エスティバル奪還大作戦<1>
王宮からの支援物資は子供たちと作戦名をつけた翌日の夕方に届いた。配達人の話によると、随時届くという。つまり、これは第一陣なのである。食糧、薪、木炭、家畜の飼料が城の広間に積みあがる。配達人10名は一晩城に滞在するとすぐに、城をあとにした。そして、キャスバル達は届いた物資の半分をウェルヘル子爵領に運ぶことを決定した。
翌日から、城の使用人と住人達が手分けしてイヌゾリの準備と荷物の配分、馭者の選定などを自主的におこなっていた。それを眺めながら、不意にジラフが尋ねる。
「そういえば、お前さんなんでここにきたんだ?この前子供たちが言っていたことと関係があるのか?」
そう問われてキャスバルは迷う
「それはなくはない……確かに、私はある人の言葉にしたがって、城をでることにした。ここを最初にえらんだのは、その決意をさせた人が王都が寒いから、こちらはもっと寒いだろうと……心配していて……だからもしかしたら、こちらの出身なのかと思ったんだ」
今は、その面影すらキャスバルの中から消えかけている。ただ、シンデレラが口にした言葉はなぜかキャスバルの中で警鐘を鳴らすように不意に響くのだった。
「ほう……じゃあ、お前さんはその人を訪ねて来たってわけか……」
「尋ねると言うより、探しすために来たんだ。だが、この現状を無視して探すことに専念すれば、その人とは永遠に会えない気がする。なにより、私はエスティバルの現状を自分でできることをすべて使ってでも回復しなければならないと、今は思っている。地図の上から領土を眺めても、無意味だということを痛感したよ」
キャスバルは自嘲で顔をゆがめる。ジラフはそれでいいさとあっさりと答え、執務室にもどると言い残し、その場を去った。
キャスバルは、てきぱきと働く領民と使用人たちをみて、この王領ではお互いを助け合うことが当たり前なのだと実感した。
ウェルヘル子爵領へはキャスバルとジラフ、ロンとゼルダ、そして医者のアルム・バーンズが向かうことになった。タリス・ブレアとカムイ・シシリーは残って他の領地への配分と配達の調整をすることになった。キャスバルたちが準備をしていると、ラーニャとミーシャが馭者として参加すると言い出した。
「二人ともゆっくり休んでいていいんだ。これから、またたくさん手伝ってもらわなければいけないのだから」
キャスバルがそういうと二人は首を横にふった。
「あたしがいないと、犬たちが困るの。あの子たちの休むタイミングを大人はよく間違うもの」
とラーニャがいうとミーシャも真剣なまなざしで答える。
「僕は……ちゃんとみんなに物が届いたことを確認したい……」
「そうか……では協力を頼む」
キャスバルは手をだして、二人と堅い握手をかわした。
ウェルヘル子爵領についたのは、王領をでて三日目だった。やはり、物資の量が犬たちの負担になっているようで、ラーニャはなるべく吹雪くような天候の変化がおきたときは、無理に走らないように大人たちにいう。大人たちは、ラーニャの言葉にしたがった。
(彼女は本当に犬たちの体力や気力をよくわかっているのだな)
キャスバルはラーニャの大人さえ説得できる力が羨ましいく、自分ももっと学ばなければならないと思った。ラーニャ達がつけた『エスティバル奪還大作戦』は必ず成功させなければならない。そしてキャスバルは王子という立場で最大限できることをやらなければならないと強く感じていた。
城を出る前に、キャスバルはラーニャについてキャスバルにたずねていた。
「ジラフ、ラーニャはこの国の子どもではないようだが……」
「ああ、あの子は国境警備隊が行き倒れているところを見つけて保護したんだ。あの銀の髪と青い目はバスビル人特有のものだ。どういう事情で、国境越えをしたのかはわからない。母親は彼女を胸に抱いたまま死んでいたからな」
「では、彼女は今は一人きりなのか?」
「いや、ラテロ・ホーンの娘として生活している。最初はな、俺のところで育てようと思ったが、何せ乳飲み子だったからな。ラテロに相談したら、あっさり自分のところで育てると言ってくれたよ。ラテロの妻はグラスト人だし、彼はもともと西のルクセラ地方の商人だったんだ。つまり、隣国のグラスト共和国との交易でそちらの商人の娘を妻にしたんだが、息子が生まれてしばらくしてからこちらへ移ってきた。この地に越してきた理由はしらんがな」
キャスバルはそうかとつぶやいた。自分にも流れている異国の血。見た目は王によく似ているせいか、容姿で不愉快な思いをしたことはない。
「最初は、ラテロの家にきたラーニャに対して不快感を示す者もあったが、今じゃあのとおり。俺がここにいやすいのは、ともに助け合わなければこの厳しい冬をしのげないせいかもしれんな」
ジラフはふっと一瞬だけ優しげな微笑みを浮かべ、キャスバルの隣を去ってラーニャたちのところへ行ってしまった。
『外見の違いに大きな意味などありません。心の広さ、懐深さが大事なのです。お父様のようにね』
ふっとキャスバルは母の言葉を思い出した。そして、王領を出立し、ようやくウェルヘル子爵領の領主城につくと何やら人だかりができていた。
「何があった?」
キャスバルは手近にいた青年に声をかけた。
「もう、限界なんだよ。このままじゃ全員飢え死にか凍死だ!ジャスのやろう病気だといって門もあけねぇ」
キャスバルは、怒りに燃える民衆を押しのけて、門番に叫ぶ。
「開門せよ!!私はキャスバル・ディオーラだ!!」
まわりはその声に息をのむ。しかし、門番は小窓から卑しい顔で笑う。
「王子様がこんな田舎にいるはずがなかろう!!王子をかたるなど笑止!!」
そういって大声で笑ったが、その顔が一瞬にして凍る。彼の目を射抜くような鋭い視線で睨みつけるジラフ・マケインの姿が映ったのだ。ジラフは視線があった瞬間、にやりと笑った。まるで、死神のように……。
門番は、大慌てで門を開けた。パニックになったのか、ウェルヘル子爵家執行官のジャス・マルベラへの報告も忘れて。
キャスバルは門が開くとジラフとゼルダを伴い城へ入っていった。
キャスバルと同行しなかったロンとアルムは、茫然としている民衆にこの近くに集会所があるかたずねる。
「それでしたら、ほんの五分ほどのところに商人館がございます」と一人の老人がうやうやしく答えた。どうやらその男は村役か何からしい。
「じゃあ、みなさんそちらへいきましょう!!食料と薪などをもってまいりましたから。病気やけがをされている方もみな連れてきてください。ここに名医がおりますから!!」
ロンが元気で明るい声でアルムを指差した。
「薬も包帯も必要なものは用意してある。安心して連れてきてくれ」
アルムは穏やかに笑って見せた。普段、滅多に笑わないアルムだが、こういう時は笑顔を浮かべた方が人は安心することをよく知っている。
それを聞いて、パラパラとそして、いつしか勢いよくそれぞれのイヌゾリで領民はその場を去って行った。
残ったのは、商人館があると答えた老人と彼を慕うように側にいる三十代前後の男と十代の少年がの三人だった。
老人は穏やかな顔で、ではまいりましょうと言って歩き出した。
そのころ、キャスバルはおびえきった門番にジャス・マルベラの居場所へ案内させた。
「こ、こちらに、お、おいでです」
「わかった。お前は門を閉じないように番をしていてくれ」
「は、はい!!」
門番は走って持ち場にもどった。キャスバルはノックもせず、ドアをあけるとむっとするような熱気が部屋から一気に押し寄せた。
「誰だぁ、勝手に入ってくるなと言っただろう!!」
叱りつけるように怒鳴る声は、キャスバルを見て怪訝な顔をした。
「なんだぁ?新人か?礼儀をしらぬやつだな」
ジャスは長椅子から立ち上がり、キャスバルに近づいた。キャスバルは不快そうに鼻をひくつかせた。
(酒臭い……)
ジャスはふんと鼻をならし、キャスバルを見下ろす。キャスバルの背が低いのではない。ジャスの背が高いのだ。ゼルダはまわりの気配に気を配りながら、ジャスを観察した。だらしなく、ガウンを纏い、長身をふらつかせながら品定めをするようにキャスバルを見ている。
目は酒のせいで濁っている。太ってはいないが、筋肉質ではなさそうな胸板がシャツの隙間から覗いていた。
「お前が執行官のジャス・マルベラだな」
キャスバルがそういうと、だったらなんだとにやつくジャス。
「私はキャスバル・ディオーラだ」
その一言に、ジャスはいっぺんに酔いが覚めたような顔になる。息をのみ、後ずさる。遠い記憶が彼の頭をよぎった。執行官配属式に列席していた王子。その声とその顔は当時より少し精悍になっているが、間違いないと記憶が騒ぐ。
「あ、な、なぜ……」
そう口にするのが精いっぱいだった。
「それを聞きたいのは私だ。お前はなぜ領民を放置している」
「そ、それは公爵様からお許しがでないからしかたなく……」
「なるほど。では、なぜこの部屋は汗ばむほど熱い?酒はどこからもってきたのだ?毎日、このようなことをしているのか?」
キャスバルは畳み掛けるように問いただす。
「べ、別になんの不正もございません。私は今、管理人として仕事を終えたのでくつろいでいただけです。毎日、このように贅沢などしておりません」
「そうか、では領民を城内へいれよ。そして備蓄庫を解放しろ。今すぐに」
ジャスはぐっと息をのむ。だが、黙って従う気はないようだ。
「それは無理でございます。なにせ領主の許可がない。王子もおわかりでしょう。我々執行官が権限を行使するときは、領主の許可が必要なことを」
「ああ、知っている。だが、許可はなくとも人道に反してまで己の権利だけは主張するのか?」
ジャスは酒が完全に抜けたのか、饒舌にそして横柄にキャスバルに言った。
「私がここで何をしようと私の勝手です。ここは私の部屋だ。それに例え王子といえども、私のすることに口をはさむことは法律上できぬはず。私に命令を下すことが出来るのは領主のみ」
(こいつ……)
ゼルダは一瞬で剣の柄に手をかけたが、ジラフがその手を押さえる。
ゼルダがジラフを睨むと真剣な目で首を横にふる。すべてを王子にまかせろと、その眼は訴えていた。
「確かにお前の言うとおりだ。ここはお前の領域であり、ウェルヘル家の領地だ。もちろん、私がお前に命令することも、解任することもできない。お前の言い分は正しい」
そう言われて、ジャスは不信感をあらわにする。
(何を言うつもりだ。王子といえども、法はまげられぬはず……)
「私には国民の生命を守る義務がある。ウェルヘル家への処置は王が自ら下すだろう。私が今できることは簡単なことだ。ジャス・マルベラ。お前に決闘を申し込む。私が負ければ、お前の自由だ。だが、私が勝てば辞任してこの地をされ」
そういってキャスバルは剣を抜いた。こうなっては決闘を拒否できない。
「ま、待ってください」
(冗談ではない!私に剣など扱えるものか!)
多くの執行官がそうであるように、経済や法律に詳しくても剣の腕がたつものなどそうそういないのだ。
確実に自分が負ける決闘など受けるわけにはいかないが、回避する方法がジャスにはみつからなかった。このまま自分が剣をとれば、キャスバルはためらいなく首をはねるに決まっていると彼は思った。
そこへ、助け船を出すようにジラフが声をかける。
「王子の腕はかなりのものだ。俺でも勝てるかわからぬよ。なぁジャス、一番いい方法は何だと思う?」
お前ならわかるだろうと言いたげにニヤリと笑うジラフ。ジャスは息をのんだ。しばらく沈黙する。彼にはその沈黙が永遠に続くのではないかと思われるほどだったが、結論を出すのは自分であることも承知していた。
ジャスはすとんと床にへたり込み
「私、ジャス・マルベラはウェルヘル子爵家執行官を辞任いたします」
「そうか、では辞任の旨をすぐに書け。そして荷物をまとめて出ていくがいい。そうすれば、お前は罪にとわれることはないだろう」
ジャスはうなだれたまま、かしこまりましたと机へ向かい、急病により職を辞する旨の手紙を書いてキャスバルに渡した。




