知らぬ少年が、彼の横にはピンクの髪をした少女。その隣には金髪ツインテールが……ってあれ、鈴原だっ!

 俺が驚きの視線を送っていると、鈴原は苦笑いしながら会釈した。俺も頭を下げる。一週間ぶりかな。

 夏咲も気づいたらしく、気まずそうに頭を下げていた。

 生徒会長用の大きな机に戻ると、深月はみんなに聞こえるように、少しだけ声を大きくした。

「皆さん。土曜日にお伝えしたように、今週から校内恋愛の規制について活動していきたいと思いますわ。それにあたって、あちらに座るお二人に協力を仰ぎましたわ。小野宮楓くんと、夏咲空乃さんですわ」

 深月が俺と夏咲を手で指し、紹介した。

「ど、どうも……」

「よろしくお願いします」

 生徒会の面々に向けて頭を下げた。

 次に深月は、生徒会の生徒を俺たちに紹介してくれた。

 俺の目の前に座るメガネをかけた男子が、副生徒会長。夏咲の正面に座っているピンク髪の女子生徒が、会計。会計少女の隣に座っているのが書記の鈴原、ということらしい。正直、鈴原以外名前を覚えられなかった。

 一通り紹介が済み、いよいよ深月が口にする。『リア充爆発しろ』の名のもとに叫ぶのだ。

「それでは、今から校内恋愛の規制活動を開始しますわっ!」


 校内恋愛の規制と言っても、実際はただ学校中を歩き回り、イチャイチャしているリア充を見つけて、罰金として五〇〇円を払わせるだけの簡単なお仕事。

 活動は分担して行われる。

 我が校は三階建てのため、生徒会と俺たちの合計人数を階数で割り、一階あたりの人数を決定する。したがって、各階ごと二人組で行動することになる。ちなみに、相手はくじ引きで決められる。

 まず、書記の鈴原と夏咲がペアになり三階の巡回。副会長と会計のペアで二階。俺と深月のペアで一階を見て回ることになった。

「やっぱり、人多いね」

 俺が何気なく深月に声を掛けた。

「そうですわね。これだけ人が多ければ、きっとリア充もちらほら……見つけましたわっ!」

 言うが早いか深月は飛び出していった。

 見れば、一年生の男子生徒と女子生徒が互いに弁当を食べさせあっていた。しかも、あ~ん、をしてもらっている! 

「楓、早く!」

 深月は標的であるリア充を取り押さえる。

 取り押さえられた一年生は、なにが起こったのか状況が理解できていないようで、俺と深月の顔を交互に見ては「え。なに、これ。なんかのドッキリ?」と口走っている。

 俺は急いで駆け寄り、深月の隣で立ち止まった。

 徐々に状況を理解してきたのか、取り押さえられた男子生徒が口を開く。

「これってなんですか。俺たちがなにをしたって言うんですか!」

 フフ、と深月は口元に笑みを作り、

「リア充は殲滅しますわっ!」

「は、はぁ?」

 男子生徒はいきなり言われた意味不明の発言に眉をひそめる。

「本日から、校内での恋愛は規制されますわ。校内でイチャコラした行為を行えば即罰金ですのよ!」

 俺は隣で見ながら、深月の発する一言一言にうんうん、と頷いた。これぞ、リア充殲滅。

「ちょっと待ってください! 校内恋愛の規制ってどういうことですか」

 取り押さえられた女子生徒も問うてきた。

「そのままの意味です! 学内での恋愛を規制するという文字通りの意味ですわっ!」

 心なしか生徒会長の顔が生き生きしているように見える。

「そ、そんな……」

「罰金五〇〇円ですわ!」

 右の掌を出し、深月が支払うように催促する。一年生リア充はなにやらブツブツ文句を言いながらも、悔しそうにそれぞれ五〇〇円を支払った。

「次から気をつけるように」

 そんな言葉を残して、生徒会長は一年生リア充に背を向けて教室から立ち去る。彼女が教室の敷居を跨いで廊下に出た瞬間、非リア充たちの魂の歓声が教室を包んだ。

 深月は口元に小さな笑みを浮かべ、勝利の余韻に浸っている。

「幸先いいですわね」

「そうだね。リア充は悔しそうな顔してたけど、非リア充は俺たちのことをまるで勇者でも見る目で見てたね」

「正義の味方ですわね」

 そうか。もしかしたら小さい頃に憧れていた正義の味方って、毎回こんな気持ちを味わっていたのかも!

 その後も、昼休みが終わるまでおおよそ五組のリア充を発見し、俺と深月で取り締まった。リア充たちを取り締まった後は、例外なく非リア充の「フゥー!」という歓声で幕を閉じる。中には「応援してます」や「頑張ってください」と言ってくる生徒もいた。


 ホームルームが終わり、今度は下校時にイチャコラしているリア充の取り締まりの時間だ。正直、直帰したい気持ちもあるけど、今はなんとかその心を抑える。

 早く支度を済ませ、校門前に行かなければ。

「楓くん。準備できましたか?」

「もちろん!」

「いつになく元気ですね。いいことでもあったんですか?」

「正義ってやつを知ったよ」

「はい?」

 夏咲は、なにコイツ馬鹿なこと言ってるんだ? みたいな目で俺を見てくる。でも、いい。正義は時として周りから理解されないものだってことは、アニメとか見ててもよくあることだからね。

「夏咲にはまだ、正義がわからないんだよ」

「そうですか。ひきこもりと同じ正義なら、こっちから願い下げです」

「…………あ、あのさ、もしかして夏咲って俺のこと嫌いだったりする?」

 俺の顔を一瞥し、黙ってしまう夏咲。そして、ひと呼吸置くと、唇をゆっくり動かす。

「いえ、別に――」

「てことは、好きってこと!」

「特別好きってわけじゃないです」

 俺はわかりやすく落胆した。がっくりと肩を落とし、うなだれる。

「面倒くさいひきこもりですね。別に嫌いって言ってるわけじゃないんですから、そんなに落ち込まないでください。先行ってますから」

 言い終えてすぐ、俺の反応も見ずに夏咲は教室から出ようと移動を始めた。

「あれっ、慰めてくれるんじゃないの!」

 ちっ、予想が外れた。でも、……それでも、ショックだったな……。

 俺は既に廊下に出てしまった夏咲に急いで追いつき、歩幅を合わせて隣を歩く。もう、歩くの早いよ。


 校門前に集まり、俺たちは下校時のリア充の取り締まりを行った。副会長や書記、会計たちと比べ、深月生徒会長の検挙の仕方には目を見張るものがあった。

 手をつないで歩いている男女の生徒がいれば、その手を離させ、仲良く語らっている男女がいれば、強制的に会話を中断させたりしていた。

 やや引き気味で夏咲が深月の労をねぎらう。

「深月さん、すごいですね」

「いいえ、空乃。まだまだですわ。リア充というのは一人いたら百人いると思えですの」

「あの、リア充だって人間ですよ?」

 そんな夏咲の言動に、深月はほのかに笑いながら、次のリア充へと狙いを定める。気づいた頃には、深月は新たにリア充を検挙していた。

 そして、また彼女は次のリア充を探す。

「また、発見しましたわっ!」

 もはやリア充を見る深月の目は、虎やライオンが獲物を狩るときよりも鋭い気がする。

 見つかったリア充は、まさに顔面蒼白とはこのことかと言わんばかりに、皆一様に真っ青になった。

 しかし、そんな深月の姿とは裏腹に副会長を始めとする他の生徒会メンバーからは、どこか気乗りしないような印象を受ける。気のせい、かな?

 一時間ほど校門前で取り締まり活動行っていると、リア充たちは息を潜め始めた。きっと深月のおかげだろう。

 これ以上、ここで見張っていても意味がないと思ったのか深月は時計を一瞥し、言う。

「今日はここまでにいたしましょう」

 俺も時計を見ると、時刻は一七時。どうりで、空も茜色に染まっているわけだ。と言うか、今日は随分と長く学校にいたみたいだ、俺。

 深月が言ったとおり、今日の活動はこれにて終了となった。


 学校を後にし、帰路につく。

「深月さん、すごかったですね」

 夏咲が感心したように呟いた。

「そうだね。俺てっきり夏咲って、深月にちょっと呆れてるかと思ってたよ」

 ははは、と笑いながら言うと、彼女は俺を見て「はぁ?」と言いたげな顔をした。

「楓くんよりは尊敬してますよ。確かに、ちょっと斜め上なことやってるとは思いますけど、信念があるところは尊敬できます」

「信念があるところ、ねぇ。だったら、俺にだって信念あるよ」

 チラッと夏咲が俺を見た。

 俺は、自信に満ちた声音で続ける。

「深月の信念が『リア充爆発しろ』なら、俺の信念は『ひきこもりは正義』だよ!」

 ウィンクをして夏咲に信念をアピール。

「どーしよーもないですね、楓くん」

 呆れを通り越して、もはや無関心な夏咲の言動が俺の心を容易くぶった切る。


 こんにちは、水崎綾人です。

 どうでしたでしょうか? 一人でも多くの方に笑っていただければ嬉しいです。

 では、また次回。

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