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ハードボイルドウイザード  作者:        
ハードボイルドウイザード Ⅱ ~アンチ・チートは伝奇世界の神をみるか?~  第四章 英雄志願とハードボイルド あるいは 対決のスラップスティック 
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<エイリアン・アイデンティティー>~自故尊在のルヴァナーズ~








<エイリアン・アイデンティティー>~自故尊在のルヴァナーズ~








 清濁併せ呑むという言葉がある。

 人として美しく素晴らしい行為も、醜く汚い行為もあるがままに受け入れるという意味で使われ、その行為を政治家などに必要な人としての度量の大きさを表すのだという人間は少なくない。


 だが、よく考えれば判るようにそれは単なる妥協の結果を美化した言葉でしかなく、人の器や度量といった資質とは無関係の話にすぎない。


 清濁併せ呑むというのは、事実を事実として認識する事でしかなく、その事実にどう対処するかが、人としての器であり度量を表すのだ。


 妥協とは、必要なためにしかたなく行うもので、当然の結果として考えていいものではない。

 醜く汚い行為をただあるがままに受け入れて糾そうとしないのなら、それは最早、単なる精神の腐敗でしかない。


 そしてその行き着く先は、限りなく自分を甘やかし他者にのみ献身を強いる‘下種脳’化であり、醜く汚い行為を平気で行う‘非人脳’化だ。


 つまり、妥協を美化するという行為は、真実を覆い隠すことで人を唯の毛無猿へと貶める行為にすぎないのだ。

 

 そう、事実ではなく真実をだ。

 真実と事実。

 この二つの言葉の違いは何か?

 それは、その出来事を覆い隠そうとする意志の在る無しによって生まれる。


 だから真実を知ろうとするにはいつだってそれなりの覚悟が必要となる。

 いつでもそれは平凡に生きる事を選択した人間には荷の重い行為となる。


 なぜならば大抵の場合、隠蔽の裏には後ろ暗い何かが存在するからだ。


 真実自体は素晴らしい理想であったり逆に目を背けたくなるような身の毛もよだつような非道であったり、非凡ではあっても両極端だ。


 だが、そのどちらの場合でもそれが非凡であればあるほど、それを隠すやつらは、他者を貶める事を何とも思わない‘下種脳’や、非道な手段を使ってでもそれをなそうとする‘非人脳’になるからだ。


 そういった連中を恐れるのは、人として当然の感情だ。

 猛獣や毒をもつ生物を恐れなければ身の破滅だ。

 だが、やつらを放っておけばどうなるだろう?


 やつらは自らを美化し、他者を貶める事を当然の行為だと謳い、自らに都合のいいルールで世界を塗り替えようとする。


 そして言うのだ。

 それが清濁併せ呑むということだと。

 それが現実でそれを認められない人間など世間知らずの理想しか見えない愚か者だと。


 それを否定する者を貶め、暴力によって排除し、人間など所詮は裸の毛無猿だと嘲笑いながら、自分達だけがそうである事を決して認めようとしない哀れな存在。


 自らが卑小であるという事実を隠そうと‘下種脳’どもは最低の行為を繰り返す。

 自らの残虐な行いを裁かれることを怖れ、‘非人脳’どもは非道を繰り返す。


 オレは、そんな連中の仲間入りをする気はない。

 だからオレはどんなに最低最悪の行為を犯そうともそれを美化も正当化もするつもりはない。


 それは開き直っているのでも諦めているのでもなく、ただ素直に自らが有罪である事を認め、よりよい道を選べなかったことを認めるということ。

 同じ立場にたてば同じ事をするだろうオレが、同じ立場にならないように考え努力することを放棄はしないということだ。


 では、ずっとオレを尾行し(つけてき)ているやつはどうなのだろう?




「用があるなら恥ずかしがってないで出てきたらどうだ?」

 酒場を離れて人気の無いスラムに近い街角で立ち止まったオレはそう考えながら、姿を隠したままのやつに声をかけた。


 完璧に隠されていた気配が揺らぎ、わずかにそこに人がいる気配が生まれた。

 自分の努力で身に着けた技術ならこうも簡単に馬脚を現したりはしなかったのだろうが、インスタントのスキルなどこんなものだ。


 使えるものは使うべきだが、ゲームのスキルに頼るべきではないな。

 オレは改めてそのことを実感しながら気配の現れたほうを見る。


 最上位探索スキル‘ラホルス’でやつの居場所は解っていたが、あえて気配を探りながらやつの動揺を誘ったのはそういうわけだ。


 無条件で訳の解らないスキルなんてものに信頼を置くほどオレは考え無しではない。

 

「今まで見破られた事はなかったんですけどね」

 しばらくどうしようか迷っていたようだった気配が諦めたものに変わり、一つの影が人一人が隠れられるはずもない小さな立て看板の向こうから現れる。


 おそらくは高位隠蔽スキルを使ったのだろうが、隠れた全ての存在を見通す‘ラホルス’を相手にするのは分が悪かったようだ。


 ‘ラホルス’は隠されていなければ何の効力も発揮しないが、意図的に隠されたものは、全てを暴いてしまう。


 そう全てをだ。

 どうやらオレは、この世界の真実に辿りつく手がかりを手に入れることができたのかもしれない。

 

「お前自身が何をしたいのか判ったのか? ストーカー」

 その人影、セツナと名乗っていた一人の少年に、オレは再度問いかけた。


「……それを決める為に、あなたの後を追っていたんです」

 答えることを躊躇うかのような気配が一瞬あったが、それも直ぐに消え、真っ直ぐな瞳が正面からオレを見る。


 オレは正面からその瞳を受けながら八目眼を使い視界を狭めず、周囲の気配を読み、何が起こっても対処できるように全身の力を抜いた自然体を保った。


 もちろん、こちらが警戒しているということを読ませないように、自分の気配を緩いものにしてだ。


 警戒を相手に悟らせるのは警告を与えるときだけでいい。

 今は警戒してみせる意味などないのだ。


「それでどうするか決まったのか?」


「あなたの事を知りたくてこんな事をしたんですが、ますますあなたというひとが解らなくなりました」

 オレの問いには答えずにセツナは語り始めた。

「初めはあなたをただの冒険者だと思っていたんです。でも何かが違う。 一人になると必ず街をぶらついているのも最初はただの散歩だと思ってましたが、今日の事で確信しました。あなたは何を探しているんです?」


 その台詞にどうやらセツナがずいぶん前から探りを入れていたことに気づく。

 

「何をかとしいていうなら‘渡り人’をかな?」

 オレは自らの行動を怪しまれた時の為に、あらかじめ用意していた台詞を口にする。

「突如、異界から現れた連中に興味をひかれてな」


「僕達を?」

 セツナは訝しげな顔になり聞き返す。

「いったい僕達の何を調べていたというんですか?」


 ここで殺気立つか気色ばむかしてくれれば話は早かったのだが、どうもそう簡単にはいかないようだ。

 後ろ暗いことはないというかのようなこいつの態度が演技なら大したものだがその可能性はかなり薄い。


 深層心理までコントロールされた擬似人格の存在するこの世界で絶対は存在しないが、そうでなければこいつはただの世間知らずのガキだ。


「お前達は自分の存在に疑問を感じたことがないのか?」

 オレはそれを確認するために‘渡り人’が抱える謎を指摘した。

「話によれば、お前達はここに来るまでは戦いどころか人に守られて生きるのがあたりまえのやつらばかりだったそうだな?」


「………………」

 否定も肯定もせず、セツナはオレの問いにただ無言で答える。


「それが、突然、誰かに与えられでもしたかのように戦う事ができるようになった」

 更に続けると、微かにとまどうような気配がセツナから漂ってくる。

「それを不気味に思ったことはないのか?」


「……不気味?」


「ああ、自分の努力や研鑽と関係のないところでいつのまにか植えつけられた知識や技術」

 オレはそこで一拍の間を置いて、やつの顔を正面から見据えてやる。

「つまり、心の中を誰かにいじくられて、自分が自分じゃなくなって嫌じゃないのか?」


 そう、オレの疑問はそれだ。

 自己意識やアイデンティティーと呼ばれる観念を知らなくても、そういった事に生理的な嫌悪感を覚えるのがまともな人間だ。


 なかには、そうでないやつがいたとしても、全ての人間がそうだとも思えない。

 比率で言うならそういう壊れたやつは極少数派のはずだ。


 だが、こいつらはあまりに能天気すぎるのだ。

 そう、あまりに前向きすぎる。

 まるで何者かにそうあれと作り変えられたかのようにだ。


「いや、それはみんなが……」

 オレの問いに反発するかのように声をあげかけ、しかしセツナはそこで声を途切らせる。


 どうやら、今の問いはこいつに疑問を抱かせるのではなく、トラウマに近いものを抉り出したようだ。


「またみんなか?」

 だからオレはこいつを揺さぶる為にそれを更に追及した。

「前も言ったよな。 オレはお前に聞いているんだ」


 セツナは今度こそ隠された顔を暴かれる不安に怯える表情を露に魅入られたようにオレを見返す。

 それは、見たくは無いが見なければならないと心の底では知っている事実を告げられそうになって怯えている子供の顔でしかなかった。


「お前は自分が作り変えられたことに気づいていなかったのか?」

 だからオレは、こいつが自分を見出す可能性に賭けて、あえて続ける。

「それとも、そんなことがどうでもいいくらい自分が嫌いだったのか?」


「……ぼくは……ちが……」

 歳相応のどこにでもいるガキの顔で英雄志願の冒険者は泣きそうな声を出す。


「‘渡り人’のトップであることを隠してるお前にだから訊いてるんだ。公式チートなんて言われる自分をどう思ってるんだ?」


 それがばれているとは思わなかったのか、驚愕がやつの顔に浮かぶ。


 絶句して立ち尽くすやつの姿。 

 オレだけに見える‘ラホルス’によって暴き出された、赤青オッドアイの少女と見紛うような美少年の姿を見ながら、オレはこいつがこの仮想世界を創りだした‘下種脳’なのだろうかと考えていた。





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