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シンデレラの秘密  作者: papiko
第二章 エスティバル
9/20

報告と作戦名の決定

 各地に偵察に出ていた側近とジラフの部下たちは、帰還した順に報告を書面にまとめた。ジラフとキャスバルはそれらの報告書を読んで、王宮から届いた物資の配分などを検討していた。

 状況的にはどの領内でも、民の食べ物と薪の不足が顕著であるものの、執行官の中にはすでに備蓄庫から領民へ定期的に食料や薪の配布をしているところがほとんどだった。この行為は領地法違反にあたり、領主からの許可を得てない執行官は法律上、領主に知られれば解雇され処罰を受けることになる。無許可で備蓄庫から領民に必要なものを提供している執行官は解雇と処罰を覚悟の上であることは、報告書をみてはっきりと分かった。


「やはり、特例を設けた方がいいと私は思うのだが……」

 キャスバルはため息交じりにそうつぶやくがジラフは賛成しない。

「特例法を作ることは、一歩間違えば乱用される可能性はある。それよりも、領主が冬の間はこの領内に逗留する期間を設けた方がいいだろうな」

「しかし、管理領地はここだけでもない者もあるが?」

「だから、一定期間の設定をすればいいということだ」

 キャスバルはしばらく考えて、一つの案をだした。

「ならば、領主に対して執行官から滞在期間を指定でいるように強制力の強い法を確立するというのはどうだろうか?無理があると思うか?」

 ジラフは少し考え、悪くないと言った。

「では、その件について他の者の意見も聞こう。できるだけ、シンプルで確実性の高い法にしなければ意味がない」

 そこへ執事のグラハムがラーニャとゼルダが戻ったことを報告した。ゼルダはかなり疲労しているらしく、一日は休養が必要だということも進言する。

 ジラフは、検討は明日にしようと提案し、グラハムにその旨を伝えた。

「ちょっと待ってくれ。できれば、いっしょに出た子どもたちにも意見が聞きたい」

 キャスバルがそういうとジラフはなぜだと聞き返した。

「私たちはよそ者だ。この土地で起こっている現状が毎年のこととどれほどの差があるのか、はっきりわからない。子供たちならきっと私たちが気づけないことに気づいているんじゃないかと思うんだが……」

 ジラフは目を細めてくすりと笑った。

「では、明日。お前の側近と同行した子供たちを交えて話をしよう。俺の部下たちからの報告は書面の通りだから、特に意見を聞く必要はない。それでいいな」

 キャスバルはうなずいた。ジラフはそういうことだとグラハムに告げると、彼はうやうやしく一礼してかしこまりましたと答えると執務室を後にした。


 翌日、キャスバルと側近たちはジラフの案内で地下の一室に入った。そこには、側近たちに同行した四人の子供たちが毛足の長い絨毯の上に座っていた。

 右からニア、リスタル、ラーニャ、ミーシャだ。ラーニャ以外は緊張した面持ちで座っている。

 ロン・シェランは、すっとニアの隣に座った。にこりと笑ってお疲れ様と左隣のニアに話しかける。ニアははにかむように微笑んだ。それを見ていた側近たちは、それぞれ仕事を手伝ってくれたソリ部隊の少年少女たちの隣に座る。リスタルの隣にカムイ・シシリー、ミーシャの隣にアルム・バーンズ、ラーニャの隣にゼルダ・オーフェン。

 みんなロンをまねるようにそれぞれねぎらいの言葉を言った。緊張がほどよくとけて、キャスバルの右にジラフ、左タリス・ブレアが座り、絨毯の上で円を描くように座りなおすと、執事のグラハムがタイミングよく暖かい飲み物と甘いお菓子をワゴンに積んでやってきた。

 子供たちには羊のホットミルクとクッキーを。大人たちにはブランデーの香る紅茶をそれぞれに配った。丁度、ラーニャと向い合せに座っていたキャスバルは、彼女が自分をじっと見ているのに気が付いてどうしたとやわらかく微笑む。

「勉強中なの?」

 ラーニャは遠慮なく言う。その言葉にジラフが苦笑し、びっくりしたキャスバルに言った。

「ラーニャにはお前さんが何かを学ぼうとしているように見えてるんだよ」

 キャスバルはうなずいて

「その通りだよ。ラーニャ。私は足元が見えていないらしいんだ」

 ラーニャは何かを納得したように言う。

「高い所にいると遠くはよく見えるが、足元はみえないってシンディの言葉だね。だから、ここに来たんだ」

 キャスバルが言葉に詰まっていると、ロンがにこりと笑って言った。

「ラーニャもみんなもシンディの言葉を覚えてるの?」

 ロンの相棒をつとめたニアは好きな言葉だけと答え、ミーシャが真顔で暗記してるのはラーニャとリスタルくらいだよと言った。キャスバルはそうかとにこりと笑い

「君たちに教えてほしい。他の領地はどんな風に感じられただろう?」

 そう言われて子供たちは口々に困ってる人たちが多かったねなどバラバラに話す。ジラフは紅茶を啜りながら、キャスバルがどうするか観察していた。

「なるほど。それでは、ミーシャ。ウェルヘル子爵領の人々は一番何に困っているのだろうか?」

 ミーシャは真顔のまま、ゆっくりと答えた。

「食糧が足りてない。俺が知ってるヤツの家をたずねたら、そいつの弟が死んだって言われた。まだ、赤ん坊だったから、お母さんの乳がでなくて羊の乳を飲ませてたけど、羊のえさも足りなくて……」

 ミーシャはそこまで言ってうつむいた。

「そうか……それは辛かったな。すまない」

 キャスバルは頭をさげた。隣でタリスが情報を書きとめている手をとめた。

「他の家でも死者がでているのですね」

とミーシャに問うと彼はこくりと頷いた。

 そしてアルムがミーシャの背をさすりながら、報告書にもあげていたように備蓄庫の解放はしていないとつけたした。

「解放を求めて執行官に謁見を申し入れたが、病気だといわれて会えませんでした」

 その言葉にジラフがやはりなとつぶやく。

「あそこの執行官は、領民の方よりウェルヘル子爵のご機嫌伺いに忙しいからな」

 キャスバルは、ため息を吐いたがまずは他の子たちからも、現状をきかなければならない。物資の配分や優先順位、さらに必要な物や人材を集めなければならないからだ。

「ミーシャ、辛い思いをさせた。許してくれ。他に彼らに必要なものはないだろうか?」

 ミーシャは必死で顔をあげて、薪が足りないと言った。

「凍えないように家の中に羊を入れている。それから、雪かきもほとんどできてなかった。出入り口だけ、なんとかしている家ばかりだよ。屋根は雪が滑るように作ってはあるけれど、このままだと家がぺしゃんこになると思う」

「そうか。よく見てきてくれたね。ありがとう」

 ミーシャは首をふる。

「お礼なんていらない。みんなを助けてほしい。俺たちはジラフ様のおかげでこうして暖かいミルクがのめるけど。セザールは……ウェルヘル子爵領のみんなは今も死にそうなんだ」

「わかった。きっと助ける。約束しよう」

 キャスバルの強い言葉に、ミーシャはうなずく。

「リスタル、ハイデン男爵領はどうだったのだろう」

 リスタルは大人びた表情でキャスバルに答える。

「執行官のアンカーさんが、領民を城の地下に避難させています。家畜までは、無理だったようですがそれぞれの村ごとに城の近くの家を家畜小屋として管理しています。食事は一日一度。寒さはそれぞれが持ち寄った布団や毛布でしのいでいます。まだ、死者はでていないけどいつだれが亡くなってもおかしくはない状況だといっていました」

 キャスバルはそうかとつぶやく。

「なんとか持ちこたえているという状況なのだね」

「はい、そうです」

 リスタルはきっぱりと返事をした。そしてカムイが補足する。

「風邪が流行っていて、薬が不足しています。念のため、風邪をひいている者は隔離して熱の下げ方と皮袋の湯たんぽを作るよう指導してきました」

 この件は報告書に記載があったので、キャスバルはうなずく。

「リスタル、ありがとう。できるかぎり、早く手を打つと約束しよう」

 リスタルはお願いしますと礼儀ただしくお辞儀した。

「サラン男爵領はどうだろう。ニア」

 ニアはうーんと考えながら答える。

「リスタルの話と同じだよ。みんなお城に避難してるし、死人もでてないよ。あと、風邪もはやってなかった。食事も一日一回。子供やお年寄は地下じゃなくて一階の暖炉のある部屋で過ごしてた。家畜は地下にいれてて、動ける大人たちが世話してるよ」

 ニアは一番状態がましなんだと思った。ロンはニアの言葉を継いで説明する。

「執行官のグレン殿は、城の者とともに火を使わず何度も手紙を出し続けているそうです。なんのもてなしもできないと頭をさげられました。どうやら、執行官として越権行為だと思っているのでしょう。城の人間たちの統制もよく取れていました」

 キャスバルは頷く。

「ありがとう。ニア。グレン殿がなんとか支えてくれている間に必ず手をうとう」

 ニアはうんとうなずいた。そして、キャスバルがラーニャに目を向けると彼女はすぐに問題ないと答えた。

「問題ないことはないだろう」

 ゼルダがあきれたようにラーニャをたしなめる。

「だって、軍人だもん。国がどうとでもしてくれるはずだよ。なんで、食糧不足でここから分けてもらってるのかわかんないけど」

「それはだな……まったく恥ずかしいことに軍のお偉いさんたちは現地調達で賄えといったんだとさ。王様は知らないことだから、キャスバル王子にお知らせしてもらった。今頃は、おしかりを受けてあわてているところだろう」

「じゃあ、全然偉くないのね。現地調達でまかなっていいのは戦闘時だけでしょ?それって規律違反じゃないの」

「その通り。というわけなので、王子、厳罰要請も付け加えてください」

ゼルダは肩をすくめるように言った。これも報告書には書いてあったので、もちろんだとキャスバルが答えた。筆記を終えたタリスがまとめる。

「まずはキャスバル様にウェルヘル子爵領にいっていただきましょう。領民を城内へ入れるよう説得してくださいね。ジラフ様にも同行をお願いします。それから、物資が届き次第、運べる準備をしてください。君たちにももう一度行っていただきますが、いいでしょうか?」

 子供たちはタリスの言葉に大きくうなずく。

「他に犬ゾリを操れる子にも荷物を運んでいただきたいので、君たちで旅に耐えられる子にも協力をおねがいしたいのですが、どうでしょう?」

 タリスがそういうとラーニャが言った。

「大丈夫、みんな何かしたくてうずうずしてるから。犬たちもはしりたがってし、できることはやる」

「ありがとう、ラーニャ。頼みます」

 タリスは真剣な表情で頭をさげた。キャスバルもともに頭をさげる。ジラフはよしと言った。

「では、準備を急ごう。ウェルヘル子爵領は一刻を争うからな」

 全員がその言葉にうなずいた。そしてラーニャが言った。

「作戦名をつけなくちゃね」

 そうだねとリスタルがうなずく。大人たちは静かにそして少しばかり呆れていた。だが、ジラフとキャスバルは真剣な顔で聞いている。ロンはむしろ愉快そうに微笑んでいた。

「ニア、なんか思いつかない?」

 ラーニャに問われてニアは小首を傾げて少し考えてから答えた。

「そうだなぁ。犬ゾリ大作戦……いや、違うなぁ。そうだ。エスティバル奪還大作戦にしよう!!」

 ラーニャはにっこり笑って賛成っといった。他のふたりも力強くうなずく。

こうして『エスティバル奪還大作戦』は幕を開けた。


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