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シンデレラの秘密  作者: papiko
第二章 エスティバル
7/20

王妃の秘密

 王宮から物資が届くまで、キャスバル王子は領地法について王領代理執行官のジラフ・マケインと、改善策案を練っていた。領地法によると、代理執行官が置かれた事情として領主が戦で領地の統治ができないことがあり、もともとはその家族が代理を務めていた。しかし、領主の不在中に勝手に税をとったり、要らぬ公共工事を行ったりと問題が多発し、同じ地域でも格差が大きくなり、民が土地を捨て仕事を放棄し、より生活しやすいところへと移動をはじめたことが、この法ができた最大の理由だった。


 代理執行官制度は、民間から優秀な人材を登用し、領主の身内が勝手ができないようにするための制度としてつくられた。三年に一度、王都で登用試験が行われる。この試験に通るものは受験者の一割程度である。実際に執行官として派遣されるまで、王都の執行官派遣局内で二年から三年の予備訓練を受けて、任地に赴くのである。

 ただし、ジラフは王命により、この地に代理執行官として勤めている例外である。王領の代理執行官は王命により、決定されるのだ。王が領地を管理することが不可能だからである。


 王家の男児は大公となり、領地は一か所と定められている。王領の一部を大公領とすることもある。

 現在、大公は三人。キャスバルの叔父であるエバンズ大公、王の叔父ネレジア大公、シシリー大公である。大公の称号はその子孫に引き継がれることはない。一代限りの爵位である。

 ゆえに、現在の大公が亡くなれば領地は王領となるため、大公家の男児は爵位を得るか、代理執行官としてその地に残るかとう選択肢がある。おおむね、長男は王領の代理執行官となることが多いが、長男以下の男児は軍人になるものも、文官になるものも、商人になるものもいる。また、男児のいない爵位もちに婿入りすることも珍しくない。


 大公が一代限りの爵位であるのは、王族間の争いを避けるためである。だが、この法は王が民を虐げるものであった場合、その王のかわりになれるものがいないとう危険性も孕んでいる。つまり、内乱が起こる可能性を有しているのだ。


「それでも、今まで内乱が起こらなかったのは、王は五人の側近を持つことを定められているからだ。側近とは王を助けるものであり、監視するものでもあるってことさ」

とジラフは言う。


『側近の信頼を失うことは、王にとって恥でもあるのだ』


 キャスバルはジラフの言葉に父の言葉を思い出す。

「法とはつまり、権力の暴走を止めるために定めてあるということだな」

 ジラフはにやりと笑う。

「基本的にはな。それでも、今回のようなことは起こる。平和が続けば続くほど、覇権の野望を持つものもまた増える。民とは何かを忘れるからな」

「どういう意味だ?」

「わからないか?貴族とは国が他国に滅ぼされぬように、交渉し戦うことがその任だ。だが、平和が続けば、それを忘れる。民がいない国などない。民は生きるために田畑を耕し、商売をし、税を納めて有事のときに守られるために存在する。つまり、王家を含む貴族とは、民に養われてる傭兵のようなものさ」

 キャスバルは思いを巡らせる。ジラフのたとえは、かなり乱暴だが納得せざる得ない。キャスバルが王子として生まれて、何不自由なく育つためにどれだけの税が費やされただろうか。子供の時は、自由に遊ぶ時間すらないほどさまざまなことを学ぶことばかりで、王子になど生まれなければよかったと思ったこともある。だが、歳を追うごとにその感情は薄れていた。

 常に父はいう。


『今はわがままもいいたかろう。だがな、王とは民あっての王なのだ。その民を失うことほど、愚かな王はおらん。誰もが何かを得るために、守るために耐えることを覚える。お前は今どんな状況になろうとも耐える力をつけなければならぬ時期なのだ』


 そして、ただじっと耐えるのではなく、問題を解決するための方法を考えなければならない。それが王家に生まれたものの宿命だと。それでも、幼子はつらいと母のもとに逃げ込んで泣いて訴えることもあった。

 キャスバルは、あのころを思い出して苦笑する。


「どうした?」

「いや、なんでもない。話をつづけよう。問題はこの法にある執行官権限の狭さだと思うが、これも権力をしばるための法なのか?」

「権力というより、執行官の増長や怠慢を防ぐためのものだな。有能なものほど、勘違いをする。何せ執行官は民間登用だからな。その職に誇りをもっているからこそ、不出来な貴族ほど妬ましく愚かにみえるのだろう。現に愚かな貴族がこの地の民を苦しめているわけだからな」

 キャスバルは考え込んだ。王の側近である法家のフリューゲル・リッツに、法を学んではいたがこの現状をまのあたりにしてしまうと執行官にもう少し権限を与えてもよいと思えてならない。


「貴方のいうことはもっともだが……せめて特例はつくれぬのだろうか?」

「特例を増やすと言うことは、必ずしもよいことではないよ。期限を区切ったとしても、司法局が恒久法にかえるべきだと進言すれば、特例は特例でなくなることもある。法が増えれば、民への負担も大きくなる。法は不完全であるがゆえに、機能するという一面もあるのさ」

 難しいなとキャスバルはため息をついた。


 そのタイミングで、執務室にノックの音が響く。現れたのは執事のグラハムだった。

「お茶をいれてまいりました」

「ああ、ちょうどいいタイミングだ。王子、少し休憩だ」

 グラハムは静かに紅茶を出すと一礼して出て行った。


 キャスバルはふっと思い出したようにジラフに尋ねる。

「そういえば、貴方は母上の護衛としてこの国にきたのだったな。なぜ、母上の死後もこの国にとどまっているのだ?」

 ジラフは視線を少し落とす。

「話したくなければ、無理には聞かない。すまなかった」

「いや、かまわない。丁度いい時期かもしれんな」

 ジラフの目は少し遠くを見るような、どこか懐かしい思い出を慈しむような微笑みを讃えている。

「俺はな。護衛ではなかった。姫を殺すために側にいたのだ」

 キャスバルは黙って耳を傾ける。ジラフは独白のように言葉を継いだ。

「シェリア様は、王が王妃付の侍女に手を出して生まれた子だった。表向きは王妃の子として育てられたが後宮での扱いはひどいものだったらしい。俺は俺で成り上がりの近衛兵だ。実家は貧しくて俺を育てられなかったから、軍事学校に入れたんだよ。そこに入れば食うことだけは、食えるからな」

 ジラフはそっと紅茶をすする。

「シェリア様がこの国に嫁ぐことになったとき、俺は彼女が子供を産む前に殺害し、この国の仕業として戦の種にするよう命じられていたのさ。この国に入る前日にシェリア様は俺に言った。今、ここで殺しなさいってな。ここで自分が死ねば、戦はおこらないからとな」

「母上は……知っていたのか?」

「ああ、すべて知っていた。自分の生まれた事情も、後宮でさげすまれ続けた理由も、王が俺に課した命令も……あの方は、とても聡明だった。とても幼く見えて蝶よ花よと育てられたのだと俺は思っていたんだがな」

 キャスバルはいつも微笑んでいる母の顔しか知らない。優しい言葉と学ぶことの大切さを常に口にする母は、キャスバルが五歳のときに病に倒れ、八歳のときに亡くなった。母の代わりにキャスバルを励まし続けたのは、やはり母についてきた侍女のアネッサだった。

「なぜ、殺せなかったのだ」

 むごい問いだとキャスバルは思いつつ、ジラフの気持ちを知りたかった。

「簡単なことだ。姫のいうとおりにしていれば、俺が殺される。少なくともこの国に入るまでは、何があっても殺すわけにはいかなかった」

「結局、貴方は殺せなかったんだな。その結果が、私ということだろう」

「ああ、殺せなかった。姫が俺に殺せと言ったとき、なぜか聞いたらな。『戦で疲弊しきった民にさらなる戦をさせるなど、王の恥だから』と言ったんだよ。己の命を奪えといった父を恨むどころか、汚名を残すことをさせたくない、民をこれ以上犠牲にできない。こんな姫を殺せるほど、俺もけだものではなかったというだけだ」

 ジラフは昔話はこれぐらいにしとこうと自嘲気味に笑い、紅茶をのみほした。


 その夜、キャスバルは夢を見た。あの夜会のシンデレラの夢を。彼女はキャスバルよりも、周囲の人間を見ていた。

『どうしたのですか?』

 その問いかけに彼女は、クスリと笑い、癖なのですと答えた。

『今年の流行りはグラネルの蒼ですわね。お色は薄め。それにしても、皆さま折角のドレスが台無しになるほどの宝石をお使いだわ。ここへくれば、大公妃さまのお姿が見られるかと思いましたのに』

『ドレスに興味が?』

『いいえ、商人に知り合いがおりましてね。グラネルの生地を買うなら薄青を進めておこうと。宝石類は小ぶりのモノで細工の細かいものがよい。わたくし夜会には、はじめてお伺いしましたけれど。せっかくのドレスが引き立たない装飾はとてももったいないと……いやだわ。まだ踊っている最中なのに。申し訳ございません』

 彼女は楽しそう笑った。自分と踊ることよりも、人々の衣装を観察することに夢中になっていた。それが、とても新鮮でもっと話をしたくなった。

 バルコニーへでて、いろいろな話をした。彼女の知識はとても広く、もっともっと話が聞きたかった。

 けれど彼女は遠く夜空をみてつぶやいた。

『塔の上にいれば遠くまで見えるけれど、肝心な足元は見えない』

 そういって、去って行った。ガラスの靴を置いて……。


『待ってください。姫!シンデレラ姫!!』


 目を覚ましたキャスバルは愕然とした。


(シンデレラ姫の顔が……思い出せない……)


 夢にまで見てしまうほど、会いたくてしかたがないというのに。誰かをこんなに切に求めたことなどないのに。なぜ、忘れてしまったのかとキャスバルは頭を抱えた。


(いや、今は目の前の問題を片づけなければ……)


 それでも、胸がチクリと痛む。もう一度。せめてもう一度だけでも会いたいとキャスバルは願いながら、朝の支度をはじめた。執事のグラハムが起しに来る前に、服を整える。冷たい水で顔を洗い、手がしびれた。



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