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魔女と巫女の物語  作者: 藤崎珠里
後日談
53/56

後日談 魔女と人間の違い

 非常に遅くなってしまい、申し訳ありませんっ! 気ままに更新、と言っておきながら二ヶ月に一度の更新を目指していたのに……。二ヶ月以上かかって、一万文字も書けませんでした。


 今回、新キャラが登場します。後日談で新キャラを出してよいものかと悩んだのですが、結局出してしまいました。その子がいなければ、この話は始まりませんし。

 タイトル、ちょっといつもと違う雰囲気ですが、気にしないでください。全く思いつかなかったんです……。



 薄暗い、洞窟の中。

 クロードは一人の女と向き合っていた。女の髪と瞳の色は、黒。女はその顔を歪めながら、クロードに噛み付くように言う。


「――人間の言うことなんか信じられないわよ! どうせアタシを油断させて、その隙に封印しようって魂胆なんでしょう!」


 そうは言っても、彼女は魔法で攻撃をしてこない。ということは、少しはクロードの言うことを信じたいと思っているのだろう。

 それでも言葉を間違えれば、すぐにでも攻撃してくるはずだ。ルーシェルのような性格であれば説得が楽なのだが、彼女のような魔女は滅多にいない。

 できるだけ彼女を刺激しないよう、クロードは静かに言った。


「今言った通り、お前が人間に危害を加えないと約束をするのなら、封印はしない。依頼主には(から)の壺を持って帰ればいいだけだ」

「そんなこと、どうやって信じろって言うのよ!」


 どう言えば信じてもらえるだろうか。

 クロードは少し考えて、おそらく自分が何を言っても無駄だろうと結論付けた。


「……俺はクロードと言う。お前の名前は何だ?」

「は? 何言ってんのあんた」


 女は眉をひそめる。クロードの言葉の意味が理解できなかったらしい。


「名前を訊いているんだ」

「や、それはわかるけど」

「……? 早く教えてくれ」


 小さく首をかしげながら尋ねると、彼女はきょとんと目を見開いた。ずっとクロードを睨んで険しい顔をしていたせいか、急にそんな顔に変わると幼く見える。

 クロードが彼女に名前を訊いたのは、お前と呼んでいると相手の怒りを増幅させてしまうかもしれないと思ったからだ。だが名を尋ねることによって、会ってからずっとむき出しだった敵意が、なぜか和らいだ。

 きょとんとしたまま口を開きかけた彼女は、はっとしたようにその口を閉じる。しばらくし、ぼそりとつぶやいた。


「……封印するのに、相手の名前を知る必要があるってことなの?」

「別に知らなくとも封印はできる。名前を訊いたのは、いつまでもお前と呼んでいては、お前の機嫌を更に損ねると思ったからだ」


 女は、何かを探るような目でクロードを見てきた。その目から自分の目を逸らさず、じっと見つめ返す。

 ぷいっと彼女は顔をそむけた。


「ミオよ。ミオ」


 どこか拗ねたように、彼女は名を口にした。


「そうか。ではミオ、俺はできればもう、魔女を封印したくない。先ほどの質問の答えをもう一度聞かせてくれないか?」


 先ほどクロードは、ミオに話をした。知り合いの魔女三人、特にルーシェルのことを思い浮かべながら。


『俺には、魔女の知り合いがいる。……そのおかげで、魔女も人間と変わらないと気づくことができた』


 ルーシェルに出会わなかったら、魔女のことを人間と全く違うもの、それだけでなく生き物だとも思っていなかったかもしれない。


『お前がもう人間に危害を加えないと約束をするのなら、封印はしない。……魔女の知り合いの名前は、ルーシェルと言うのだが。ルーシェルは今、人間が住む町で暮らしている。俺が術で、髪と瞳の色を変えて。お前も、人間と共に暮らしてみないか?』


 クロードの話を信じられない、とミオは言っていたが、先ほどとは違い彼女は押し黙る。その口はぎゅっと堅く結ばれていて、もしかしてこのまま答えてくれないのではないかとクロードは不安になった。

 ミオが何も言わないまま、時間だけが流れる。このままでは時間の無駄だと感じたクロードは、沈黙を破ることにした。


「信じられないのなら……§дЩ‡Ч」

「っ何を……!?」


 辺り一面に広がった白い光に驚いたのか、ミオの言葉はそこで途切れる。

 今クロードが使ったのは『幻影』の術だ。

 信じられないのなら、信じさせればいい。最初からこうしていればよかったのかもしれない。

 光が収まると、ぽかんとしていたミオは弾かれたように口を開いた。


「何っ!? 今アタシに何したのよあんた!」

「ちょっと待ってろ」


 懐から鏡を取り出し、ミオの顔が映るようにする。

 クロードの行動の意味がわからなかったのか、訝しげに鏡を見た彼女は徐々に目を見開いていった。

 呼吸困難にでもなったように、ぱくぱくと口を開け閉めしている。


「これで信じられるか?」

「し、信じられるかって……これ、ホントに何したのよ」


 心なしか嬉しげな表情で、ミオは尋ねてくる。

 彼女の髪の色は金に、瞳の色は紫に変わっていた。茶色の髪に緑の瞳が一般的なのだが、ルーシェルと同じ色にはしたくなかったのだ。

 しばしの間鏡に映る自分の顔をぼんやりと眺めていたミオは、諦めたように言い放った。


「……アタシをそのルーシェルって子のとこに連れてきなさい」


     * * *


 ルーシェルは、セリアとエデとの会話の合間にふと窓の外に目をやった。必然的に窓の近くで眠っているノギスが目に入るが、外にだけ集中する。

 今日クロードはここにいない。用事があると言っていた。

 彼がいたとしても、ルーシェルと話すこともあるが基本的にただ本を読んでいるだけだ。家へ来たときに「おはよう」、帰っていくとき「また明日」と言っただけの日もある。

 それなのに、クロードがこの家に来ているのといないのとでは気持ちが全く違うのだ。彼の姿を求めて、視線が外へと行ってしまう。


「……ディーちゃんディーちゃん、ルーちゃんがまた外を見てるわ」

「あたしたちにからかわれるってわかってるのに、懲りないよねぇ」


 にやにやしながら、セリアとエデが顔を見合わせた。

 二人がそう言うのも当然のことだ。ルーシェルは会話に一区切りがつくたびに外を見てしまっているのだ。

 からかわれると一々怒っていたルーシェルだったが、もうそんな気も失せ、ため息をつくだけに留める。


「僕はただ、もうそろそろお昼かなって思って外を見ただけだよ」


 それでも何かを言いたくなって、言い訳じみたことを口にする。

 今言ったことは別に嘘ではない。外を見たついでに、太陽の位置も確認したのだ。


「大丈夫だよ、ルーシェル。……もうすぐ、クロードは来るかもしれないから」


 後半になるに連れ、エデの表情は暗いものになっていった。

 クロードの用事とはエデが落ち込むような内容なのだろうか。ルーシェルは首をかしげ、じっとエデのことを見つめた。エデはその視線から目を逸らし、先ほどのルーシェルのように外へ目を向ける。


「クロードだから、説得に失敗してすぐにここに来ると思ったんだけど。案外相手の気が長くて、時間かかってるのかな?」


 誰かを説得することが、クロードの用事らしい。案外、ということは、普段は短気な相手なのだろうか。説得に時間がかかると思って、今日は来れないと事前に言ってきたのかもしれない。

 エデはルーシェルに向き直ると、申し訳なさそうな笑みを浮かべた。


「……ごめんね。あたしとクロードだけじゃ、この問題ってどうにもならないんだ」

「「問題?」」


 ルーシェルとセリアの声が重なる。

 問題、とはどういうことなのだろうか。エデとクロードだけでは解決できない問題。謝ってきたのは、おそらくルーシェルかセリアが関係しているはずだ。つまりは、魔女か巫女が。


 ルーシェルが最初に思い浮かべるのは、やはり巫女ではなく魔女だった。

 自分が魔女だから、というのも理由の一つだが、一番大きな理由は『エデとクロードだけでは解決できない』からだ。二人は魔女や魔物を封印する仕事をしている。しかしルーシェルと関わったことで、封印する対象である魔女が虐げられることが許せなくなったのではないだろうか。それでも、二人が何をしても人間たちの間に根付いた魔女への恐怖は消えない――

 そのことについて、エデは謝ったのではないかと思う。全てルーシェルの想像だが、これ以外思いつかない。

 ルーシェルはエデに尋ねた。


「クロードは今、魔女を封印しに行ってるの?」

「! ……う、ん。やっぱりわかっちゃうよね、こんなこと言ったら」

「今までの『用事』って言うのも、魔女か魔物を封印しに行ってたんだよね? ……別に、隠さなくてもいいのに」


 ぽつりとつぶやくと、エデは戸惑ったような表情を浮かべる。

 魔女の中に、人間を嫌って殺戮(さつりく)する者がいるのは間違いない。だが人間一人ひとりが皆違うように、魔女だって違う。

 魔女だから、という理由で封印されるのは間違っているとは思うが、封印されて仕方がない魔女だっているのだ。

 ルーシェルは『魔女』だ。だから魔女が封印されたり殺されたりするのを聞くのは少し心が痛む。

 しかし、セリアたちが死ぬよりは悲しくない。知らない魔女だから、だ。無情かもしれないが、知らない相手ならばそこまで悲しくならない。


「隠されるより、言ってくれたほうが僕は嬉しい。問題、っていうのも想像がつくけど、できれば話してほしいな」

「……わかった。それじゃあ、クロードが帰ってきたら話そうかな? 一緒のほうがいいと思うし」


 エデの言葉にルーシェルはうなずいた。話してもらうとしたら、クロードも一緒のほうがいい。

 早く帰ってこないだろうか、と窓の外を再び眺める。それを見てセリアがふふ、と笑った。


「クロ君が帰ってくるのが待ちきれないのね、ルーちゃん」

「うん、そうだね」


 こういうときには素直にうなずいておくのが一番だ。慌てたり否定したりするともっとからかわれるのが目に見えている。

 うなずいたルーシェルをセリアは驚いたように見つめ、唇をとがらせてエデに言った。


「ルーちゃんが素直になっちゃってつまらないわ」

「うーん、でも、素直になったのはいいことじゃないかな? ほらほら、ずっと前話したよね、先が長いって。あの時に比べて相当短くなったはずだよ」


 何となく、ルーシェルはうつむいた。

 あの時はわからなかった会話の意味が、今は少しわかる。散々からかわれてきたのだ、これで全くわからなかったら馬鹿としか言いようがない。それだと、クロードは馬鹿ということになってしまうが。


「ルーちゃんもクロ君も、どうして気づかないのかしら」


 気付かないんじゃなくて、気付きたくないだけだよ。

 そんな言葉を飲み込む。間違えても口にしてはいけない。口にしたら、それを認めたことになってしまう。考えている時点でもう手遅れなのかもしれないが。

 セリアとエデは、まだ話し続けている。


(はあ、早く帰ってきてほしいな)


 心の中でため息をついて、ぼんやりと二人を見る。


 その時、扉が開いた。

 入ってきたのはクロードと――一人の女性。


「え?」


 思わずその人を凝視してしまう。

 エデやクロードが、ここに誰かを連れてくることは滅多になかった。あるとしてもメリアやアーサー、知り合いだけた。

 だがこの女性は、今まで見たこともない。こんな見事な金髪なら、もし見ていたら記憶に残っているはずだ。

 ルーシェルは、おそるおそるクロードに尋ねた。


「クロード……その人は?」

「ミオと言う。お前と同じ、魔女だ」


 魔女。

 その言葉に、どくんと心臓が鳴った。

 どうしてここに魔女を連れてきたのだろうか。

 襲ってこないだろうか、と思う辺り、ルーシェルも人間に何も言えない。そこまで考えて気付いた。魔女を差別しているのは、魔女であるルーシェル自身だ。人間と魔女は違う。そう思ってしまっているのだ。

 ミオという魔女は、ルーシェルのことをじろじろと見定めるように見てきた。


「あんたがルーシェル?」

「そ、そうだよ」

「ふーん。……髪と目はアタシと同じで、こいつに変えてもらってんのね。で……人間と暮らしてるのもホント、みたいね」


 ルーシェルから視線をずらして、セリアとエデを見る。どこかミオの表情は、羨ましげであり、寂しげでもあった。

 エデがクロードに問い掛ける。


「クロード、どうしてこの子……ミオ? を連れてきたのかな? ミオって、クロードが封印しにいった魔女でしょ? ……説得、成功したってこと?」

「ああ、一応な。ルーシェルの所に連れて行けと言われたので連れて来たのだが……説得に成功したかはまだわからない」


 そんな二人の会話が、ルーシェルの頭には全く入ってこなかった。

 ただ、ミオを見つめることしかできない。

 何も言わないルーシェルの代わりに、セリアがわずかにミオを睨んだ。


「ミオ? さん」

「何よ」

「ルーちゃんに会って、貴女はどうするつもり? もしルーちゃんを傷つけるようなら……許さないわ」


 ミオは、じっとセリアのことを見返している。

 しばらくして、ふっとミオは微笑んだ。


「安心して。アタシはただ、ルーシェルって魔女がどんな子なのか見に来ただけだから」

「そう。ルーちゃんを見て、どう思った?」

「見ただけじゃ何も言えないわよ。けど……そうね。アタシとは違う。ルーシェルが人間と暮らしてるって聞いてアタシにもできるかもって思ったけど、無理そうだわ」


 ミオの微笑みが、自嘲するような笑みに変わる。その笑みを見て、ルーシェルはつい口を開いた。


「無理じゃないよ。……君よりもっと人間と暮らすのが無理そうな魔女だって、人間の町に普通に行ってるし」


 もちろんこれは、ノエルのことだ。今でも人間が嫌いのようだが、アデライードと二人で、ステルダなどの人間が暮らす町へ度々行っている。

 ミオはノエルほど、人間を嫌っているようには見えない。


「ミオ……あ、ミオって呼んでも大丈夫?」

「別にいいわよ」


 ふん、と鼻を鳴らすミオ。

 本当にいいのだろうか、とためらいながらも「ミオは」と言葉を続ける。


「人間と一緒に暮らしていけると思う。ミオがそう望めば、だけど」


 ミオは何も言わない。

 独りで過ごすのは、辛いはずだ。誰かと共に暮らしたい、と願っている魔女はいるだろう。先ほどからミオのことを見ていたが、彼女はそういう魔女だ。断言できる。

 なのにミオは、小さく息をはくと言った。


「いいのよ、もう。今更人間と暮らしていけるとは思えないし、姿が変わっても寿命は変わんない。あんた、わかってんの? そこの女の子二人も、男も、みーんな自分よりも先に死んじゃうのよ」


 彼女の言葉に、ルーシェルは下を向いた。

 セリアたちといられるこの幸せは、永遠のものではない。わかっていても、下を向かずにはいられなかった。


「アタシは、そんなの嫌。大事な存在に先に死なれるって……独りでいるより辛いもの」


 はっとルーシェルは顔を上げる。

 彼女の傍に、いるべき存在がいない。クロードが連れてこなかっただけだろうか。

 クロードのほうを向くと、彼も何かに気付いた顔をしていた。きっと、同じことに気付いたのだろう。


(使い魔が、いない)


 声が震えないよう気をつけて、ルーシェルはミオに訊いた。


「ミオの、使い魔は……?」

「死んだわ。何年か前に、アタシを守ってね。だからアタシは、死ぬまで独りで過ごしたいの。あんな悲しみを味わうくらいなら、そのほうがマシよ」


 ルーシェルは、想像してみた。もしもノギスが、自分を守るために死んだなら。初めに浮かぶ感情は悲しみ、次いで怒りだ。

 そういえば今日、朝からノギスを見ていない。気付くと、不安でたまらなくなった。


「ま、そーいうことだから。アタシは帰るわ。あんたと会えて、ちょっとよかったかもしれない」


 ――今考えなければいけないのは、ノギスのことではなく、目の前のミオのことだ。

 小さく頭を振って、ルーシェルはミオに言った。


「本当は人間と暮らしたいんだよね、ミオは」

「何言ってんのよ。アタシは、」

「だったら、どうしてここに……僕の顔を見に、来たの?」


 死ぬまで独りで過ごしたいと思っているのなら。

 クロードに何を言われたとしても、ここには来ないだろう。

 ミオはそっぽを向いた。


「魔女にも人間にもこの頃会ってないから、久しぶりに会おうと思っただけよ。それ以外の理由はないわ」

「嘘だよ。僕には、ミオは誰かと一緒に暮らしたがってるように見える」

「っ何よ、何もかもわかったような顔して! 会ったばかりのアタシの何がわかんのよ!」


 顔を真っ赤にさせて、ミオは叫ぶ。そんな彼女とは対照的に、ルーシェルは冷静だった。

 セリアたちはこちらを静かに傍観している。自分たちが何を言っても駄目だと、わかっているのだ。彼女たちがいるからこそ、ルーシェルは冷静になれた。


「わからないよ。話してくれたこと以外何も。……僕が人間と暮らしてるって聞いて、自分にもできるかもって思ったんだよね? さっき言ってたから、覚えてる」

「……言ってないわよ、そんなこと」


 言葉に勢いがなくなり、またミオはそっぽを向く。やましい気持ちがあるとき、そうするのが彼女の癖のようだ。


「言ってたよ、絶対。言ってないとは言わせない」


 強引でもいい、そうしなければミオはずっと首を縦に振らない。

 彼女はぐっと黙り込み、拳を握り締めた。


「……言ったわ! ええ、言いましたとも! それが何か!?」


 いっそ清々しいほどの開き直りっぷりだった。ずっと静かにしていたエデもそう思ったのか、「おー、開き直った」と小さくつぶやいている。ルーシェルは、ついぷっと噴き出してしまいそうになるのを必死でこらえた。

 変な顔にでもなっていたのか、ミオに睨まれる。


「ごっ、ごめん……っ。いや、でもエデの言う通りだなあって」

「悪い!?」

「ううん、全然。それで、開き直ったミオさん。一つ提案なんだけど」


 ミオは目だけで話の続きを促してきた。

 ルーシェルは、にっこり笑って提案した。


「僕たちと一緒に暮らさない?」

「お断りよ」

「ん、わかった。それじゃあ、適当な家でも借りてステルダに暮らして。断るのを断るからね」

「なっ」


 ミオが唖然とするのも仕方がない。ルーシェルだって、もし自分がこんなことを言われたら彼女と同じようになる、と自信を持って言える。おかしなことを言っている自覚はあるのだ。

 それでもミオに言ったのは、彼女に素直になってもらうため。

 ミオが唖然としている間に、とルーシェルはくるりと体の向きを変えた。


「ってことでエデかクロード。ミオが暮らす家を探してくれない? それまで、この家に住んでもらうから」

「ちょっと、あんた何勝手に――」

「りょうかーい。明日にでもいい物件探してくるねっ」

「俺も探してみよう」


 エデはぱちんと片目を瞑って、クロードはうなずきながら返事をする。

 どんな家がいいかな? とエデが悩み、ミッちゃんだったら可愛いより綺麗な家がいいわよね、と勝手に愛称をつけてセリアが答え。

 自身の意思をそっちのけに、勝手に進んで行く話。ぷるぷる怒りのせいで震えていたミオは、ついに堪忍袋の緒が切れたのか叫んだ。


「アタシの話も聞きなさい!」


 ――ほんの少し、嬉しげに。


     * * *


 トントン、とルーシェルは扉を叩いた。

 すると間を置かず、扉が開く。


「ルーシェル、セリア!」


 出てきたのは、満面の笑みを浮かべたミオ。余程自分たちが来るのが待ち遠しかったのだな、と思うと自然と頬が緩む。


「昨日ぶり、ミオ」

「ミッちゃん、そんなに私たちに早く会いたかったのね~」

「べっ、別に、ただ扉の近くにいたから……」


 ミオはルーシェルたちの家で、一週間一緒に暮らしていた。流石に一日でいい物件は見つからず、ミオ自身が気に入る家も中々なかったのだ。

 そのおかげで、ミオとの仲は大分深まった。意地っ張りなところがあるのは彼女の性格によるものなので、微笑ましく思っている。


 昨日の夕方に今日会う約束をし、ミオはこの家に越してきた。

 今はまだ昼にもなっていない時間なので、別れてから一日も経っていない。しかし、一週間ずっといたルーシェルたちがいなくて、彼女は寂しかったのだろう。


「さ、入って。エデとクロードも来てるわよ」


 ミオは気を取り直したように言って、ルーシェルとセリアを招き入れる。

 中にいたエデとクロードに挨拶して、近くの椅子に腰掛けた。

 ところが、むっとした顔のミオに立たされる。


「ルーシェルはこっちよ」


 腕をぐいっと引っ張られ、無理やり違う椅子に座らされた。先ほどルーシェルが座ったのはエデの隣の椅子で、座らされた椅子はクロードの隣。

 返ってくる答えはわかりきっていたが、引き攣った顔でルーシェルは尋ねた。


「ミオ……? この椅子に座らせたのは何で?」

「ふんっ、決まってるじゃない。そのほうが面白いからよ!」


 思わず口からため息が漏れる。どうしてミオまでもが、こんなふうになってしまったのだろうか。


「あらルーシェル、そういえばノギスは連れてこなかったの?」

「お昼頃には来るって言ってたよ。どこに行ってるんだろうね」


 気になるが、訊いたって「そこら辺だ」としか答えてくれない。

 ルーシェルがそう言うと、ミオは表情を曇らせた。そんなにノギスに来てほしかったのだろうか。ミオが落ち込んでしまうのなら、無理にでも彼を連れて来ればよかった。

 そう思ったルーシェルの視界の端に、ミオと同じような表情をしたセリアが映った。


(……何なんだろう)


 セリアもこんな顔をしているなんて。二人にわかって、ルーシェルにはわからないこととは何だろうか。ノギスと一番長く過ごしてきたのは自分なのに、わからないことに少しいらつく。


「もう、三人とも何でそんな顔するのかな? あたしまで悲しくなってきちゃうよ」


 ぷんぷんっとエデは口で言った。わざと口に出して言ったのは、場の空気を和ませようとしたエデの配慮だろう。実際、ルーシェルもつい笑ってしまった。セリアもミオも笑っている。

 それを見てエデがほっとしたことに、ルーシェルは気付いた。気付いたと同時に、申し訳なくなる。せっかく皆で集まったのに、落ち込んだり苛立ったりしていては駄目だ。

 エデは残念そうな表情を浮かべた。


「でも、ノギスがお昼まで来ないのは残念だな。ミオの家でちょっと過ごした後、みんなで出かけようと思ってたのに。ミオもここで暮らすのなら、人間に慣れておかなきゃ駄目だから」

「……一応、近所の人間には挨拶したわよ」


 ミオの言葉に、ルーシェルとエデは「え!?」と声を上げた。

 ふふっとセリアが笑う。


「言っておいたのよ、昨日。近所の人くらいには挨拶しておいたほうがいいって。引越しの挨拶って大切でしょう?」


 よくわからないが、セリアが言うのならそうなのだろう。


「ねえ、ノギス君が来る前に、出かけちゃわない? お昼頃になったら、ノギス君のために魚かお肉を買って帰って、皆でご飯にしましょうよ。お昼前にノギス君が帰って来たときのために手紙を置いておけば、平気じゃないかしら」


 首をかしげながら、セリアは尋ねてきた。

 ノギスには可哀想だが、早く出かけたいのも確かだ。

 迷った後、ルーシェルはうなずいた。決定権はルーシェルにあったのか、他の者もそれならとうなずく。

 エデは楽しそうに笑いながら、右手で拳を作って上に上げた。


「じゃ、しゅっぱーつ! 行こ行こっ」


 扉を開け、手招きをするエデ。

 ルーシェルは苦笑いをして、彼女の後に続いた。続いてミオとセリア、最後にクロードが家を出る。


「魔女だってばれないかしら……」

「大丈夫大丈夫! もしばれたって、あたしとクロードでどうにかするよ!」


 不安げなミオにエデは答える。


(そうだ、ミオは魔女なんだった)


 自分が魔女だと言うことさえ、今まで忘れていた。自分が魔女だと感じることは滅多になく、ミオに会った日が久しぶりだった。

 魔女と人間の違いなんて、本当に小さなものなのかもしれない。

 歩き出すと、クロードが小声で話しかけてきた。


「これで、俺たちがいなくなった後も独りにはならないな」


 話しかけてきた、のか、独り言なのか。どちらなのか判断できなかった。

 しかし、クロードの言葉にルーシェルは寂しくなった。

 魔女と人間の違いは小さなもので。でも、大きなものでもあるのだ。

 クロードたちがいなくなったら、ルーシェルはノエルかアデライードしか知り合いがいなくなる。二人は、ルーシェルよりも先に死んでしまうだろう。

 まだ百年ほどしか生きていない、とミオは言っていたから、少なくともミオは、ミオだけはいてくれる。


(独りに、ならない。……けど)


 ミオを利用しているような気分だった。クロードはルーシェルを思って、ミオに会わせてくれたのだろうが。


(……ううん、今は考えないでおこう)


 ミオと会えて、嬉しかったし楽しかった。それだけで十分だ。


「ルーシェル、早くー!」


 いつの間にか足が止まっていたらしく、エデの声ではっと我に返る。「ごめん!」と謝りながら、ルーシェルは皆に駆け寄った。








 今はこの幸せを大切に、毎日を過ごしていこう。




 後日談、完。

 としたいところですが、駄目ですよね。あまりずるずると続けるのは好きじゃないのですが……。番外編なら別にいいんですけど。

 次の後日談の更新も、絶対に遅くなります。それでもできれば二ヶ月以内には更新したいです。


 ではでは、前書きも後書きも長くて申し訳ありませんでした。

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