エスティバル奪還大作戦<5>
ウェルヘル子爵領については、一段落したためキャスバル達は王領へもどった。居残り組のタリス・ブレアとカムイ・シシリーは、ハイデン男爵、サラン男爵領についての物資の運搬が完了していることを報告した。
「ハイデン男爵領の風邪も鎮静化しています。物資が届いたことで栄養状態も改善されるでしょうから、このまま物資の補給を続けます。執行官のアンカー・ゼネスはどんな処分も受けるから、領民を助けてほしいと頭を下げてくれましたよ。なので、惜しみなく支援すること約束してきました」
とカムイが報告する。タリスもサラン男爵領の執行官、ポール・ギネアに礼をいわれたと報告した。
「こちらは、かなり貴族に対しての怒りの感情をあらわにしていましたよ。領民をかえりみない領主などいらないとおっしゃっていました。それから、一つ不穏な動きがあるとのことです」
執務室に集まったキャスバルたち全員がその言葉に首をかしげた。
「『アバナンス商会』という一団が、王都で働きたい者を連れていったそうです。もともと素行の悪い者たちなので領内では、むしろほっとしたという声が多いそうですが……どんな仕事なのかということは特に説明していないようですし、好んで荒くれ者を選んで行ったようだとギネア殿は申しておりました」
「わかった。その件については父上に知らせしておこう。叔父上からの物資はどうなっている?」
「ちゃんと届いています。薬とジャムや干しブドウなどのフルーツ類に、魚の加工品類が昨日とどきました。それから、王子宛にお手紙も受け取りました」
そういってタリスは、一通の手紙をキャスバルに渡した。キャスバルはその場で開封し、目を通す。
『ハネムーンのついでに、国中適当にまわってさがしてやるから、年末楽しみにしておけ』
キャスバルは思わず、眉間に皺をよせた。周りがどうしたのかと尋ねるも、なんでもないと沈んだ声で答えるだけだった。
(十年目にハネムーン……叔父上らしいといえば、らしいのだが……やはり自分で探さなければ意味はないのかもしれない。とはいえ……すでに旅立たれた様子。連絡の取りようがないか……それに……)
キャスバルは落胆のため息をもらしつつも、エスティバル地域の現状改善についておよび、これからの管理方法などを側近とジラフに相談することにした。まずは、目の前の問題を片づけなければどうしようもないのだと自分に言い聞かせながら。
「とりあえず、二日ほど休まないか。心身の疲労はいいアイディアにはつながらない」
話し合いをはじめようとしたとき、ジラフは休養を提案してきた。
「そんなに疲れちゃいないがな?」
ゼルダがそういうと、俺たちがじゃないよとジラフは苦笑する。
「俺たちがあまりじたばたやらかしたら、王領の民も何かしなきゃならないと無駄にはりきっちまうだろう。子どもたちだって、散々イヌゾリを操って助けてくれたんだ。ここいらで息抜きが必要だってことだよ」
確かにと頷いたのは、タリスだった。
「皆さんには、おおいに協力していただきましたからね。このあたりでパーティでもして労う必要もあるかと思いますが、いかがですかキャスバル様」
キャスバルももっともだと思った。特に子どもたちの活躍には礼をつくしてもつくしきれない。彼らがいたからこそ、十全に各領地を巡ることができたのである。
「わかった。それでは今晩パーティを開こう。特に子どもたちが喜んでくれるようなものにしたい。ジラフ、何かいいアイディアはあるか」
そう言われてジラフは、にやりと笑った。
「仮装パーティをやろう」
「仮装パーティ?」
全員が驚く。
「そう、子どもたちにも普段着ないような格好をさせて……そうだな、簡単に布に目出し穴をつけた仮面を全員につけさせよう。誰が誰かわからないほど、変装の名人として表するのも面白いと思わないか」
それはいいとロンがはしゃぐ。
「お城の中にある髪飾りなんか、女の子たちが喜ぶでしょう。条件はいつもは絶対着ない服をきることでどうですか。あと、城の中の装飾品は自由につかっていいというのは……ダメでしょうか?ジラフ様」
ロンの目がキラキラしているので、全員が微笑ましく笑う。
「いいだろう。よし、ロック、早速だが使用人たちに話をして、段取りをつけさせてくれ」
「かしこまりました。条件は、布に目出し穴をつけた簡単な仮面と普段絶対に着ない服ですね。城の物はどんなものも使って構わない。以上ですね」
そうだとジラフがうなずくと、ではといってロックが部屋を後にした。
「さあ、そうときまったら、お前さんたちも準備しな。ああ、王子はちょっと残ってくれ。一つ話しておきたいことがある」
キャスバルはわかったといい、側近たちは退席をややためらっていたがキャスバルに準備をと言われ全員が出て行った。
「人払いをしておいて、黙っていてはこちらもこまるのだが……」
なかなか話を切り出さないジラフにキャスバルは少し苛立ちを覚える。
「確かにな……どうも、うまく説明ができるかどうか……」
歯切れの悪いジラフに、キャスバルは首をかしげた。
「今後のことか?」
「それは、まあ、草案をつくって王都に持ち帰ってもらえば問題はない。気になるのは……」
アバナンス商会だとジラフはため息と共にはきだす。
「人を集めている。しかも、金で動きそうな無頼漢だ。ここからは、俺の完全な憶測だが……内乱、もしくは内戦をもくろんでいる奴がいる。確証はないがな。いいわけだが、ただの勘だ。おまえさんはどう思う」
キャスバルは真剣に黙考した。シンデレラと出会い、勝手にエスティバル地方にいるのではと思ってやってきてみれば、貴族の怠惰で死者も出ている現状。もし、他の地域でも何らかの形で民が虐げられ、怨嗟の念を抱いていればジラフのいう内乱なり、内戦なりに発展しかねないのは確かだ。
それになにより、自分に出会ったシンデレラは常に国の危機を知らせてきたという伝説の魔法使いシンディ・レイラかもしれないのだ。
(シンデレラ姫の容姿は、もうほとんど思い出せないが、彼女の残した言葉は消えない)
「ジラフ殿の言い分、おそらく杞憂ではないだろう。私はどうやら国に反旗を掲げさせないために、駒として動かされているような気がするよ」
キャスバルは自嘲をこめてそう言った。
「駒か……ならば、チェックメイトになる前に、アバナンス商会とやらに探りを入れる必要があるな」
「ああ、その件について父上が何かご存じか確認する必要もある。至急、手紙をだそう」
ジラフはうなずく。
(さて、他に誰が魔法使いの手ごまになっているのやら……)
ジラフはよくよく考えなければ、動く駒のかずだけ、墓穴を掘りかねないなと思った。
◆
厨房は戦場とかしていた。急な仮装パーティのための立食を300人分はつくらなければならないのだ。ジラフがここに赴任して以来の盛大なパーティである。幸い、食材はふんだんにあり、自由に使うようにと執事のグラハムは言った。料理長のサイオンは、できるだけ郷土料理と珍しい料理の両方を出そうと、料理人たちにそれぞれ指示を出す。
同じころ、領民たちは困惑しながらも久しぶりにお祭り騒ぎができるとあって、いそいそと服をどうするか話し合っていた。貴族が切るような服は、一階の衣装室にいけばいくらでもあるという。ただし、大きさが合うかどうかは、着てみないことにはわからない。男たちがどうするとお互いの顔を見合わせている間に女たちは小走りで衣裳の保管室へと駆けて行った。そして、老人たちは使用人に頼んで古いシーツをもらい、せっせと目出し穴のあいた目隠しを作った。
ラーニャ達も服をどうするかいろいろ話した。普段着ないような服装が条件だ。衣裳部屋には子供用の服があるかどうかわからない。とりあえず、探検がてらに衣装室をめざしてみることにした。そして、どうやら王子様が幼いとき着ていたような服を見つけ出すことに成功し、小さい子たちから着替えをさせていった。ラーニャを含む何人かの女の子たちは、ドレスではなく男装することにした。
そんな、こんなで、城中がにぎやかになった。大広間には火が入り、明かりがともる。窓際に料理がならべられ、真ん中はダンスができるように広々と開けてあった。
夕方をすぎ、あっと言う間に日が落ちると、三々五々、広場に仮装した領民たちがあつまってくる。普段は絶対に着ない服。男装や女装をした若者たち。目出し穴からは楽しげな瞳が輝いている。活気のあふれる空間に、楽器の演奏ができるものたちが、広間いおかれた楽器を各々てにして、曲をながしはじめるとだれともなく、ダンスをはじめた。おなかの空いたものは、並んでいる見たことも無い料理やほんの少し贅沢をするときに食べる地料理に舌鼓を打つ。
キャスバル達も仮装してまざっているので、誰も王子やその側近がいることに気づいていなかった。ただ、ラーニャだけは銀の髪ですぐにわかる。
キャスバルはそっと彼女に近づいて、楽しいかいとたずねた。ラーニャは少しと答える。
「それはどうしてかな?」
「お兄ちゃんがいないもん。だから、男装したの」
「ラーニャはお兄さんが大好きなんだな」
そう言われて、ラーニャは唇を噛んだ。キャスバルがどうしたとたずねると、兄妹は結婚できないのよねと不安そうな声が喧騒の中、はっきりとキャスバルに届く。
「血が繋がっていなければ、結婚はできるよ」
「本当?」
不安げに尋ねるラーニャにキャスバルはうなずいた。ラーニャが過酷な道のりを超えて食料をはこんでいたのは、兄のためだったのだと思うとなんとけなげな少女だろうとキャスバルは感心した。そして、やはりこの先どんな困難があろうとシンデレラ姫を探す決意をする。まだ、キャスバルの姫さがしは、はじまったばかりなのだ。いくらでも、難題に答え、胸をはって姫に会おうとキャスバルは固く誓った。




