可変
ラスティはシュアの無事を心から喜んだ。長年、戦場で世話をしてくれた少年は、今は女性の姿で愛するの男とともにささやかながら店を持ち、懸命に生きていた。一度は、ラスティの首をとろうとするほどに追いつめてしまったが、その傷を癒し、慈しんでくれる者と生きていてくれたことが、とてもうれしかった。
「なんだか、複雑な気分になってきたぞ、ラス」
「何がだ?」
ラスティはふわりと微笑んでいる。エバンズにさえ、滅多に見せない天使の微笑みを、今は顔に張り付けているようだ。本人はまったく気が付いてないが、ハイデンもシュアも驚きを隠せないでいた。なぜなら、ハイデンは仮面をかぶった冷徹な将軍としてのラスティしかしらないし、シュアは仮面の下の素顔がビスクドールのように美しいことは知っていたが、その腹の底から凍てつくような冷たい眼しか覚えていない。
「なんだかすっかりお変わりになったみたい」
とシュアがうれしそうにいうとラスティはそうだろうかと今の自分の表情にも気づかない様子で首をかしげた。
「ヨシュア……いや、シュアもすっかり変わったじゃないか。それに、人は変わるものだ。年もとるしな。私も少しは丸くなったぞ」
そういうラスティにエバンズが突っ込みをいれる。
「十年かかったんだよな。それでも仕込み軍靴を脱がないから本質的には武人のままだぞ、ラスは」
「それは仕方ないといっているだろう?何を拗ねているんだ」
「別に……」
シュアもハイデンも笑いを必死でこらえた。
「……そんなにおかしいか?」
ラスティが二人に悲しげに言うので、彼らはそんなことはないと言った。
「お幸せそうなので、とても安心しました」
シュアがそういうと照れたようにラスティがまあなと笑った。そしてハイデンはこっそりとエバンズにたずねた。
「人違じゃないんですよね」
「ああ、あの『血まみれの仮面将軍』だ。まあ、本人が無自覚なだけで……ああ、それより頼みたいことがあったんだ」
エバンズはラスティとシュアにも声をかけた。
「しばらくというのが、いつまでになるかわからないんだが、かまわないか?」
「俺は構いません。シュアは?」
「わたしも構いません。食事ならレストランの方で召し上がっていただければ、助かります。従業員一人とわたしたちで切り盛りしているので、お二人のお世話は行き届かないところがあるかもしれませんが」
ラスティは心配ないと言った。
「私たちは長期滞在できる寝床があればいいなんだ。他のことは自分たちですればいいことだ。戦場にくらべれば、食べ物の心配もないからな」
「そうおしゃっていただければ助かります」
ところでとハイデンが言う。
「いつまでいらっしゃていただいても結構なのですが、頼みたいこととはそれだけですか?」
「いや、ちょっと情報を集めたいんだ。『アバナンス商会』というのを知っているか?」
「ああ、名前だけは。お客さんが噂話してましたね」
「えっと……商人にしては人相風体がよくないとか、武器屋で大量に剣や槍を買っていたとか。少し物騒な噂がありますね」
ラスティとエバンズは少し考える。
「接触を試みるしかないか……」
「いや、ラス、そこはまだだろう。もう少し、諸領の噂も拾わないと全体像が見えん。その辺は叔父上が調べてくれるから、連絡を待たないと失礼だぞ」
ラスティはつまらなそうに仕方がないかとつぶやく。それを聞いた三人は、深いため息をついた。どんなに天使の微笑みを浮かべようとも、荒事好きは相変わらずなのだと。
「まずは、うちの常連さんにお話を聞いてみます。ハイデン、お二人を顔役のメルダーさんに紹介したらどうかしら」
それがいいだろうとハイデンが答えると、ラスティは少々不満げな顔をした。
「どうした、ラス?」
「どうせ、私はまた黙って話を聞いているだけなのだろう。つまらん」
エバンズは苦笑いを浮かべた。
「まあ、そういうな。情報次第では顔役以外の人間にも会わなきゃならん」
「骨のある奴とあえればいいがな」
ラスティは無意識に戦闘態勢である。その表情に、ハイデンとシュアは軽い引きつり笑いを浮かべた。
「と、とりあえず、あとでメルダーさんのところへいってきますよ。今日は旅の疲れを癒してください」
「そ、そうですね。それがいいと思います。ラスティ様は何か食べたいものはないですか?」
「そうだな。スコストが食べたいが、材料がそろうか?」
「スコストならお店でも出してますから大丈夫ですよ。丁度、三日煮込んだ物がありますから、今夜のお夕飯にしますね。付け合せはマッシュポテトとライ麦パンでいいですか?」
「ポテトは素揚げがいいな」
「それじゃあ、サラダは海藻をつかいましょう。乾物だから、今から水につけておけばいいですし」
二人は今晩の食事についていろいろと話を進めていく。
エバンズは楽しげなラスティたちを横目に、スコストってなんだとこっそりハイデンに聞く。
「バルディアの家庭料理です。簡単にいうと豚肉と野菜の煮込みです。本国のものは、店に出している物より少し塩辛いですね。今夜の分は薄味ですが、ラスティ様もこちらの味になれたでしょうから、エバンズ様のお口にも合うと思いますよ」
「祖国で異国料理か……面白いな。ここのレストランは、バルディリア国風ということか?」
「いえ、国籍不明という感じで。お隣のリディアン共和国の料理もありまし、国内の各地の田舎料理もだしてます」
「レシピはどうしたんだ?」
「それは、メルダーさんが食道楽の人なので。彼がお世話した商人の方にレシピをもらうんです。まあ、俺たちが店を構えていられるのも、その食道楽のおかげでもあります」
「つまり、食道楽だからレストランに対しては寛容ということか」
「それもありますが、よそのコックはみんな自分の味に誇りをもっているので異国や田舎料理の味が混じるのを嫌うんですよ。そこへいくと俺みたいなのは、そういうこだわりがないんです。まあ、あまり歓迎はされてません。ゲテモノ料理とかいろいろ言われることもありますが……常連さんもできたので店の軌道は安定しています」
「お前も苦労が絶えないな」
「そうでもないですよ。好きな料理ができて、ヨシュアがいますから」
ハイデンは臆面もなく言うとエバンズは違いないと穏やかに笑った。
その晩、ラスティは唐突にありがとうと言った。
「どうした?急に」
「あの二人を殺さずにいてくれたことに、感謝しているのさ」
「それを言われたら、こっちこそ感謝しなきゃな。あの密書がなければ、お前たちの勝利は確実だったはずだからな」
ラスティはベッドに座って天井を仰ぎ、つぶやくあれは密書じゃないんだと。
「どういう意味だ?」
「あの渓谷から抜ける道は、一本しかない。それも知っていたのは私だけだった。だから、二人がお前の所へ行かずにすむように、嘘偽りと思うなら首をはねろと書いたんだ。まさか、首をはねられる覚悟でお前のところへ行くとは思わなかった」
「それだけ、お前に対しても何か思うところがあったんだろう?」
ラスティは小さなため息を吐いて、見上げた天井から視線をさげてエバンズに苦笑いを見せた。
「……それはな。戦場では男が夜伽をしても、誰も何も言わないだろう。ヨシュアは私のそういう相手として仕えていた。だが、私は閨にいれてやるわけにもいかなくてな。そうなると、何の役にも立たないと同じ少年たちからいじめられたのだ。おかしな話だろ」
「まあ、戦場だからな。それで?」
エバンズはラスティの隣に腰をおろして、まるで懺悔を聞くように静かに言葉を促した。
「どういうあれこれかはわからないが、ハイデンと良い仲になってな。それがまた問題で、上官の色に手を出したと……馬鹿げた話だ。ハイデンは私の知らないところで、同僚たちから痛めつけられたらしい。ヨシュアはそれを命じたのが私だと思い込んで、死ぬ気で私の閨に飛び込み、命をとろうとしたんだ」
エバンズは静かにそうかとうなずく。
「私には色恋事はよくわからなかった。それでも、ヨシュアの必死さは理解できた。だから、二人を逃がすために命じたんだ。ヨシュアとハイデンに密書をもって敵陣へのりこめとね。手紙にはわざと封をしなかった。途中、それを見たとしても問題がないように……いや、むしろ読めと祈ったかな。お前はなぜ二人をたすけたんだ?」
エバンズは尋ねられて、さあなと言った。
「まあ、密書通り抜け道があったし、首をはねる必要はなかった。事情はどうあれ、なんとなく二人を託された気がしてな。だから、渓谷を抜け難を逃れたとき、二人については俺が面倒を見るのがいいと思ったんだ。俺のきまぐれはいつものことだからな。最初は捕虜扱いだったが、一旦国にもどったときに、戸籍を与えたんだ。まあ、そのときにヨシュアが女の戸籍が欲しい泣いていうのでな」
ラスティはくすりと笑い、ほだされたかと言う。
「ああ、ほだされた、ほだされた。だから、ハイデンに一生面倒をみるかと聞いたたら、真っすぐな目で俺をみて返事をしたから、夫婦にしたんだ。まあ、あとはいろいろだ」
ラスティは一つだけ気になっていたことを尋ねた。
「私が嫁いだときは、領内にいたのか?」
「ああ、お前に会わせたいと手紙を書いたら、会わせる顔がないと返されてな。領内から出ていくというから、あわてて転居届をつくらせた。叔父上の領内ならどうにか生きて行けるだろうと思ったのでな」
「そっか……私が女だと知っても、黙って静かな暮らしを選んだのだな」
ラスティはかすかに目を潤ませた。エバンズはそんな彼女を初めて見たが、驚くこともせず、ただそっと抱き寄せて言った。
「少しは胸のつかえがとれたか、ラスティ」
「ああ、取れた」
ラスティは笑った。その笑顔はエバンズしかしらない。優しい女の顔だった。




