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シンデレラの秘密  作者: papiko
第三章 大公の隠密旅行
19/20

模索

 ハイデンは夕食前に顔役のメルダーに会いにいったが、不在だったので留守番の少女に伝言を託した。翌日、店を開ける準備をしていると、重たそうな贅肉を揺らして一人と男が尋ねてきた。ディティア通りの顔役であるメルダー・アストロンだった。

「やあ、邪魔するよぉ」

 陽気な声でメルダーは店に入る。テーブルを拭いていたシュアが、こんにちはとあいさつをするとメルダーはにっこりと笑った。そして、厨房からハイデルが顔をだす。

「こんにちは、わざわざ来てくださって。お忙しいでしょ」

「いやいや、『アバナンス商会』の話だっていうからね」

「ご存じなんですか?」

「う~ん、どうも胡散臭いんで調べてくれって言われてた矢先だもんでな。で、お前さんたちのお知り合いは今日はいないのかい?」

 シュアが二階にいらっしゃいますから、呼んできますとすぐに階段を駆け上がっていった。

「相変わらず、元気な奥さんだね。俺が上に行けばいいのに」

 メルダーがくすくすとからかうように笑う。エバンズも困った顔でそこつものでと小声で答えた。


 シュアがエバンズとラスティを伴って二階から降りてくると、さっそく簡単に紹介を挨拶が交わされた。

「そろそろ、開店時刻になる。どうだろう、俺のところで話をしないかね。デュアルさん」

「そうですね。ああ、エバンズで構いません。妻のほうもラスティと呼んでください」

 エバンズはにこやかにそういう。ディアルという偽名に慣れないから、ボロを出さないためだが。

「そうかい?じゃ、エバンズさん、ラスティさんも構わないか?」

「もちろんですわ」

 ラスティはにこやかに作り笑顔である。それでも十分に人を魅了する微笑みだった。

「……じゃ、じゃあさっそく行こう。歩いて五分かそこらだから」

 メルダーは、照れたように頭を掻いて、二人を連れて店をでた。


 歩きながら、エバンズは簡単に説明した。知り合いの息子が『アバナンス商会』に入って王都へいってしまった。胡散臭いともらすので、気になりいろいろ調べているのだと。

「うちも似たようなものかな。まあ、詳しくはうちでな。ああ、もうすぐだよ」

 メルダーはそういいながら、細い路地へと入っていく。そして、行き止まりの手前にあるドアの鍵をあけて、むさくるしいところだが、どうぞと二人を招きいれた。男の一人暮らしにしては小奇麗な部屋だった。ドアをあけてすぐにダイニングキッチンがある。その奥に二階への階段が見えた。メルダーは二階にあがり、三つ並んだ部屋の一つに二人を通すとお茶をいれてくるよと階下へ降りて行った。

 通された部屋は普通の客間だった。これといった装飾品もなく、シンプルにソファーとテーブルがある。ただ、目を惹くのは本棚だった。ラスティは近づいてタイトルを見る。そして、くすりと笑った。

「どうした?」

「いや、料理関係の書物が多いなと思ってな」

「さすがに食道楽だな」

 エバンズもつられたように笑う。

「さて、ここからどうするかだ」

「彼もあまり情報をもっているとは思えないな」

 エバンズはラスティの言い分にうなずく。そして、二階にあがってくる足音に気が付いて二人はソファーに腰を下ろした。


「やあ、おまたせ。折角だからカモミールティをいれてきたよ」

 メルダーはたぷんと贅肉をゆらしながら、二人の前にカップを並べた。茶菓子にクッキーをだす。市販のものとは違い、少し形がいびつだった。

「これ、娘がつくったんだ。形は悪いがなかなかうまい」

 メルダーは自慢げに話しをしながら、二人の向かいに腰をおろした。

「娘さんがおいでなんですか?シュアは独り身だと言っていたけれど?」

 ラスティはできるだけ、女性らしく話をしてみる。

「ああ、実の子じゃないですよ。今はアシスタントとして事務所を任せてる子でね。まあ、実はこの子も危うく『アバナンス商会』に攫われそうになったくちでして」

 誘拐ですかとエバンズがぼそりとつぶやく。ここでは、仕事の斡旋ではないのかと思っているとメルダーが、茶をすすりながら話をはじめた。

「もともとは、エバンズさんとこと事情はそう変わらない。いや、変わらなかったんです。だいたい、裏通りでたむろしてるような、若い連中に声をかけて仕事を斡旋してるようでね。ところが、最近になって商売女や花売りの子供が、攫われるのを見たっていう話が何件かありましてね」

「それで、調査を?」

「ええ、顔役ってのは、治安の面で警邏に出張ってもらっちゃ困る連中の相談にものるんですよ。一応、女が身売りしてんのがばれると買った男はいろいろ失いますからな」

「街中で身売りですか?正式な娼館でなくて?」

 ラスティはやや不愉快そうな顔をする。


「そうなんですよ。悲しいことに孤児だったもんや、食いぶちに困った女たちがね」

「教会での保護はどうなのでしょう?」

「この領内の人間はどこへいけば保護してもらえるか知ってますが、街で身売りしてる娘たちは、よその領地や田舎から出てきたような子たちで、まあ、半分くらいは騙されてってやつですよ。俺も、できるだけ縫い子や洗濯屋なんかを斡旋して、胴元とも交渉はしてるんですがね。なかなか、簡単じゃない」

「警邏に胴元を通報はしないのですか?」

 ラスティはなるべむ冷静な声で、メルダーを責めないよう注意深く言葉を口にする。

「それは光に影がつきもの、みたいなもんでね。警邏も取り締まるのは買う男だけなんです。ラスティさんにしてみれば、不愉快な話でしょうが……」

 メルダーは大きな体を縮めて申し訳なさそうに言う。

「そうですね。不愉快と言うより、悲しい話ですわ。娼館でなら、食事に困ることはないでしょうし、年季があければある程度のお金といっしょに普通の生活ができると聞いてはいます。実情は……わかりませんけれど」


 ラスティは、どこの国にもそういった場所があることをよく知っていた。貧しい家の娘が娼館に身売りすることは珍しいことではない。娼館は彼女たちを商品としてきちんと生活させる義務を負っている。その分、ある程度の生活は保障されているのだ。けれど、自ら街中で春を売るものは、まともな食事にもありつけず、病気をして死んでしまうこともある。

 二人が深いため息をついているので、エバンズは少し遠慮がちに話を進める。

「……それで、お嬢さんと『アバナンス商会』とはどういう経緯で?」

 偶然ですよとメルダーは苦笑する。

「たまたま、警邏の知人と話をしながら歩いてたら、路地から娘が……アイビーが飛び出してきましてね。何事かと路地をのぞいたら、麻袋をもった男が二人がこちらを見て逃げ出したんで。そんで、知人がおいかけまして、俺がアイビーを保護したんですよ」

「『アバナンス』のことは、アイビーから?」

「いや、あとから知人にどうもごろつきの若い連中に王都での仕事を斡旋していた人物と風体が似ていると。それで、同じことに売春の元締めから娘たちがかどわかされていると聞きまして。今、いろいろ調べておるところなんですわ」

 なるほどとエバンズとラスティはうなずいた。


「警邏のほうじゃあ、大公家のおひざ元でこんなことがあっちゃいかんと、夜回りも多くなりましたから、攫われる娘が減ったようで……その分、花売りをする子供がどうやら狙われる様なんですよ。アイビーは一応、教会の保護は受けてたらしいが、どうもそこで辛い思いをしていたらしくて。戻るのをひどくいやがったもんだから、俺んところで面倒みてるんですよ。あんまりしゃべらんのですが、働きもののいい子だから今は、近所の女先生に読み書きを教わってます。将来はどこかのお屋敷のメイドになれるようにしてやりたいですが……」

 メルダーはクッキーを手にふうっとため息をつき、どうぞ、うまいですからと二人にもすすめた。二人はしばらく、クッキーをつまみカモミールティを飲む。ラスティがとてもおいしいと微笑むとメルダーも自慢げにでしょうっと笑った。


 その日は、とりあえずの情報交換をして、メルダーの家を出た。歩きながらラスティはどうするべきだろうかとつぶやく。

「若い男を集めて、さらに女を攫う。狙いがわからない」

「ラス、男と言うのがどういうものか、戦場にいたお前ならわかるだろう」

 ラスティは少し考える。もともと心当たりはあったが、あまり考えたく無なかった。

「つまり、兵士が勝手をしないように女をあてがっていると?」

「その可能性が高いと思わないか?」

「もしそうなら、『アバナンス商会』は誰に対して戦を起こそうというんだ?」

「王都というからには、当然王家だろうな」

 ラスティの表情が険しくなる。この国は平和だが、戦後十年である。敵兵であったラスティたちは国境を超えて侵攻することはかなわなかったが、痛手がないわけではない。兵士は農家や商家から男子を徴収したはずである。ましてや勝利して国土を広げたわけではない。バルディア国は、半ば内乱によって剣を引き、和平を結んだに過ぎない。

「もしかしたら、私の国の人間が絡んでいるかもしれないな……」

「ラスティ、それは考えすぎだと思うぞ」

「なぜだ?」

「バルディアは革命ではなく改革をしたのだ。政治のやり方を変えただけ。まあ、お門違いの逆恨みがあっても、大義がないから人材や資金は集まらんだろう」

「そうだろうか?」

 エバンズは軽い口調で、妻の心配を振り合払う。

「どのみち、今は証拠がない。推測の域をでない話だ」


 そして、さらに冗談めかして言った。

「とりあえず、どうにかして『アバナンス』の下っ端の話でもきいてみたいもんだが……」

 自分でいっておきながら、エバンズはしまったという顔で、ラスティを見ると彼女はやりと笑っていた。

「久々に狩りをしようか、夫殿」


(しまった……また、闘志に火が……)


「ラス、まだ、待ってもらうぞ。せめて、叔父上から他領の状況を聞くまでな」

 ラスティは深いため息をついた。

「そうしているうちに犠牲がふえるぞ」

「そんなに時間はかからないだろう。とりあえず、もうしばらく辛抱してくれ、我君」

 エバンズは困り果てた顔でそういうので、ラスティはしかたなく承諾した。


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