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魔女と巫女の物語  作者: 藤崎珠里
後日談
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後日談 エデの恋[下]

 以前から、薄々気付いてはいたのだ。シルヴァはクリスラが死んだ今も、ずっと彼女のことを想い続けているのだと。


(……わかってた、そんなこと)


 それなのに、わかっていたことなのに。なぜ涙が溢れてくるのだろう。シルヴァはクリスラが好き。そんなことは、昔からわかっていた。

 エデは自身に『加速』の術をかけて走りながら、涙を服の袖で拭った。冬の服は吸水性がよくなく、涙が袖に染み込まない。袖で目をこすればこするほど痛くなってきて、それが一層涙を止まらなくさせる理由となっていた。

 クリスラが死んだ日のことを思い出し、エデは自分のことが嫌でたまらなくなった。

 これで、シルヴァの想いは自分に向くかもしれない。

 そんなことを、思ってしまったのだ。


(結局、シルヴァの想いはクリスラお姉ちゃんから離れなかったわけだけど)


 そう考えると、胸が痛くなった。

 エデがシルヴァのことを好きになったのは、いつだったか覚えていない。それほど幼い頃から、エデはシルヴァが好きだったのだ。少なくとも十年以上は彼が好きだったと、自信を持って言える。そして、シルヴァと過ごした時間は何よりも幸せだった、と。


(一緒にいられるのも、これで終わりか)


 告白して、玉砕すれば。

 シルヴァは、以前と変わらずエデに接してくれると思う。

 しかし、エデにはそんなことはできないのだ。シルヴァの変わらない優しさが辛くて、彼のことを避けてしまうに違いない。

 今までのように一緒にいられなくなると思うと、体が震える。だが今彼の所に行って、この気持ちを伝えなければ。


(死ぬまで、伝えられない気がする)


 シルヴァの家が近づいてくると、『加速』の術をかけているのにもかかわらず、足が重くなって止まりたくなった。実際に足が重くなったわけではないのだろう。重くなったと感じるだけで。

 家の前に着くと、エデは深呼吸した。冷たい空気が体の中に入ってくる。それを意識すると、寒い中走ったせいで顔や手が冷たくなっていることに気付いた。


(そういえば、雪積もってるのによく滑って転ばなかったな)


 冷たい両手を顔の前に持っていき、息をはいて少しだけでも暖めようと努力する。

 こんなことをするのは、扉を開く勇気が出ないからだ。扉を開けるまでの時間を稼ごうと、意味のないことをしてしまう。


(おばさんとおじさん、いるかな)


 シルヴァは家族全員で暮らしている。クロードと、両親と。

 クロードはルーシェルたちと一緒にいるから、ここにいる可能性があるのは彼らの両親だけだ。シルヴァ以外の人がいる所で、気持ちを伝える勇気はなかった。それに、シルヴァがいない可能性だってあるのだ。

 そんなふうに、扉を開けない理由を作ってしまう。


(……おばさんとおじさんがいたからって、シルヴァに好きだって言えないのは。あたしの気持ちがそんなものだった、ってことかな)


 それは嫌だ。エデのシルヴァに対する気持ちは、そんなものではない。

 顔を上げ、キッと扉を見据えた。

 そうっと手を伸ばし、扉を叩く準備をする。エデは下を向いて息をつくと、もう一度顔を上げた。


「すみません、誰かいますか?」


 木製の扉を叩きながら、エデは声を出した。震えないようにするのには苦労した。


「はーい、エデちゃんかい?」


 もう一人の母とも呼べる人物の声に、エデの体は硬直した。

 扉が開き、シルヴァの母――ドロテが姿を見せる。ちらりと後ろを見るが、家の中には誰もいなかった。


「あの、シルヴァは……」

「ああ、シルヴァならクリスラちゃんのお墓参りに行ってるはずだよ」


 ドロテの口から出た名前に、思わず息をのむ。


「そう、ですか。ありがとうございます」

「もうちょっとで帰ってくるだろうし、エデちゃん、ここで待ってたらどうだい?」

「いえ、直接クリスラお姉ちゃんのお墓に向かいます」


 そうかあ、と残念そうなドロテにエデはぺこりとお辞儀をし、歩き出した。

 クリスラの墓の場所はわかっている。エデだって二ヶ月に一度ほどは墓参りをしているのだ。シルヴァにも何度かそこで会ったことがある。約束もしていなかったのに会うのは、シルヴァが墓によく来ていたからなのだろう。

 だからエデは、今もシルヴァがクリスラを想っていると気付いてしまったのだ。


(指輪、もうあげたのかな)


 どんな指輪を、クリスラに買ったのだろうか。

 もやもやとする嫌な気分を吹き飛ばすように、エデは首を振った。嫉妬なんて格好悪いことはしたくない。セリアだったら、嫉妬は格好悪いことじゃないと言ってくれるかもしれないが。セリアだったら、というのは、ルーシェルやクロードはそういうことにとことん疎いから、そんなことは言わないと思ったからだ。


 墓への道を歩いていると、前から人影が見えてきた。じっと目を凝らすと、それがシルヴァだとわかる。


「あれ……?」


 ぴたり、と自らの意思に反して足が止まる。そして後ずさってしまった自分に叱咤して、何とかその場に留まることに成功した。

 前に歩くことは、できなかった。

 今体が震えているのは、寒さのためか恐怖のためか。おそらく後者だろう、とエデは無意識にシルヴァを睨みつけながら思った。

 目を凝らさずとも顔が確認できるようになったとき、ようやくシルヴァがエデに気付いた。


「エデ? ……どうした、俺が何かしたか?」

「えっ、何で? シルヴァは何にもしてな……くもないけど」


 ぼそっと小声でつぶやいて、シルヴァの瞳をまっすぐ見つめる。その視線に居心地の悪さでも感じたのか、シルヴァが狼狽した。

 彼が何か言おうとしたのを、「シルヴァ」と呼びかけることで遮る。

 今言わなくては、駄目だ。


「あたしは……シルヴァのことが、好きです」


 色々な言葉を考えていた。どんな告白をすれば、少しでも彼の心が動いてくれるか。ぐるぐる考えて、結局出てきたのは単純な言葉だった。好き、という。いつもと違っていたのは、丁寧な言葉遣いにしたことくらい。口に出してから、これではクリスラのまねをしたと思われるかもしれない、と気付いた。クリスラはどんな人に対しても丁寧な口調で話していたのだ。


(それでも、ここで言いなおすのは嫌だ)


 じっと、シルヴァを見つめる。彼は何を言われているのかわからない、という顔をしていた。やはり、今までエデの気持ちに気づいていなかったらしい。わかりやすい態度で接していたつもりはないが、ここまで気付かれないと少し悲しい。

 シルヴァはため息をついた。


「……エデ、冗談はやめろ」

「冗談なんかじゃない!」


 むっとして、シルヴァに詰め寄る。


「あたしは、シルヴァがずっと好きだった! いつから好きか覚えてないくらい、ずっと昔から! 気付いたときにはもう好きで、一緒にいられるだけで幸せだった。……冗談じゃ、ないよ。あたしはこんな冗談言わない」


 無言で、シルヴァはエデのことを見つめ返してきた。ひるむことなく、エデはシルヴァを見つめ続ける。彼の瞳からは、困惑しか読み取ることができなかった。このままでは冗談だと取られ、告白をなかったことにされてしまうかもしれない。

 すうっとエデは息を吸った。


「あたしは、シルヴァのことが大好きです」

「……それは、家族に対する気持ちだろう。異性に対するものではない」

「違う、どうしてあたしの気持ちをシルヴァが決めるの?」


 この男は、どうやってもこの告白をなかったことにしたいらしい。

 どうしてこんな人を好きになったのだろうか。特に格好いいわけでも、優しいわけでもないのに。シルヴァは無愛想で、鈍感で、自分勝手で、悪いところを挙げれば切がない。

 それでも、親しい人にはほんの少しだけ優しくて。……クリスラだけには、少しだけではなく優しかったが。

 うつむいたエデに、シルヴァはもう一度ため息をついた。


「とにかく、その気持ちは恋愛感情ではない。よく考えてみろ。一昨日一緒に聖誕祭を祝った人たちに対する感情と、俺への感情の違いを」

「違い……?」


 ルーシェルたちに対しての『好き』と、シルヴァに対しての『好き』。

 違い、と聞いて真っ先に思い浮かぶこと。シルヴァと一緒にいると、ふわふわした幸せな気持ちになる。それに頬も熱くなってきて、知らず知らずのうちに頬が緩んで。

 でも。

 ふわふわした幸せな気持ちになるのは、シルヴァに対してだけとは限らない。頬が熱くなって頬が緩むのも、シルヴァに対してだけではない。

 つまりは、この気持ちは特別なものでないわけで。


「……あたしは。あたしは、シルヴァが好き。好き、なんだよ。特別な、好き」

「その顔は、他の人たちに対する感情とそう変わらないと言っているように見えるぞ」

「変わら、ない?」

「そうだ」


 そんなはずはない。そんなはずはないのだ。だったら、今までの気持ちはどうなるのだ。いつかわからないほど昔からの、幸せな気持ちは。


「もう帰ろう」


 くしゃっと頭をなでられる。

 その途端、ほんわりと心が温かくなった。シルヴァ以外の者になでられたって、こんな気持ちにはならない。……と思う。

 もう何が違って何が正しいのかわからなくなってきた。

 シルヴァへの『好き』は、特別なものではなかったのかもしれない。

 そんなことを思いながら、シルヴァの顔を見る。


「……うん」


 遅れすぎた返答だが、それが帰ろうという言葉への答えだと彼はわかったようだ。

 シルヴァは微笑んで、ぽんぽんっとエデの頭を叩き、歩き出す。エデは黙って、彼の後についていった。


(……っ)

「シルヴァ、あたしちょっと行くところがあるんだ。じゃあね、また今度っ」


 シルヴァの呼び止める声には振り返らず、エデは彼を追い越して走り始めた。小さく『加速』の術を唱える。その声は、震えてしまった。


(特別なもの、じゃなかったかもしれない。だけど)


 他の『好き』とは、やっぱり少し違ったのだ。

 後から後から涙が溢れてくる。先ほどまではこらえようとしていたエデだったが、今はもう我慢ができなかった。

 溢れてくる涙を拭おうともせず、エデは走り続けた。走り続けていなければ、この涙は止まりそうになかったから。


(……わかってた。あたしの気持ちも否定されるとは思ってなかったけど、シルヴァはあたしの気持ちに応えないって)


 わかっていても、やはり辛かった。

 ずっとずっと好きで。


 好きだったのに。


     * * *


 バタンッ、と勢いよく扉が開いた。エデだろう、とルーシェルはそちらに顔を向け、うろたえた。


「エエエ、エデ!? だ、だだ、だいじょーぶ!?」

「ルーちゃん、慌てすぎ」


 エデが大泣きしているというのに、慌てずにいられるセリアのほうが信じられない。

 しかしルーシェルが慌てすぎなのも確かなので、目を瞑って深呼吸をする。少しは落ち着いたので、ルーシェルはエデに駆け寄った。


「大丈夫? エデ」

「だいじょーぶ、じゃない、かも」


 涙を拭いながら、エデはつぶやいた。そして家の中を見回した彼女は、ほっと安心したような顔をする。正確には家の中ではなく、家の中にいる者たち、だが。

 エデはルーシェルに向き直って、弱弱しく微笑んだ。


「……ううん、大丈夫。ごめんね、心配させて」


 その言葉に、セリアは唇を尖らせた。


「やっぱりシラさんは、ディーちゃんを振ったのね。予想通りだけど、悔しい」

「セリア、予想通りって?」


 ルーシェルが尋ねると、呆れたような声で答えが返ってくる。


「家を出る前に、ディーちゃんが言ってたじゃない。玉砕してやるって。必ず玉砕するってわかってたからそんなこと言ったのよ、ディーちゃんは」


 でもまさか、大泣きしながら帰ってくるとは思わなかったけど。

 セリアは窓の外に目をやって、遠くを睨みつけた。今頃シルヴァは、正体不明の悪寒を感じていることだろう。

 エデはにっこり笑って、口を開いた。


「ルーシェルとセリアの顔見たら、元気になったから平気。ありがとう」


 何もしていないのに感謝され、気恥ずかしさを感じる。

 だがそんな思いも、エデの笑顔を見れば即座に頭からなくなった。

 にっこり笑っているのだが、明らかに無理をしているように見えるのだ。本当に大丈夫なのだろうか、とルーシェルは心配になる。しかしここでまた大丈夫かと訊くのはしつこい気もするし、どうしたらいいのだろう。


「わかったみたいだけど、あたしは見事に玉砕しました! 綺麗に玉砕しすぎて、逆に清々(すがすが)しいかな?」


 元気にそう言った彼女は、ふと黙り込んだ。

 しばらくの沈黙の後、エデはぽつりとつぶやく。


「……嘘。結構、辛い。こんな辛いなんて思ってなかった」


 うん、とルーシェルとセリアは相槌を打つ。彼女にかけられる言葉を探すが、相応しい言葉はなかなか見つからない。

 ルーシェルが考えている間に、セリアは言った。


「辛くて当たり前。もう思いっきり泣いたみたいだけど……もっと、泣いたら? 泣き足りないんじゃない、ディーちゃん」

「でも、セリアたちの前で泣くのは」

「じゃあ言い方を変えるわ。泣いて。私のために。無理してるのを見ると、こっちも辛いから。いっそ泣いてくれてたほうが楽なの」


 そういうことは、年上のルーシェルが言わなくてはならないのに。セリアよりも百年は軽く生きているのに、なぜ彼女のようなことを言えないのだろう。

 セリアはエデを、軽く睨みつけた。


「……わかった」


 エデが小さくうなずく。

 その途端、嗚咽(おえつ)が聞こえてきた。声を上げて泣けばいいのに、とルーシェルが言いかけようとすると、先にセリアが「声を上げて泣いて」と厳しい口調で言う。

 エデは、素直に声を上げた。


「シルヴァの馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!」


 少し声を上げるの意味が違った気もするが。

 だがエデが、そのほうがすっきりするのならそうしたほうがいい。


「阿呆、間抜け、自分勝手、傲慢、鈍感、へたれ! 何なの、死んだ女の子を十年も想い続けるとか!」

「え、クリスラって人死んでたんだ」


 のん気にそんなことを言ってしまう。

 何だか呆れた視線がルーシェルに突き刺さった。セリアとエデ、クロードとノギス。知らなかった、気付いていなかったのはルーシェルだけだったらしい。

 思わず「ごめん」と謝って、エデに続けるよう言う。


「……いや、のん気な突込みが入って続けられるのは、普通の人じゃないから」

「うっ、ごめんエデ」

「ううん、いいんだ。ルーシェルのおかげで、何かすっとした」


 今度こそ、エデはいつもの笑みを浮かべた。それを見て、ルーシェルはほっとする。やはりエデの笑顔はこうでなくては。

 落ち着くためかエデは深呼吸をした。


「……うん、もう本当に大丈夫っぽい」


 よかった、とセリアが言う。ルーシェルもそれに同意しようとしたとき、セリアが思わぬ言葉を口にした。


「で、ディーちゃん。次の恋はいつ見つける予定?」

「え、あ、うん? えっと、今は未定、かな?」


 そんな質問をするほうもするほうだが、真面目に答えるほうも答えるほうだ。

 何だか無性におかしくなってきて、ルーシェルはぷっと噴き出した。

 それを聞きつけたのか、セリアとエデも同時に噴き出す。


「もう、何なのかなセリア、その質問! 思わず答えちゃったけど!」

「そうだよ、何でそんな質問するの? 今の流れでその質問はおかしいよ!」

「別に、思ったことを言っただけ! まあ、今は難しいと思うけどね」


 ぎゃーぎゃーと騒ぐルーシェルたちに、ノギスの耳がぱたんと閉じられる。

 そんなことは気にせず、ルーシェルたちは思いっきり笑った。










「――ありがとね、二人とも!」



 最後の台詞を言ったのが誰かは……ご想像にお任せします。おそらくわかるとは思うのですが。


 今回のこの二話には変なところがあるかもしれませんので、気になる箇所があればご報告お願いします。

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