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魔女と巫女の物語  作者: 藤崎珠里
後日談
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後日談 南瓜の煮物

 遅くなって申し訳ありません。


 今回の話は後日談というより……過去のお話がメインですね。

 誤字脱字がありましたら、教えてくださると嬉しいです。

 髪の毛も、瞳の色も黒。

 最初はそれが、『魔女』の証だとは思っていなかった。『魔女』という存在さえ知らなかった。知った切欠は、カリマが自分を外に出そうとしないことに疑問を持ったこと。

 カリマとの生活は楽しかったが、ルーシェルは外で遊んでみたかった。風を感じ、地面の上を歩き、駆け回ってみたかったのだ。

 だからある日、尋ねてみた。いつもは怖くて訊けなかった問いを口に出す。


「かりま、どうしておそとにでちゃだめなの?」


 カリマは驚いたように、ルーシェルの顔を見た。後から聞いた話では、この時のルーシェルは四歳で、そんなに早く気付かれるとは思っていなかったらしい。

 首をかしげたルーシェルの頭を、カリマは優しくなでる。


「……そうだねぇ。もうそろそろ、説明しようか」


 彼女は本棚から、一冊の絵本を持ってきた。それをルーシェルに渡し、暖炉の前の揺り椅子に座る。冬の寒さは、そこにいれば全く感じない。特等席を取られてルーシェルは恨めしげな目をカリマに向けたが、諦めて床に座った。


(つめたいよぉ……)


 よいしょよいしょと暖炉の傍の床に移動する。そこが温かくて満足したルーシェルは、渡された本に目をやった。

 『おひめさまとまじょ』という題名のその本の表紙には、黒い髪と黒い瞳の少女と、銀色の髪と翠の瞳をした少女が二人描かれていた。黒色の髪をした少女は、怒ったような顔をしている。

 ルーシェルは絵本を開いて、覚えたての文字を一生懸命目で追った。

 そして最後の文字まで読み、いくつかのことを理解した。


 魔女は恐ろしいものだ。

 髪の毛と瞳が黒なのが、その証。

 魔法という、不思議なものを使える。

 人間には、忌み嫌われている。魔女だとばれてしまったら、殺されてしまう。


 ルーシェルは、そうっと自分の髪の毛を指でつまんだ。その色を確認し、ついで部屋に置いてある鏡を覗く。髪の毛も瞳も、紛れもない黒色。それは、魔女にしか有り得ない色で。

 だから。……自分は魔女だから、外に出てはいけないのだ。これからもずっと。

 カリマの髪と瞳は、黒ではなった。カリマは魔女ではないのだろう。以前家族ではない、と言われたように、カリマを大切に思っていたのはルーシェルだけなのだ。カリマは、ルーシェルのことを大切に思っていない。

 だって、人間は魔女が嫌いなのだ。だとしたら、人間のカリマは魔女のルーシェルが嫌いに違いない。

 うつむいたルーシェルに、カリマは優しい口調で言った。


「ルーシェル。私はねぇ、あんたのこと、大切に思ってるんだよ。あんたが赤ん坊のときから育ててんだ、大切に思わないはずがない」

「でも……でも、にんげんは、まじょがきらいなんでしょ? どうしてかりまは、わたしのこときらいじゃないの?」


 赤ん坊の時から育てているから。

 カリマはもう理由を言っていたが、訊かずにはいられなかった。

 なぜ人間のカリマが魔女のルーシェルを大切に思っているのか。それが不思議でたまらない。

 どうして魔女が人間に嫌われるのか、という疑問はルーシェルの頭には浮かばなかった。だからこそ、不思議でならないのだ。

 カリマは顔を上げたルーシェルの頭を、節くれ立った手でなでた。


「あのね、魔女は人に嫌なことをことをするから嫌われるんだ。この絵本でもそうだっただろう」


 確かに絵本の中の魔女は、お姫様に魔法を使ってひどいことをたくさんしていた。頭の上にカエルを降らしたり、転ばせたり。

 だけどねぇ、とカリマは続ける。


「ルーシェルは、私に何かひどいことをしたか? いんや、していないよ。何かしてたら、とっくの昔に家の外にほっぽりだしてるさ」


 ルーシェルが答える前に、カリマは自分で答えを言った。だがルーシェルが何もひどいことをしていないので、黙って彼女の話を聞く。その間も、カリマの手はルーシェルの頭をなでていた。


「だからね、私にはあんたを嫌いになる理由なんて、なーんもないんだよ」

「……そうなの?」


 安心させるようなカリマの口調に、逆に心配になって尋ねる。

 カリマは目を細めてうなずいた。


「じゃあ、かりまはわたしのこと、すき?」

「決まってるじゃないか。好きだよ、大好きだ」

「……そっかあ」


 ようやく安心できて、ルーシェルは笑顔になった。カリマは口に出してから自分が恥ずかしいことを言っていたことに気付いたのか、照れ隠しのように立ち上がってルーシェルの体を持ち上がる。


「ふわぁ?」


 目をぱちくりとさせていると、揺り椅子に座らされた。驚いてカリマの顔を見ると、「ふんっ」と顔を逸らされた。なぜ逸らされたのかわからなかったが、カリマの温もりが残っているのと暖炉の火が温かくて、ついうとうととしてしまう。


「夕飯の時間まで、寝ればいいさ。私は夕飯の支度をするとしようか」


 ふわっと毛布がかけられて、ルーシェルは目をつむった。


(……きょうのごはん、なにかなあ)


 カリマのご飯は何でも美味しい。彼女の作ったご飯を食べるのが、毎日の楽しみだ。

 早く食べたいな、と思いながら、ルーシェルはすとんと眠りについた。


     * * *


 夕食は、南瓜(かぼちゃ)の煮物と魚の塩焼き、そして玉蜀黍(とうもろこし)のスープだった。

 いい匂いで目を覚ましたルーシェルは、目をこすりながら食卓につく。


(……ねむい)


 今日の夜は、ちゃんと寝られるだろうか。心配だ。あまり寝付くのが早いほうではないので、このままでは夜中まで起きているかもしれない。もっとも、先ほどは驚くほど早く眠れたが。


「さ、お食べ」


 カリマのほうを向くと、彼女の前にはルーシェルのような食べ物がない。葡萄酒(ワイン)が入ったグラスが置いてあるだけだった。

 この辺りは、冬にとれる食物が少ない。ルーシェルの分を用意するのが精一杯だったのだろう。昨日は少なくてもカリマの分もあったのに、と申し訳なくなる。そうっと煮物の皿を差し出してみると、カリマは顔をしかめた。


「子供が遠慮するんじゃないよ。私はこれさえあればいいんだ」


 葡萄酒をちびちび飲みながら言う。そういえば、カリマは『しゅごう』というものなのだった。だが今年で七十歳になるのに、そんなにお酒ばかり飲んでいるのは体に悪いだろう。

 これ以上カリマの機嫌が悪くなるのは嫌だったので、ルーシェルは大人しくスープを飲むことにした。スープ飲みながら考えると、ある案が浮かんだ。案と言っていいものかはわからないが、ルーシェルは立ち上がった。食事中に立ち歩くのは行儀が悪いが、仕方ないだろう。

 カリマが椅子に座っていても、口までは手が届かない。カリマの膝の上によじ登り、スプーンで南瓜を切ってカリマの口の前に持っていく。


「たべて。かりまがたべなきゃ、わたしもたべないもん」

「……おやまあ。ついに反抗期かい?」


 苦笑いしながらカリマは口を開ける。その口に南瓜を突っ込みながら、ルーシェルは反抗期とは何だろう、と考えた。

 まあそれは、寝る前の大嫌いな勉強の時間にでも訊けばいいだろう。


「おいしい?」

「そりゃ私が作ったものだからねぇ。美味しくなきゃおかしいさ」

「うん、そうだよね」


 美味しくない料理など、カリマの料理ではない。

 ルーシェルが肯定すると、カリマは嬉しそうに顔をほころばせた。


「そう言われると嬉しいもんだね」


 カリマが嬉しそうにするのが嬉しくて、ルーシェルも笑う。

 しばらくはルーシェルがカリマに料理を食べさせていると、また苦笑された。


「あんた、自分は全然食べてないじゃないか。……それに、そろそろ膝の上に乗られてるのがきつくなってきたよ」

「……はーい」


 そろそろと膝の上から降りる。やはり年寄りには、四歳のルーシェルでも重く感じるらしい。


「失礼な。私はまだそこまで老いぼれちゃいないよ」

「ふぇ? かりま、いまわたしのこころよんだ?」

「……鎌をかけてみたけど、当たりだったみたいだねぇ」


 鎌をかけるとは何だろう。また知らない言葉が増えていく。これも後で訊かなければ、とルーシェルは大急ぎで自分の椅子に戻った。あのまま近くにいては、何をされるかわかったものじゃない。

 ちらちらとカリマのほうを確認しながら、ルーシェルは自分の口に食べ物を運んだ。


(おいしいな)


 カリマの料理は美味しいのだが、それは一緒に食べている人がいるからだとルーシェルが知ったのは、もう少し後のことだ。


 食べ終わり、流しへ食器を持っていこうとすると止められてしまう。


「また食器を割られちゃたまんないからね」

「むぅ……。わったのはいっかいだけだよ!」

「食器を運ぼうとしたのだって、これで二回目じゃないか。運ぼうとした一回目で割ってちゃ、世話ないね」


 また知らない言葉が増えた。『世話ない』という言葉も後で訊こう。

 カリマと生活するのは楽しい。知らない言葉や、魔法を学べるのも楽しい。ただ、計算だけは嫌だ。五と三を足すと八とか、意味がわからない。あと、七個のりんごがありました、四個食べると残りはいくつでしょう、なんて訊く意味も。ただ数えればいいだけではないか。


 唇を尖らせながらも、ルーシェルはカリマに食器を渡した。

 これから少しゆっくりとして、それから勉強時間だ。彼女が食器を片付けている間に、カリマに取られてなるものか、と揺り椅子に座る。暖炉の前は気持ちがいい。ゆらゆらと椅子を揺らしていると、戻ってきたカリマは呆れたような顔をした。


「……ふん、まあいいけどね。まったく、ようやく私のことを気遣ってくれたと思ったら……」


 ぶつぶつと何かを言い始め、他の椅子に座る。

 何だか自分が悪いことをしているような気持ちになって、ルーシェルは椅子を揺らすのをやめた。だが気持ちがよくて、立とうとしても足が動いてくれない。


「……ルーシェル」


 怒られるのかと思って、ルーシェルはびくっとした。

 カリマはルーシェルのほうを見ずに言った。


「もし私が死んでも、死のうなんて馬鹿なことは考えちゃいけないよ」

「……かりまは、しぬの?」


 そんなこと、考えたこともなかった。ずっとカリマと一緒に、幸せに暮らしていけるのだと思った。だが考えてみれば、人間にも魔女にも『死』というものは存在する。

 それに気付くと、途端に怖くなった。


 カリマと一緒にいられなくなるのが。この幸せが、失われてしまうことが。

 怖くて怖くて、涙がこぼれてきた。


 はっとしたように、カリマがルーシェルのほうを向いて微笑んだ。


「死なないさ。私は、ずっとあんたと一緒にいる」

「……ほん、と…うっ?」

「……ああ」


 顔を逸らしながらのその答えに、ルーシェルはほっとした。死なないことも、ずっと一緒にいることもできないと、わかっているのに。そう思いたくなかったのだ。


「やく…そっ、くだよ……?」

「約束だ」


 ただの口約束。この約束をカリマは守ってくれると、ルーシェルは本気で信じていた。






 六年後の冬、急にカリマはルーシェルに料理を教えると言った。南瓜の煮物の作り方を。

 好きな料理だったから、自分で作れるようになるのは嬉しかった。作って、カリマに食べてもらいたかった。

 教えてもらって、南瓜の煮物が完成した。最初だけは少し手伝ってもらったが、初めて自分で作った料理だ。途中からは、一人で作った。味見もしたが、カリマの味そのままだと自信を持って言える。

 先に食卓について待っていたカリマに、早く食べさせてあげようと鍋から皿へよそう。


「カリマ、できたよ!」


 カリマは、疲れたのか椅子に座って眠っていた。


「……カリマ?」


 眠っているだけ。

 ただそれだけのこと。

 それなのに、なぜか胸がざわついた。


「カリマ!」


 食卓に皿を置いて、カリマの耳元で大きな声を出す。カリマは眠りが浅いから、大きな音を出せばすぐに起きる。

 ――はずなのに。

 目を、開けない。おそるおそる息をしているか、手を口と鼻の前に持っていき確認する。ちゃんと手に風を感じる……そう思って。


(……? どうして、息してないの?)


 息をしていない。


(……死ん、だの?)


 いや、そんなはずはない。あの時確かに、約束したのだ。

 ずっと一緒にいると。死なないと。

 十歳になった今、そんなことは有り得ないと理解していた。死なない人間なんていなくて、ずっとなんて存在しないと。

 それでも。


『死なないさ。私は、ずっとあんたと一緒にいる』


 あの言葉を、信じたくて。

 死んでいないと無理に思うことにして、眠っているカリマを起こさないように自分の椅子に座る。そう、カリマは今眠っているのだ。カリマのためによそってきた煮物を、自分で静かに食べよう。起こさないように。

 口に入れると、南瓜の甘みが口に広がる。温かくて……でも、体はガタガタと震えて。寒くなんてないのに。暖炉では火がパチパチと音を立てて燃えている。南瓜の煮物だって、温かい。では、なぜ?

 なぜこんなに、体が震えるのだろう。


(……そっか。カリマが……死んじゃったから)


 認めたくはないけど、カリマが死んじゃったから。

 こんなに体が震えるのは、カリマが死んで一人になるのが怖いからなのだ。

 南瓜の煮物を、口に運ぶ。


「……おいしいよ、カリマ」


 だが。


「だけどね……。一人だとっ、おいしくないよ……っ!」


 美味しい。だが、美味しくない。

 この矛盾した思いは、全部カリマのせいだ。全部全部、カリマのせいだ。


「やくそく……やぶるなんてっ」


 約束は守らなければならない。

 そう教えてくれたのは、誰だったか。……カリマだ。

 教えてくれたカリマが、約束を破るなんて。


「……食べて、もらいたかったのに」


 それなのに、なぜ食べる前に逝ってしまうのだ。

 カリマはひどい。せめて……娘の初めての手料理を食べてから逝けばよかったのに。

 カリマとルーシェルは家族ではない。だが自分は、カリマのことを母のように思っている。いかんせん、歳が離れすぎてはいるが。

 カリマも、ルーシェルのことを娘のように思っていてくれただろうか。いつか、いつか尋ねようと思っていたのに、尋ねる前にカリマは逝ってしまった。


「カリマ、わたしのこと……家族と思っててくれた?」


 答える声は、ない。

 もう二度と、カリマの声は聞けないのだ。この南瓜の煮物を、食べてもくれない。


(……とりあえず、これを食べきろう)


 流れ出る涙なんて無視して、ルーシェルは南瓜の煮物を食べ続けた。


    * * *


(思い出してみれば……)


 セリアが死んでしまったときよりも、『死んだ』ということを理解するのが早かった。

 もう何百年も前の話なのにこんなに鮮明に思い出せるのは、あの日々が本当に楽しかったからだろう。まあ、今も楽しいのだが。


「ルーちゃん、何してるの?」

「ん? ああ、料理だよ。南瓜の煮物」


 仲直りしたしばらくした後、ルーシェルとセリアは洞窟からステルダに移住していた。もちろんノギスも一緒に来ている。移住した理由は、クロードが『幻影』の術を改良し、水ではなく炎に触らなければ大丈夫にしてくれたからだ。炎にわざわざ触ろうとはしないし、たまたま触るということも水よりは確率が下がるだろう。だがもしかしたらばれるかもしれないので、ステルダでも人通りが少ない所に小さな家を借りた。


 今の季節は冬。南瓜の煮物を作ったときと、同じ季節。そして、丁度同じ日だった。

 味見をして、うなずく。この味だ。ずっと昔に食べた味と、全く同じ味。


「南瓜の煮物?」

「うん、そうだよ。味見する?」


 トテトテと歩いてきたセリアの口に、冷ました南瓜を一つ入れた。その途端、セリアの瞳が輝く。


「美味しい! この南瓜、どこで買ってきたの?」

「買ったんじゃなくて、メリアさんにもらったんだ」

「メリアさんに?」


 メリアには、本当に世話になっている。この家にもよく様子を見に来てくれるのだ。

 彼女から南瓜をもらって、どうしてかあの日のことを思い出した。だから作ろうと思ったのだ、南瓜の煮物を。

 だがどうせなら、もっと違うものを教えてくれたらよかったのにと思わないでもない。


「よし、まだ夜ご飯には早いけど、ご飯にしよっか」


 エデからもらったものもあるし、今日の献立はこれで十分だろう。

 いつもなら食べるのはセリアだけだが、今日はルーシェルも食べることにした。滅多にないことなので、セリアは嬉しそうに椅子に座る。


「ルーちゃん、料理ができるならもっと作ってくれたらいいのに」

「残念ながら、僕が作れるのはこれだけなのですよ」


 スプーンで南瓜を食べる。ホクホクの南瓜は甘くて美味しかった。


(……あのとき食べたときより、美味しいな)


 それはやはり、セリアがいるからだろう。一人で食べるものほど、美味しく感じないものはない。エデの料理も美味しかったが、この南瓜の煮物のほうが美味しく感じる。










 今度エデやノエル、龍神たちとも一緒にこれを食べたいな、と思った。





 次は番外編になるかもしれません。……まあ、今回も番外編のつもりで書いたので、後日談になる可能性もありますけどね。


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