再会
ネレジア公の邸宅を後にしたデュラン大公夫妻は、一旦宿屋にもどった。エバンズはブライアンに晩餐をすすめられたが、丁寧に辞退した。理由は、建前上隠密裏に動いているからというものだが、本音は違った。ラスティが婦人たちに捕まって懊悩しているだろうと思うと楽しいやら面白いやら。そうは思いはするが、助けにいってやらないと臍をまげて領地に帰りかねない。そういう理由は胸のうちに秘めての晩餐辞退だったが、宿屋に戻ったラスティのご機嫌はすっかり斜めである。
「夫人たちとはうまくすごせなかったのか?」
ブーツも脱がずにベッドにうつぶせになっているラスティの頭をなでながら、エバンズが聞くと、ラスティは枕に顔をうずめたまま、また笑われたと消沈した声で答えた。エバンズは、なるほどなと思いながら苦笑する。夫人たちはラスティの無意識の微笑みを見たのだろう。笑ったのではなく、見惚れたのだ。武人気質のラスティにとって女性に笑われるのは、あまりうれしいことではない。だが、どこのサロンでも必ず起こる現象であることをエバンズは知っている。庶民の女に対する上位者の態度は慈悲か侮蔑。侮蔑の方が、おそらく多いだろう。だが、ひとたびあの天使の微笑みを見てしまったら、どんな女も太刀打ちできない。それどころか、崇拝者まで出てしまうのだ。本人だけがそれを知らないのだから、可愛いものだとエバンズの頬は自然とゆるむのである。
「気にするな。敵が増えたんじゃないんだ。むしろ味方が増えたんだから。ラスだって、それはわかっているだろう?ご婦人方はお前を貶めるように笑ったわけじゃない。違うか?」
エバンズはそういいながら、ラスティのブーツの留め金をひとつひとつ外す。わかっているとくぐもった声でラスティは返事をしたが、すっかり疲れきっているらしい。エバンズがブーツを脱がしてしまったことにも気が付いてないようだった。
「食事はどうする?」
「菓子やら紅茶やらで、食欲もない」
「じゃあ、俺はちょっと出かけてくるが構わないか」
「だったら、私も……」
ラスティはそこでようやく、ブーツを取り上げられていることに気がついた。
「ナイフをいくつか借りていくから、ラスはゆっくり寝ていろ」
ラスティはエバンズがくすくすと笑いながらそう言うので、ちょっとだけ拗ねながら、巻スカートをとってくれと言った。
「だから、ラスは寝ていろって」
「ああ、そうする。だから、スカートをとれ」
エバンズは言われたとおり、ソファーに無造作にほったらかされていたスカートをつかむ。何か違和感があったが気にせずに、ラスティに渡した。ラスティはごそごそとスカートの端を探る。そして、お目当てのモノをみつけたらしく、かすかに唇が弧を描いた。
「一人で行くなら、剣が必要だろう」
そういってラスティはスカートから針のように細く鋭い刀身を引き抜いた。幅は三センチもないし、長さも一メートルあるかないかだ。
「鞄の中に銀の柄があるから、鞄をよこせ」
エバンズは呆れたように鞄を渡す。ラスティは、鞄から柄をとりだして二つに開き、その間に刀身の一部分を挟んで留め金を留めた。数度上段からふりおろし、固定されたことを確認する。
「まさか、抜き身で持ち歩けとは言わないだろうな」
「当たり前だ。ちゃんと荷物としてもってきた」
そういって鞄の端に装飾のように吊るされていた四本の木切れを手にする。ラスティは手早く四本の木切れを金具で接合して、剣をその中に収めた。ちょっと風変わりな意匠の鞘に剣は綺麗におさまった。
「ラス……こんなものいつのまに……」
「いつかブーツを卒業してほしいと言ったのはお前だろう。だから、スカートに仕込める剣を造ったんだ。強度は保障できないが、切り結ばずに流せば問題ないと思うぞ」
エバンズは腹の底から大笑いしてしまった。
「笑うな!」
ラスティは真っ赤な顔でむくれる。
「悪かった……もう、ブーツを卒業しろとは言わないよ。そこまでして俺の身を案じるお前は出来すぎだ」
エバンズはラスティを引き寄せて、強く深く口づけた。
「心配いらない。これから、行くところはお前もよく知っているヤツのところだから」
「私の知り合いなど、この国にはいないはずだが?」
「いやいや、誰かさんが小姓を寝取られたことにして俺に託した奴だ。もう忘れたか」
ラスティはあっと声をあげる。
「二人は生きていたのか!」
「ああ、ちゃんと俺が戸籍やら何やら発行してやった。お前が嫁に来る前までは領内にいたがな。お前に合わせる顔がないというから、伯父の領民にしてもらったんだよ」
「ならば、私は一人宿暮らしか?」
「そこは俺がちゃんと交渉してくるから心配するな」
「交渉ねぇ」
ラスティは疑わしそうにしらけた顔をした。エバンズはあくまで交渉と笑う。そして、剣をベルトにさして出かけた。ラスティはドレスも脱がずにそのままベッドで眠りに落ちた。
エバンズが出かけた先は、ルクセーランの西に位置する繁華街だった。宿からは辻馬車で十分くらいの場所である。こじんまりとしたレストランには、準備中のふたがかかっていたが、エバンズは遠慮なくドアをあけた。ドアベルがカランカランと音を立てる。まだ準備中ですよぉとキッチンの方から声がした。
「ああ、知っている。ハイデルはいるか?話があるんだ」
エバンズが大きな声でそういうとあわてておくから長身の偉丈夫が一人でてきた。
「え、エバンズ様。どうしたんですかいきなり」
ハイデルは驚いたようすだった。
「ちょっと旅行中でな。それでしばらくここに置いてもらうと思ってきたんだよ」
「こんなあばら家にですか…そりゃあ構いませんが……お一人ですか?」
ハイデルは少し引きつったような顔で尋ねる。
「いや、ラスティもいっしょだ。ところでヨシュアはどうしてる?元気なのか」
「いま、買い出しに……」
そういってハイデルは、深いため息をついた。昔を思い出したのか、困ったという顔をしていた。
「ラスはお前たちに会いたいようだったぞ。死んでると思ってたようだからな。もう、主従関係もないんだから、会ってやらないか」
「俺はかまわないけど、ヨシュアはどうでしょう……まだ、国と主人を裏切ったことに俺よりも後悔している気がするんですが」
「だったら、なおのことちゃんと話した方がいいだろう。それにお前たちの主人は死んでるし、俺は妻をつれてきて、しばらくここにおいてもらいたいだけだから。今更、お前たちの生活の邪魔をする気はないさ」
「わかりました。大したお世話もできませんが、ラステル様がお嫌でなければ。ヨシュアには俺からちゃんと話をしましょう。ただ、今のヨシュアを将軍がみたら驚かれるかもしれませんね」
「それは、お互い様だと思うぞ。とりあえず、閉店時間は何時だ」
「十時です。それまでは酔客も多いので、ラステル様にはあまりよくないかと」
「わかっている。それなら、明日あらためて昼にくるとしよう。それと今はラスティだ。昔の名前は出さないでやってくれ」
「わかりました」
ハイデルは複雑な表情を浮かべて了承した。
「ああ、そうだ、パンとチーズとハムを少しわけてくれないか。金は払うよ」
「パンとチーズとハムですね。お安い御用です。御代はいりません」
「いや、ちゃんともらってくれ。でないとラスに嫌われてしまうからな」
エバンズは御代を固辞するハイデルに銀貨を二枚にぎらせて、食糧を持ち帰った。
宿に戻るとラスティは眠たげな顔でベッドの中からおかえりと言う。宿屋の食事はすでにしまっているので、エバンズはもちかえったパンとチーズとハムを、ベッドに広げた。
「もう、腹がすいているだろう」
「ああ、気が利く夫でありがたい」
二人はベッドで行儀悪く遅めの夕食をとった。
翌日、ラスティは黒い上着に白いシャツと黒の巻スカートにブーツという出で立ちにもどった。二人はブランチをすませて、ハイデルの店に向う。エバンズが昨日訪ねた時刻よりすこし早めに店につく。ドアには定休の掛札がかかっていたが、ドアの鍵はあいていた。中に入ると、ハイデルと身を縮めるようにして少し大柄な女が立って俯いていた。
ハイデルがいらっしゃいませと深々と頭をさげる。エバンズは邪魔するよと苦笑した。ラスティは無表情のまま、つかつかと女の前にたち、彼女の顔を両手でつかむと真っすぐに自分に向けた。
「無事だったんだな」
女は弱々しくはいと答える。そのままラスティは彼女をだきしめてよかったと囁いた。女はぽろぽろと泣きはじめ、申し訳ありませんと何度も謝る。
「何を謝る。もう、私はお前の主人ではない」
「ですが、私は……」
「お前が謝るのなら、私も謝らなければな。お前の大事な人間を殺すと脅して敵陣に放り込むような危険なまねをしたのだからね。恨まれていてもしかたない」
「そんなことはございません!私はこうして女の姿をしてハイデルとともに生きています。ラステル様が私とハイデルをお助けくださったのに、なぜ恨むなどできましょう。私こそ、裏切り者です」
「そうか。では、その裏切り者の小姓は死んだし、主であるラステルもあの戦火で死んだ。ここにいるのはラスティ・ディランだ。お前も違うのだろう。ヨシュア」
「はい、今はシュア・ラルフです。ハイデル・ラルフの妻です」
ヨシュアことシュアは、涙を拭きながらやっと笑顔を見せた。ラスティも微笑む。今、女の格好をして生きているヨシュアは、ラスティが『血まみれの仮面将軍』時代に身の回りの世話をして少年兵だった。小姓として夜の相手もするという、そんな立場だったがラスティには必要がなく、疎まれていると思っていた。そんなころ、ヨシュアは歩兵として従軍していたハイデルと恋仲になった。そして、ラスティの首を持ってエバンズのところへ亡命しようと企てたことがあったのだ。しかし、それに失敗したばかりかラステルから敵陣に密書をもってハイデルとともに亡命を命じられたのだった。
「あの密書がなければ、俺もあやうかったからな」
ラスティとシュアが抱き合っているのが不満なのか、エバンズがぼそりとつぶやく。ラスティはくすりと笑い、紹介しようとエバンズの方を向いて私の夫だと言った。
「夫ともどもしばらく厄介になるが、かまわないか?」
「もちろんです、私にできることは何でもお申し付けください」
「シュア……そんなに気張るな。ちょっと知り合いが泊まりにきたと思ってくれ。でないと私もきづかれしてしまうよ」
ラスティは自分より少し背の伸びたシュアの頭を優しくなでた。シュアは驚いたようだが、すぐに満面の笑みを浮かべた。どうやら、シュアの後悔は少しは晴れたようだなとハイデンは思った。
「まあ、感動の再開はそのくらいにしてくれ。今日は店は休みなんだな、ハイデン」
「ええ、定休日です。市場も休みなので」
ハイデンはそういいながら、ドアに鍵をかけた。
「二階に行きましょう。お二人のお部屋も用意してありますから」
そうだなとエバンズが答えると、四人は二階の住居へ場所を移した。




