王子様奔走
年越しの舞踏会から、ずっとキャスバル王子はふさぎ込んでいた。シンデレラと名乗る、美しい姫君はいった何者だったのだろう。そして別れ際に、つぶやいたあの言葉は……。
王子はそればかり考えて、食事もろくろくのどを通らないありさまだった。
『塔の上にいれば遠くまで見えるけれど、肝心な足元は見えない』
彼女はその言葉とガラスの靴を片方残して、未だに見つかっていない。キャスバルは舞踏会が終わるなり、城を出て彼女を探すといいだした。けれど、側近たちはそれをいさめ、まずは貴族たちの家をまわり、靴の持ち主を探してまいりますと言った。時は残酷にも過ぎ去るばかり。一週間経っても、一か月経っても何の手がかりも得られなかった。
キャスバルは、何度も何度も彼女の残した言葉について考える。そして、決意し王に申し出た。
「何を血迷ったことを……」
「ええ、血迷っています。ですから、シンデレラ姫を探しにいかせてください」
「それは側近たちにまかせておけばよいであろう?」
「任せていても、何の手がかりもありません。それに彼女は言いました。<塔の上にいれば遠くは見えるが、肝心な足元は見えない>と。つまり、私が探しに城を出ない限り、彼女は見つからないのです!!」
「では、お前は城をでて、ただ一度だけダンスを踊った相手を探したいというのだな」
「そうです!!」
王はしばらく考えた。そして一言よかろうと言った。
「ただし、年内に見つけよ。見つからぬ時は、わしの選んだ相手を妃に向えるのだ。よいな?」
「わかりました。必ずや、姫を見つけてご覧にいれます!!」
キャスバルが深々と一礼して、謁見の間を出ていくと王は側近たちにたずねた。
「シンデレラとはそれほど美しい姫であったのか?」
側近たちは口をそろえてはいと答えた。
「では、似顔絵でも作って探せばよいではないか?」
「それが……」
近衛隊長は深くため息をついて答える。
「かの姫を見た者に、どんなお顔立ちだったか説明させて似顔絵を作ったのですが、どれもこれもまったく違ったものになってしまいまして……私も確かに見たのですが、他の誰のものともまったく似ておらぬ似顔絵になってしまいました。その上、今ではそのお顔をまったく思い出せないのでございます」
王はため息をつき、奇妙なこともあるものだとつぶやいた。
「まあ、何と言うか、わが息子ながら色恋沙汰などとんと興味がない様子であったのに……キャスバルがあそこまで思いつめるほどの姫じゃ。不思議なことがあっても、仕方がないということかもしれんの。ところで、話は変わるが、クロム男爵家はどうなっておる?」
側近たちはただ首を横に振るだけだった。王はそうかと深くため息をついた。
キャスバル王子は五人の側近を連れ、まずは北の国境近くの王領に拠点をおいて、各地域をめぐることにしていた。しかし、現実的にはシンデレラ姫を見つけるどころではなかった。
「なんてことだ……」
キャスバルは頭を抱えた。北の地域は、昔から冬は雪が深い。そのため、毛皮や木炭、薪が欠かせない。一番欠かせないものは食糧だ。各家々には、地下の貯蔵庫があり、冬場は地下で生活することもある。
ところが、今年は例年以上に寒さが厳しく、作物も不作だったため各家庭の備蓄はもうほとんどそこをついているという。
「なぜ、執行官たちは備蓄庫を開けて領民に必要なものを与えていないんだ?」
キャスバルが、王領を管理する代理執行官のジラフ・マケインにたずねると、執行官たちは不作だったことも厳冬であること領主に報告済みだと言う。
「ここは王領だから、俺は不作の報告をしただけで王から判断の全権をゆだねられた。だから、今年領内で税は徴収していないし、薪や木炭の不足している家庭には毛皮の貸し出しをしている。知り合いの商人に頼んで不足の物資を集めてもらっているところだ」
「他の執行官たちは、なぜ何もしてないんだ?」
「何もしてないわけがないさ。再三、現状の報告を行い、領主たちの返事を待っている。来ない返事をな」
「返事が来ない?彼らは与えられた領地を放棄しているのか?」
ジラフは、首を横にふる。
「それどころじゃないんだよ」
どういうことだとキャスバルがたずねると、ジラフは苦笑する。
「どこぞの王子様が、誰も娶らないから貴族どもはこぞって王都に居座り、娘を王子に会わせるための策略を巡らせるのに忙しいんだよ」
キャスバルは深くため息をつき、私の責任かと落ち込んだ。
「ま、それだけじゃない。領地法が少々邪魔をしている」
キャスバルは、領地法について必死で思い出す。
「確か……備蓄庫を解放するには……領主の許可がいるのだったか?」
そうだとジラフは、感心したようにうなずく。
「その許可を取るべく、ほとんどの執行官が何度も手紙を出している。領地の大事さを知っている領主は、王と同じように執行官に全権委任状を渡しているが、そうしたのはアービング候爵家とフロレンシア子爵家だけだな」
残りの貴族は、返事もしないとジラフは苦虫を噛む。
「ラブロニア候爵とロベーナ侯爵は、管理領の規模が小さいから気にもしていない。ウェルヘル子爵とハイデン男爵、サラン男爵は領地の状況がどうであろうと税をきっちり取っていく。領民が窮地に立っていても知らぬ顔だ」
キャスバルは深々とため息をついた。ここに来ると決めたときに、先触れを出した。そのとき、ジラフからはしっかりと防寒具を用意しておいでくださいと返信があった。北の冬は厳しいということはキャスバルも知っていたが、体感してその寒さの過酷なことを知った。そして、執行官の執務室であるこの部屋にすら暖炉に火は入っていない。到着したときに、暖かいスープを出されたときは心底ありがたいと思った。
キャスバルは、少し休むと言ったので、執事が少々お待ちを火を入れてまいりますからと答えた。
「火はいらない。ジラフでさえ、暖炉を使っていないのだ。私が使うのはもってのほかだ。毛皮もあるし、それで耐えられなければ、ベッドにでも潜るよ」
ジラフは執事に命じて王子を地下の部屋へ案内させることにした。
「上階は凍りついているから閉鎖しているのでね。必要なものがあれば、できる限り用意させるが」
「では、領地法に関する書物を借りたい」
わかったとジラフはいい、キャスバルは執事の案内で執務室をでた。
「で?お前たちは王子に付き添うわなくていいのか?」
キャスバルが連れてきた五人の側近たちは、問題ないという。
「我々は、もう少しこちらの事情を知りたい。でなければ、王子の手助けができぬのでな」
そう言ったのは、ジラフと顔見知りであるゼルダ・オーフェンだった。ジラフはゼルダの態度にくつくつと笑った。
「箱入りの子どもだと思っていたが、なかなかの傑物ということか?」
「少なくとも私がお仕えするのに十分な資質をお持ちの方だ。寛容で聡明、なにより勤勉だ。ただし、色恋沙汰には疎すぎる。件の姫のことがなければ、王がお選びになる他国の姫を妃にし、側室をお迎えになることもないだろう。そこが、政治的には少々欠点と言えなくもないがな」
「ゼルダさまは、そうおっしゃいますが……僕はそういうところが、キャスバル様の魅力だと思いますよ」
最年少のロン・シェランは言う。
「それにしても、姫のお名前がシンデレラと聞いたときは驚きましたね」
その場にいた全員が首をかしげる。
「あれ?ご存じありませんか?シンディ・レイラの伝説」
側近たちは、あれかと納得していたがジラフだけは、それはなんだとたずねた。
「子供向けの格言集とでもいいますでしょうか。昔、この国が大きな戦争に巻き込まれた時、突然あらわれた魔女のシンディ・レイラが様々な助言をして国を救ったという伝説があるのですよ。それで、その時の言葉を集めた本が『シンディ・レイラの伝説』なのです」
ジラフは、声を出して笑った。
「どうやら、この国は傾きかけているらしいな。ということは、王子の動向しだいで滅びると言うことか?」
側近たちは口をそろえて、それはないと断言した。