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4 マリッジ・ブルー 


(1)


レッスン帰りの

エレベーターを

待つ間


初めて君の

手を取った


3分前まで

相手も変えずに

ほとんど2人で

踊っていながら


教室を出て

いざ君に

触れるとなると

心臓は鳴り

手は震えそうで

閉口してた


そんな私が

滑稽だった?


口づけを

交わした相手の

手を握るにも

怖気づいてる

臆病者を

弄ぶのは

面白かった?


婚約者がいる?

式も間近?


エレベーターで

人から訊かれて

君がしぶしぶ

頷いたのと

ほとんど同時に

手は離れてた


窓を叩いて

狂ったように

私の名を呼ぶ

君の声

振り切ったまでは

覚えているが


ハンドル握った

間じゅう


まさかと思えば

はらわたが

煮えくり返り


やはりと思えば

天罰だという

自嘲も湧いて

堂々巡りで


どこをどう

運転したやら


よくぞ

無傷で

家まで着いた



(2)


何日かして

誰から聞いたか


結婚間近の

マドモアゼルは

私の事務所に

やって来て

問わず語りに

語ってくれた


「いつか言おう

いつか言おうと

思いながら

言えなかった


弄ぶ

つもりは全く

なかった」と


「よくある

マリッジ・ブルーだった

傷つけたなら

ごめんなさい」と


「レッスンで

いつでも会える

これからも

友達で」と


他愛ない

けんかの後の

仲直りにでも

来たみたいに


ごめんなさいと

謝れば

水に流せる

程度のことと

疑っても

いないみたいに


謝罪の弁は

簡にして

要を得ていて

秀逸で


顔には時折

笑みすら浮かんで

険もなく


聞かされる身は

怒鳴る気力も

罵る気力も

湧かなかったよ


君が私に

物言う間

内心

独りごちていた


--伯父と姪ほど

歳がちがうと

判っていても


日増しに君が

愛おしかった

この老いぼれを

笑うがいい


君に

求愛するほどの

勇気も度胸も

ない小心を

持て余しながら

それでもなお


愛おしさが

断ち切れなかった

この老いぼれを

笑うがいい


我が身の

武骨が

心底悲しく


できることなら

柔らかい

揺りかごみたいな

ホールドで

君を包んで

あげたかった


踊りたいから

抱きしめるのか

抱きしめたいから

踊るのか


毎度毎度が

朦朧のうちに

終わるレッスン


週に1度が

遠かった

どうにも君が

愛おしかった


あまりにも

愛おしすぎて


結婚すると

聞いた瞬間


可愛さ余って

何とやら

裏切られたと

怒りが湧いた


2人で踊った

つもりのタンゴ


まさか3人で

踊っていたとは

笑止の沙汰


ここまで

虚仮にされるほど

私が君に

惹かれたことは

分別のない

妄執か?


この老いぼれに

好かれたことが

そんなにも

不愉快だったか?


それならそうと

言ってくれれば

よいものを


あるいは

まさか


マリッジ・ブルーの

気の迷いも

老いぼれの

女漁りも

どっちもどっち

恨みっこなしと


あっけらかんと

断じてくれたか?--


「もう2度と

会いたいとは

思わない」


君の詫びへの

返答がてら

抑揚もなく

撥ねつけて


頑として

黙りこくった

私のつれない

渋面に


訪問者は

声を失い


うなだれて

やがて

出て行った



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