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ハードボイルドウイザード  作者:        
ハードボイルドウイザード Ⅱ ~アンチ・チートは伝奇世界の神をみるか?~  第四章 英雄志願とハードボイルド あるいは 対決のスラップスティック 
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<バランス・ブレイカーズ>~英雄志願とインウィディア~










 よく人生は道に例えられるがこれはただ岐路がありそこをどう選ぶかで目的地が変わるというだけの喩えではない。

 道とはそこを離れれば迷いのたれ死ぬしかないものでもある。

 獣に食い殺されるか乾いて死ぬか、それとも崖から落ちるか、何れにしろ碌な末路が迎えられないという比喩だ。


 しかし、あまり語られることはないがもう一つ、ろくでもない末路がある。

 人をやめて獣になるという選択だ。

 その時点で、人としての生を終えている為、それは人の死ではある。

 それが‘下種脳’になるということだ。


 欲望に溺れた狡猾な‘下種脳’は道の外で猿のように人のものを掠めとることで力をつけ、人を自分たちと同じ毛無の猿へと変えようとする。


 やつらに大切なものを奪われ追いかける事で道を外れた人は、飢狼となり‘下種脳’だけでなく人をも食い殺す‘愚種脳’へと成り代わる。

 そして、考えることをやめ、感情のままに生きる善良な人間は、ただやつらの食い物にされるだけとなるのだ。


 かつてオレにそう語った‘名無し’は既に亡く、ネットの海に存在するのは、その遺志を伝え続けるオレの創った無数のAI群だけだ。

 オレがそうして‘名無しのウイザード’になったように、この少年も己の意志で、英雄志願をしたのだろうか?


 それとも英雄となる為にこのふざけた世界を創りあげた‘下種脳’がこいつの正体なのだろうか?


 その答えは未だでてはいないが、セツナと名乗るこの少年は‘下種脳’になるかもしれないガキではあっても、この仮想異世界を創りだすような‘非人脳’には思えなかった。


 もちろん、だからといってその可能性を否定は出来ない。

 ときにバカなガキは自分がしていることの意味も知らず、‘下種脳’そのものの所業を行う事がある。


 そういったガキは、周りに‘下種脳’しかいないことで、それを当然と思ってしまうことでできる。

 ある程度、分別がつくようになって、自らを糾すものもいる。

 だが大抵はそのまま‘下種脳’へと成り下がるものだ。


「ぼくは……ぼくだ! 作り変えられたりなんかしていない!!」

 驚愕から立ち直ったセツナは、オレを睨んで叫ぶ。

「作り変えられていたとしても関係ない。 今のぼくがぼくなんだ!!」


「それは思考停止ってやつだ。 自分が誰かに踊らされてるのでも関係ない? 後でどんなめにあっても今が楽しければいい? 本気でそういってるなら、お前はあの村で魔物除けを壊して死んだ犬以下だぞ。 それが間違っていないと思うのなら犬並だ」


 ただ駄々っ子のように喚くガキの内から溢れる黒いオーラのようなものが、‘ラホルス’の眼を通じてオレに語りかけている。

 赤青オッドアイの瞳を持つ天使のような外見とはうらはらの醜い感情がセツナと名乗る少年の内に隠れているのだと。


 それは、‘嫉妬’を核とした妄執だ。

 レイアとルシエラはこいつにとって、それだけ重い存在だったのだろう。


「うるさいっ! ぼくはギルドマスターとして、あんたに聞いてるんだ! 他の事は今はどうでもいい! 答えろ、あんたは何なんだ!?」


 だが、それを自覚していないのか、自覚することを拒んでいるのか、セツナはオレに対してその感情を直接ぶつけようとはせず、オレが何者かを問う。


 だが、直接的でないぶん、その感情は深く心の闇に沈み本人も自覚できないうちに人格を蝕んでいく。


 どうやら、こいつはこの仮想異世界を創りだした‘下種脳’などではなく、単なる操り人形なのだろう。


「何? 妙な事を言うな。 お前がお前でしかないというなら、オレもオレでしかない」


 オレは、そう確信しながら、やつの問いをはぐらかす。

 こいつがオレの正体を(いぶか)しく思った‘下種脳’どもが送り込んだ駒だというなら、ここで下手な真似をするわけにはいかない。


「自分が答えられないような質問をなぜオレにしようと思った? オレに何を求めてる? 救いか? それとも解りやすい敵になることか? 悪いがオレはお前の保護者でも敵役でもない。 そういった相手なら他を探すんだな」

 

 だが、同時にこれはチャンスでもあるのだ。

 やつらの駒を奪って王手をかけるには……

 だから、オレはこいつ( ・ ・ ・)が心の奥で望むように、挑発してやる。


 英雄志願のガキほど他者に自分を認めてもらいたいと思っている人種はいない。

 普通の人間なら敵意を向けられるよりは無視される事を望むものだが、やつらの拡大した自意識は相手にされないことを何よりも憎む。


「そうやって誤魔化そうとしても無駄だ! あんたは、ぼく達‘渡り人’が嫌いなだけなんだろう! ぼくら( ・ ・ ・)を妬んで、汚い手でぼくらを切り離そうとしているんだ!」


 案の定、‘英雄志願’は挑発に乗ってきた。

 ‘英雄志願’である以上、動くには大義名分が必要なのだろう。


「それをオレに認めさせたいのか? 否定しても信じないだろうが、‘渡り人’なんてものに興味はないし、あいつらがお前と離れたのもオレの意志じゃない」


 その大義名分を否定しながら、呆れたように言ってやる。


「オレがお前を嫌いなんじゃなく、お前がオレを嫌いなんじゃないか? オレがお前らを妬んでいるんじゃなくて、お前らがオレに妬まれたがってるんじゃないか? 自分から離れていく心を認められずオレのせいにしたいんだろうが、それはお門違いだ」


 自分の欲望の為に他者を下衆とみなし、自らの行いを尊いと自分すらも騙し、‘下種脳’への道を歩もうとするガキを躾けなおすのは大人の義務だが、この状況でそんなことまでする羽目になるとは因果なものだ。


「違うっ! 違う違う違う違うっ!!」


「違わないとお前自身がしっているから自分を騙し、ひとのせいにして憎むことで自分の情けなさから目を逸らす。 そんな事を続けていけば腐っていくだけだ」


「うるさいっ、うるさいうるさいうるさいうるさいっ!!」


 どこまでオレの話を聞いていたのだろうか?

 セツナと呼ばれる少年の中で‘嫉妬’を核とした憎悪が燃え上がっていく。

 どうやら、‘下種脳’どもはこいつをどうしてもオレにぶつけたいらしい。

 

 人間は感情の動物だ。

 訓練されていなければ、たやすく感情に振り回され自分を見失ってしまう。

 直接的な洗脳ができなくても、ASVRは感情を操作することでマインドコントロールを容易に実現できる装置だ。


 褒められたときは強烈な喜びを。

 愛を囁かれたときには欲情を。

 叱られたときには恐怖や絶望を。

 時間をかけ、そういったものを与え続けられた人間は、それを与える人間に盲従していく。


「よく考えるんだ。 感情に流されて生きるのは、みじめなものだぞ」


 そういった時間がなくても、こいつのように感情を煽られれば、容易く人を憎むようにできるのだ。

 現実世界でも‘下種脳’どもが人間を殺し合いに追いやるのにマスコミや扇動者を使って、よくやる方法だ。


 セツナと名乗るこの少年はそれに呆気なく引っかかったのだ。

 そして、終に踊らされたガキは爆発する。


「──お前に何がわかるッ!!」

 そう叫んだと同時にその手がオレを指し呪文を紡ぐ。

「アレト・ハーメス・ティタワート」


 転移系呪文‘ハーメス’。

 自分と指定した対象を設定した場所へ転移させる呪文だ。


 オレを指し示した手を中心に半透明の白い輝きがドームを作り、次の瞬間、オレ達はどこかへと運ばれていった。











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