売れっ子作家の憂鬱
みきすけさん、誕生日おめでとうございます。お祝いにこの短編をプレゼントします。9月11日にちなんで911文字でまとめてみました。
売れっ子作家の弥欷助は取材活動に執筆にと日夜休む暇も無く働いていた。仕事は好きなので働くのは楽しかった。
弥欷助には愛する妻が居た。どんなに遅くなっても待っていてくれる。今夜は早く帰れる。僕の誕生日。妻が祝ってくれるというのでこの日だけは夜の仕事を入れていない。
メールが入った。秘書の日下部からだ。日下部は新刊の発売に関わる打合せのため出版社へ出掛けていた。
『今夜、雑誌の取材が入っているので19時までに青山のレストランへ行ってください』
「まったく…。今日が何の日か知っているはずだろうに…」
弥欷助は数か月前から今日の夜は仕事を入れないように日下部には言ってあったのだ。そのことを確認する意味も含めて弥欷助は日下部にメールを返信した。
『すみません。キャンセルできなくて…』
日下部からの返事は予想通りだった。仕方なく弥欷助は妻に電話して事情を話した。
『気にしないで!あなたのおかげで私は幸せなのだから』
クーッ!なんて出来た女房だろう。
弥欷助は気を取り直してオフィスを出た。
青山へ向かう前に銀座へ寄った。妻へのプレゼントを購入しようと思ったからだ。
「いらっしゃいませ!呂彪さま。贈り物でございますか?」
弥欷助が店内に入ると、すぐに店長がやって来て声を掛けた。
「結婚記念日なんだ」
そう、今日は弥欷助の誕生日であるとともに二人の結婚記念日でもある。
「かしこまりました」
店長は洒落たブローチを出して来てくれた。
「なかなかいいセンスだ」
弥欷助はカードで支払い、店を出た。
約束の時間より少し早くに青山のレストランに着いた。店は貸切りだった。
「大袈裟だなあ。雑誌の取材くらいで…」
弥欷助が店のドアを開けるとクラッカーの音が一斉に鳴り響いた。
「呂彪先生、誕生日、それから、結婚記念日おめでとうございます!」
日下部はそう言うと頭を深く下げた。
「な…」
弥欷助は一瞬、声を失った。
「皆さんお待ちかねですよ。どうぞこちらへ」
「皆さんだって?」
店内を見渡すと、そこには出版社の担当から昔からの悪友まで揃っていた。
「あなた」
「君もグルだったのか…」
「いつまでも愛しているわ」
最愛の妻はそう言うと、周囲からの祝福の言葉を浴びながらそっと弥欷助にキスをした。