第四話 巫女
今回は全部セリア視点です。
窓から差し込む月明かりが、妙に明るく感じる。寝台に入ってから、どれくらい経ったのだろうか。
セリアは今日何回目になるかわからない寝返りを打った。
(ルーちゃんの気持ちはわかる……。けど)
ぎゅっと目をつぶって思い出すのは、ルーシェルの寂しそうな顔。あの子は自分では気付いていないのかもしれないな、とセリアは思う。
(けど、納得できないわ)
ルーシェルだって、セリアと友達になりたいと考えていたのに。自分の意思に逆らってまで、セリアを望みを拒絶するのには腹が立った。ルーシェルが嫌なのであれば、納得できる。そうではないのに、どうして断る必要があったのか。
確かに、彼女の気持ちはわかる。ルーシェルと友達になれば、たとえ『巫女』である自分だって殺されてしまうのだ。自分のせいで、人が死ぬのは誰だって嫌だろう。セリアだって、もし自分のせいでルーシェルや村の人間が死んでしまうのは嫌だ。
(……どうせ、瞳がこの色でなければ私はきっと殺されていたもの。ルーちゃんの友達になって死ぬのなら、私は別に構わない)
セリアの瞳は、海に似た色をしている。角度によって色味の違う青、緑や紫に見えることもある。実際に海を見たことはないが、こんな色をしていたらとても綺麗なのだろう。自画自賛になってしまうが、セリアも自分の瞳は綺麗な色をしていると思う。
だが、綺麗だと思うのと好きかどうかは別の話だ。海色の瞳は巫女の証。セリアは巫女になんてなりたくなかった。だからこの瞳が嫌いなのだ。龍神さまに会えたことは、自分にとっての数少ない幸運だと思っているが……。
自分のことを恐れている者は、無理にでも愛想をよくしようとする。セリアに愛想を良くするのが嫌だから、皆セリアとなるべく会わないようにしているのだ。孤独を味合わされるのなら、セリアが生き物の心を読めるとわかった時に、殺してほしかった。
独りぼっち。
セリアにはルーシェルの気持ちが痛いほどわかった。だがセリアの方が、まだましなのかもしれない。滅多に会わないとはいえ、セリアの周りには龍神さまが、人間が、家族がいる。
(あの人たちを家族とは思っていないけどね)
思わず目を開けて、自嘲するように笑ってしまう。お父さん、お母さんとは一度も呼んだことがない。いつも名前にさんを付けて呼んでいる。
もっとも、セリアはここ数年両親の姿を見ていないが。
(村長さんの所にでも、厄介になっているのかも)
心が読める、と知った途端の両親の顔は忘れられない。恐怖で染まったあの顔。
その時から、セリアはこの家で暮らすようになった。一人で住むのには広すぎる家にいると、たまにふと寂しくなる。その寂しさも龍神さまと話すことで紛れていたのだが。
(龍神さま……なぜ、私の声に答えてくれないのですか?)
一昨日――ルーシェルの封印を解いたあの日から、龍神さまの声が聞こえない。いや、一年ほど前から口数が少なくなってきていた気もする。それにもう、鎮月に入ったのに、雨は一滴も降っていない。龍神さまの身に何かあったのではないか、とセリアは心配だった。村のたくわえも、もうすぐ尽きる。
(ルーちゃんの封印と、何か関係あるの……?)
ルーシェルの封印を解いた日に、龍神さまの声が聞こえなくなるのはおかしい。何の関係もないのかもしれないが、その二つを結びつけずにはいられなかった。といっても、そのことに気付いたのはつい先ほどだが。
ふと窓の外を見ると、東の空が少しだけ明るくなってきたところだった。
(もうすぐ夜が明けそう)
祈りの時間だ。寝台から起き上がり、靴を履いて外へ出る。最初の頃はきちんとした服に着替えていたが、龍神さまは気にしないとおっしゃってくれた。
供の者はいない。心が聞こえると、龍神さまの声を聞くのが難しいから。もちろん、読まないようにするのも可能だ。だがそれは、集中しなければできない。龍神さまの声を聞くのだって集中しなければならないから、供のものは連れていかない方がいいと判断したのだ。
龍神さまへの祈りは滝で行う。水の多い所、勢いの激しい所の近くで龍神さまの声はよく聞こえる。少量の水があれば大丈夫なのだが、それだと声が聞こえづらい。
(今日は……)
答えてくれるだろうか。不安を抱え、セリアは急ぎ足で滝へ向かった。
* * *
(龍神さま……龍神さま……声を聞かせてください)
必死に話しかけるも、一向に声は聞こえない。セリアはため息をつき、立ち上がった。正座をしていたが、慣れているから足はしびれない。
一時間近く話しかけても、龍神さまは何もおっしゃらなかったのだ。これ以上話しかけたって無意味だろう。
その時だった。
「わ…みこ……」
かすかな声が聞こえた気がした。
「龍神さま!?」
水に駆け寄って、耳を澄ます。だが、それ以上は何も聞こえない。
我が巫女、と言われた気がしたのは気のせいだったのだろうか。龍神さまは、セリアのことを『我が巫女』と呼ぶ。龍神さまの艶やかな声でそう呼ばれるのは、なぜだか心地良かった。
(……ここは滝なのに、なぜこんなにも声が聞きづらいの? やっぱり、龍神さまの身に何か……)
そのままじっと、そこへ座ったままでいる。そこへ座っていたら、また龍神さまの声が聞こえるのではないかと思って。朝日が昇り、太陽が真上に来ても――夜になり、空に白銀の月が輝き始めても。
龍神さまの声は、聞こえなかった。
時間があったので短いですが投稿です。明日もきっと投稿できます。
鎮月は四月の別称だと思うのですが……もし間違っていたら教えてください。
ちなみに、この世界は現実と同じように一月から十二月が一年です。数字だと何だかつまらないな、と思い鎮月にしました。




