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リヴァイアサン(2)

葵瑞雲は、国試に中程度の成績で受かって官吏になった。幼馴染みの豪商の娘からは、都に行くなと泣かれ詰られ押し倒されたが、己の力を試したいという決意は揺るがなかった。

だが汚濁にまみれた役人の現状、賄賂でしか動かぬ上司等を見て、うんざりした。自分だけは、と思い真面目に仕事をしていた。そこを太子である晴嵐に拾われたのだと思う。

太子は言った。

「俺が囮になって奸臣(バカ)共を引き付けている間、そいつらの足下を探れ。なに、叩けば埃なぞ幾らでも出てくるだろ。」

太子に賛同する仲間達との日々は充実している。自分達が国を変えるのだと思えば、仕事にも熱が入るというものだ。

そんな瑞雲に冷水をぶっかける様な太子のお言葉があった。

「後宮に新しく妃を迎えた。豪商李家の娘だ。」

豪商で李家といえば、幼馴染みの顔が頭に浮かぶ。だが李など掃いて捨てる程よくある姓だ。現に同期にも五人いる。まさかそんなはずは……

「名は礼熹といったか。お前と同郷らしいぞ。部屋にいた蜘蛛を普通に手掴みしていて面白かった。」

間違いない。幼馴染みだ。

瑞雲は恐る恐る訪ねた。

「そ、それで、その妃を気に入ったのですか?もう手を付けられたので?」

それを聞いて太子はニヤリと笑った。こういう時の太子は悪人面、という言葉がぴったりだ。

「何でも、馬鹿な知り合いに会いに後宮に来たらしいぞ。後宮になぞ居ては会えまいに、一番情報が入るから良いんだそうだ。健気な娘だな。」

それから、と太子は少し真剣な顔で言った。

「俺が手を付けるのは、皇后となる一人だけだ。」


李礼熹の話をした時の瑞雲の表情は見物だった。あの悲愴な顔、礼熹に教えてやればさぞ喜ぶだろう。不器用な男だ、と晴嵐は思う。そんなに気になるなら、最初から娶って都に連れて来れば良かったのに。どうせ身分違いだとか、今までのような良い暮らしをさせてやれないとか、そんな事ばかり考えたんだろう。どれも礼熹にとっては些末な事ばかりだろうに。

それにしても、最近の後宮には中々面白い者が入ってくる様だ。晴嵐は、礼熹よりも前に後宮入りした王千樹に思いを馳せた。


王千樹という女は、最初晴嵐と対面した時、自分の兄を重用するよう進言してきた。晴嵐は、他の妃達同様次期皇帝の外戚となって権力を握りたいのかと思い、距離を置いて接する様にしていた。

だがある日、業を煮やしたのか千樹は晴嵐を掴まえて、滔々と説教してきたのだ。

「帝は都の現状を御存知か。幾ら彩が大国とはいえ、農民は田畑を捨て、生産量は落ち民は飢え、貧民の路上生活や脆弱な都市基盤のせいでいつ疫病が流行してもおかしくない。」

それから現行制度の問題点と改正案を延々と述べるに至って、晴嵐の千樹を見る目はすっかり変わった。

彼女こそ崔良が求める人材なのでは、と思い、つい

「兄ではなくお前が官吏になれば良いではないか。素質は充分あるだろうに。」

と言った。すると彼女は心底哀しそうに、

「女は国試を承けられないではないですか。」

と言ったのだ。

「つまり、なる気はあるんだな?」

「なれるものなら。だがまぁ兄も私から見れば優秀です。この案も土台は昔兄と二人で考えたものですので。」

この娘は妻よりも部下にしたい、と晴嵐は考えた。千樹の兄にも声を掛けてみよう等と思いつつ、千樹に命令した。

「お前、これから勉強しろ。俺が実権を握った暁には国試を受けさせてやる。誰もを唸らせる最高点を叩き出せ。」


後宮で一番の変わり種といえば自分の妹、黄芙蓉である。

彼女は幼い頃、父の不興を買った母親ごと皇家から除籍され、今の養父である黄悟覚に助けられた。その後芙蓉の母は悟覚の子を産んでいる。黄家は彼女の異母弟が継ぐようだ。

ある日彼女は自分の元にやって来て言った。

「お兄様、皇帝に退位していただくなら私にお手伝いさせて下さいな。」

父帝が円満に退位など有り得ない。父を傀儡としている周りがさせないだろう。自分も排斥されないために傀儡を演じている晴嵐は考える。父の退位、それは父の死を意味する。

妹は、父を殺すお手伝いをしましょう、と言っているのだろうか。

「お前は折角伏魔殿から出たのだ。自ら手を汚すこともあるまい。」

「いいえお兄様。私、養父や母を見ながらずっと思っておりましたの。帝に此の手で絶望を与えたい、とね。」

こいつは確かに自分の妹だ、と晴嵐は思った。

宮廷には魔物が棲んでいる。魔物はきっと高貴なる血の中で孵化し、人の心を喰らうのだ。例え此所から逃れようと、自分の血に潜む魔物からは逃れられない。

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