王様と悩める側近たち
キャスバル王子が旅立って二か月。国王ベオルグと五人の側近たちは、次々と舞い込んでくる問題に頭をいためていた。
最初の問題はクロム男爵の問題だった。多額の借金をし、領地から屋敷まで借金の形に『アバナンス商会』と名乗る金貸しに押えられている。本人の署名とクロム家の刻印が押された証書に、問題点はなく、法的には『アバナンス商会』の落ち度はない。
とりあえず、ガリア・クロム男爵の身柄は王宮の一室に確保しているが、娘のリリアの消息は不明だった。ガリアの証言によると借金をなかったことにする代わりに、『アバナンス商会』のトップと結婚させるか、身売りさせるかと問われて、好きにしろと答えた話を娘に聞かれたらしく、その晩のうちに姿が見えなくなったという。それはちょうど、王宮で年越しのパーティが模様された日だったと。
「領地については、爵位のない者もしくは代理執行官でないものに税の徴収はできませんから、その契約については無効と判断できますが、お屋敷のほうは男爵家の資産ですから現状ではどうにもできません」
法家のフリューゲル・リッツは、白髪交じりの黒髪を掻きあげながらため息交じりに報告をする。
「『アバナンス商会』についてですが、どうもトップの正体が不明なままです。名前はエリック・ジャバウィックという40代の男ということだけで、出自は不明。商会の立ち上げについては、共同経営者のセイガル・アングレーが手続きをしており、不正はありません。『アングレー商会』の末っ子で、23歳。実家とは折り合いが悪く、ほとんど勘当という状態のようです。設立は三年前、特に違法行為はありませんし、海外への輸出隊の支援や護衛を主な業務としています。荷物を安全に届けるための保険金を徴収していたようですが、昨年あたりから、金貸し業も少しずつ行っていたようです。業務上のトラブルはなく、事業は着々と拡大しているようですが、特に目立った動きはありません」
警邏隊総長のティム・バーンズ男爵が謎の『アバナンス商会』について説明したが、特に違法性のある印象はないということだった。
そして、リリアと同じ年頃の娘を持つクリスト・ディアン侯爵がその行方についてティムに状況の説明をもとめた。
「まったく不明のままです。公に探すわけにはいきませんので、特別捜査隊を編成して捜索にあたらせています。ご友人やご学友のところにも姿をみせておりません」
「事情を知っていて匿っているということは?」
「いえ、それはありません。ただ、クロム男爵の放蕩をどうやって止めるか悩んでいたという証言はいくつかとれましたが……みな新年のあいさつもないので、家のことで大変なのだろうと思ってしばらくお茶会などに呼ぶのは、かえって迷惑になるから控えようという話がほとんどでした」
ティムの説明にディアン侯爵はやはりなとつぶやく。
「私も娘にそれとなく、リリア殿の様子を聞いてはいたが、ここまで状況が悪いとは思っていなかったよ。わかっていれば、私のところで保護することもできたのだが……」
「それは、悔やまれても仕方のないことでしょう。家の内情を大きな声で風潮するのは貴族であろうとなかろうと、恥ずべきこと。やむなく、困窮した場合は親族や教会、地位のあるものは付き合いの長い商人などに相談するぐらいのものです」
フリューゲルがディアン侯爵の沈痛なおももちに、冷静な声で答えた。それを黙って聞いていた教育者養成学校を運営しているエリザベス・ホーン伯爵夫人は何かを思い出したようにつぶやいた。
「確かヘーゼル殿と懇意にしていた商人がいたはず……」
「名前はお分かりか?」
エリザベスはディアン侯爵の問いに、いいえと首をふった。
「とりあえず、クロム家のことはティムにまかせる。引き続き、調査を行ってくれ」
ベオルグ王が指示すると、ティムはしっかりと頷く。
「さて……エスティバル地方の問題だが……ユーゼフ。物資についてはどうなっている?」
侍従長のユーゼフ・ディオンは、国の備蓄庫から必要なものをすでに届けたことを報告した。
「すでに王領に届いたとの報告がございました。大公殿下からも、食糧と薪が届けられるとのことでした。民だけでなく、国境警備隊の物資も不足しているとアーサー殿からわたくしめにご連絡があり、警備隊の不足分も手配済みだそうです。近日中に警備隊長から報告があるかと思われます」
ベオルグ王は、深くため息をつく。
「ジラフから状況報告があったので、王領については彼に対応を一任したし、諸侯にも状況の確認をせよと命じておいたのだが……警備隊までとは情けない」
「エスティバル隊は、クリス・ロード大尉が指揮官です。彼は若いが兵を飢えさせるような真似はいたしません。おそらく、上層部へ物資の補給の依頼があったはずです」
ユーゼフは静かに王をいさめた。
「そうだな。まずは、とり急ぎ大将・中将・少将を全員招集しよう。報告がどこで滞っているのか確認せねばなるまいな。あわせて貴族会議を開かなければならぬが、ディアン、エリザベスよ、草案をつくってもらえるか」
二人はかしこまりましたと快諾した。
「あとは、キャスバルに代理王印を届けなければならぬか……」
「それは必要ないかと存じます」
「なぜだ?ユーゼフ」
「キャスバル様はこちらに物資の支援を求めると同時に、各領地をまわり代理執行官との話し合いをしていらっしゃいます。ジラフ様も側近たちもおります。現場での対処はこのまま王子にお任せになってはいかがでしょう?」
「ふむ……」
ベオルグ王は少し心もとないような表情を見せるが、その場の全員がユーゼフを支持したので代理王印をとどけることはやめることにした。
「さすがに、息子のことになると冷静に考えられぬな」
ベオルグ王は自嘲気味に笑った。
「そういえば、エバンズにも貴族会議に出てもらわねばならぬが……あのひきこもり。どうやっておびきよせるべきか……」
申し上げにくいのですがとユーゼフが断りをいれる。
「エバンズ大公は、アーサー殿に全権委任し、隠密に所領を回っておられるそうです」
「……なんのつもりだ。あのバカは」
ベオルグ王は頭に手をあてて、うつむいた。その場の全員が苦笑するなかで、フリューゲルはにやりと笑る。
「それは、幸ですね。貴族会議を開く前にエバンズ大公と密に連絡をとりましょう。この際ですから、すべての所領の問題と改善の報告をしていただきましょう。あの方のことですから、そのあたりの策は十分におもちでしょう」
ディアンもうなずく。
「それはいい案だ。貴族会議も地域別に開き、情報と照らし合わせて改善点を考えるのがよろしかろう」
「わたくしも同じ意見です。いかがでしょう。ベオルグ様」
エリザベスにそういわれて、ベオルグ王も了承した。連絡係についてはティムが用意すると言うので、王はその件も彼に一任した。
「それでは、まずは軍の状況から手をつけるとしよう」
こうして、国王と五人の側近はそれぞれの仕事にとりかかった。