闘争本能
ネイザーグラント王国は、南北に長い地形をしており、七つの地域に分かれている。冬の厳しいエスティバル地方と南の海に面したマリアンディス地方、東は北寄りのイレスレイ地方と南寄りのアレスレイ地方、西は北寄りにウィンディア地方、南寄りエスターナ地方があり、それらの中央に王都ブランクスが位置している。
まず、エバンズとラスティは大公領の周辺にある諸侯の領地・マリアンディス地方を散歩でもするかのようにのんびりと見て回った。
これといって収穫がないので、アレスレイへ向かうことにして検問のある町マルクルで宿をとった。その宿で二人が食事をしているときだった。隣のテーブルで何やら困ったもんだという声が聞こえた。
「まったく、あの連中はなんなんだよ」
「まあ、落ち着きなよ。ザイフォン。いいじゃねぇか、ドラ息子が仕事しに王都に行くっていうんだからよ」
「何が王都だ。そんなとこであのバカにできることなんざねぇ。鍛冶屋の息子の癖に刃物も研げないできそこないだぞ。そのうえ、ただの乱暴者になっちまって……何度、警邏に頭をさげにいったか……」
「まぁ、なあ。おめぇの話もわからなくはないよなぁ。なんつったかなぁ。ア、アブ……」
「『アバナンス商会』だよ。商人ってつらじゃねぇぞ、ありゃ。騙されてんだよ」
「確かになぁ。ほんとに商人なのかねぇ。ヤサグレた奴らにばかり、声かけてるらしいじゃねぇか」
「うちのバカが……鍛冶屋が嫌なら他の仕事しろっつたら、あいつらについてっちまった……」
ザイフォンと呼ばれた中年男は深々とため息を吐いた。
「まあ、ダメだったら帰ってくらぁな。とりあえず、今晩だけは飲み明かそうぜ、な?」
「わりなぁ。ダルク……それにしたって、急にはぶりがいくなったのは、なんでだ?」
「まあ、大口の客が付いたんだよ。おかげで商売繁盛さ」
「武器屋が繁盛するたぁ、世も末か?」
「武器じゃねぇよ。農具が売れてるんだよぉ」
ダルクと呼ばれた男は、あたりを気にしながらそう答えた。
エバンズとラスティは食事を終えて部屋に戻る。ラスティが難しげな顔で、さっきの話とつぶやくとエバンズは胡散臭いなと答えた。
「少し調べてみる必要がありそうだ。しばらくここに滞在しよう」
「そうだな。あの武器屋。本当に農具をうっているのだろうか?」
エバンズはそうだなぁっとあまり興味を惹かれていないようで、ばたりとベッドに倒れ込む。
「おい、着替えもせずにもう寝るのか?」
「いや……ちょっとすねてんだよ。俺は」
ラスはぽかんとする。
「……何がいいたいんだ?」
「折角、二人で旅行だっていうのに、ラスは巻スカートなんかだしさぁ。俺が選んだ服、全部おいてきただろう」
そんなことかとラスはため息をつく。
「あんなにヒラヒラばかりの目立つ服などお前以外の前で着れるか。バカ者。だいたいな……」
そう言いながら、エバンズに近づくとラスティはいきなり腕をつかまれ、押し倒された。
「いきなり、なんだ?」
「なんだって……本当に無自覚だよな」
エバンズはそのままラスティの唇を奪う。重なる唇が深さをましてくるので、さすがにラスティはまったをかけた。
「酔っているのか?」
「いいや、誰かさんがあんまり可愛いこというもんで、ついね」
「なんだそれは?とにかく、離れろ。湯屋が閉まる」
エバンズは小さなため息交じりにそうだなと言って、自分の体を起こして、ついでとばかりにラスティをひっぱり起こす。
「じゃあ、ひさびさの湯あみといきましょう。お嬢様」
そんな冗談めいた言葉に、ラスティはくすりと笑った。
翌日、二人は昨日の武器屋をさがした。どうやら、町で三番目くらいの武器屋だという情報を通りすがりの町民に聞いた。
「じゃあ、俺が様子をみてくるから、ラスはそのへんでお茶でも飲んでるといい」
「なぜ、一人で行く?」
「簡単だ。お嬢様のために短剣を買ってくるのさ。大量にさばいたのが武器でなけりゃすぐに手に入る。最近は物騒だとでも言えばいい」
「わかった。一時間だけ待とう」
ラスティはそういって上着の胸ポケットから、懐中時計を出した。
「できれば、二時間くらいおとなしく待っててくれないか?」
「ダメだ」
ラスティは即答する。それが少しくすぐったいようなうれしさにエバンズは、いつも満足げに微笑んで、わかったと苦笑しながら、ラスティの頬にキスをする。エバンズが何か危険なことをしようと企むたびに、妻であるラスティは邪魔はしないが、介入できる方法を口にするのだ。
(なんだかんだ言っても、俺はラスを手放せないな)
そんなことを考えながら、例の武器屋を尋ねた。やはり、武器屋にしては、置いてあるものが小物ばかりだった。農具が売れたといっていたのに、農具の方はいつも通りといった感じで並んでいる。
「いらっしゃい。何をお探しで」
昨日、ダルクと呼ばれていた男が、店の奥からでてきた。
「剣が一振りほしいのですが……置いておられぬですか」
エバンズは、誰かの使いでやってきたという雰囲気で、丁寧な口調で問う。
「そりゃ、申し訳ない。実はつい最近大量に売れちまってねぇ。しばらくは短剣くらいしかないんだが……それじゃあダメかね」
「そうですね……ところで武器ってそんなに一度に売れるんですか。もしそうなら、僕もいつか武器屋になりたいものですよ」
エバンズは苦労しているといわんばかりに苦笑いを浮かべてみる。
「いやいや、たまたま売れただけさ。今はもう戦争もしていないよ。武器を必要とするのは、山に入る連中か、貴族の旦那方が飾りに欲しがるかさ。まあ、軍人さんも名刀さがしにたまにはくるがねぇ」
ダルクは思いのほか、口が軽い男らしい。
「では、短剣をいくつかみせていただけますか?できれば、女性の護身用になるようなものがいいのですが……」
エバンズはそう切り出し、ダルクはあるだけの短剣を用意した。
「これなんかどうだい?」
そういって華美な装飾を施された短剣をみせるダルク。
「お嬢様の趣味には、もう少しシンプルな方がいいかもしれません」
「う~ん、じゃあこっちはどうだい」
ダルクが薦める品を曖昧に断りながら、お嬢様は、お嬢様はと何度もエバンズは口にした。
「なんだい?あんたの主は、かなり我儘らしいなぁ」
ダルクは、どうしたものかと困りはてているエバンズに同情したようにそういう。
「ええ、そりゃあもう……ここだけの話ですけどね。我儘なんて可愛いもんじゃありませんよ。今回も、いきなり一人で旅にでるとおっしゃって……私が仕方なくおともする羽目になったんです」
「ほお、そりゃ大変だな。で?どこまで行くんだい?」
「王都へ……王子様をみたいとかなんとか……」
「それなら、ここにきてもしょうがないだろう。遠回りだぞ」
「ええ、私もそういったんですが、各地の名物が食べたいとおっしゃいまして……うんざりですよ」
エバンズは、ほとほと困り果ててますという顔で、どんどんダルクの同情心を煽る。
「そりゃまた、大変なお嬢様だねぇ。ああ、でも王都にいくのはやめた方がいいかもしれないな」
「え?それはまたどうしてですか?」
「確か、今は王子はどちらかにお出かけだそうだ。それにちょっとばかし荒くれどもを集めてるやつらがいるらしいからな。まあ、警邏も軍もいるから問題はねぇだろうけど……ここだけの話だが、今回、武器を買って行った奴らがな、この辺のヤサグレどももつれてっちまったんだよ。何をするかわかんねぇが、盗賊団ってこともあるから、金持ちのお嬢様なんて連れってったら……」
そういってダルクは口を閉じ、息をのむ。
「いつまで待たせる気なのかしら」
いかにもどこかのお嬢様という態度とオーラを放ちながらラスティが店の入り口に立っていた。
「い、いらっしゃいませ。いや、いま短剣をえらんでいただいてたんでさあ」
威圧的なラスティの眼に、ダルクは心底震え上がる。
「もう、お嬢様……お茶をしていてくださいと申しましたのに……」
エバンズは深々とため息をついた。
「短剣はいいわ。それよりお腹が空いたの。ねぇ、そこの貴方、ここら辺でおいしいレストランをしらないかしら」
「へ?へいへい。それなら、三ブロック先に【ノアル】って店がおすすめですよ」
「そう、ありがとう。ああ、折角お店をおしえてくださったんだから、お礼にその青い装飾の短剣を買わせていただくわ」
ラスティはそう言い残すと、店をでた。
エバンズはため息をついて、おいくらですかというと店主は、商売人の顔で五万ディールってところだが四万にまけとくよと言った。エバンズは金貨四枚をだして、すみませんねと言って短剣を受け取ると店をあとにした。
店の外にでて、待っていたラスティはにやりと笑う。
(ああ、戦闘態勢になってんなぁ)
二人は教えてもらった店に行く。混雑する中、二人は奥の席に案内されたので、エバンズは適当に料理を頼んだ。ウェイターが去ると、さっそくラスティが収穫はと聞いてきた。
「盗賊だといってたな」
「そう思うなら、武器を売らなければいい」
「そこは商売だろ。売れなきゃ飯が食えないし、武器取扱い店の許可書はちゃんと壁に掲示されてた。むしろまっとうに商売してるよ」
ラスティは小さくため息を吐く。
「お前、人に平和に慣れろと言っておいて、何か引っかかってるんだろう。楽しそうだな」
「ラスこそ、何か企んでるだろう」
「そうだな。うまくいけば、一暴れできそうだな」
ラスが物騒なことを呟いた後、注文の料理がテーブルにならぶ。厚切りのポークステーキ、野菜とキノコの炒め物、カブのスープ。それとワインが一本。
エバンズはラスのグラスに赤ワインを注ぎながら、一暴れする気満々だろうと笑う。自分の分は手酌だ。
「盗賊が武器を武器屋から大量購入などしないだろう。そういうことをするのは、誰かの命を狙うヤツか、転売目的だろう?」
「転売目的なら、ヤサグレ連中をスカウトする必要はないな」
「なら、前者だ。場合によっては、十分に暴れられる」
ラスティは面白そうにくすくす笑いながら、ポークステーキを切り分けて一口たべた。




