出会いと見つけた伝説
愛華は台車を押しながら調理・被服室へと向かっていた。伝説の流れ星が特別教室に出現する、という一之瀬先生の話が本当であれば調理・被服室に出現する可能性が高くなるからだ。
「(でも大野先生って何部の顧問なんだろう・・・?)」
「ねぇ、うちの部に何か用?」
「えっ・・・」
気付けば愛華は調理・被服室の前に到着していた。そんな愛華に声をかけた同い年の少年。彼は愛華が押す台車と愛華をしばらく見てから状況が分かったような表情になった。
「もしかして、その荷物を届けてくれたの?」
「う、うん。一之瀬先生に頼まれて」
「そうだったんだ。ありがとう、持って来てくれて」
「ううん。これ、中に運ぶ?」
「そうだね。部で使うものだから廊下に置いておく訳にはいかないし」
「分かった。なら私も手伝うよ」
「これで最後だね」
「そうだね」
愛華は台車に載せられた段ボールを調理・被服室の中の準備室へ運ぶ手伝いをしていた。もはや手伝いに集中していて伝説の流れ星の事は忘れているのだろう。
「ありがとう、手伝ってくれて」
「どういたしまして」
「あっ、そうだ。自己紹介をしてなかったね。僕は2年B組の東城勇人。よろしく」
「私は2年A組の夢美園愛華。こちらこそよろしくね、東城君」
「えっと・・・何か手伝ってくれたお礼がしたいんだけど・・・」
「い、良いよ、東城君。私が勝手にした事だから気にしないで」
「そう言う訳にはいかないよ、愛華。手伝ってもらったんだから」
「そ、そう?」
「そうだ!愛華、ちょっと待ってて」
そう言って彼は準備室に向かった。その間、愛華は1人座って待っていた。実は愛華、男子に名前を呼び捨てにされたのが兄以来でドキドキしていたのだ。
「愛華、お待たせ」
「うわぁ!」
戻って来た勇人は手に重たそうなトレーを持っていた。其処には美味しそうなパウンドケーキとフルーティーな香りのする紅茶のポットがある。勇人はまるで執事のようにサーブしてくれた。
「美味しそう!これってパウンドケーキ?」
「そう。そろそろ夏だからマンゴーペーストを混ぜてみたんだ。彩りに添えたマンゴーソースと生クリームと一緒に食べるとさらに美味しいよ」
「へぇ~。この紅茶は?」
「それはアップルとマンゴーのフレーバーティーだよ」
「すごく良い香りがするね」
「だろう?あっ、紅茶が冷める前に食べて」
「そうだね。じゃあ、いただきま~す」
「どうぞ」
愛華は最初にパウンドケーキを口にした。目に鮮やかな黄色のケーキはしっとりとしていて、食べると優しい甘さと香りが口の中に広がる。さらに生クリームと合わせて食べてもまた楽しめる。紅茶と合わせればこれほど合う最強の組み合わせは無いだろう。
「美味しい!」
「本当?喜んでくれたなら嬉しいよ」
「これ・・・もしかして東城君が作ったの?」
「そうだよ」
「すごい!東城君ってお菓子作り、得意なんだね」
「ありがとう。でも僕の作ったお菓子を此処まで喜んでくれたの、愛華だけだよ」
「そうなの?」
愛華は皿に残っていた少し大きめな一切れを一口で食べてしまった。男子の前では憚られる行動だが、それほど美味しいのだから仕方ない。
「ご馳走様でした!」
「あっ、紅茶のお代わり要る?」
「う~ん・・・じゃあ貰おうかな」
「分かった。ちょっと待ってて」
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
すっかり勇人が出してくれる紅茶の虜になった愛華。そんな愛華の気持ちに気付いてか、勇人は別のフレーバーティーを用意した。
「あれ?何だかさっきの紅茶と違う」
「気付いた?」
「うん」
「それは3種のベリーのフレーバーティーなんだよ」
「へぇ~。あっ、だから甘酸っぱい香りがするんだ」
「その紅茶は僕しか出せないんだ。それも本当に一部の人だけにね」
「そ、そんな大事な紅茶を私なんかが飲ませてもらっちゃって良いの?」
「もちろんだよ。愛華は僕の手伝いをしてくれたし、僕の作ったケーキを絶賛してくれた。それだけで十分だよ。それに同じ部の子以外でこんなにケーキを楽しんでくれる子は初めてだから」
「そ、そう?」
愛華は特別なフレーバーティーを飲んでいた。心穏やかで優しい勇人と居ると綿菓子のようなフワフワした気持ちになれるのだ。こういう雰囲気が愛華にとって落ち着くのだろう。
「あっ、そうだ。東城君、1つ聞いても良いかな?」
「何?」
「東城君は一体何部に所属しているの?」
「スイーツ&甘味研究会だよ」
「スイーツ&甘味研究会?」
「そう。基本的には洋菓子と和菓子について調べたり、自分たちで作ったりしているんだ。時期によっては部員全員でスイーツを食べに行く事もあるよ」
「へぇ~」
「ただ女子の多い部だから僕みたいな男子部員は肩身が狭いんだ」
「そ、そうなんだ」
「そういえば、あの段ボールの中って何が入ってるの?」
「あぁ、あれはクッキー用の星型だったり、ケーキの飾り付けで使う星の形のシュガーだったり・・・」
勇人の話を聞いて、愛華は思い出した。そもそもは学園に伝わる伝説を探していたのだ。しかし一之瀬先生の手伝いをしている間に本来の目的を忘れていた。
「あっ、そうだ!」
「ど、どうしたの?愛華」
「ねぇ、東城君。突然こんな事聞いたらビックリさせちゃうかもしれないんだけど・・・」
「ん?」
「この教室で流れ星の絵って見た事ある?」
「無いけど・・・。あっ、もしかしてこの流星学院に伝わる伝説の事?」
「うん。それを探してて・・・」
「そうなんだ。う~ん、でも僕は見た事ないなぁ」
「あのね、一之瀬先生の話では、この時期だと特別教室で見つけられるんだって」
「それなら探してみようか」
「ありがとう。でも1人で探すよ」
「えっ?」
「だってこれは私の用事だから。それなのに東城君に手伝ってもらう訳にはいかないよ」
「いや、遠慮しなくて良いよ。僕が手伝いたいんだから」
「そ、そう?じゃあ・・・お願い。一緒に探してくれる?」
「もちろん」
そこで愛華が棚の中や壁を見て、勇人は作業台や床を見る事にした。しかし場所は特別教室で違わないものの、なかなか見つからない。愛華は次第に不安になってきた。
「(もしかして此処には無いのかな・・・?)」
「愛華、どうした?」
「えっ?」
「何だか泣きそうな顔してるけど・・・」
「そ、そんな事ないよ。ただ不安になっちゃっただけ」
「もしかしたら此処には無いんじゃないか、って?」
「ど、どうして分かったの?」
「そう顔に書いてあったから。・・・不安にならなくても大丈夫だよ、愛華」
「どうして?」
「僕は見つかるまで諦めないから。だから一緒に探そうよ、ねっ?」
「東城君・・・」
「じゃあ僕が安心できる魔法をかけてあげるよ。ちょっと口開けて」
「?」
何も分からないまま愛華は口を開けた。すると勇人は何かを愛華の口の中に入れた。その何かはふんわりと甘い香りがして、ホッとする味がした。
「美味しい・・・」
「ほら、少しは不安がなくなったでしょ?」
「そうかも」
「じゃあ伝説探し、再開しようか」
「うん!」
勇人に励まされた事に恥ずかしさを感じつつ、その優しさが嬉しいと思った愛華。その嬉しさは愛華に幸運をもたらす。
「あっ、あった!」
「えっ?何処に?」
「この柱のところ」
「待って。僕も今、そっちに行くから」
愛華が柱を見ていると少し遅れて勇人もやってきた。2人の目線の先には小さな流れ星の絵が。本当によく見ていなければ見つけられないだろう。
「本当だ。これは可愛い色だね」
「うん。ピンクって感じだね。でも学園の伝説は本当だったんだ」
「良かったね、愛華」
「うん。これで私も運命の人と会えるかな?」
「会えるよ。絶対に」
「東城君、手伝ってくれて本当にありがとう」
「どういたしまして」
勇人が見せた笑顔に愛華はドキドキしていた。とても輝くような笑顔だったからだ。思わず赤くなりそうな顔を愛華は抑えていた。
「そ、そうだ。何かお礼しないと」
「えっ・・・」
「探すの手伝ってくれたんだから。東城君、何かリクエストある?」
「僕は愛華が一緒に居てくれれば、それで十分」
「そ、そう?あっ、ねぇ、東城君。ちょっと準備室、使わせてもらって良いかな?」
「良いよ。準備室にある材料と道具も必要なら使って」
「ありがとう」
「でも何をするの?」
「ひ・み・つ」
それからしばらくして。愛華は小さな皿に2個カップケーキを載せて勇人のところへ戻った。そんな愛華に勇人は思わず驚いてしまった。
「お待たせ、東城君」
「そ、そのカップケーキ・・・」
「私なりのお礼の気持ち。お菓子作りが得意な東城君にお菓子を作ってあげるのはどうかなって思ったんだけど・・・。私に出来る事って言ったらこれしか思いつかなかったから・・・」
「ありがとう。すごく嬉しい」
「で、でも不味かったら残してくれて良いからね」
「そんな事ないよ。こんなに美味しそうなんだから」
「じゃあ、どうぞ」
「いただきます」
勇人は嬉しそうに愛華の作ったカップケーキを食べ始めた。その様子は本当に嬉しそうだ。しかし愛華は心配そうに見守っていた。
「ど、どう?」
「とっても美味しいよ。愛華、お菓子作り上手いんだね」
「そ、そう?」
「うん、とても美味しいよ。こんなに美味しいと毎日食べたくなっちゃうよ」
「そ、そんなに喜んでもらえると・・・何だか照れちゃうよ」
「ふふ、愛華って可愛いね」
「っ!?」
勇人からのストレートな言葉に頬を赤らめた愛華。今までは兄以外の男子と2人きりになった事がなかった為、勇人からの言葉が新鮮に聞こえるのだ。
「あっ、そろそろ片付けようか」
「もうこんな時間!?」
「うん。僕も時計を見て驚いたよ。急いで片付けしよう」
「そうだね。じゃあ2人で片付けよう。その方が早く終わるから」
「そうしようか」