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シンデレラの秘密  作者: papiko
第二章 エスティバル
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エスティバル奪還大作戦<2>

 老人に案内してもらった商人館しょうにんやかたは、大きな玄関ホールを持つレンガ造りの家だった。レンガは二重構造で内壁と外壁の間に隙間があり、これによって、外からの寒さを防ぎ室内の保温力を高める作りになっていた。

冬の厳しい地域ではよくある構造だ。


 また、エスティバルの民家は三角家造さんかくやつくりと言われ、横から見るとほぼ直角三角形のような形をしている。これは屋根に雪が積もらないようにするためと、雪おろしを楽に行うための工夫だという。

老人は歩いている間、ロン・シェランとアルム・バーンズに、この地方特有の建築を説明していた。

 商人館につくと老人は、その年齢にふさわしくないほどのリンと張ったよく響く声でホールを満たした。

「マルシェ!マルシェはおらんかね」

 ホールの奥から、ちょっと待ってと叫ぶ女性の声がし、しばらくすると若い清楚な雰囲気の娘が姿をあらわした。

「どうしました、エディさん。あら?お客様ですか」

 マルシェはロンとアルムを見つめて微笑む。

「まあ、客人ではあるんだがね、このホールを借りたいんだよ」

「それはかまいませんけど、残念ながら薪がなくて……かなり寒いと思いますが、大丈夫ですか?」

 心配はいりませんよとロンが笑顔で答える。

「僕たちは王領から物資を運んできました。薪もあります。ここを借りていいのなら、すぐにでも暖炉に火をいれましょう。そのうち、領内の方々がいらっしゃるでしょうから」

 マルシェは驚いた様子だったが、わかりましたと答える。

「必要なものがあれば、おっしゃってくださいね。といっても大したものはないのですが……」

 彼女は申し訳なさそうに微笑んだ。

「できれば、毛布かマットをお貸しいただけませんか」

 アルムはそう尋ねる。

「それはなんとかできます。今は商人の方々はいらっしゃいませんから、各部屋からマットと毛布をもってくれば30人くらいは寝ることが出来ますよ」

「そうれじゃあ、アシュ、カーヴェル。バーンズさんの手伝いを頼むよ」

 老人ことエディは傍らにたたずむ二人にそういった。ふたりはうなずき、マットと毛布をとりに宿泊部屋へ向かった。アルムはその後をついていく。そして、ロンと馭者として同行してきた王領の青年たちに物資を運び入れてもらい、自分はマルシェに暖炉をかりて火をつけた。ラーニャとミーシャは、ロンを手伝うように、薪を暖炉のそばに積んでいる。


 ロンが暖炉に火を入れ終わると、ラーニャとミーシャに礼をいった。

「ありがとう。ふたりとも助かるよ。ところで、ラーニャ。犬たちは大丈夫かい?」

「うん、今ご飯食べてるわ。できれば建物の中にいれたいけど」

 わかったと言って、ロンは何事か話し合っているマルシェとエディのところへ行った。

「すみません、ちょっといいですか?」

 ふたりは笑顔でなんでしょうと言った。

「犬たちを室内に入れても構いませんか?」

「ああ、気が利かなくてごめんなさい。ちゃんと犬たちのお部屋はありますから。エディさん、私いってきますね」

「ああ、わしのことは大丈夫じゃよ」

「では、まいりましょう」

 ロンはラーニャとミーシャに声をかけ、マルシェとともに犬たちを部屋へ入れた。部屋には古びた絨毯と犬たち用の水飲み場に餌場があり、動物用の部屋であることは一目瞭然だった。

「ここには犬はいないんですか?」

 ロンは空の部屋に疑問を感じた。王都の商人館には厩がある。ここは雪深いところだから、てっきり犬がいるのだろうと思っていたのだが。

「こちらにはいませんね。冬にここをご利用される方は、事前にご連絡いただくので。ここは、エディさんから犬を借り受けるための部屋なんですよ」

 その説明になるほどとロンはうなずいた。必要な時に必要なものをそろえられるのが、商人館の管理人だ。少なくともマルシェは有能なと形容詞をつけていいだろう。

 ラーニャとミーシャが犬たちを部屋へ入れる。ラーニャはマルシェをじっと見て微かに微笑んだ。

「アーティクルが会いたがってたよ」

「そう、もうあまり長くないのね」

「大丈夫。春まではあたしが絶対死なせないから」

「ありがとう。必ず会いに行くって伝えてね」

 ラーニャはこくりと頷いた。

「あの、アーティクルって?」

 ロンがたずねるとマルシェはふわりと笑い、私の相棒だった犬ですと答えた。

「病気なんですか?」

「いえ、寿命です。ラーニャは不思議と犬たちと心が通じるらしくて。商人館は夏場になると忙しいので彼の面倒をみてあげられなくて。ラーニャに頼んだのですよ」

「そうですか。すみません。事情も知らず」

「いえ、かまいませんわ」

ロンは少しさびしそうな微笑みを向けたマルシェに、一つ提案をしてみた。

「もし、可能ならなんですが、僕たちが帰るときにいっしょに王領へいきませんか?」

「それは、ありがたいことですが……」

「荷物の分だけ犬たちの負担も減りますし、女性一人くらい平気でしょう。ねぇラーニャ」

 そう言われて、ラーニャの瞳が輝いた。

「帰りはあたしが送る。マルシェ、そうしようよ」

「そう、ラーニャがそういってくれるなら、そうしましょう。ありがとうございます」

 ロンはにっこりと笑い返した。


(さて、あのエディというおじいさんは何者かなぁ。どうやって聞き出そうか)


 心中にそのような思いがあるとも知らないマルシェは、心から喜んでいる様子だった。



 そのころ、キャスバルたちは代理執行官を立てる人選をどうするか話していた。キャスバルとしては、急ぐべき案件だがよい案が浮かばない。この城の執事は、どこか覇気がなく年齢的にも負担が大きいだろう。城の備蓄庫を解放するどころか、執行官の勝手を許していたのである。立場的に進言をできないわけではないし、いさめることもできたはずだが、それをしなかったのだからそんな人物に代理をつとめさせるわけにはいかない。

「ジラフ。この領内の顔役に知り合いはいないか?」

 ジラフは首を横にふる。

「残念ながら、知り合いはいない。だが、こちらと行き来のある俺の従者なら何か噂ぐらいはしっているかもしれん。あくまで、噂程度だろうから真偽は定かではない」

 そうかとキャスバルはため息をついた。


(じっとしていても仕方がない)


 キャスバルはとりあえず、備蓄庫の中身を確認する旨を執事にいいつけ、鍵をもってこさせた。三人は立派な備蓄倉庫の重い扉をあけて、愕然とする。そこには、食べ物や薪ではなく、絵画や宝石、金銀食器などがあるばかりだった。

「これは……どういうことだ?備蓄品はどこにあるんだ?」

 キャスバルは思わず、疑問を言葉にしていた。それにたいしてジラフは苦笑いしながらいった。

「備蓄品を売って物をあつめてたわけだ。これじゃあ、開けようにもあけられんだろう」

「だが、ヤツは贅沢な食事をしていたように見えたが?」

 ゼルダがそういうとジラフは簡単さと答える。

「城のどこかに自分たちだけの食べ物や薪をたんまりと隠しているだろうよ。もし、それが残りわずかだったとしても、これだけの宝だ。お抱え商人にでも頼んで調達するぐらいはしても不思議はない」

 ゼルダとキャスバルは深いため息をついた。

「すまないが、ジラフ、あなたの従者に代理執行官にふさわしい人物を何人か紹介してもらえないだろうか?」

 ジラフは了承し、キャスバルとゼルダには使用人たちの聴取を勧めた。

「使える使用人を厳選しておけ。これからが大変になる。領民の受け入れ準備をしてもらわないとならんからな」

「わかった。行こう。ゼルダ」

 ゼルダは、はいと返事してキャスバルとともに城内へ戻って行った。残されたジラフは、門番の所へ行った。

「おい!ここにいた連中はどうした!」

 門番はあわてて物見部屋ものみべやから降りてきて、事の次第を説明した。

「そうか、ではすまんが呼んできて欲しい者がいる。名前はロック・モニカだ。左目に眼帯をしているからすぐにわかるだろう。頼めるか?」

門番は、大きな声で腹の底からはいと返事して商人館へ走って行った。

 そして二十分もかからないうちに、ロックを連れて戻ってきた。

「何事ですか?」

 開口一番、ロックがそういうとジラフは事情を説明した。ロックは少し考え込む様子だったので、ジラフはキャスバルたちに合流するから、それまでに思いつくかぎりを思い出してくれと頼んだ。


 城の使用人たちを全員執務室に呼ぶと、すでに姿をくらませた者がいるという。残ったものは一様に申し訳なさそうに、しかし、貴族の怠慢に疲れ切っているという表情で不安げな目をキャスバルに向けていた。

「わたしにはお前たちを処分する権限はないから、心配はいらない。ただし、これから領民を城の地下で世話をしてもらう。いいな」

 そう言われて、残っていた十六人の使用人たちは、かしこまりましたと頭を深々とさげる。そこには執事の姿はなかった。使用人の話では彼もすでに城をでていったという。

 残ったものたちは、ほとんどが領内に家族がいた。多少のおこぼれは、手にしていたようだが給金はいつも遅れがちだったらしい。不満はあったが、この地域では山羊か犬を飼わなければ生活が滞り、今回のようなことがあっては、簡単に辞めることはできなかった。彼らの給金が辛うじて、家族を支えるために使えるお金だったのだ。

「まずは、地下室に案内してくれ」

 キャスバルがそういうと十六人の中で一番年上らしき男が案内をした。残りの者には、食事や毛布、毛皮の類を各部屋から地下へもってくるように命じる。


 案内人の男はバルセラ・ユラシという。年は三十歳で、商人館の管理人を務める妻がいるという。

「長年使っておりませんので……」

 彼は申し訳なさそうにそういって、地下の一室をあけた。壁や床に埃がたまっている。

「まずは、掃除からですな、王子」

 キャスバルは小さくため息をつき、この部屋を三人で掃除すると言い出した。バルセラが焦って止めたのは、当然だったが、キャスバルはやる気でいる。

「人手が足らないのだ。とにかく、ここを掃除して城中の毛布やら毛皮を入れておこう。バルセラ、掃除道具はどこだ?」

 バルセラはため息をはいて、すぐにお持ちしますと部屋をでた。

「貴方様に掃除の経験がございましたかな?」

 ゼルダがからかうようにそういうと、キャスバルは笑顔で答えた。

「ないからこそ、いい経験になるであろう?違うか」

 確かにとゼルダも笑う。

「それに、軍では一応掃除や洗濯の経験はしたぞ。というか、一度しかやらせてはもらえなかったがな」

「当たり前です。貴方さまは一武官とはお生まれが違うのですから。そんなことをされたら、何人の首がとぶことか」

「そんなことはしないだろう。父上は、私が必要と感じる行いは大目にみてくれている」

そんな二人のたわいもない戯言を中断させたのは、掃除道具を持ってきたバルセラとジラフ、それからジラフの従者のロック・モニカだった。

「さて、王子さまは掃除なんてできるのかねぇ」

 ジラフがからかい口調でゼルダと同じことを言ったので、キャスバルとゼルダは苦笑した。

「足手まといにならない程度だ」

「ま、この程度なら簡単に済むだろう」

 キャスバルの答えにジラフはにやりと笑った。そして、五人で五坪ほどの部屋をてきぱきと掃除した。バルセラが床に紅茶を入れたあとの湿った茶葉をまいて掃きはじめたのでキャスバルは驚いた。

「すごいな。てっきりふき取るのだと思っていた」

「こういうお屋敷では、磨くのは週に一度です。掃除は手早く片づけねばなりませんから」

 バルセラは少し誇らしげに答えた。

「ありがとう。勉強になったよ」

 キャスバルの満面の笑みに、バルセラは恐縮してしまう。その様子を見ながら、壁を拭いていたゼルダは目を細めて微笑ましげに手を動かしていた。

「まるで、なんでも知りたがる子供のようだな」

 ジラフはくつくつと笑ってそういう。

「ま、あれが王子の長所だ。知ることに喜びを見出すお方だと教育係のタリスがいってたな」

「なるほど、あれは長所か」

「ああ、長所さ」

 二人はそんな話をしながら、壁をきれいにふきあげた。掃除の済んだ部屋には敷物がしかれ、城中からあつめられた毛布や毛皮が置かれた。

 十六人の使用人たちはバルセラの指示で他の部屋の掃除にとりかかる。バルセラは三人の使用人に食事のしたくを頼んだが、どれほどの人数分が必要なのかわからなかった。

「申し訳ない。わたしたちは領民の数を把握でいていません。どうすればいいでしょう」

 そういうので、キャスバルも回答に困った。そこにロックが夕食は今いる人数分で問題ないとつげる。

「領民たちは一時、商人館に集めることになりました。食事もそちらで準備していますから、問題ありません」

 そのおかげで、キャスバル達はバルセラに後を任せて執務室へもどった。これから代理執行官についてロックの意見を聞くためだ。



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