第五話 使い魔
……また短いです。
セリアは今日、ここへ来なかった。
当たり前だと考えながら、ルーシェルは洞窟の外へ出て空に浮かぶ月をぼんやりと見つめた。ぼんやりと光る月は美しくて、見ていると心が落ち着いた。
(……別にセリアが来ないからって、寂しいわけじゃない)
もしかしたら、今日は用事があって来られなかっただけかもしれない。そんな淡い期待を、ルーシェルは首を振って否定する。
(やっぱり僕って自分勝手だな)
ここへ来るな、と彼女に言っておきながら、本当に来ないと寂しくなるなんて。
先ほどは寂しくないと自分を誤魔化したが、やはり寂しい。セリアと過ごした時間は短かったが、それでも楽しかったから。
冷たい風が吹いて、ルーシェルはぶるりと体を震わせた。以前だったら魔法を使って暑さ寒さを感じなくさせていたが、今はそれができないのだ。慣れなくてはいけないと思っていても、体が震えてしまうのは仕方がない。
震えたルーシェルを見て、ノギスが洞窟から出てくる。
「ルーシェル、もう寝たらどうだ。いくら待っていたって、あいつは来ないと思うぞ?」
「わかってる、そんなこと……」
ノギスの声に力なく答える。そして、洞窟に置いてある寝台に潜り込んだ。この洞窟へ来たとき、『創造』の魔法で創り出した物だ。
洞窟の中を見回すと、小さな机と椅子、棚が見える。全てルーシェルが創った物。『創造』の魔法で創ることができるのは、生きていない物に限られていた。そのため、人間や動物は創れないのだ。
ノギスがいつもの場所で丸くなったのを確認して、目を閉じる。
(……創れたら、友達になってもらうのに)
そんなことを考えながら、ルーシェルは眠りについた。
* * *
寝息を立て始めたルーシェルを、起こさないようそうっと外へ出る。こんな時、自分の色が黒だったら良かったのに、といつも思う。白猫だと目立ってしまって、誰かに見つからないか周囲に気を配らなければならないのだ。
もっとも、白猫でなかったらルーシェルに出会っていなかったが。
(あいつはもう、ここへ来ないつもりなのか?)
巫女と名乗ったあの少女は、ルーシェルに必要な存在だ。あの少女がもうここに来ないとなると、毎日ルーシェルの寂しそうな顔を見なければならない。それは我慢できなかった。
一度も口に出したことはないが、ルーシェルには感謝している。捨てられたノギスを、彼女は拾ってくれたから。しかも契約をし、使い魔にもしてくれた。
ノギスは元々、使い魔の一族に生まれた。
だが、魔女の使い魔は黒くなくてはならない。なぜかは知らないが、そういう決まりだそうだ。白猫だったノギスは捨てられた。その自分を拾ってくれたのがルーシェルだ。
(……ルーシェルの寂しそうな顔は、あまり見たくない)
だから今、あの少女に話しに行くのだ。アスメリ村の場所なら知っている。大きくなったと言っていたが、今夜いっぱい探せば見つけ出せるだろう。
それからしばらく歩くと、滝の音が聞こえてきた。耳のいい自分にとって、この音は大きすぎる。早く滝から遠ざかろうと走り出したノギスは、ふと足を止めた。
ルーシェルの封印を解いてくれ、と頼んだ自分に、あの少女は「巫女だから」と断った。巫女とは何だ、と問いかけたノギスに、彼女の言った言葉は。
『巫女って言うのはね、龍神さまの声を聞ける人間のことなの。夜が明ける頃、この近くの滝で祈るのが巫女の仕事。……それができるのは巫女だけだから、私は大切にされているんだけど』
滝で祈る。
夜が明けるのはまだまだ先だが……。
(行ってみるか)
ノギスは、音のする方へ駆け出した。
* * *
鼓膜が破れてしまいそうな轟音に、ノギスは顔をしかめた。あの少女は水の近くに、呆然としたように座っている。よくもあんな滝の近くにいて、平気でいれるものだ。
「おい」
滝のせいで声が聞こえなかったのか、少女は何の反応もしない。もう一度大声で呼ぶと、のろのろとこちらを向いた。
「……白猫君? どうして」
「白猫君ではなくノギスだ。……お前に頼みがあってな」
「封印を解くよう頼みに来た時と、同じ言葉ね」
小さく微笑む少女は、今にも倒れてしまいそうだった。よろよろと近づいてくるのを見て少し心配になったが、そのことに気付いていないふりをして、少女に話しかける。気付いていないふりをしたって、目の前の少女には筒抜けだろうが。
「ルーシェルと、友人になってほしい。あいつが断ったとしても。……頼む」
「あら、もちろんよ。頼まれなくたって私はそうする」
あっさりとした言葉に、耳を疑う。
昨日ルーシェルに断られたせいで、今日会いに来なかったと思ったのは、間違いだったのだろうか。
じゃあなぜ来なかったのか、と言おうとすると、先に答えられてしまう。
「龍神さまの声が聞きたかったから……?」
自分でもよくわかっていないのか、最期に疑問符がついていた。
「……その龍神とやらは、お前にとっての大事な存在なんだな。いつからここにいるか知らんが、その様子を見るとずっと前からここにいるんだろ? ただ声を聞くだけのためにそこまでするのは、龍神が大事な存在だからだろう」
「ええ、厚かましいかもしれないけど……私は龍神さまを母のように思ってる。あ、それから龍神じゃなくて、龍神さまね? 白猫君」
ノギスのことを白猫君と呼んだのは、絶対にわざとだ。龍神さまと呼ばなかったことを、余程怒っているのだろうか? 笑顔なのに、目だけが笑わずにこちらを見ている。
「……」
「……」
「とにかく頼んだぞ」
沈黙に耐えられなくなり、ノギスはそれだけ告げてその場を去ろうとした。だが呼び止められる。
「白猫君。名前で呼んでほしいのなら、私のこともセリア、って呼んでほしいな」
冗談じゃない。口に出さずともこの少女には伝わるから、何も言わずに歩き出す。
ノギスが名前で呼ぶのはただ一人。
ルーシェルだけだ。




