第四十二話 贈り物
少し困ったことになった。
ルーシェルは、エデとクロードと顔を見合わせた。
「……お昼、過ぎてるよね?」
「うん、そのはずだけど」
「まだ起きないのか」
二人が来てからもうしばらく経つのに、セリアがまだ起きないのだ。
もしかしてまた死んでしまったのかと心配になったが、ちゃんと脈はある。息もしているし、ただ寝ているだけのはずなのだ。
「僕が使った『蘇生』の魔法のせい……?」
フィルマンも、こんなことになるのなら言ってくれたらいいのに。
ぐっすりと眠っているセリアの顔を見ていたら、ふと大事なことを思い出した。彼女に関係する、とても大事なこと。
「……あ。セリアの誕生日」
「あっ」
エデが口を押さえる。
「ど、どうしよう。もうチョコレート溶けちゃってるかな?」
チョコレートは溶けやすい。そう保存できるわけではないから、買った日かその翌日には食べるのが普通だ。冬ならば数日もつが、今は春。しかも、もうすぐで夏になろうというのだ。チョコレートが溶けていないか心配するのも無理はないだろう。
エデがうろうろと歩き回る。それを横目で見ながら、ルーシェルは服にしまっておいた指輪の箱を取り出した。最後に見てからそう日は経っていないのに、何だかずっと昔から指輪を見ていないような気がした。
その箱を机の上に置く。開けようと少し思ったが、セリアと一緒に見たいと我慢した。
エデが立ち止まり、こちらを向いた。
「……まあ、溶けてたって仕方ないよね。それよりもルーシェル」
「ん? どうしたの?」
「そこにいる、ノギスのこと。何で説明してくれなかったのさ」
説明してくれていたら、セリアの誕生日はここで祝った、とむくれた顔で言う。
どう言い訳をしようか必死に考えていると、エデは何かをひらめいたのかぱっと表情を明るくさせた。
「ああ、今から祝えばいいのか。ちょっとチョコレート取ってくる! 溶けてたって、セリアは喜んでくれるだろうしね。……さ、クロード。早くあたしをステルダの家につれて帰って。クロードはそのためにいるんでしょ」
「……最近、ますます俺の扱いがひどくなってきたな」
そうぼやきながら、しぶしぶクロードは術を唱える。
真っ白な光のせいでセリアが目を覚ましてしまったか、と彼女を見てみるがその心配は要らないようだ。ルーシェルが呆れてしまうほど、ぐっすりと気持ち良さそうに眠っている。
(……この洞窟で、お祝い?)
だとしたら飾りつけぐらいはしておきたかったが、そんな準備はしていない。
誕生日のお祝いは、やはり料理だろうか。カリマが作ってくれた料理を思い出し、うっとりする。あれは本当においしかった。
問題は、ルーシェルが料理をできないということだ。魔女は食べなくとも生活できるため、料理をする機会がなかった。カリマも、絶対に料理を手伝わせてくれなかったのだ。
何もできない、と落ち込んでいるといきなりまたアデライードが現れた。その隣には、目を赤くしたノエルもいる。
「ルーシェル! セリアの誕生日を今から祝うのか!?」
勢い込んで尋ねてくるアデライードに、たじろぎながら答える。
「そうですけど……。どうしてそれを知っているんですか?」
この二人には、教えていなかったはずだ。今日ここで祝うことにしたのはつい先ほど決めたことで、知っているはずがない。
なぜ、知っているのだろうか。
首をかしげてアデライードを見ると、彼女は少し気まずげに目を逸らした。
「いや……。君たちのことは、ルーシェルの封印が解けた辺りからずっと見ていてな。魔法を使って、ルーシェルの見たこと、聞いたことなど、全てが私に伝わるようにしていたのだ。その魔法をずっと君にかけたままで、先ほどの会話も聞いてしまったというわけだ」
「私にそういうことはわからないんだけどね。何も言われずいきなりつれてこられたのよ?」
苦笑しながら言うノエル。その手はアデライードの服をしっかり掴んでいる。泣いたように目が赤くなっているのも気になったが、訊かないことにした。泣いていた理由なんて、言いたくないに違いない。ルーシェルだってそうなのだから、ノエルの性格ではもっとそうだろう。
「しまった……。何も贈り物を用意していないな。弟子の友達なのだから、何か贈ったほうがいいだろうとは思うのだが。人の誕生日なんて祝ったことがないから、何を用意すればいいのかわからない……」
ユルヴァンの誕生日は祝わなかったのか、と尋ねたくなったがノエルがいるのでやめておく。彼女の前でユルヴァンの話はしないほうがいいだろう。ルーシェルのためにも、アデライードのためにも。ノエルは怒ると怖いのだ。
うなだれるアデライードに、ノエルは不思議そうな顔をする。
「別に、誕生日なんておめでとうの一言でいいのではないですか? それだけでも、きっとセリアは喜んでくれると思いますが」
「……不本意だが、そうするしかないな。本当に喜んでくれればいいのだが。それで、セリアはまだ起きないのか?」
結構な声量で話していたにも関わらず、セリアが目覚める様子はこれっぽっちもない。
アデライードは少し何かを考えた後、にやりと嫌な笑みを浮かべた。
音を立てずそうっとセリアに近づくアデライードを、何をするのだろうと不安になって見る。
「ルーシェルには効かずにがっかりしたからな」
ルーシェルには効かなかった、というのは、くすぐりのことだろうか。アデライードの手がゆっくりセリアの首に向かっていることを見ても、間違いない。
無理に起こすのはかわいそうだと今まで放っておいたが、もう半日以上は優に寝ているのである。もうそろそろ、起こさなくてはならないだろう。
そんなことを言い訳のように考えて、セリアの様子をじっと観察する。
「…………。むぅ、セリアにも効かないのか」
「そうみたいですね……残念です」
セリアは首をくすぐられたというのに、身動ぎもせず眠ったままだ。これでセリアの弱点がわかるかと期待したのだが。
ルーシェルとアデライードは、同時にため息をついた。
それを見てノエルは呆れたかと思うと、ぽん、と手を打った。
「……アデライードさま。私、セリアへの贈り物を思いつきました」
「何だ、それは?」
目を輝かせて、アデライードは身を乗り出す。
「龍神、です。あれを実体化させて、ここに連れてくればいいのではないですか? それぐらいは容易いでしょう……アデライードさまと龍神は友人、なのですから」
「おお! そんなことは思いつかなかった! さっそく迎えにいってくる。あいつも、可愛い『巫女』のためならば、それぐらいのことはしてくれるさ」
気のせいか膨れっ面になっているノエル。それに気付いているのかいないのか、アデライードは無邪気に喜んでいた。
さっそく、と言った通り、アデライードの姿はすぐに消える。
彼女がいなくなったのを確認し、ノエルは口を開いた。
「……あたしは、アデライードさまと龍神が友人だったなんて、聞かされていなかったのよ」
「うん、昨日そう言ってたよね」
「勝手なんだけど……。アデライードさまはあたしのことを何でもわかってるのに、あたしがわかってないのは嫌なの」
ユルヴァンのことだって聞いていなかった、とノエルはもっと頬を膨らませた。膨らませすぎて、不細工になってしまっている。
これは指摘した方がいいのだろうか?
(……やめとこ。こっちにまで火の粉が飛んできそうだし)
ノギスはノエルのことが苦手なのだろう、彼女が来てからずっと隅のほうで静かにしている。どうせならルーシェルではなくノギスに火の粉が飛べばいいのに。
本当に飛んでしまい、ルーシェルは自分がそう思ったことは決して言うまいと心に決めた。
次かその次がエピローグになると思います。
ですが、明日は投稿できそうにありません。もしかしたら明後日も……。そろそろテスト勉強をしなければいけませんので。
すみません。




