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3 タンゴショー


(1)


君が今日

来るか来ないか

事前に尋ねも

しなかったから


間際になっても

見えない姿を

目がじれったく

探しながら


開演の

ブザー直前

前列の

視界の端に

腰を下ろした

横顔を見て


わけもなく

安堵した


目の保養にと

教室じゅうで

連れて来られた

プロのショー


踊る2人の

主役のペアは

赤と黒


ステージや

ライトは全て

赤一色


赤と黒こそ

タンゴだと

色の押し売り

されてるみたいで

目が疲れ


それた視線は

さまよって

行き着くところに

行き着いた


前方斜めの

横顔は


視界にあふれる

赤や黒とは

対象的で


穏やかで

物柔らかで

見飽きなくて


要はショーより

ショーを見ている

君に見とれた


その不躾は

認めるけれど

だからといって

気づかれるとは


それでなくても

ショーはたけなわ

妖艶な

舞台に誰もが

釘づけなのに


君とてやはり

一心に

ステージに目を

凝らしているかに

見えたのに


何思ったか


名前でも

呼ばれたみたいに

ゆっくりと

振り向いて


君の視線は

私のそれを

ひたと捉えて

放さなかった


客席の

暗がりの中

他人を数人

間にはさんで


拒みもせず

逸れもせず


見返す視線は

大胆で

真っすぐだった


その目が私に

言いかけたこと

言わんとしたこと


読み取りかけて

私が負けた


いや

正確には


読み取れたゆえに

うろたえて


私が先に

ステージに

視線を戻した



(2)


篠突く雨


アパルトマンの

真ん前まで

送ったとはいえ


建物までの

数メートルで

ずぶ濡れだ


気の毒だとは

思ったものの


雨は止まない

会話も途切れた


「ありがとう

おやすみなさい」


助手席の君は

腰を浮かせて

左右の頬に

挨拶のキス


行き来しながら

その顔が

ふとためらって

止まりかけ


唇が

重なった


離れれば

離れたものを


そうはしないで

互いに

うなじを

かき寄せ合った


目と目が合った

劇場での

仕儀からすれば


遠からず

こうなることは

判っていた

ような気もする


だがそれ以上に

こうなることは

許されないと

いう気もする


そうだろう?


私の歳や

君と私の

この歳の差は


空とぼけては

すまされない

厳然たる

足枷だ


それ以前に


ひとり息子の

母親を

幸せに

してやりそびれた

罪もある


その私が


どこまで君に

求めていいのか

そもそも君に

求めていいのか


自問自答は

底なし沼で


何度訊いても

絶対に

理性は色よい

返事をくれない


それなのに


遠からず

こうなることを

心の底で

予期した不埒


その板挟みに

自嘲はしても


少なくとも


堰切ったように

求め合い

受け入れ合った

唇の熱を

羞じるまい


強いたわけでも

強いられた

わけでもなく


重なるべくして

重ねた唇

その陶酔を

羞じるまい


もうファンファンとは

呼べそうにない


君に惹かれて

かなわないよ

フランソワーズ


「おやすみなさい」


そう言って

車を降りた

伏し目がちの目に

涙が見えた



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