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ハードボイルドウイザード  作者:        
ハードボイルドウイザード Ⅱ ~アンチ・チートは伝奇世界の神をみるか?~  第三章   断罪の天使と復讐の女神 あるいは 罪と罰のストイシズム
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<イベント・オブ・デスゲームⅡ>~浄罪戦場のバンディット~















 罪とは、古代では神による人間への戒めだった。

 そして罰とは、その戒めを破った人間への相応の報い。

 かつて無知であった大衆への知的階級であった支配者がついた嘘だ。


 人間が人間を裁く事への矛盾と反発を架空の絶対的存在によって抑えるため。

 それが、この嘘の理由だ。

 こう聞けば、‘下種脳’の論理に犯された子供は、こう思うだろう。

 罪なんてもの、支配者が勝手に作ったものなら罪を犯して何が悪い、と。


 ‘下種脳’なら、こう思うだろう。

 力を持ちさえすれば、どんな罪を犯そうが裁かれることはない、力が全てだ、と。


 物質文明のみが発達し、精神文明の幼い唯一神教文化圏で‘下種脳’の論理がまかり通りやすいのは、未だにこの嘘を使い続けるのが原因だ。


 神というものを公で否定してしまいながら、倫理を神に委ねる矛盾。

 自らが創りだした神という概念への依存。

 そこを‘下種脳’どもにつけこまれ、宗教戦争や魔女狩りという形で数々の不幸が、ばら撒き続けられることになる。


 神という概念は、己の欲望を満たすことしか考えない‘下種脳’には力の象徴でしかない。

 だから、いつだって神を妄信する者は、‘下種脳’の犬になるか、‘下種脳’になる破目に陥る。


 罪とは何かを神に委ねても他者に委ねても、待っているのは地獄だけだ。

 その究極の例が、国家による組織犯罪の一つである戦争だ。

 大量殺人という罪がそこには待っている。

 

 それでさえ、‘下種脳’どもは、人間とは生まれながらに罪人だなどと、くだらない論理のすり替えを行い、容認しようとする。

 それこそが、国家への忠誠と‘神の許し’の正体だ。


 反吐の出そうな事実だが、いや認めたくない事実だからこそ、認めなくてはならない。

 人は罪を犯すが、それはしかたないことでもあきらめていいことでもない。

 罪は糾すべきであり、それは力を持つ者だからといって見逃されるべきではない。


 あたりまえのことだが、しばしばそれは‘下種脳’達によって故意に見過ごされる。

 そうした場合にできることは二つある。


 一つは、それは間違っていると声をあげ続け、公にそれを認めさせようとすること。

 もう一つは、自らその罪を裁くことだ。


 どちらも一筋縄ではいかない話だ。

 だから、たいていの人間はなにもしないことで、‘下種脳’の論理を受け入れる。

 自分には力が無いから何もできないのだと。

 そうして自らを騙し続けた人間の行く末は、‘下種脳’の奴隷か犬か餌だけだ。


 そうなりたくなければ、認めるしかないのだ。

 それが何もしないという罪であると。


 ならば、どうすればいいか。

 正道は‘ワールデェア’のように声をあげ続け、公にそれを認めさせようとすることだ。


 それができない状況なら?

 自らその罪を裁き罰を与えるしかない。


 だが、それは罪ではないのか? 結局お前も同じ穴の狢だ。

 ‘下種脳’どもなら、そう囁くだろう。


 悪は滅ぶべきだ。罪を裁いて何が悪い。

 ‘愚種脳’ならば、声高らかに謳い、やがて‘下種脳’に成り果てるだろう。


 それは罪だ。許したいが、許されるべきではない。

 ‘ワールデェア’達なら、そう認めるだろう。


 罰を与えるという事は、罪でしかない。

 それ故に、人はそれを社会システムに委ねるという形でそれを行う。


 社会という人間が生きるために不可欠なシステムを護るために公認された罪。

 それが罰の本質だ。


 だからこそ、国家が犯した罪は裁かれる事はなく、‘ワールデェア’は世界を一つにして、少しでも罪を無くすために声をあげ続ける。


 そんなことをしても罪が生まれてこなくなるわけではない。無駄な事だ。

 ‘下種脳’はそう嘲笑うだろう。


 罪を犯すやつを殺しつくせ。それが唯一の解決策だ。

 ‘愚種脳’は、怒りを吐き出しそれを否定するだろう。


 だが、‘下種脳’の言い分は、嵐が来る事が判っていて何をしても無駄だと言うことだ。

 そして‘愚種脳’の言い分は、嵐を吹き飛ばすのだと爆弾の雨を降らすような行いだ。


 物質文明が、外からの自然の脅威から人間を護る為に発達したように、精神文明は内なる脅威から人を護るために作られた。

 ‘ワールデェア’を否定するやつらの言い分は、精神文明を否定し猿のように生きろということに他ならない。


 では、今、彼女達がやつらに対して行う行為はどうだろう?

 降り注ぐ‘炎の矢’の魔術を放つ魔操車と、それを防ぐ魔術障壁を維持するルシエラを見ながら、オレはそう考えていた。


 そのルシエラの瞳は真紅に輝き、真っ白な髪はざわめくように揺れ動き、ヴァンパイアの‘真祖’らしさを顕わにしている。

 リアルティメィトオンライン日本ではヴァンパイアの‘真祖’はプレイヤーキャラクターだ。

 とあるレアクエストを受けることで精霊術師からクラスチェンジすることができる。

 吸血や残忍性といった吸血鬼の特徴を持たず、その力だけは同等という存在だ。

 

 吸血鬼の‘鬼祖’が悪魔の力によって変貌するのに対し、‘真祖’は精霊神の力で変貌する存在だ。

 お互いを仇敵として戦いあうというスラブ地方に伝わるクドラクとクルースニクの伝承を基にしたリアルティメィトオンライン日本のヴァンパイア伝説では、契約により眷属を増やす事もできるまさに吸血鬼の善玉ヴァージョンになる。


 人間離れした回復力や魔術戦闘と武器戦闘の両方で強大な力を得る反面、防具類は布制以外のものがつけられない、ほとんどの金属製の武器は使えないなどの制限も持つ。

 だが、その制限を差し引いても余りある能力から当初はクエストを求める者が多いクラスだった。


 もともとが‘ワンダリングユニーク’と呼ばれる滅多にあえないモンスターと遭遇することがクエストの発生条件の一つなので、なれる人間は少なかったうえに、吸血鬼や魔物以外と戦闘を行うと能力値が下がるということが判ってからは、クエストを捜し求める人間も減ったものだ。


 しかし、ただ護りの魔術を使っているだけならその力は遺憾なく発揮され、雨霰と振る‘炎の矢’はオレ達の乗った乗合魔動車を傷つけることなく虚しく消えていく。


 そうしているうちにレイアの操る無数の鋼の蛇がやつらの魔操車を襲う。

 回転する車軸に巻き込まれるように吸い込まれた蛇群は、そのまま魔操車の駆動を次々と止めていった。


 機銃のように放たれる‘炎の矢’も人間を防具ごと貫き両断する巨大な槍や刃も、地面を高速で走る鋼蛇には意味がない。

 全ての魔操車が無力化されるまでに、そう時間はかからなかった。


「これで、後は中のやつらを始末するだけだ。あいつらは装備だよりで大した事無いからね」

 それを確認したレイアが、乗合魔動車の緊急停止装置を操作しながらオレのほうを振り返った。


 波打つレデイッシュブロンドがふわりとなびき、赤みがかった紫の瞳がオレを挑戦的に見る。


「ああ、後はオレの役目だ」

 オレはそう宣言して他の女達を見回した。

「みんなは、ここで待機していてくれ」


「えっ!? 一人で行く気なの?」

 驚いたようにユミカが琥珀色の瞳を見開き聞き返す。

 ライトブラウンのボリュームたっぷりのポニーテールが、馬というよりまるで犬の尾のように跳ねた。


「ああ、一人で充分だ」

「……でも4台もいる。一台に3人としても10人以上」

 シュリが心配げな表情を浮かべて黒い瞳を翳らせる。

 長い黒髪もあってその様は、幽玄な趣を持つ日本人形のようだ。


「大丈夫。数は問題じゃない」

「でも、ホントに大した事無い連中なの?」

 軽く応えて見せたオレに不安を覚えたのかミスリアが、肩にかかる暗金色の髪をいじりながら翠色の瞳に訝しげな表情を浮かべ、レイアを見る。


「それは本当だ。でも一人で行くことはないと思う」

 ルシエラがレイアをかばうように言うが、それでもオレが一人で行くことには反対なのか俺を見て言った。


「わかった。一人のほうが早いんだがそう言うならついてくるのはかまわない」

 オレは妥協するふりをして、もう一度女達を見回す。

「オレが神呪でやつらを無力化する。みんなは援護を」


「御任せください。御主人様には、指一本触れさせません」

 シセリスが、輝く銀の髪を纏め上げたクールな顔立ちにふさわしい凄艶な笑みを浮かべて藍色の瞳を細めた。


 もちろん、オレは誰にもやつらの始末をまかせる気はない

 自分が誰かを判っている‘渡り人’にしろ、別の記憶を刷り込まれた‘異世界人’にしろ、‘下種脳’どもの遊びで、罪を犯させられる立場に変わりはない。


 ここが現実世界でなくても罪までが幻となるわけではないだろう。

 おそらく、これはデスゲームだ。

 女達に罪を負わせるわけにもいくまい。


 そして、だからこそやつらも始末しないわけにはいかない。

 野盗の役を振られたのか自ら‘下種脳’に成り下がったのかは判らないが、やつらを止めねば不幸をばら撒き続ける事になる。 


 ならば、石化という手段を持つオレがやるのが筋だ。

 こればかりは、無理矢理植えつけられた力であっても感謝するしかないだろう。


「では、行こう」

 完全に魔動車が停止すると同時にオレはそう言って一歩を踏み出した。










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