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第11話「今俺は、深月とシンクロしているんだよ!」

 朝食を終え、自室に戻ってギャルゲーをしていると、ピンポーンとインターホンが鳴った。あれ、誰だろう? 夏咲以外に俺の家に来る人なんて……いないね。うん、いませんね! あ、でも、高島先生かな? などと、しばし黙考したが、一向に誰が来たのか見当つかない。とりあえず玄関に足を向けた。

 玄関に着くと、夏咲が応対していた。ていうか、夏咲って俺の家でなにしてるの? 

 夏咲が応対している相手は、肩のあたりまで伸ばした綺麗な茶髪に、明るい表情の少女――深月陽菜花だった。

「おおっとっとと。えっと、どうして深月が俺の家にいるの?」

 訳がわかず夏咲のもとに駆け寄り、耳元でそっと尋ねる。

「昨日の夜、深月さんとメールでお話したんです。そしたら、土曜日に集まって相談したいということになり、だったら、楓くんの家でやりましょうということに――」

「いやいやいや。なんでそこで俺の家が出てくるの? 家なら夏咲の家でもいいじゃん。女の子の家に興味あるし」

 あ、つい口が滑っちゃった。

 すると、夏咲は俺から目を逸らし、苦い顔をした。

「楓くんを私の家に入れるのはちょっと……ひきこもりですし」

「そこ関係あるんだ!」

「私だったら、楓くんの家に来慣れているので、問題ないかと」

 勝手に上がって来てるんだけどね。俺が手ずから招き入れたのって、初めて夏咲と会った日ぐらいだよ。

 夏咲との会話に夢中になっていると、深月が訝しげに問うてきた。

「……あの、どうかしまして?」

 俺は一旦、夏咲との会話を中断し、深月の質問に答える。

「いや、全然問題ないよ。さぁ、入って」

 スリッパを用意し、玄関で待っている深月を我が家に招き入れた。なんで俺の土曜日はこうなるの……。

 深月をリビングに通す。

「ここが学生寮なのですね」

 ぐるっと見渡し、深月は歓喜の声を上げた。随分楽しそうだね。そんなに珍しいものでもあったのかな?

「そんなに珍しい?」

「ええ。私、実家暮らしなので、寮というものに住んだことがありませんの」

「そうなんだ。実は俺もついこの前までは実家暮らしだったんだよ」

「実家でひきこもっていらしたんですよね」

 さすが生徒会長。俺の情報もしっかり記憶している。

「まあね!」

「なに威張ってるんですか」

 隣で夏咲がやれやれと首を振った。

 手っ取り早く話を終わらせて、深月にも夏咲にも帰ってもらおう。

「それで、今日の相談っていうのは……」

「そうでしたわ。実は、風紀の改善と言っても具体的になにをするかをお二人には言ってなかったので、まずそれから発表しますわ」

「なるほどね」

「そうですね」

 俺と夏咲が同時に相槌を打った。

「それでは、さっそく始めますわよ」

「あ、そうだ。ちょっと待ってよ」

 せっかくの良い流れだったのだが、塞き止めた。

「な、なんです?」

 ちょっとだけ不快そうに、深月が眉間に皺を寄せた。

 そもそも、なんで深月は俺たちに相談してきたんだろうか。生徒会長なら当然、副生徒会長、書記、会計とか生徒会の仲間がいるはずだ。彼らに相談は仰げなかったのだろうか?

 俺にはそれがどうも気になってしまう。

「あのさ。俺たちに相談するってこと、生徒会の人たちには相談したの?」

 聞くと、「そのことですか」と小さく笑ってから、深月は続けた。

「もちろん相談しましたわ。皆さん、賛成してくれました。毎回、私がやろうとすることに賛成してくれますのよ。今回も例外なく賛成してくれましたわ。私、信頼されてますので。と、言うより、生徒会メンバーが強い信頼関係で結ばれていますの。ですので、そこのところは、すでにクリアしていますわ」

 チラッと横目で俺のことを捉える。

「質問は以上ですか?」

 俺は首肯し、夏咲も首を縦に振った。

「では、さっそく始めますわよ」

 深月は胸の前で手をパチンと叩き、可愛らしく微笑んだ。夏咲みたいな静かな子もいいけど、深月みたいな明るい子もいいね! 茶髪もなんか綺麗だし。

 コホン、と一度咳払いすると、深月が力強くテーブルを叩いて主張した。

「まずは、校内恋愛の規制ですわっ!」

 耳が張り裂けそうなくらい大きな声とともに、彼女の言葉には鬼気迫るものを感じた。

「校内恋愛の規制……ですか」

 夏咲が繰り返すと、深月はコクリと真剣そうな表情で頷いた。

「そうですわ。最近、ていうか、私が高校に入学してからというもの、あちらこちらでイチャイチャ……。もう我慢できませんわ!」

「な、なんかあったの?」

 言葉の端々にトゲがあるね。

 俺が聞くと、彼女はうつむきながら「ええ。ありましたわ」と続ける。

「高校に入ってから……ていうか、今まで生きてきて一度も恋愛というものをしたことがありませんの。友達には次々に彼氏ができていきましたが、私には誰も……。おかしいですわ! こんな世界間違っていますわ! もはや宇宙規模で間違っていますわ! 座右の銘も『リア充爆発しろ』に変え、今日まで精進してきましたの。生徒会長にもなって……今日まで頑張ってきましたの! 校内恋愛を規制するために」

 なんだか、生徒会長になった理由が、自分がモテないから恋愛を規制するためだというのには、ちょっと驚いてしまった。でも、あれだね。『リア充爆発しろ』っていう思いは共感できるよ!

「なるほど。俺も常日頃から、リア充には爆発して欲しいって思ってるよ。なんだか、気が合いそうだね!」

 満面の笑みで彼女を見ると、深月の表情が凛とした微笑みに変わった。

「そうですわね。ひきこもり……いえ、ちゃんとした名前がありましたね、楓。あなたとは、わかり合えそうですわ」

 俺と深月は立ち上がり、互いに硬い握手をした。深月の柔らかい手をしっかりと握り締め、同じ思いであることを確かめ合った。

 今ここに、ひきこもりと生徒会長の間に、硬い絆ができたのだ。

「なんだか、おかしな展開ですね」

 ため息混じりに夏咲が呟いた。

 夏咲には悪いけれど、今俺は、深月とシンクロしているんだよ!


 二時間くらい議論が続き、校内恋愛の規制についての議題がようやく収束へと向かった。

「では、確認しますわよ。決行は月曜日の昼休みから。行うことは、リア充と思われる男女が一緒に登下校するのを阻止。校内でイチャイチャしているリア充たちの殲滅。この二点を重点的に行っていきましょう。違反した生徒には罰金として五〇〇円を課す。これで間違いないですわね?」

 企画書に書かれた内容を読み終え、確認するように深月が俺と夏咲の顔を交互に見る。

「こうして見てみると、結構ぶっ飛んだ内容ですね。リア充の殲滅って……。それに違反したら罰金五〇〇円って……」

 顔を引きつらせながら、企画書を読む夏咲。

「なにか不満かしら?」

「いえ、なにを言っても無駄そうなので」

 さすがの夏咲も諦めたのか、口をつぐんだ。

「楓からはなにか質問等はありませんか?」

「ないよ。これは完璧だね!」

 親指を上につき立てる。

「わかりましたわ。これを完成案としますわ」

 笑顔で企画書をファイルに挟む。

「じゃあ、次はなんの議題ですか?」

 次に進もうと、夏咲が話しを進める。しかし、深月は小首を傾げ、なんのことかと問う。

「風紀の改善っていう相談でしたので、他にもあるんじゃないのかと」

「あ……あぁ……そうね、そのことね……」

 深月は、居心地が悪そうに夏咲から目を離した。前髪をくるくると人差し指に巻きつけ、なにか言わなければ、といった焦燥感を感じているような表情をしている。

 絶えず夏咲が深月を見据える。

 五分ほど経ち、ついに深月が口を開いた。

「つ、次の議題はありませんの……」

「そうですか」

 ふっ、と夏咲が息を吐いた。まるで、その答えをわかっていたかのように。

「なんとなく、そんな気がしてました」

「お、怒らないんですの?」

 様子を伺うように尋ねた。

「ええ。まぁ、ある意味では校内恋愛の規制も風紀の改善に入るかもですし」

 まぁ、生徒会長になった理由を聞いたあたりから、俺もなんとなく予想はしてたけどね。

「夏咲さん……いえ、空乃。あなたはいい人なのですね!」

 突然の名前呼びに、夏咲がわかりやすく動揺した。

「なななんで、急に名前呼びなんですか?」

 頬がわずかに紅潮し、なんだか頭を撫でてあげたくなる。

「私は、わかり合えたと思った人のことは名前で呼ぶようにしているんですのよ」

 俺の目の前で女の子どうしが、楽しそうに恥ずかしそうにしながら仲良くしている。これはもしかして、百合展開というやつなのかな? 夏咲が照れているせいで、余計にそう見えてしまう。俺がひきこもっている間に、三次元は随分と二次元っぽくなったんだね! いいことだよ!

「そ……そうなんですか……」

 夏咲には珍しく、消え入りそうな声で呟いた。

 これで深月と夏咲が友達になることができれば、夏咲の目的も達成できそうだ。鈴原とは違って、深月は自分から接してきてくれるから、夏咲も関わりやすいんだろうな。

 そんなことを思っていると、深月がなにかを思い出したようで、独り言のように呟いた。

「そうでしたわ。これを。ちょうど一段落したので」

 そう言って、テーブルの上に白い箱を置いた。中を開けると、人数分のケーキが。

「ケーキ?」

「そうですわ。今回協力してくれるお礼の気持ちです」

 なんだか高価そうなケーキが目の前に並んでいる。やっぱり口調がお嬢様ってことは、家もなかなかのお金持ちなのかな?

 ふと、隣を見ると夏咲が食い入るようにケーキを見ていた。彼女は深月に顔を向けることなく聞く。

「頂いていいんですか?」

「ええ。どうぞ」

「ありがとうございます。あ、そうだ。楓くん」

 名を呼ばれた俺は、夏咲のことを見る。

「紅茶をお願いします」

 紅茶? えっと、どういうことだ……。しばしの間、考え込む。その後、ようやく夏咲が言わんとする意味がわかった。つまりは、紅茶を持って来いという意味だろう。

「了解」

 俺は立ち上がり、キッチンへ。そういえば、初めて夏咲が俺の家に来たときは麦茶を頼んでたよね。などと、少し過去のことを振り返りながら作業を始める。


 一時間もすると、ケーキは綺麗に完食され、俺たちは程よい甘さの余韻に浸っていた。

 夏咲はいつになく充足した顔で、ティーカップに残った紅茶を飲んでいる。

「満足していただけたようで嬉しいですわ」

 嬉しそうに深月が言うと、夏咲はティーカップをソーサーの上に置き、

「こちらこそ。ありがとうございました」

 ペコリと頭を下げた。俺もそれに倣ってありがとう、と礼を口にした。

 深月はそれを確認すると、おもむろに立ち上がった。

「では、私はこの辺で」

 どうやら帰るらしい。本来の目的である『校内恋愛の規制』についての計画も立て終えたので、これ以上用はないということだろうか。

 俺と夏咲は玄関まで深月を見送り、

「それでは、今から私は学校に戻って、生徒会の皆さんにさっき決めたことを発表してきますわ。また、月曜日にお会いしましょう」

 そう言ってお辞儀すると、深月は俺の家から出て行った。

 少しだけ疲れたけれど、生徒会長とは結構有意義なことを話せた気がする。

 俺があれこれ思っていると、夏咲が声をかけてきた。

「でも、良かったんですか。楓くん」

「ん? なにが?」

「だって、深月さんとあれだけ仲良くなったら、楓くんは月曜日に嫌でも学校に行かなきゃいけませんよ?」

「………………あ」

 そう言われてみると、その通りだ。深月と話せて嬉しかったせいか、まったく考えてなかった。どうしよう……。

「まあ。なんにせよ、月曜日は絶対に登校しなくちゃなりませんね。楓くん」

 夏咲が妖艶に微笑んだ。その笑顔は妖艶ではあったが、美しい花よろしくどこか含みのある悪い笑顔のように見えた。

 俺が押し黙っていると、夏咲は玄関で靴を履き始めた。

「じゃあ、私も帰りますんで。と言っても、隣なんですけど。では、また明日です」

「あ。お、うん」

 感情を交えずにそう言うと、夏咲は自宅へと戻った。

 家には俺一人だけになり、急に家全体が静まり返ったように感じた。

 月曜日のことをあれこれ考えてもしょうがない。今は、せっかく戻ってきた俺の時間に頭を使うべきだ!

 深月もいない。夏咲もいない。俺だけの時間。

 思わず口元が緩む。

 全速力で自室に戻り、パソコンを起動させる。カーテンを閉め、日光を遮断。そして、抱き枕を抱き、マウスをギュッと握る。

 中途半端なところで終わっていたギャルゲーをやろう。いつも、夏咲に邪魔されるからね。でも、今日はもう大丈夫! 早く画面の向こうの彼女に会いたい!

 ヘッドホンを装着し、深呼吸をひとつ。さて、準備完了だ。

「さぁ……。俺の時間の始まりだぁーい!」

 掛け声とともに、俺の意識はギャルゲーの世界に潜り込んだ。

 その日、久しぶりに俺の部屋の電気は夜通し消えることはなかった。

 こんにちは、水崎綾人です。

 どうだったでしょうか? わずかでも続きが気になって頂ければ嬉しいです。

 では、次回。

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