エスティバル奪還大作戦<4>
キャスバル達がユシラ夫妻に代理執行官を依頼しようと決めたころ、続々と城へ領民がやってきた。商人館は病人やけが人で手が回らないから、城へ行ってほしいといわれた者たちが広間に入ってきた。十六人の使用人たちはバルセラの指示にしたがって、暖かいスープを振る舞い、掃除がまだ行き届いてない地下室を手伝ってくれる人がいないか聞いたりして、バタバタしていた。一番年少のマリールが、執行官執務室に遠慮がちにノックして中に入ると、ことの次第を端的に説明した。
「なんとか全員はいれそうか?」
キャスバルの問いにマリールは、はいと元気よく答えた。
「では、我々もすぐに広間へいく。できれば、集落ごとの代表に集まってもらうよう先触れしておいてくれるだろうか?」
「はい、必ず」
マリールは、力強く答え深く一礼すると部屋をあわただしく出て行った。
「どうして、集落ごとの代表者を集めさせるんだ?」
ジラフはキャスバルがどうするのかなんとなくわかっていたが、確認のために尋ねてみた。
「我々がユシラ夫妻を臨時の執行官とするといえば、ことは簡単だろう。だが、我々はずっとここにいるわけではない。臨時の執行官としてこちらが資質を認めていても、領民からみたとき適切かどうかは彼らの意見もきいてみなければわからないし、できれば彼ら自身にユシラ夫妻を選んだという自覚を持たせたい。そのほうが後の憂いがなくていいだろうと思うんだが……」
「そうだな。どのみち春がくれば、正式に新しい執行官が着任することになるだろう。そのときまでの間は信頼できる人間がいたほうがいい。それにお前さんたちは、この土地に産業も起したいと思ってるんだろう?」
「そうだ。すぐには無理だろうが、領民の糧となるものを何は一つは増やしておきたいと思う。冬が安心してこせるように」
ゼルダはキャスバルを見てふっと微笑む。ジラフもまたいい考えだとキャスバルを褒めた。ロックは何か不思議な昂揚感を感じていた。
バルセラの判断と行動はすばやかった。綺麗になった部屋から女性と子どもを優先的に部屋にいれて暖かいスープを振る舞い、落ち着かせた。十六人という少ない使用人たちは、バルセラの指示を的確にこなしていく。中には彼らに侮蔑の目を向ける者もいたが、そんなことを気にしている余裕がないほど、彼らは懸命に働いた。
マリールからバルセラにもたらさせた王子たちの希望にそうため、彼は顔見知りの村役に声をかけた。
「ジムさん、王子様方がお話があるそうなんです。他の村役の方に声をかけてほしいのですが、お願いできますか?」
「王子様が、わしらなんか相手にしてくれるのか?だいたい、こんな状況になるまで放っておからた連中はかなり殺気立ってるヤツもいるぞ」
「そうでしょうね。俺たちも最初は今更と思いましたが、ここで勝手をしていた人間は追い払われました。少なくともこの冬をこさないことには、文句を言っても仕方ないと思いませんか?」
「ああ、そりゃもっともだ。よし、任せてくれ」
「ありがとうございます」
「気にするな。バルセラ。お前さんはよくやってるよ」
そういってジムはバルセラの背中をばしばしと二度ほど叩いて、各村役集めを請け負ってくれた。
バルセラからの知らせで、代理執行官に関する話し合いは夕食後、謁見の間で行うことになった。領民は全員が城か商人館に収容することができた。問題は家畜たちである。山羊や鶏をどこに収容するかとう問題があった。今のところそれぞれの集落の家畜用舎に入れているが、世話をするために毎日通わなければならないのは重労働となる。
どうしたものかとキャスバルは城の中をうろついていた。大広間にいれるとしても限度があるし、山羊と鶏をいっしょにしていいのかもわからない。丁度、通りかかったラーニャにキャスバルはそのことを話してみた。すると、簡単じゃないとラーニャは言った。
「備蓄庫を空にしちゃえばいいのよ。あんな立派で頑丈で広いわ。鶏と山羊はいっしょでも大丈夫だもの」
「そうか。必要なものはあるか?」
「そうね。藁かムシロをひかなくちゃいけないわ。あと鶏が卵を産むための箱がいる。水と餌いれも」
「そうか、わかった。準備しよう」
「あたしも手伝う」
「それは、心強い」
キャスバルはにこりと笑った。ラーニャはみんなのためだもんといい、少し気恥ずかしそうな顔をした。キャスバルはラーニャとともに執務室へ入った。それぞれが状況を把握するために、いったん部屋をでていたのだが、どうやら戻ったのはキャスバルが最後だったらしい。
執務室にはジラフ、ロック、ゼルダ、そしてマリールとミーシャがいた。どうだったとジラフに尋ねられたキャスバルは備蓄庫を家畜用舎にすることをラーニャが提案してくれたと報告した。「問題は……中身だな」
ゼルダはため息をつく。あの豪勢な中身を見たら、領民はこちらにも不信感をいだくだろう。今は暖かい食べ物と安全な場所の提供に喜んでいるが、あれをみたら憤慨するに違いない。
「そのことなのですが……」
遠慮がちにマリールが言う。
「備蓄庫の宝物は、ウェルヘル子爵の隠し財産なのです。ですから、資産目録には記載がないので……領民の方にあげたらいいんじゃないでしょうか」
ゼルダは単純になるほどとつぶやいたが、ロックはそれはいけないと否定した。
「なんでだ?領民の備蓄品を勝手にあんなものに代えたんだから、領民に好きにさせていいんじゃないのか?」
「そういうわけにはいきません。金貨や銀貨は領民に渡しても構わないでしょうが、美術品となると話がちがってきます。後世に残す必要のあるものも、中にはあるのでは?わたしは中を見てはいませんが、ジラフ様はどう思われます?」
お前さんのいうとおりさとジラフはいった。
「二十年前のファルアニ王国の崩壊で流出してきた美術品もあるようだった。アルメニ共和国に帰してやるかどうかは別として鑑定眼のあるものが、管理しなければならないものも多かった」
「では、どうしろというんだジラフ」
「その点は、すでに手配した。すぐに鑑定人をよこしてくれるはずだ」
「誰に依頼したのだ?」
キャスバルはジラフの人脈に関心しながら、尋ねる。
「タリスの学友でこの国の優れた商人だ。ジリオン・アンダーソン。聞き覚えはないか?」
「すまない、初耳だ」
「そうか。一応タリスに援助の要請を出しておくように言っておいたから、協力してくれるとしたら何かいってくるだろう。とりあえず、今日は夕食までに作品の梱包でもしておくのはどうだ?」
「では、人手がいるな」
「いや、ここにいる人間でやるほうがいい。金貨銀貨、宝飾品類は会議の議題の一つとしておこう。さすがに自分たちの備蓄品が美術品になんかに化けたとあっちゃ、焼き討ちしかねない奴もいるだろうからな」
ジラフがそういうと確かになとゼルダが苦笑した。
「食い物の恨みはおそろしいからなぁ」
ジラフは何を思い出したのか、そんなことを呟いた。軍人として戦場で飢える経験でもしたのだろうとロックやキャスバルは思っていた。
「あの、あたしたちもお手伝いできますよね」
マリールがラーニャとミーシャにちらりと視線を向けて、懸命に声をあげる。
「もちろんだ。よろしくたのむ」
キャスバルは笑顔でマリールたちに答えた。
大人四人に子供三人での作業は、やはり時間がかかった。幸い、花器や壺などの割れやすいものは箱にはいっていたので、出入り口近くに集めることですんだが、絵画や彫刻にはシーツを駆けるので手一杯で運ぶのはむりだった。残りの金貨銀貨、宝飾品は大きな袋にそれぞれ詰めて会議に持ち込むことにした。
夕食は執務室で食べた。暖炉の火は燃えつきており、全員が毛皮を着たままだったが体を動かしたことと暖かい食事のおかげで寒さはあまり感じなかった。
そしてキャスバルはマリールに商人館の主とエディ老人を呼んできて欲しいと頼む。マリールは言いつけ通り二人に城へいくようお願いし、自分は人手不足なようだからと商人館にのこった。
夕食後、各村の顔役七人とバルセラ、マルシェのユラシ夫妻、エディ・セリエルが領民代表として謁見の間に集まった。キャスバルが全員に車座に座るよう頼む。床には汚すのが恐ろしいほど真っ白なふかふかの絨毯が広げてあった。さすがにキャスバルが靴を脱がずにそこに胡坐をかいていても、村役たちはしりごみしてしまう。すすめに応じてすぐに腰を下ろしたのは、エディだった。雪と泥で汚れたブーツで平然と絨毯を平然と踏んで、キャスバルの右側対面に胡坐をかいた。そのとなりにおずおずとユラシ夫妻が座ると、他の村役たちもおずおずと座り込んだ。
ゼルダとジラフ、ロックの三人はキャスバルの背後に小型の円卓と三つの席を用意して座っている。ちょうど、キャスバルの背後にジラフが睨みを利かせるように座り、その左にゼルダ、右にロックがすわった。どうやら、会議の内容を筆記するようでロックの手元には紙とペンが見えている。
「さて、このたびは至らない貴族のために大変な苦労をおかけしたこと、まず、詫びる。申し訳ない」
キャスバルはいきなり頭をさげたので、村役たちはめっそうもないとあわてふためいた。
「いや、王子様が悪いわけじゃねぇですだ」
「そうだ、やめてくだせぇ」
「こっちが困る」
「頭をあげてくだされ」
などとそれぞれが、あわてる。キャスバルはいわれるままに、頭をあげた。そして、代理執行人だったジャス・マルベラは辞表をだし、城を去ったこととウェルヘル子爵への処遇は王が決めること、そしてここにのこっている使用人たち十六名は不正に加担せず、役割を果たし、領民を迎える準備を全力でおこなってくれたことを話した。
「そこで、春までの間、執行官がいなくなる。これはここを管理運営するものがいないという状態になるので、ゆゆしきもんだいなのだ」
キャスバルはそういって村役たちの顔をひとりひとり視線でなぞった。
「そこでだ。誰か臨時の執行官をつとめてくれないだろうか」
キャスバルはすぐにユシラ夫妻に頼むとはいわなかった。あくまでも自分たちが選んだ臨時の執行官であると思わせなければならないとジラフに言われているのである。
村役たちはお互いに顔を見合わせた。無理だとつぶやく者もいる。お前ならできるんじゃないかと囁く者もある。だが、彼らは自分たちには荷が重いと答えた。
「では、ユシラ夫妻かエディ殿ではどうだろうか」
キャスバルがそう言うとエディがにやりと笑って
「わたしには重責だ。若い者がやった方が合理的で効率的だと思いますよ。王子様」
エディの深いグリーンの瞳はすべてを見通しているといっているように、キャスバルには思えた。
「私たちには無理ですよ。妻は商人館の仕事があるし、わたしは一介の使用人です」
バルセラがとんでもないと首を振ると、同じように妻のその通りですよと夫についづいする。だが、エディは、そうかねぇと柔らかに笑っていった。
「今、ここの使用人たちをまとめているのは、お前さんだろうバルセラ。それにマルシェも商人館があるとはいえ、今は客はいない。二人でやれば、出来ないはなしじゃないとわたしは思うがね。どうだろう。みなさん、そうは思わんかね?」
エディにそういわれて、村役たちはほっとしたように全員がそうだそれがいいと言った。こうして、春に新しい執行官が決まるまでの間、ユシラ夫妻が臨時の執行官をつとめることとなった。
こうして、ウェルヘル子爵領の一番の問題は解決した。その後、キャスバル達が王領にもどった後のこまごまとしたことは、ユシラ夫妻が決断をくだし、エディや村役たちが不足を補ったり、王領への問い合わせをしたりするという形となったのである。




