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ハードボイルドウイザード  作者:        
ハードボイルドウイザード Ⅱ ~アンチ・チートは伝奇世界の神をみるか?~  第一章   強奪愛と色欲の悪魔 あるいは 仮想のアグノスチシズム
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<彼女はある夜突然に>~戦弥一夜のシェエラザード~







<彼女はある夜突然に>~戦弥一夜のシェエラザード~







 男と生まれたからには夢を追えという言葉を、訓話めいて使いたがる人間は少なくない。

 本来は理想を追えという意味で使われる言葉なのだが、そう語りたがるものの多くは自

分の欲望を満たし他者を支配する人間になれという意味でその言葉を使う。


 夢という言葉に希望を見るか欲望を見るかで‘下種脳’の価値観に侵されているかどう

かが判るといったのは、とある‘ワールデェア’だがその解り易い例の一つだろう。


 ‘下種脳’の価値観に侵され理想と欲望の区別もつかなくなった人間は、皆が不幸にな

らない世界より自分の欲望が満たされる世界を望むようになる。


 それを望むのが、無能な‘下種脳’なら‘非人脳’とならない限り、笑い話で住む話だ

が、有能な‘下種脳’になると欲望を実現する為に行動し、様々な軋轢や不幸を生み続け

るのだから笑えない話だ。


 ‘下種脳’の価値観で有能であるとは効率的に結果を出すことで、そこに倫理や情の入

る余地はない。

 だとすれば、その為の一番簡単な方法は地道な努力の積み重ねではなく他者を貶めその

利を奪うことになる。


 有能な人間は効率的な努力を無能な善人は非効率な努力を無能な‘下種脳’は何もでき

ず、有能な‘下種脳’は人を貶める。


 例えば、女達に多くの幸せを与える男は多くの慕情を得て、ささやかな幸福を与える男

はささやかに好意を受けるだろう。

 そして男の夢はハーレムだと口先だけで語る男は女達から失笑を買うくらいですむが、

金や権力あるいは暴力を使い、力づくで女達を従わせようというならそれは不幸を撒く事

になる。


 例えば、多くのものを作り出す人間は尊敬を受け、その手助けをしささやかな貢献をす

る人間はその対価を得る。

 そして、楽をして儲けたいと思う人間は身を持ち崩し、人から金や権力あるいは暴力を

使い、奪い取り騙し取り、力づくで理不尽を押し通そうとするならそれは鬼畜の仕業だ。


 無能な善人より有能な‘下種脳’を求めるというのは、そういうクズをのさばらせると

いうことだ。

 責任ある立場に無能な善人より有能な‘下種脳’をつけたがる人間は、無能な味方は有

能な敵より性質が悪いという殺し合いの場の論理でそれを正当化したがる。


 だが‘下種脳’とその犬しか存在しない戦場の理を日常に持ち込むことに意味はない。

 無能な善人が戦場に存在するなら指揮官としてあるはずがなく、また無能な善人が害と

なるのは周りに有能な‘下種脳’が存在するときだけだからだ。


 有能な善人と無能な善人を責任ある立場に起き‘下種脳’を排除するならば害を起こす

存在などどこにもいない。


 そうすることで多くの理不尽や不幸が消えるのは間違いないだろう。

 しかし、時に‘下種脳’が絡まなくても不幸が生まれることがある。


 では、今のオレ達はどうなのだろう。

 そんなことを考えながら、宿舎の宛がわれた部屋で日課となっている武術の型を練って

いるととノックの音がした。


 壁の飾り気のない時計を見ると、時刻は10時少し前だった。

 一度内部を調べたが機械式ではなくクオーツ時計に近い構造で魔動車など全てのエネル

ギー源となる魔結晶で動いている。


 精度もリアルティメィトオンラインの設定ではクオーツ時計並なので、間違ってはいな

いだろうが、一応腕時計を見ると誤差はほとんどなかった。


「開いてるから入ってくれ」

 オレは型を中断せずに練り続けながら声をかけた。


 型や套路といった武術の修練はどんな達人になったにせよ毎日続けねば意味がない。

 何事も継続することが大事だが特に身体を動かす技術にはそれが端的に現れる。


 人間の体の動きは、大脳からの命令を小脳の運動制御プログラムでサポートすることで

行われるが、その制御プログラムはその動作を繰り返すことでインプットされる。

 そして、複雑な動きは定期的にインプットを繰り返さないと劣化し毎日繰り返せばその

精度は増していくのだ。


 自動車の運転で例えるなら一度乗れるようになれば、ある程度のブランクがあっても乗

れる技術は残るが、高度なコーナリング技術になると練習を怠ると直ぐに使えなくなると

いう話だ。


「おじゃましまーす」

 ドアを開ける音とともに、少女のはずむような、やや高めのアルトが室内に響きわたる。


 入ってきたのは、明るい栗色の長い髪を後ろで纏め上げたポニーテールと淡い琥珀色の

瞳を持つ十代後半の少女。 東洋系と西欧系のハーフのよい部分を抜き出したような可憐

で美しい顔立ちと、しなやかで均整のとれた肢体に、はちきれんばかりの快活さをあふれ

させたユミカ・マイヤと名乗る少女だ。


 こんな時間だというのに、ディープブルーの布地の表面に金飾で描かれたように見える

金属装甲の入ったハイスリットのチャイナドレスに黒いストッキングと服と同じ青地に金

飾の堅いブーツ。 どちらかといえば西欧系の美しいボディラインを描く身体を、リアル

ティメィトオンラインでは‘舞闘士の服’と呼ばれる装備に包んでいる。


 ユミカは部屋に入ると緩やかな動きから素早い動きへそして緩急をつけた動きへと移り

変わる型を、もの珍しそうに見ている。

 闘気系と仙術系のスキルを使えるとはいえ、実際に武術を習っていたわけではない少女

なので無理もないのだが、こうも無邪気なのは始末に困る。


 武術を命の遣り取りに使う人間は、視線を気取られるようでは生きていけない。

 攻撃の前にその意思を察知されてしまうからだ。


 女は男の視線に敏感だとよく言われるがそのレベルの読みは、熟練者が殺し合う場では

通用しないのだ。

 現にユミカは、オレが型を練りながら挙動を監視していることに気づいていない。


「そんなに珍しいものでもないだろう?」

 決してヒートアップしない体の不自然さが露呈する前に型を練るのを止め、言う。


「そんなことない! スゴいです!!」

 なぜかユミカは目を輝かせて興奮したようにまくしたてた。

「学校の空手部や?拳道なんかとぜんぜん違うし、型もそんなふうに演じるなんて知りま

せんでした!!」


「セリスも言っていたが、それだけ君達のいた場所は平和だったんだろうね」


 学生のスポーツと一緒にするなとか、型は練るもので、演じるものじゃないと言いたい

ところだが、‘渡り人’でないことになているオレが、ここでそれを言うわけにはいかな

い。


「これは殺し合いの為に磨かれた技術だ。知らずに済む世界で暮らせるならそれに越した

ことはないさ」


「でも今はそうじゃありません! 師匠改めてお願いします! あたしに戦い方を教えて

ください」

 決意のこもった琥珀色の瞳が光を浴びて金色に輝いて見えた。


 興奮したときにこの少女に見られる変化だがASVRはそういった些細な変化もオレが

観察していれば表現力される。

 最新の量光子コンピューターと並列処理OSの力を持ってしても現実世界全てを再現す

るのは難しいが、観察者が認識するものだけを再現する電子的洗脳技術の応用で作られた

システムが現実と仮想の区別を困難にするのだ。


「戦い方と言っても目的によって変わるから、君が望む戦い方を教えられるか解らないよ」

 オレは、真っ直ぐにユミカのその瞳を見返しながら、単刀直入に応えた。


「じゃあ、教えてくれるんですか!」

 遠まわしに教えてやると言ったと取ったのか、それともわざとそう解釈したのか、ユミ

カが嬉しそうに笑う。


「いや、そのままの意味だ。 君がどういう戦い方を望んでいるのか解らなければ答えら

れないという意味だよ」

 女馴れしていないガキならその笑顔を向けられただけで有頂天になりそうな可愛さだが、

それでどうこうなるほど甘くできてはいない。


 それにこの体は魅了や魅惑といった状態異常無効の影響か色仕掛けにも滅法強くなって

いる。 昨日のハーレムもどきの色仕掛けでも動揺しないのだからたいしたものだ。


「どういう戦いかた・・・」

 何かを考えるように黙ってしまったユミカは、しばらくうつむいて考え込んでいたが何

かを思いついたように顔を上げる。

「負けたくないんです。 盗賊たちに襲われたとき、あたし人と戦うのが怖かった。 あ

のとき屋根の上に乗ってたルヴァナーの人たちをドアが開かなくて助けにいけなかったの

はホントです。でも、もしドアが開いていても助けにいけなかったんじゃないかって考え

て・・・」


「負けないか。逃げることを視野に入れての戦い方でいいかな?」

 オレは再び言葉に詰まったユミカに選択肢の一つを提示した。


 ユミカに戦闘技術を仕込むのはいい。

 問題はユミカという少女が、やつらの手先かどうかだ。


 どういうわけかオレ達と行動を共にしたがるこの少女たちの内、ミスリアが白なのは判

っている。確かめたからだ。

 シセリスは、確かめてはいないが、おそらく白だ。


「逃げるですか? でも逃げたら守りたい人を護れない」


「じゃあ、人を護る戦い方か? 盾となって護る戦い方。共に逃げる為の戦い方。戦いを

避ける方法。 どれも一朝一夕には身につかない技術だし、やさしく教える方法などしら

ないぞ」


 ユミカとシュリはグレーだ。

 心証では白だが簡単な自己暗示ができる相手なら心証などあてにならないことは経験上

知りすぎるほど知っている。


 確かめることはできるが、人格を刷り込まれているミスリアやシセリスと違い、もし少

女達がもとの人格ならば、できることならミスリアと同じ手段は使いたくはない。


「大丈夫! 頑張れます。 あたし、道場や高校の格闘技クラブで鍛えられましたから」

 ユミカはガッツポーズなのかファイティングポーズなのか、握りこぶしを掲げて断言す

る。


「だがオレの使う‘気’は特殊なのは知ってるだろう。 それでもいいのか?」


 だが、そう言った途端にそのポーズのまま固まるとユミカは顔を真っ赤に染め上げてし

まった。

 これが演技でやっているのなら世紀の大女優並だが、暗示プログラムで擬似人格を上書

きしているのなら容易いのだから技術の進歩というのは厄介だ。


「・・・・・構いません」

 師匠にならと口の中で囁く声がしたが、それは聞かないことにしておいたほうがいいだ

ろう。


 ユミカを含めた女たちの情動は、明らかに不審だ。

 原因を調べるのならこれは願ってもないチャンスだろう。


「・・・判った。それじゃ外へ行くか」

 やりたくなくてもやらなければならないことはある。オレは、ユミカの台詞に覚悟を決

めて肯いた。











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