第10話「せっかく起きたんだから寝ないでください」
ヤバイことが起きた。これは危機的状況だ。
ここ最近、連日学校に行っていたせいで体が疲れていたから、昨日はちょっと早めに床についたんだけど、そうしらた……。
「七時……だと?」
携帯のディスプレイを見て驚倒した。まさか、この俺が……いつも昼まで寝ている俺が……アラームもかけずに、いつも夏咲が起こしに来る時間より前に目覚めてしまった……だと……。
まさか、携帯の時計が間違ってるんじゃ……。そう思ってみるが、閉め切られたカーテンから漏れる眩い日光が、俺の考えを否定する。そういえば、携帯の時計って間違うことあるのかな?
自分の体に起こった変異に驚きを隠せない。
なんてこった……。こんなことが……。
すると、なにやら家の奥の方から物音が聞こえてきた。ここが学生寮だということを考えれば、生徒が学校に向かう音だと思うが、今日は土曜日。土曜日に学校? そんな人いるの? なら、一体なんの音だ?
注意して聞いていると、ガッチャン、となにかが回る音がした。
瞬間、俺の家の鍵が開錠されたのだと悟った。え、誰っ! 泥棒? ひきこもりの家には、泥棒に好かれるほどの金目のものはありませんよ! 心の中で何度も唱える。
やがて、ドアノブが回る音と同時に、扉が開かれる音が聞こえてきた。
静まり返った部屋では、小さな音でもはっきりと聞こえる。いや、聞こえすぎる。
もう、これは寝たふりをするしかない。もし、本当に泥棒だったら、俺が起きていることがバレたらどうなるかわかったもんじゃない!
俺は瞬時に布団にもぐり、できるだけ違和感が無いように注意を払いながら寝息を立てる。
音は玄関で一度止まり、今度はフローリングの床の上を歩く足音へと変わった。このままでは、俺のところまで来てしまう。
ドキドキと心臓の鼓動が高鳴っていく。もしかしたら、心臓の音が相手にも聞こえちゃうかもしれない。
足音は、迷いなく俺の部屋の方に向かっている。やがて、音は俺の部屋の扉の前で止まった。そして、ドアノブがゆっくりと回り始める。
体全身に汗を掻きながら、必死に平静を装う。
ドアノブが完全に回り、部屋の扉が開かれる。
極微な足音が俺のすぐ近くにやってくる。
俺は目を思いっきり瞑り、恐怖に耐える。
音から察するに、足音の主は俺のベッドのすぐ手前で立ち止まった。なんだ、なんだ? もしかして、寝たふりしてるのバレた?
「……………さい」
と、いう声と同時に俺の体が揺らされた。
ついに堪らず、俺は大声を上げてしまった。同時に勢いよくベッドから飛び起きる。
「おあああああああああああああああ!」
「ひゃっ!」
自らの声でほとんどかき消されたが、微かに聞き覚えのある声が聞こえた。
俺はバクバクと脈打つ心臓の鼓動を落ち着かせるため、大きく深呼吸をする。そして、充分に息を整えた後、ゆっくりと足音の主を確認した。
そこには、両手で自身の頭を覆い、ブルブルと震えているポニーテールの少女が女の子座りで身を縮めていた。
「な……夏咲……?」
呼ばれた彼女は、顔を少しだけ上げて、上目遣いで俺のことを見る。
「か、楓くん……。ビ、ビックリするじゃないですか。いきなり大声で叫ぶなんて非常識です」
俺の顔を確認するなり、夏咲は頭を覆っていた手をどけ、口早で叱責したてきた。
「いやいや、ちょっと待ってよ!」
「なんですか?」
だいぶ落ち着いたようで、いつもの口調に戻っていた。
「朝、いきなり鍵開けて他人の家に入ってくる方が非常識だよ!」
言うと、夏咲はバツが悪そうに俺から視線を逸らし、
「……起きてたんですか。珍しいですね」
「うん。なんか今日は変なんだ。いつもは昼まで寝てるのに、七時に起きちゃった。――じゃなくて、俺の家に入るときってインターホン押してるって言ってたよね?」
「ええ、押してましたよ」
目を合わせることなく答えた。
「今日は押してなかったよね?」
「どうせ寝てるのにインターホン押すのもおかしいなって」
「そこ面倒くさがらないでぇ!」
おかげで俺がどれだけドキドキしてたと思ってるんだよ。あー。寝汗すっごいよ。
俺の気持ちが伝わったのか、夏咲が素直に頭を下げる。それに、少しばかりたじろいでしまった。
「すみません。これからは気をつけます」
「……あれ、今日は変に素直だね」
「私はいつも素直ですよ」
真顔で言われてしまっては返しようがない。
話は終わったとばかりに夏咲は立ち上がり、いつもどおりカーテンを全開にする。日光を遮るものがなくなり、部屋全体が照らされた。
なんだか、ドキドキして疲れたし、二度寝しよう。
俺はひとつ小さく息を吐くと、再び布団にもぐる。徐々に瞼が重くなり、睡魔が襲ってきた。
「あ。楓くん、せっかく起きたんだから寝ないでください」
そんな夏咲の声も無視して、俺の意識は夢の世界へと引き込まれていく。
「まったく……」
あと少しで完全に眠りの世界に入れるというとことで、夏咲が強引に俺の体を揺すり始めた。段々と強くなっていく。これではとてもじゃないが眠れない。
「ちょっと、楓くん。起きてくださーい」
数十秒も揺すられていると、眠気は完全にどこかに行ってしまい、結局起きることになってしまった。
「酷いよ、夏咲」
「酷くないです。これも規則正しい生活のためだと思ってください。脱ひきこもりのためです」
淡々と述べる夏咲。
その話しも耳にタコができるくらい聞いたよ。
俺は苦笑いし、夏咲は続ける。
「それと、二度寝はしないでくださいよ」
「いいじゃない。今日はどこかに行くわけでもないだろ?」
買い物は先週行ったし、相談事は月曜日に夏咲がやればいいし。ほら、俺がやることなんてなにもない。やったね。今日は寝れるし、月曜日からまた学校に行かなくてもいいね!
「えっとですね。今日は逆なんですよ」
なにか隠しているような様子で、夏咲が俺から目を逸らした。
「逆?」
なにを言っているのかわからなかった。逆ってなに?
わからないと小首を傾げたが、夏咲は「しかたないので、今日も私が朝食を作ります」と言ってキッチンの方に行ってしまった。どうやら、質問に答えるつもりはないらしい。
こんにちは、水崎綾人です。
前回の続きです。今回も楽しんでいただけたら幸いです。
では、また次回。