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魔女と巫女の物語  作者: 藤崎珠里
後日談
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後日談 БЩΞ‡Щ_Й〃λ[上]

 タイトル、文字化けではありませんので安心してください。


 ……三ヶ月以上更新せず、すみませんでしたー!! 本当に土下座をしたい気分です。前話の後書きに、二ヶ月以内には更新したいと書いていたのに……。


 今回は上下ものです。少しご都合主義(ご都合展開?)に感じるかもしれません。……一応伏線は張っていたつもりだったのですが、読み返してみるとこれで張ったつもりになっていた自分が馬鹿だと思いました。


 では、どうぞ。

 セリアと会ってから、一年が経った。

 今まで生きてきた中で一番短く感じられた一年だな、と思う。セリアと会って、クロードと会って、エデと会って……。セリアに会ってから、というより封印が解けてから、多くの人との出会いがあった。


 本を読んでいたルーシェルは、ちらりと視線を上げた。当たり前のように、そこには自分と同じよう本を読むクロードの姿がある。


「……どうかしたか?」

「あっ、何でもないよ。邪魔してごめんね」


 そうか、とクロードは視線を本へと戻した。

 ルーシェルは小さく息をついた。

 今この家には、ルーシェルとクロードしかいない。セリアもノギスも出かけているし、エデは用事があると言っていた。

 クロードしか来ない、というのは今までにも何度かある。それでもそのたびに、なぜか緊張してしまうのだ。


(ミオは来てくれると思ったんだけどな……)


 窓の外を見て、一ヶ月ほど前に出会った友人を思い浮かべる。彼女がこの家に来たり、こちらが彼女の家へ行ったり、どちらにしろほぼ毎日会っていた。

 てっきり今日も来るものだと思っていたのだが……。余計な気を利かせたのかもしれない。

 もう一度クロードを見ると、彼は黙々と本を読んでいる。緊張しているのはルーシェルだけのようで、少し面白くない。


(……本に集中しよう)


 読んでいるのは、近頃女性の間で流行っているという恋愛小説だ。この間メリアが、「これを読めば、ルーシェルだって気付くだろう?」という謎の言葉と一緒に渡してきた。

 クロードは来ていきなり本を読み始めたので、そういえば、と思い出してこの本を読むことにしたのだ。彼がいるのだから出かけられないし、何もしないのも退屈だ。

 しかし、文字を目で追っても頭には全く入ってこない。リューシャとは誰だっただろうか。


(あ、主人公の名前か)


 一番多く出てくる主人公の名前さえ覚えられないとは。

 集中できないのなら、本を読んでいたって無駄だ。読むのは諦めようかと考えていると、いつの間にか小説は告白の場面になっていた。


(……よ、読んでるだけで恥ずかしい)


 思わずパタンと本を閉じてしまった。集中できないという以前に、話の内容がルーシェルには合わないようだ。半分以上読んでからそのことに気付いた。

 どうしてメリアは、この本を薦めてきたのだろうか。理由はわかっているものの、そう考えずにはいられなかった。


「ルーシェル」


 急に名前を呼ばれ、ルーシェルはびくっとした。その声が何だかルーシェルを咎めているように感じて、おそるおそるクロードの顔を見る。


「……ずっと訊けなかったことがあるのだが」

「な、何?」


 小説に影響されてか、つい変なことを考えてしまう。

 相手はクロードだ。そんなはずはない。そうやって自分を落ち着かせ、続く言葉を待った。


「――もし人間になる方法があるとしたら、どうする?」


 それは予想外の言葉で、しばらく何を言っているのかわからなかった。

 もし人間になる方法があるとしたら。今のように髪と瞳の色を『幻影』の術で変えるだけでなく、本当に人間になる。そんな有り得ない、『もしも』の話。

 魔女が人間になどなれるはずがない。『蘇生』の魔法によって魔法が使えなくなっても、魔女でなくなるわけではないのだ。人間になれる魔法があるのなら、アデライードあたりが作りだしていると思う。それか、あの変態か。


「人間になんて、なれるわけないよ」


 魔女が人間になる方法など、絶対に存在しないのだ。

 それなのに、どうしてクロードはこんなことを尋ねてきたのだろうか。わざわざルーシェルを落ち込ませるために言ったとは考えられない。昔の彼ならともかく、今の彼なら。


「なれるとしたら? 魔女のままでいるか、人間になるか。お前はどちらを選ぶ?」


 なれるという確信を持って訊いてきているような気がした。

 有り得ない。有り得ないが。もし、本当にそんな方法があったら。


「人間になりたいに、決まってる。独りにならずに済むんだから。……魔女のままでも、ミオが一緒にいてくれるだろうけど」


 寿命の違いは、納得したつもりだった。セリアたちが死んでも、ミオがいてくれる。

 それでも、人間になれるのなら、やはりなりたい。これはルーシェルの、自分勝手なわがままだ。ミオだけでなく、皆と一緒にいたいという。

 しかし人間になる方法があるのなら、なぜクロードは今まで言わなかったのだろうか。ミオに会わせてくれたのは、皆が死んだ後も独りにさせないためだと思っていたのだが。

 ルーシェルの答えに、クロードは「そうか」とうなずいた。


「そう訊くってことは、クロードは魔女を人間にさせる方法を知ってるの?」

「……知ってるとも、知らないとも言えるな」


 どういうことだろうか。ルーシェルは首をかしげてクロードを見つめた。


「期待を持たせてしまったら、駄目だったときに悪いと思って今まで訊けなかったのだが……。人間になる方法は、確かにある」

「本当!?」


 思わず椅子から立ち上がる。


「ああ。だが、今まで誰も使ったことがないものでな。フィルマンさまが途中まで作ったものを、最近俺が完成させたから当然なのだが」


 今まで言わなかったのは、最近完成したからなのか、と納得する。

 彼は何でもないことのように言うが、相当すごいことだ。術や魔法は最初から作るよりも、他の者が途中まで作ってあるものを完成させるほうが難しいと聞いている。『幻影』の術も彼が作ったものだし、『移動』の術だって彼が改良したのだからおかしくはないことだが。

 そこまで考えて、気になることがあった。


「ん? 何であの変態は、途中までしか作らなかったの?」

「……まだ変態と呼んでいるのか」


 呆れたような、諦めたような目でクロードはルーシェルを見てくる。あの変態はクロードにとっての憧れの人だ。この目は当然のことだろう。


「そんなの、僕の勝手でしょ」


 ぷいっとクロードから顔を背けて、また椅子に座りなおす。

 一時期心の中だけでも名前で呼ぼうかと思ってしまったが、あの変態は変態と呼ぶので十分だ。


「それで、何でなの?」


 もう一度尋ねると、クロードは寂しげに答えた。


「それを作っている途中に、亡くなられてしまったからな」

「……そっか」


 あの変態でも死ぬのだと思うと、少し変な気もする。生き物なのだから、死ぬのが当たり前だ。だがあの変態なら、二百年くらいは生きそうな気がするのに。


「人間って、あっという間に死んじゃうよねぇ……」

「やはり、人間になるのは怖いか?」


 ぽつりと漏らしたつぶやきを聞き、クロードが言う。その言葉に、ルーシェルは目を瞬いた。

 人間になるのが怖い。自分の気持ちなのによくわからないが、そうなのかもしれない。今までの『魔女』の自分が急に変わってしまうのだから。


(あれ?)


 ふと気が付いた。


(僕が人間になったら……ノギスは、どうなるの……?)


 契約というものは、魔女と使い魔がすることで成立する。そして、魔女から魔力を受け渡すのだ。

 人間になったら『魔女』と使い魔ではなく『人間』と使い魔になってしまうし、受け渡すだけの魔力だってなくなってしまう。

 そうなったら、ノギスに訪れるのは死だけだ。

 そこまで考えて、ルーシェルは呆然とした。


(受け渡すだけの魔力が、なくなる?)


 今ルーシェルは、魔法が使えない。『蘇生』の魔法の代償で。それはおそらく、魔力が足りないせいだ。人間になったからかも、という小さな期待もあったが、何となくそれは違うとわかるのだ。

 魔力が足りない。なら、ルーシェルはノギスに、どうやって魔力を受け渡しているのだろう? 受け渡すだけの魔力が、今の自分にあるとは思えなかった。

 使い魔に、魔力はない。だから魔女と契約をする。契約をするまでは、普通の動物のように何かを食べて暮らしているのだ。


(ノギスは、何か食べてた?)


 思えば、セリアやミオは。ルーシェルが不思議に思うほど、彼に何かを食べさせようとしていた。

 ノギスは、ルーシェルから魔力を受け取っていない。そして、何かを食べることだって少ない。きっとそれは、ルーシェルに気付かれたら心配をかけると思ったからなのだろう。

 ルーシェルの顔はさーっと青くなった。


(セリアも……会ったばかりのミオだって気付いてたのに)


 ノギスと一番長くいた、ルーシェルが気付けなかった。そんなルーシェルを責めることなく、むしろノギスは気遣ってくれた。

 情けなくて、情けなすぎて。出てきた涙を、急いで手で拭う。


「……どうした? 人間になるのが怖いのか?」


 いきなり泣き出したルーシェルを、クロードが心配そうに見つめてきた。

 どう説明すればいいだろうか。ほんの少しだけ逡巡して、結局何もごまかさずに口にする。


「そうじゃなくて。ノギスが無理してるって、セリアもミオも気付いてたのに、僕だけ気付いてなかったから」

「あの白猫が、無理をしている?」


 クロードは怪訝そうな表情を浮かべた。彼も気付いていなかったのかと安心すると同時に、やはり情けなくなる。クロードと同じなのは……少し、嫌だった。彼は色々なことに鈍感なのだ。


「ノギスは僕の魔力を受け取らずに、食べものを食べて暮らしてるんだよ。しかも僕に心配をかけないように、全然食べてない」


 言いながら、ルーシェルはうつむいた。先ほどまで読んでいた小説が目に入って、ノギスのことなど全く考えず、のん気に本を読んでいた自分を叱りたくなる。

 本当に、どうして今まで気付かなかったのだろう。ルーシェルが魔法を使えなくなってから、もう随分経つのに。

 今日ノギスが出かけているのは、何かを食べるためなのだろうか。


「人間になったら……ノギスとの契約が、破棄されることになる?」


 そう訊くと、クロードは黙り込んだ。


「……使ったことがないからわからんが、そうなる可能性もあるな」


 契約が破棄される可能性がある。逆に言えば、破棄されない可能性だってある。

 しかし、そんな危険な賭けのようなことは、ルーシェルにはできなかった。もしも破棄されてしまったらノギスは死ぬことになる。魔女に見放された使い魔は、生きる価値もないと判断されてしまうのだ。

 ノギスの命と、ルーシェルのわがまま。どちらが大事かと訊かれたら、前者に決まっている。


「そんな可能性があるなら、僕は魔女のままでいたい」


 ノギスを死なせてまで、人間になりたいとは思わない。ずっと昔からの友達であり、相棒であるのだ。自分勝手なわがままで、死なせていい存在ではない。


「……わかった。お前がそういうのなら、あれは使わないことにしよう」

「さっきからちょっと気になってたんだけどさ。クロードは方法って言っただけで、術とも魔法とも言ってないよね?」

「ああ、それか。……実は、術でも魔法でもないのだ」


 術でも魔法でもない。それなのに、魔女を人間にすることができる。

 最初聞いたとき以上に、有り得ないと思った。

 そんな思いが顔に出ていたのか、クロードが疑問に答えてくれる。


「何と言えばいいのか……。術と魔法が合わさったものなのだが」


 術と魔法が合わさったもの。

 どれだけあの変態が規格外な人間なのかわかった。術と魔法を合わせたものなど聞いたこともないし、普通の人間ならば考えつかないことだろう。とてつもなく嫌だが、やはり変態ではなく名前で呼んだほうがいいのだろうか。


「いや、やっぱり嫌だな」

「何がだ?」


 何でもない、とルーシェルは首を横に振った。クロードは訝しげな顔のままだったが、それで一応納得してくれたらしい。

 もう話は終わった、とばかりに、本の世界へ戻っていくクロード。何の本を読んでいるのかいつも気になるのだが、訊けたことはない。盗み見ようと思っても、邪魔をしては悪いからとしたことはなかった。


 そのとき、猫用の扉からノギスが帰ってきた。


「お、おかえり、ノギス」


 普段どおりを努めながら、ルーシェルは言った。

 クロードとの会話が終わってすぐなど、何だか帰ってくるのが丁度良すぎる。もしかして、会話を外で聞いていたのだろうか。

 だとしたら、まずい。

 いつから聞かれていたのかわからないが、ノギスがいるから人間になるのを断ったと知ったら。彼が怒る姿は目に見えている。自惚(うぬぼ)れでも何でもなく、彼はルーシェルの幸せのためなら死ぬことだって厭わないだろう。


「……ただいま」


 何か言われるだろうか。

 びくびくとしながらノギスを見ていると、彼は部屋の隅で丸くなった。しばらくして聞こえてくるのは、小さな寝息。

 どうやら聞いていなかったようだ、とルーシェルはほっとため息をついた。聞いていたら、ノギスが黙っているはずもない。


(クロードは本読んでるし、ノギスは寝てるし……)


 一体、何をして時間を潰せばいいのだろう。

 考えて、そういえば、と思い出す。


(前は昼寝したんだっけ)


 一人で眠っていたはずなのに、起きたときにはクロードも眠っていて驚いたものだ。

 あのときのように昼寝をしよう。

 そうと決めたら早速行動に移す。二つある寝台のうち自分の寝台へ、できるだけ音を立てないように横になった。クロードの読書の邪魔をしては悪い。

 あまり眠くなかったが、目を瞑っているうちにだんだんと眠くなってきた。すうっと沈むように眠りにつきそうになったとき。


「ただいま!」


 どこか怒っているようなセリアの大声に、ルーシェルは「わっ?」と声を上げながら目を開け、体を起こした。

 眠ろうとしていたことに気付いたのだろう、セリアが申し訳なさそうな顔で口を押さえた。


「ご、ごめんなさい……。起こしちゃったみたいね」

「ううん、大丈夫。まだ寝てなかったから」


 そう言っている間にあくびが出てしまって、それを見たセリアは更に縮こまった。


「クロ君も、読書の邪魔をしちゃってごめんなさい」

「いや……。どうしたんだ?」


 普段のセリアなら、こんなことはしないはずだ。クロードも不思議に思ったのだろう。

 彼の問いにセリアは固まった。そして、見る見るうちに顔が赤く染まっていく。こういうセリアは珍しいので、見ていて面白かった。面白いが、心配になる。何があったのだろうか。


「な、何でもないの! 二人の邪魔をしてごめんなさい、また出かけてくるわ!」


 二人の、というところに別の意味がこもっている気がした。

 慌てて出て行こうとしたセリアを、引き止める。


「待って、セリア。帰ってきたってことは、もう用事は終わったんだよね?」

「ええ。……そもそも、用事なんてなかったけど」


 引き止められたことで少し落ち着いたらしく、先ほどのような焦った口調ではなかった。ええ、の後の言葉が聞こえなかったが、何と言ったのだろうか。

 まあいいか、と気にしないことにして、ルーシェルは尋ねた。


「せっかく帰ってきたんだし、一緒に昼寝しない?」


 一瞬きょとんとした後、セリアの顔には笑みが浮かんだ。


「うん、ルーちゃんと寝れば、きっと今日のこと忘れられるはず!」


 何があったのか訊きたいが、おそらく答えてくれないだろう。無理やり訊きだしたいわけでもないため、寝台にセリアが眠れるだけの場所をあける。

 彼女は、嬉しそうにルーシェルの隣に横たわった。


「一緒の寝台で寝るのって、久しぶりだね」

「ふふっ、そうね。久しぶり……」


 言いながら、セリアはゆっくりと目を閉じる。すぐに寝息が聞こえてきたので、疲れていたんだな、と思う。





 彼女の寝息を子守唄のように聞きながら、ルーシェルも目を閉じた。




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